表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不死の子供たち  作者: パウロ・ハタナカ
第十九部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

963/969

963 02


 宇宙港に隣接する管制塔と車両基地を併設した広大な区画。その中心からわずかに外れた一角に、〈転移門〉は設置されていた。発着デッキから伸びる誘導路は濃霧に呑まれ、かつては頻繁に往来していたであろう無人搬送車の痕跡も、今は湿った路面に薄く残るだけだ。


 管制塔の航空障害灯は点灯していたが、その光は霧の中で拡散し、空間の奥行きを奪っていた。本来は、異星植物〈霧の悪夢(アスィミラ)〉の生息圏でもあるコンテナターミナルへの移動を効率化するために〈転移門〉を移設していたが、この場所を選んだ理由は利便性だけではなかった。


〈アスィミラ〉が放出する胞子は、特定の生物種の神経系に微細な変調を与え、行動選択をわずかに誘導する。寄生された宿主は攻撃性を増すだけでなく、生息圏に対する異物を排除する方向へと最適化される。結果として変異体の侵入は抑制されていた。


 その影響は広範囲に及び、コンテナターミナル周辺は安全地帯として維持され、空間転移装置を置くに足る数少ない安定した場所になっていた。


 しかし、より強大な脅威があらわれたことで、その秩序は崩壊していた。車両基地に続く開けた区画に足を踏み入れた瞬間、視界に無数の警告が重なって表示される。拡張現実で投影された地図には脅威を示す赤点が浮かび、まるで感染が広がるように周囲に広がっていく。


 ユーティリティポーチから手のひらサイズの偵察ドローンを取り出す。ドローンは球体状の外殻を展開し、重力場を発生させながらふわりと浮かび上がると、霧の奥に向かって滑るように飛び去っていく。可視光カメラに加え、短波赤外線や超音波マッピングなど、各種センサーを同時に作動させながら周囲の情報を収集していく。


 しかし霧の密度は異常で、可視光の反射だけでなく電磁波の散乱パターンにも乱れが生じていた。まるで霧そのものが観測を撹乱しているかのようだった。


 しばらくして、カグヤが操作する偵察ドローンから周辺情報が送られてくる。視界には詳細な三次元地図が展開され、区画の構造、熱源分布、動体検知の反応が重ねられた。立体的な地図が表示されると、ハクがやってきて『ん、なるほど』と興味深そうに覗き込む。


 タクティカルゴーグル越しに拡張現実の地図を確認しているのだろう。鉢植えを抱えたジュジュには何も見えていないためか、不思議そうに首をかしげていた。


 どうやら建物内を配下死していた変異体が外に流出していたようだ。原因を追うと、付近の建物から複数の異常ログが検出される。周辺建物の複数区画で電力系統に軽微な障害が発生し、隔離プロトコルが解除されていた。


 本来は封鎖されていた出入り口がフェイルセーフ動作で開放され、閉じ込められていた変異体が外部に出てきていた。ログに改竄の痕跡はなく、人の意思が介在していないことが分かる。過電流、絶縁劣化、湿度上昇による故障──原因としては現実的で、偶発的な事故として説明はつく。


 けれど異常を示す箇所の分布を俯瞰すると、偶然とは思えない配置が浮かび上がる。変異体の流出経路は〈転移門〉の設置区画を包囲するように広がっていた。さらに不可解なのは、〈アスィミラ〉を保護する役割を持つ捕食者たちの反応だ。通常であれば変異体の接近に反応し攻撃的になるはずだが、戦闘の痕跡は確認できなかった。


 得体の知れない不安が胸の奥で膨らむなか、我々は脅威排除の準備を淡々と進めることにした。霧の密度はさらに増し、視界は数メートル先すら曖昧に揺らいでいる。その白い帳の向こうで、何かが呼吸しているような気配すら感じられた。それが錯覚だと分かっていても、まとわりつくような嫌な感覚は拭えなかった。


 周囲を見回すと、管制塔そばの建物屋上からなら射線を確保できそうだった。屋外避難階段を使えば、建物内部に侵入する危険を冒す必要もない。


 さっそくペパーミントに声をかけて、建物の屋上へ向かう。不気味なほど静まり返った建物に近づくほどに、霧の向こうで何かが動く気配が強まる。


 それは生物の足音ではなく、構造物そのものが軋むような、あるいは巨大な器官がゆっくり収縮するような湿った振動だった。ハクも警戒しているのか、時折立ち止まっては霧の奥をじっと見つめていた。


 屋外避難階段は濡れていて、踏板には薄い藻状の膜が形成されていた。劣化した箇所から徐々に腐食が進んだのだろう。屋上に出ると、カグヤが指定した射撃位置が青いラインで示される。周囲には空調設備の巨大なユニットが並び、熱交換器のフィンには無数の水滴がびっしりと付着していた。


 無数の配管と高圧ケーブルが網のように張り巡らされ、どこからどこまでが建築物の一部なのか判然としない。それに加えて、濃い霧の影響で表面は常に濡れていて、足元は滑りやすくなっていた。


 所定の位置につくと、〈隔離区画〉から移設された空間転移装置が視認できた。その周囲に変異体が集まっているのは、霧を遠ざけるための装置を設置していたからなのかもしれない。そこだけ視界が開けていて、変異体の姿をハッキリと確認することができた。


 最初に目につくのは、その異様なほど大きな身体だった。平均して三メートルほどの体高を持つ化け物は、〈老人〉と呼称される変異体に似た特徴を備えていた。手足は不自然なほど長く、全身が痩せ細っていて、巨人のミイラが動いているかのような異様さがあった。


