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不死の子供たち  作者: パウロ・ハタナカ
第十九部

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〈アスィミラ〉の本体と直接接続された擬餌状体(ぎじじょうたい)は、こちらに視線を向けたまま立ち尽くしていた。皮膚の微細な血色変化、瞳孔の収縮、呼吸の周期は人間の生理現象と一致している。


 けれど、カグヤのドローンから転送されるスキャン映像では、体幹内部に放射状の菌糸網が走り、足元から巨木の根へと連なる高密度の繊維束が確認できた。


 人間に限りなく近い容姿は模倣の域を超え、まるでアメリア・オカザキの姿をそのまま写し取ったかのようだった。ホログラム映像を模倣したと考えれば説明はつくが、その再現精度は恐ろしいほどに完璧だった。


 思わず戸惑いを覚えるが、ハクとジュジュは気にする様子もなく、旧知の相手に近づくように躊躇(ためら)いなく歩み寄っていく。小さな昆虫種族が抱えていた鉢植えを差し出すと、擬餌状体は柔らかな仕草でそれを受け取った。


 動作にはぎこちなさがなく、足元から根が伸びていることすら感じさせない自然さだった。本物の人間がそこにいるかのように、彼女は大樹へ向かって歩き出す。


 やがて巨木の根元にしゃがみ込むと、擬餌状体は鉢植えから子株を丁寧に引き抜いた。指先の動きは繊細で、植物の繊維を傷つけないよう注意深く扱っている。子株は淡い光を放ちながら揺れ動き、まるで帰巣本能に従うように巨木の根へと身を寄せた。


 根が触れた瞬間、子株の表面がわずかに震え、細い管が伸び始めた。接触部位に微細な突起が形成され、細根が伸長していく様子も確認できる。そのまま巨木の根に絡みつき、ゆっくりと融合していく光景は、まるで神経細胞同士が接続する瞬間のようでもある。


 接続が確立すると、子株の発光が急速に変調していく。光の明滅が子株から巨木へと伝わり、やがて大樹全体の青紫の発光と同調し始める。淡い明滅は徐々に強まり、まるで呼吸を合わせるように規則的なリズムへと変わっていった。


 接続が完了し、子株の記憶――これまで蓄積された情報が本体へと流入し、〝同期〟が行われていることが分かる。


 ハクとジュジュはその過程を興味深そうに見守っていた。それを見て安全だと判断したのか、観測装置を手にしていたペパーミントは擬餌状体に声をかけてから、巨木の表面を走査(スキャン)し始めた。未知の存在に対して恐れを見せる様子はなかった。


 対照的に、私は慎重にならざるを得なかった。敵意は感じられない。だが〈アスィミラ〉は異星由来の侵略的外来生物であり、その生態は人間の理解を超えている。油断すれば、どこかで取り返しのつかない過ちを犯してしまう気がした。


 何より、擬餌状体の容姿が人間に限りなく近づいていることが違和感よりも、むしろ恐怖に近い感情を呼び起こしていた。


 模倣の精度が高すぎる。そこに意図があるのか、記憶にあるアメリア・オカザキを再現しているだけなのか、あるいは群体知性が人間という形式を理解し、選択した結果なのか。同期の光が安定するにつれ、その問いはますます輪郭を帯びていく。


 子株の同期が進む様子を眺めながら、私は〈アスィミラ〉という存在そのものについて考えざるを得なかった。霧の奥で脈動する巨木、過剰なまでに精巧な擬餌状体、そして子株が根を伸ばして融合していく光景――どれも、これまで〝ルイン〟から受信してきた観察映像とはまったく異なる相貌を見せていた。


 隔離された外来植物群体に過ぎなかったはずのそれは、今や環境、記録、死体すら取り込みながら生体構造を更新する自己拡張型生物へと変貌している。


 旧文明期に〈技術局〉から派遣され、浮遊島の隔離区画を管理してきた人工知能〈ルイン〉が、これまで〈アスィミラ〉の長期観察を続けてきた。しかし、そのルインから受信していた映像にも、これほどの変化は見られなかった。何かを契機として、擬餌状体の形状が急激に変化したことが窺える。


 そのきっかけが何であったのかは判然としないが、やはり〈アスィミラ〉のために残したアメリア・オカザキの映像記録――それが刺激になった可能性はある。慰撫(いぶ)のための資料にすぎなかったホログラム映像も、〈アスィミラ〉にとっては形態学的な参照データとなり得たのだろう。


 しかし、それだけでは説明がつかない。擬餌状体の動作には単なる模倣を超え、学習の痕跡すら感じられた。まるで外部から得た情報を自らの構造に組み込み、進化しているかのようだった。


 思い返せば、我々に同行していた〈アスィミラ〉の子株は教団兵の死体に寄生し、小さな芽の神経網を利用して身体を動かしてみせた。


 あの瞬間、筋肉の張力、関節の可動域、皮膚の質感といった生体情報が収集された可能性は高い。電気信号と化学的刺激による独自の神経ネットワークを通じて、空間を越えて伝播した情報が〈アスィミラ〉の中枢に送られ、擬餌状体の〝人間化〟を加速させたのかもしれない。


 映像という静的な記録と、死体という動的な標本。その両方を統合した結果が、いま目の前に立つあの姿なのかもしれない。


 だが、それも推測にすぎない。本体と直接対話できなければ、意図を測ることはできない。〈アスィミラ〉は言語体系を持たず、意思疎通は超感覚的知覚――いわゆるテレパシーに近い方法に依存していた。人間の感覚では背景雑音に埋もれてしまう領域による対話だ。


