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不死の子供たち  作者: パウロ・ハタナカ
第十九部

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971 10〈第七区画・資源回収場〉


 空間転移装置による兵員輸送は迅速に行われた。固定座標に同期された〈転移門〉が起動すると、超自然的な歪みによって空間を隔てる層が折り重なり、大量の物資と機械人形の部隊がそのまま〈第七区画・資源回収場〉へと転移する。


 劇的な変化が起こるわけではなく、ただ空間の密度がわずかに揺らぎ、そこに兵員と機材が送り込まれる。短距離転移に限定される技術ではあるが、荒廃した地上を長距離移動する危険と時間を考えれば、その価値は計り知れない。


〈廃棄場〉としても知られる地区では、瓦礫と崩落した高層建築が地上を覆い尽くしていた。しかし、その地下に埋もれた資源回収場では拠点の整備が進んでいた。故障していた旧施設の昇降機は修理され、発電装置が再稼働し、簡素ながらも安定した照明が坑道を照らしていた。


 鉄屑や瓦礫が取り除かれた通路の分岐にはホログラムによる識別標識が設置され、搬送路には簡易的なレールが敷かれ、回収された金属資源を運搬する台車が並んでいた。


 その拠点の中心には住人たちの集落が形成されている。資源回収に携わる作業員、整備士、搬送担当者、そしてその家族たち。かつて鉄屑で猥雑としていた空間は、居住区へと再整備され、鉄板と断熱材で仕切られたプレハブ住宅が並んでいた。


 理想的な住まいとは言えないが、生活に必要なものは揃っていて、荒廃した地上とは対照的に、人々が安全に暮らせる環境が整えられていた。


 その資源回収場には、ワスダが率いる混成部隊が常駐していた。戦闘用機械人形〈ラプトル〉とコケアリによる共同任務ではあるが、すでにひとつの部隊として機能している。坑道の分岐点には監視所が設置され、作業に従事する〈働きアリ〉たちを突発的な襲撃から守っていた。常時巡回も行われ、地下施設全体は厳格な警戒網に覆われている。


 ワスダの部隊は、もともと短期契約でこの任務に就いていた。資源回収場の初期整備を支援し、一定期間だけ警備を行う予定にすぎなかったが、その状況は早い段階で変化した。旧文明の鋼材が大量に回収され始めたからだ。


 地下に埋もれていた鉄骨や機械部品は、いずれも貴重な資源だった。とくに都市の建築に使われていた鋼材は、再加工すれば武器や装甲、機械部品として再利用できる。この時代では供給が限られている資源でもあり、それだけで争奪の対象となった。


 やがて地上で進められていた拠点建設を嗅ぎつけ、略奪者たちが姿を見せるようになった。さらに、組合に属さない武装集団も動き始めた。


 彼らの襲撃には一定の規則性がない。数人の斥候が潜入を試みることもあれば、多脚車両を伴った小規模部隊があらわれることもある。中には、明らかに〈傭兵組合〉で軍事訓練を受けた者たちが組織的に行動する例もあった。


 資源の価値が広く知られるにつれ、攻撃は徐々に大胆になっていった。そのため、ワスダの部隊には長期的な警備が依頼されることになった。彼らは拠点構造を熟知していて、周辺一帯の地形や避難経路もすべて把握している。


 結果として、ワスダに警備を任せた判断は正しかったと証明された。これまでの襲撃の大半は、彼が構築した防衛線によって撃退されてきた。しかし今回は、ワスダの部隊は作戦に参加しない。


 地下拠点には空間転移装置をはじめ、貴重な設備が集中している。住人の生活基盤、資源の保管庫、整備工場、発電設備――そのすべてがこの拠点に集約されている。この場所を失えば、単に戦力が減るだけでは済まされない。住民の生活そのものが崩壊する。だからこそ、ワスダには拠点防衛に専念してもらう必要があった。


