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次期伯爵の留学準備

クリストファー・ジョエル・アルヴィはオーラリア王国のアルヴィ伯爵家長男だ。

両親の他に一つ上の姉がいる。

自分でいうのもなんだが、我が伯爵家は弱小貴族だ。伯爵位だから爵位としてはぎりぎり高位貴族に分類されるが、領地もそんなに広くないし、財産はほぼないし、代々の当主たちは政治の中枢に入ったこともなく領地も人任せな、典型的お貴族様だ。大きな商家のほうがよっぽど財をもっている。




父もそんな平凡な人物だったが、見栄を張るタイプなので、クリストファーが物心つく前に知人を介して投資により財をなそうとして、結果的に失敗した。幸い借金まみれにはならずにすんだが、わずかにあった先祖代々蒐集(しゅうしゅう)してきた美術品や当主夫人たちの装飾品などはほとんど売りに出され、使用人も大幅に減らしたそうだ。当然社交の場である夜会や茶会などに行くことはできなくなった。母は「領地までとられることがなくてまだよかった」と言っていたそうだが、やはり貴族として社交の場に出られないのは厳しく、アルヴィ伯爵家は没落していると思われているらしい。




そんな慎ましやかな伯爵家でクリストファーとアレクサンドラは育った。姉は投資の失敗による没落を間近で見てきたせいか、己の容姿ばかり磨き、噂話に花を咲かせるような貴族令嬢たちと違い、身の回りのことを自分一人でこなし、勉学も怠らない、かなりしっかりした性格をしている。跡継ぎはクリストファーだからと学園への入学も社交デビューもすべて自分より弟を優先しようとしている。年頃の女性なのに自分を着飾ることを一切せず、持参金がないからと結婚を諦めて自分一人生きていくための(すべ)を見つけるため、貪欲に勉強に励んでいた姉が、実は可愛いものが好きで、町に出ると髪飾りや小物、ドレスの布の展示をぼんやりと見ているのをクリストファーは知っていた。



だからこそ、姉が適齢期のうちに結婚できるように持参金を用意しようとクリストファー自身も学問に打ち込んだ。幸い頭のできは人並み以上だったのと、なぜか伯爵家に仕えている優秀な執事補佐に勧められてはじめた植物の品種改良などで成果を上げてきている。


貴族女性はなんの問題もなければ20代前半までに結婚するため、後10年以内にまとまった持参金を用意しなければならない。姉がクリストファーを大切にするのと同じように、彼もアレクサンドラが大切で幸せになって欲しいのだ。




同時に伯爵家についても考えなければならない。伯爵家の領地は山が少なく農耕に適してはいるが、年間を通して風が強い。西側の山脈からの吹き下ろしがあるのだ。そのため、小麦やトウモロコシなどの農作物が倒れたりして一定の収穫が難しい。また、領内を流れる川がたびたび氾濫し農作物に病気を振りまいていくのだ。10歳を前に領内の管理している政務官セドリック(なぜこんなに優秀な政務官が伯爵家に雇われているのか(はなは)だ謎だ)から聞かされていた。




また、セドリックの故郷の話を聞かされたのも大きい。彼の故郷は領地に無関心な貴族のせいで荒れに荒れ、さらに度重なる異常気象による飢饉に見舞われたが、それを知らない貴族が重税を課したそうだ。幼かったセドリックはさらに幼い妹や弟たちが飢えて死ぬのを見ているしかなく、貴族に意見しに行った町の代表者だった彼の父は反逆罪でそのまま処刑された。

正直幼い子どもに聞かせる話ではなかったのだろうが、賢い次期伯爵家当主にたいして、「上に立つものが無関心であればどうなるのか知っていて欲しい」とセドリックは苦しいその記憶を語ってくれた。