 我々がその信号を、より対話に近い形で詳細に受け取るには、専用の装置が必要だった。かつて〈兵站局〉の倉庫に保管されていた感覚共有装置。超感覚的知覚を持つ種族との交信を目的に作られたもので、人間の知覚領域を一時的に拡張し、微弱な生体信号を意味のある情報として認識させる。


 外見は精緻な頭飾り(サークレット)に近い。表面に細かな浮彫りが施され、装飾品のように見えるが、内部には微細な干渉素子が格子状に組み込まれている。装着者の脳活動に同期し、特定領域に共鳴を起こすことで感覚を拡張する仕組みなのだという。


 それは女性特有の感覚特性に合わせて調整された装置であるため、装着するのはペパーミントが適任だった。彼女は装置を取り出すと、頭部にそっと装着した。


 細く滑らかなラインが彼女の側頭部に沿い、浮彫りが燐光を受けて淡く輝いた。装置が起動すると、微かな振動が空気に伝わり、周囲の植物が反応するように枝葉を揺らした。


 巨木の根元では、子株の明滅がゆっくりと落ち着き始めていた。同期が完了し、本体が新たな情報を取り込んだのだろう。擬餌状体は静かにこちらを向き、対話の準備が整ったと告げるように一歩踏み出した。


 すると、ペパーミントの青い眸が一定の周期で明滅しているのが見えた。瞳孔は拡張し、焦点は擬餌状体に向けられているが、その背後にある大樹へと向けられているようにも見える。以前、私もそのデバイスを装着したことがあるので、彼女が感じている感覚を、ある程度は想像できた。


 たとえば、目に映る色彩はより鮮烈に、輪郭を伴って見えているのだろう。色彩の階層が増え、これまで灰色に塗り潰されていた領域に無数の濃淡と流れが生まれる。緑は深く沈み、青は氷のように透き通り、灰色の霧でさえ微細な光の流れが揺れ動いて見えているはずだ。


 その変化は嗅覚にも及ぶ。霧のなかに漂う植物の匂いは単なる刺激ではなく、視覚的な形を伴って認識できるようになる。甘い香りは緩やかな光の曲線となり、苦味を含む揮発成分は鋭い線として空間を横切る。


 匂いと光、振動と色が分離せず、ひとつの場として知覚される。その心地よさは危うい。現実との境界が溶け、自己と外界の区別が曖昧になる感覚を伴うからだ。


 目に見えないはずの光の流れが柔らかな波紋となって彼女の視界に重なる。巨木から放射される低い振動が地面を伝い、空気を揺らし、装置を介して脳へと共鳴する。世界は形を保ったまま、その裏側を露わにしていく。


 そうして、ペパーミントと〈アスィミラ〉の対話が始まった。彼女は巨木の前に立ち、擬餌状体と向かい合ったまま微動だにしない。客観的に見れば、ただ向かい合っているだけにしか見えない。けれど彼女の内側では、〈アスィミラ〉の生体信号が直接流れ込み、言語を介さない対話が進んでいた。


 ハクとジュジュが、不思議そうに立ち尽くすふたりを見つめるなか、私はペパーミントからリアルタイムでテキストメッセージを受信した。会話に割く余裕がないのだろう。


 短いメッセージには、〈アスィミラ〉が我々を歓迎していること、子株の世話をしてくれたことへの感謝、そして小さな芽を通して世界を見せてくれたことへの喜びが添えられていた。


 そこで、空間転移装置の周囲を徘徊していた〈白い巨人〉について質問してもらうことにした。あの〈人擬き〉の挙動は偶発とは思えなかった。


 しばらくして届いたメッセージで、やはり〈アスィミラ〉が関与していたことが分かった。我々との交流を継続するうえで重要な装置と判断し、外敵や予期せぬ干渉から守るために変異体を配置し、装置周辺を監視させていたという。


 しかし〈白い巨人〉は既存の生態系から逸脱した存在で、内部構造が複雑だった。完全な同調には至らず、制御信号は部分的にしか浸透しなかった。その結果、命令と本来の衝動が衝突し、あの不気味な徘徊行動が生じた。守るべき対象の周囲を回り続けながら、目的を理解できないまま彷徨う姿だった。


 ペパーミントの肩がわずかに揺れた。負担になるほどの過剰な情報が流れ込んでいるのだろう。巨木の発光は穏やかで、敵意は感じられない。それでも、対話という行為の本質は情報の交換ではなく、相互浸透に近い。あるいは、支配と同化の境界線上にあるのかもしれない。


〈アスィミラ〉は我々を理解しようとしている。同時に、取り込もうとしている可能性も否定できない。異星植物が示す感情は温かいが、その温かさは土壌に染み込む水のように対象を柔らかく包み込み、抵抗を奪い、やがて栄養として取り込むための前段階にも思えた。


 心地よさは警戒心を鈍らせる。その先にあるのが共存なのか、吸収なのか、判断する余地を奪う。


 ペパーミントの眸は明滅し、青い光が瞬くたび、彼女の意識がどこか遠くへ引き込まれていくように見えた。大樹の枝葉が揺れ、青紫の光が彼女の身体を包む。その光は優しいが、優しさの奥に〝得体の知れない意図〟が潜んでいるように思えた。


 そろそろ対話を中断させるべきだと判断した。これ以上続ければ、ペパーミントの精神負荷が限界を超える可能性がある。驚かせないように彼女に声をかけたあと、受信したメッセージで装置との接続が解除されたことを確認してから、ゆっくりとデバイスを外した。

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