 空間転移装置で先行していた〈ラプトル〉の部隊は、すでに前線へ到達していた。コケアリの砦へ続く坑道の入り口付近に陣形を展開している。


 その坑道は旧施設の採掘通路を拡張したもので、壁面には今も古い配線がむき出しになっていた。絶縁材の劣化したケーブルが岩壁に沿って走り、ところどころで微弱な電流が漏れ、電光が瞬くのが見える。完全に機能を失っているわけではないらしい。天井の補強に使われた鉄骨には照明が取り付けられ、暗い坑道を青白い光で照らしていた。


 その奥から、散発的に敵が姿をみせていた。〈混沌の子供たち〉――あるいは〈混沌の先兵〉でも知られた小さな怪物たちだ。


 体格は子どもほどだが、その存在はどこか歪んでいる。皮膚は乳白色で半透明、血管や筋繊維、脂肪の層まで透けて見える。光が当たると内部構造がぼんやり浮かび上がり、まるで未完成の生体模型が歩いているようだった。


 頭部は身体に比べて不釣り合いに大きく、目に相当する器官は存在しない。地底生活による退化ではなく、そもそも最初から備わっていなかったかのように思えた。


 耳元まで裂けた口から覗く歯列は不規則で、鋭い牙がむき出しになっていた。大きく尖った耳は物語に登場する妖精(ようせい)を思わせる形状だが、どちらかといえば小鬼(ゴブリン)に近い印象を受ける。


 体表は常に粘液で覆われ、糸を引くように地面に滴り落ちている。体毛は一切なく、肌は湿った光沢を帯びていた。彼らは群れで行動し、ボロ布のような衣服をまとい、粗雑な槍を手に闇雲な突進を繰り返す。


 しかし脅威としては限定的だった。身体は脆く、知能も低い。高性能な装備と火器を備えた〈ラプトル〉の相手にはならない。


 坑道に展開した機械人形が一斉に射撃姿勢を取る。頭部センサーが熱源を捕捉し、照準が自動で補正される。レーザーライフルの赤い光が坑道を照らす。熱線が触れた瞬間、怪物の身体は焼き裂かれ、半透明の肉体が崩れ落ちる。数体が倒れると、後続の群れは動きを鈍らせ、やがて暗い坑道の奥へと退いていった。


 しかし完全に姿を消すことはない。しばらくすると、またどこからともなく姿を見せる。数体ずつ、途切れ途切れに。まるで坑道の奥で、何かが絶えずそれらを送り出しているかのようだった。そのたびに部隊は射撃を行い、前線を維持していた。


 機械人形の動きは正確で、無駄がない。敵がどれほど異様な姿をしていても、人工知能は動揺しない。熱源を検出し、距離を測り、排除する。機械であるがゆえの冷静さが、こうした状況では人間よりも頼もしく思えた。


 私は、ミスズとナミが指揮するアルファ小隊、それにハクとジュジュを連れて輸送機で現場に向かっていた。機体は低高度を維持したまま、瓦礫の海をなめるように進んでいく。地上では、崩落した高層建築の残骸が無数の棘のように地表から突き出ていた。


 かつて都市を構成していた構造物の骨格が、今では地形の一部になっている。風に削られたコンクリートの断面、錆びて折れ曲がった鉄骨、瓦礫の隙間に溜まった汚水。文明が崩壊した後に残る景色は、どこまでも憂鬱だったが、そこにはある種の美しさも感じられた。


 瓦礫の山と化した〈廃棄場〉には、資源回収場へと続く大型昇降機が設置されていた。旧文明の地下施設にアクセスするために設置されていた設備で、巨大なシャフトの縁には補強された鋼材フレームが組み上げられている。


 昇降機の大型プラットフォームは輸送機ごと収容できるほど広く、着陸と同時に周囲の防護壁が自動展開する構造になっていた。上空からの落石や狙撃を防ぐための措置だ。


 輸送機が垂直着陸でプラットフォームに接地すると、外周の壁が静かに立ち上がり、外界の光を遮断していく。そして機体の固定が確認されると、昇降機はゆっくりと下降を始めた。


 空が遠ざかり、代わりに地底からの闇がゆっくりと近づいてくる。シャフトの壁面には補強用の鉄骨とケーブルが縦横に走り、ところどころに設置された作業灯が薄暗いシャフトを照らし出していた。下降するにつれて地上の音は消え、金属構造体のわずかな振動だけが機体を通じて伝わってくる。