 乳白色の皮膚は極端に薄く、血色というものがまったく感じられない。皮下脂肪は消失し、骨格が透けて見えるほどだ。肋骨は本来の数より増えているようにも見え、胸郭は縦に引き延ばされている。筋肉は縄の束のように硬く張りつき、皮膚の下で不気味な起伏を描いていた。


 体毛は一切なく、頭部も滑らかで、頭蓋骨の形状がそのまま外形に反映されている。深く落ち込んだ眼窩には不釣り合いなほど大きな眼球が収まり、白濁した眼は粘液に覆われているのか光を反射していた。


 瞬きも極端に少なく、視線は常に何かを追っているような不安定さを孕んでいた。すでに遭遇したことのある変異体だったが、存在そのものが異様で、嫌悪感すら覚えるほどだった。


 何より恐ろしかったのは、その表情だ。人間に酷似しているが、比率が微妙にずれている。頬骨は突出し、口角は常に引き上げられている。筋肉の緊張が弛緩することなく、笑みの形で固定されていた。意図的に作られた表情のような、不自然で歪んだ笑顔。感情の欠片もなく、ただ〝笑う〟という行為だけが残されたような表情だった。


 浮遊島という閉鎖環境で独自の変異を繰り返してきた旧人類の成れの果てだ。彼らは〈転移門〉を取り囲み、一定距離を保って徘徊していた。


 ただ周囲を歩き、時折、細長い指で空間を探るように宙を掻く。その指は異様に発達し、指先は刃物のように鋭い。触覚器官としての機能が強化されているのか、あるいは別の用途があるのかは判別できない。


 さらに異様なのは、その動きが互いに緩やかに同期していたことだった。完全な同調ではないが、一体が足を止めると、他の個体もわずかに動作を遅らせる。


 ペパーミントは緊張からか震える息を吐き出したあと、背中に回していたライフルをスリングから外し、静かに射撃準備を進めた。彼女が扱うのは、自ら組み上げた電磁加速ライフルだ。


 軽量セラミックベースの白い外装に覆われ、放熱フィンが銃身側面に埋め込まれている。四角張った長い銃身には黄色と黒の警告ストライプが走り、兵器としての危険性を示していた。しかしその外観は兵器というより、実験装置に近い無骨さを帯びている。


 彼女は姿勢を低くし、銃口を〈白い巨人〉の群れに向けて銃身を固定する。反動そのものは火薬式より小さいが、発射時には強力な電磁パルスと急激な電流変動が生じるため、安定した接地が不可欠だった。続いてライフル下部から伸びるフラットケーブルを引き出し、スキンスーツに装着された〈超小型核融合電池〉に接続する。


 端子が噛み合った瞬間、銃身内部を微細な振動が走り、高密度エネルギーが急速に充填されていく。その際、照準器と視界が同期したのだろう。彼女の青い眸が明滅し、拡張現実のオーバーレイが標的の輪郭を赤く縁取る。距離、風向、射撃角度──すべてのデータが視界に重ねられ、最適な射撃解が導き出されていった。


 あとは照準を合わせて、引き金を引くだけでいい。レールに流れ込む電流が弾丸を極限まで加速し、質量と硬度を備えた鋼材が一直線に放たれる。


 弾体は旧文明の高硬度合金だった。火薬を用いず、レール間に流れ込む電流によって瞬時に加速される。初速は音速を超え、空気抵抗によるプラズマ化を最小限に抑えるため、弾体形状は極限まで洗練されている。理論上、三メートル級の〈人擬き〉でも一撃で破壊できる威力を備えていた。


 私も狙撃位置につくと、ライフルを構えて標的に銃口を向ける。周囲の警戒はハクに任せているので、安心して脅威の排除に専念できた。


 霧の向こうで、白い巨人の一体がゆっくりと顔を上げる。そして深い眼窩の奥からこちらを見上げてくる。充分な距離があるはずなのに、視線が合ったような錯覚に襲われた。その顔面に固定された笑みが、わずかに広がったようにさえ見えた。


 ペパーミントと視線を合わせたあと、射撃を開始する。空気そのものが震えるような、独特の低い射撃音が響く。銃口から閃光はほとんど見えない。ただ霧の層が一直線に裂けて、超高速で放たれた弾体が白い巨人の頭部を貫き、頭蓋骨を破裂させた。乳白色の皮膚が裂け、内部の組織が霧の中に飛び散る。


 ペパーミントは呼吸を乱すことなく、次々と頭部を狙って射撃を続けた。狙いがわずかに逸れて手足に直撃することもあったが、変異体は残った身体で不自然なバランスを保ちながら立っていた。損傷箇所から白濁した体液が流れ落ちても、細長い四肢をぎこちなく動かし続ける。


 片脚を失っても倒れず、残った脚だけで体重を支える。関節は通常ではあり得ない角度に折れ曲がるが、痛みを感じていないのか、あの奇妙な笑みは崩れない。頭部が半壊しても、口角だけが痙攣するように引きつり続ける。それは生物というより、壊れかけた異質な機械を見ているかのようだった。


 標的との間にはそれなりの距離があったが、強力な兵器を使用したこともあり、危険を冒すことなく脅威を排除できた。やがて、〈転移門〉の周辺を徘徊していた白い巨人たちは、すべて霧の中に崩れ落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍情報です。応援よろしくお願いします!
画像クリック or タップで販売ページにアクセスできます。

41pRtQ6uAES.null_SY250_.jpg
いずみノベルズ 〈不死の子供たち1〉 書籍情報

418IqmXBLML.null_SY250_.jpg
いずみノベルズ 〈不死の子供たち2〉 書籍情報

513Yh3qFmpL.null_SY250_.jpg
いずみノベルズ 〈不死の子供たち3〉 書籍情報
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