貴族の責任に目覚めた8歳のクリストファーは、今まで以上に家庭教師から貪欲に知識を学び、微力ながらも政務官の協力のもと、精力的に領地の問題に関わった。



政務官と、優秀な家庭教師たちの教育によりある程度問題を把握したクリストファーは、まず病気に強い小麦やトウモロコシの改良を領地内で行った。これらは世代間のサイクルが早いため、手っ取り早く改良ができるからだ。それでも10年ほどかかることは覚悟していたが、1年ほどで運良く川の氾濫で流行る病気に強い小麦ができたため、これを水害の多い地域で栽培をすすめ、引き続き病気や気候に左右されにくい農作物を改良させている。この国は大きな川が多く、国内のあちこちで水害に悩まされており、この病気に強い小麦をその地域で栽培させる許可を出す代わりに、一定のまとまった金銭を領主から受け取っている。



父は領地のことに興味はないので、クリストファーがやっていることはほとんど知らない。姉と母は多少知っていて好きにさせてくれている。姉を幸せな花嫁にするために、領民たちが飢えることのないように立派な領主になるべくクリストファーは才能におぼれることなく日々努力しているのだ。



家庭教師たちのおかげで勉強には困っていないが、人脈作りという点で必要なので、学園にも通い出した。(伯爵家の家庭教師たちは学園もびっくりの教育水準で姉弟に学問を叩き込んでいた)2学年上に王太子が在籍しているので、多少無理してでもお近づきになりたい貴族の子女が例年以上に学園に在籍しているのでちょうどいい。ここでもまじめに取り組んだ結果「赤毛の天才」などという謎の2つ名を賜り(うれしくない)友人たちに笑い転げられた。


父の赤茶色の髪を受け継いで父よりさらに赤い髪と青い目は、この国では平凡だし、顔の造作も不細工ではないがとてもいいわけではない。だが、笑うと愛嬌があるようなので、いつも笑顔で物腰柔らかく、人なつっこく時々抜けているようにも見せている。おかげで年上のお姉様方を中心によくしてもらい、同性からやっかまれることも少なかった。





そんなある日王宮から姉へと、王太子妃選考の招待状が届いた。

そこらの貴族令嬢よりよほど美しい所作と教養を持つ姉が、王太子に見初められる可能性があり、姉本人は上級侍女になりたがってはいても、弟としては複雑だった。

そしてなぜか、姉は王太子の婚約者にも上級侍女にもならず、宰相の婚約者になった。これはさすがのクリストファーも想定外だった。


最初は宰相の真意がわからなかったが、どうやら姉を心から愛しているのは本当なので静観することにした。また、宰相は未来の義弟になるクリストファーに治水事業が盛んなラズベール帝国への2年間の留学も用意したという。その成果によっては、将来的に国の治水事業に招聘(しょうへい)したいと。2つ国を跨いだラズベール帝国はこの大陸で一番科学技術が発達し、その中でもとりわけ公共事業に特化している。その技術を守るために、少々閉鎖的な国で、留学などよほどの高位貴族か王族しか受け入れてないのではないか。



数ヶ月の宰相との関わりで、クリストファーは悟った。

この宰相は、心底姉のアレクサンドラを愛している。そして彼女の憂いをとり、完璧に囲い込むために伯爵家を安泰にしたいのだ。さらにクリストファーを利用して国の利益も取ろうとしている。一石で何鳥も打ち落とそうとしているのだろう。この男の思惑に乗るのは気にくわないが、自分が治水事業を学んでくることで多くの国民の益になることはやぶさかではない。

「自分を磨くために何でも利用すればいい。アリーのことは心配しなくていい。」と、あり得ないほど美しい顔に、何一つ感情を乗せず言い放った未来の義兄。彼の表情が動くのは、姉の前だけのようだ。その宰相様は、「5年間は2人きりで新婚を楽しむ」と宣言し、仕事量を調節して姉をかまい倒していると、彼の同僚がため息をこぼしながら愚痴を言っていた。



また、何をどう交渉したのかわからないが、友人であり、子爵家の四男五男である双子のシリルとコンラッドも付いてくることになっていた。


そうして、クリストファーは幸せそうに微笑む姉の結婚式が終わるとすぐに、ラズベール帝国へと旅立った。

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