 坑道で戦闘を開始した部隊の状況を確認しながら、今回の襲撃について思考を巡らせる。混沌の勢力による襲撃自体は珍しくない。けれど、それらは多くの場合、偶発的な侵入か、局地的な小規模衝突に過ぎなかった。警戒線を突破するほどの規模になることはほとんどない。今回のように、コケアリが我々に直接協力を要請する事態は異例だった。


 少なくとも、我々がこの地域に関与するようになってからは確認されていない。その事実が、事態の異常さを物語っていた。


 予備弾薬や装備の大半は、すでに空間転移装置で搬入済みだった。弾薬箱や機械人形用の動力セル、それに〈バイオジェル〉といった医療品などが、前線拠点に積み上げられているはずだった。それでも戦闘が長引けば足りなくなる。場合によっては、転移装置で追加の輸送を行う必要があるかもしれない。


 けれど今は、まず状況の把握が先決だ。コケアリの砦に到達し、そこで何が起きているのかを確認しなければならない。


 昇降機が減速し、やがて資源回収場の巨大な地下空間が姿をあらわした。天井は高く、補強のための鉄骨が格子状に組まれ、その間に照明装置が並んでいる。いくつかは正常に作動しているが、老朽化したものは周期的に明滅していた。光の強さにはむらがあり、視界の奥は薄い霧のような暗がりに沈んでいる。


 壁面には資源搬送用のレールが張り巡らされていた。金属資源を載せたコンテナを昇降機まで運ぶためのもので、搬送台車がいくつも待機している。


 普段なら回収作業の騒音で満ちている場所だが、今はほとんどの設備が停止していた。作業用ドロイドが整列したまま動かず、監視用のセンサーだけが周囲を観測している。


 プラットフォームの端には人影が立っていた。作業を監督するマキシタと、警備部隊を率いるワスダだ。ふたりとも表情は硬い。襲撃の概要は把握しているらしいが、坑道の奥で何が起きているのかはまだ把握していないようだった。


 マキシタは数人の作業員を連れていて、作業を中断したばかりだと分かった。ワスダの背後にも彼の部下が待機し、ライフルを肩に掛けて周囲を警戒していた。


 私は状況を簡単に確認し、マキシタには資源回収作業の全面停止を指示した。今は機材や人員を危険な場所に近づけるべきではない。ワスダにも予定通り拠点防衛に専念してもらう。住人たちの命も大事だが、この拠点を失うわけにはいかなかった。


 確認を終えると、我々は装備の最終点検に入った。弾倉の装填状態、戦術データ・リンクの同期など、ひとつひとつ注意深く確認していく。


 準備が整うと、坑道に向かって移動を開始した。その途中で、ハクの様子がいつもと違うことに気づいた。


 ハクは珍しく私のそばにぴったりと寄り添い、脚の動きは慎重で、床面の振動を確かめるように歩いていた。普段のハクは好奇心が強く、探索の際には必ず先頭に出たがる。しかし今回は違った。私のそばから離れようとしない。


 坑道の奥に漂う混沌の気配を感じ取っているのだろう。〈深淵の娘〉の感覚器は人間のそれより遥かに敏感だ。空気のわずかな変化や振動から危険を察知することができる。その反応は決して無視できるものではない。


 ジュジュだけは、相変わらず何を考えているのか分からない。専用のハーネスに吊るされた小さな鉢植えを覗き込み、〈アスィミラ〉の明滅をじっと眺めていた。本来なら今回の作戦に同行させるつもりはなかったが、気づけば輸送機に乗り込み、いつものようにハクの背に乗っていた。


 拠点を抜けて坑道に足を踏み入れた瞬間、空気の質が変わった。地底特有の湿り気に、焦げた金属の臭い、それに甘ったるい腐臭が混ざり合っている。遠くから伝わる微かな振動は、〈ラプトル〉の部隊が交戦している証拠だった。その振動は壁面を伝い、靴底から全身へと響き、これから向かう戦場の気配を否応なく意識させた。

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