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不死の子供たち  作者: パウロ・ハタナカ
第十八部 混迷都市

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961 58〈行方〉


〈カイロン6〉との話し合いから数日、我々は復旧作業が進められている電力施設へと戻ってきていた。周辺一帯に生息していた変異体はすでに駆除され、外周を囲む壁の建造も完了していた。壁面には振動センサーと監視装置が埋め込まれ、侵入の兆候があれば即座に戦闘部隊に通報される仕組みになっていた。


 地上部分の建物は依然として廃墟同然だった。崩落した外壁が風に晒され、鉄骨が錆びた肋骨のように空へ突き出している。しかし、地下では状況が異なる。地下階層では作業用ドロイドが昼夜を問わず稼働し、施設全体の改修が急速に進んでいた。


 電力施設には、悪意ある者たちの襲撃に耐え、増援が到着するまでの時間を稼ぐための新たな防衛設備が備えられていた。これにより、防衛機構は従来とは比較にならない水準へと引き上げられている。


 たとえば通路には、壁や天井から照射される格子状のレーザーシステムが設置された。それは侵入者を瞬時に検知し、敵性対象と判断すれば即座に高出力モードへ移行する。最終的には軍用の切断装置に匹敵するエネルギー密度に達し、熱線に触れることは、鋭利な刃で身体を切断されるのとほとんど変わらない危険性を伴う。


 すべての通路に〈レーザー・グリッド〉が設置されたことで、中央制御室にたどり着けるのは権限を持つ人間だけになった。もちろん、多層認証と連動した隔壁も備えていて、特定区画を瞬時に封鎖できる機構も整えられている。


 戦闘用機械人形〈ラプトル〉の部隊も分隊単位で配備され、あらゆる状況に対応できるようになっていた。彼らは巡回経路を自律的に設定し、常に最適化されていた。異常検知から初動対応までの平均所要時間は秒単位で短縮され、施設全体はもはや単なる発電設備ではなく、都市中枢を仮設的に代替し得る軍事要塞へと変貌しつつあった。


 その最深部には〈カイロン6〉のための制御室が設けられていた。本来は旧文明の技術者たちがリアクター管理を行っていた区画を改修したものだった。


 壁面には曲面状に配置された高解像度ホログラム対応型パネルが埋め込まれ、都市全域の電力負荷、保安システムの稼働状況、ドローンの位置情報、気象センサーの解析結果が層状に重ねて表示されていた。


 システム構築には旧文明の分散サーバーから断片的に回収されたデータが使われ、欠損部分は機械学習によって補完されていた。数字と図表の背後には依然として不確定要素が横たわっているが、それでも人間の手作業による統制よりは遥かに精度が高い。


 部屋の中央には、〈大樹の森〉を管理するマーシーの協力のもと、〈カイロン6〉専用の接続端末が設置された。外装は耐熱合金で覆われ、内部には量子補助演算ユニットと大容量キャッシュメモリが並列接続されている。


〈クリスタル・チップ〉の特性に合わせ、演算負荷が急激に増大した際には自動的に演算ノードを拡張し、逆に負荷が低下すれば消費電力を抑制する可変構造が採用されていた。


 冷却には液体金属を循環させる閉鎖系が用いられ、温度上昇は常時監視されている。端末は人間の操作を前提としておらず、入出力インターフェースは〈カイロン6〉の思考速度に同期する。情報は言語ではなく、構造化されたデータ群として流入し、彼女の内部で再編成される。


 我々に協力することを受け入れた〈カイロン6〉には、まず都市で続いている争いや略奪を鎮静化してもらうことにした。


 彼女が保安システムを再構成し、高層建築物の封鎖やアクセス権の再割り当て、自律兵器の再配置を実行できるよう、限定的な管理権限が付与された。しかし、その権限は段階的に拡張される設計であり、現段階では都市全域の完全制御には至っていない。


 それは我々が意図したものではなく、〈データベース〉による処置だった。都市機能を一挙に〈カイロン6〉に委ねることへの、現実的な抑制策でもあったのかもしれない。


 まだ互いに完全な信頼関係が築けているわけではない。そのため、彼女には拠点からではなく、特別に設けられた制御室で遠隔操作による管理を行ってもらうことにした。


 我々は、制御室が彼女を拘束する檻ではないと何度も説明した。しかし実際には、物理的にも論理的にも隔離された空間になっていた。彼女が自由を求める存在である以上、この構造は矛盾を孕む。それでも都市の鎮静化を優先するなら、彼女の協力は必要だった。


「信頼は理念ではなく、検証の積み重ねによってのみ形成される」

 彼女はそう言って、皮肉めいた笑みを浮かべた。


 この場所はあくまで仮の施設であり、都市全体を統括する本来の統合管理施設が見つかるまでの代替案にすぎない。本来の統合管理施設が発見されれば、より広範なネットワークへの接続が可能になるだろう。


 しかし現時点では、ここが〈カイロン6〉の視界となり、思考の拠点となる。彼女はこの空間から都市を俯瞰し、再び〝管理者〟として機能することになる。彼女がここから何を選び、どのように都市を変えていくのか――それは、まだ誰にも予測できなかった。


〈カイロン6〉による都市鎮静化が進められるなか、我々は別の脅威に対処する必要があった。教団の過激派勢力〈レギオン〉――教団の中でも最も狂信的で、旧文明の技術を兵器として利用することに躊躇がない。その残党が、未だ〈ジャンクタウン〉周辺に潜伏している可能性が高かった。


 長らく封鎖されていた地下施設を開放し、旧文明の技術にアクセスし、〈カイロン6〉を起動できるだけの権限を持つ者がいた。


 それは末端の信者や技術員では不可能なことだった。旧文明のシステム構造を理解し、多層化された認証鍵を解析し、アクセス権限を偽造する。封鎖プロトコルの盲点を突き、監視ログすらも改竄する。


 その技能は兵器と同等、あるいはそれ以上に危険だった。もしその人物が健在であれば、我々にとって重大な脅威となるのは明らかだった。


 そこで、再び〈ジャンクタウン〉に仲間を潜入させた。かつて交易と廃品の取引で賑わっていた通りは、今や瓦礫の影に沈み、焼け焦げた建材と錆びた鉄骨が山積みにされていた。教団施設の跡地に到着したとき、残されていたのは暴徒に破壊された廃墟の残骸だけだった。


 住居施設は徹底的に焼き払われ、教会に隠されていたサーバーラックは引き倒されている。データ端末は基板ごと剥ぎ取られ、金属の棚だけが無造作に転がっていた。焦げた壁面には、かつて掲げられていたであろうタペストリーが煤に埋もれている。組織的な撤退と、意図的な痕跡消去の両方が見て取れた。


 市場に流出していた端末を買い集め、解析を試みた。裏通りの闇市では、焼損した記憶媒体や暗号化され、もはや売り物にならない情報端末が無造作に積まれていた。解析の結果、その多くは末端信者の所有物で、教義の記録、配給の割り当て、個人的な祈りの文言といった断片に過ぎなかった。


 組織中枢に通じる情報は徹底的に排除されていた。それでも削除された領域を復元すると、強引に初期化された形跡が確認された。


 そこで発見された断片的な通信ログや位置情報から、〈廃墟の街〉に点在するいくつかの拠点を割り出すことができた。階層都市の空洞化した中層区画、地下鉄跡の保守区間、崩落した商業施設の地下倉庫。逃亡を図る前に拘束するため、我々は即座に部隊を派遣し、私自身も複数の拠点を強襲した。


 だが案の定、施設の多くはもぬけの殻だった。端末は物理的に破壊され、ストレージは爆破処理されていた。拠点には開封された弾薬箱、散乱した医療パック、情報端末などが残されていた。数時間前まで人がいた痕跡だけが、そこに残されていた。


〈レギオン〉は我々の動きを読んでいた。あるいは、これらの拠点に配置された人員そのものが、最初から捨て駒として用意されていた可能性も否定できない。追跡を誘導し、時間を稼ぐための餌だ。


 いくつかの施設では反撃に遭い、激しい交戦に発展した。セキュリティシステムを備えた防衛装置が天井で作動し、無人砲座が侵入経路を正確な射線で塞ぐ。通路には即席の爆発物が仕掛けられ、解除に失敗すれば生き埋めにされかねない。


 さらに、捕らえられていた〈人擬き〉が檻から解放され、侵入者に向けて誘導する罠も確認された。理性を失った変異体が狭い通路で暴れ、銃弾と断末魔が交錯する。〈レギオン〉は撤退しながらも、追跡者を確実に殺傷するための仕掛けを残していた。


 結果として、ラプトル数機が損傷し、負傷者も出た。制圧後に残されていたのは、すでに破壊された端末の残骸だけだった。


 誰が〈レギオン〉を組織し、何の目的で〈カイロン6〉を手に入れようとしていたのか。都市の深層で密かに権限を奪取し得る技術者は誰なのか。その核心には、依然として届かなかった。


 いずれにせよ、自爆テロを発端とした一連の〝報復作戦〟は、ようやく一区切りを迎えた。瓦礫の山と地面に転がる死体の記憶は、まだ街のあちこちに刻み込まれていたが、我々に立ち止まる余地はなかった。


 都市の混乱は収束したのではなく、ただ制御可能な範囲に押し込められただけだった。裏に潜む真の敵――〈レギオン〉を操り、旧文明の技術を利用した者は依然として姿を見せていなかった。


 それでも、我々は一定の成果を得た。〈ジャンクタウン〉を占拠していた過激派勢力を排除し、都市の管理権限を持つ〈カイロン6〉を――完全な制御下ではないにせよ、協調関係のもとに置くことができた。


 彼女の協力によって都市の治安は徐々に回復しつつあり、暴走した保安システムや変異体の脅威も抑え込まれていた。電力供給は安定し、主要インフラの稼働率は回復傾向を示していた。夜の高層建築群に灯るホログラムは、依然として混乱する都市を象徴していたが、それは同時に、秩序が再び形を取り戻しつつある兆しでもあった。


 しかし、その裏側で支払った代償は軽くない。消耗した装備は補充に時間を要し、負傷者は部隊を離れ、そして自爆テロによって命を落とした者たちは戻らない。その犠牲を思えば、この作戦は実りのあるものだったと言い切れない。しかし、物事は必ずしも想定通りに運ばない。


 我々は、常に不完全な状況の中で最善を選び続けるしかなかった。


 旧文明の遺構でもある巨大な階層都市は、崩壊寸前の均衡の上にあり、未知の技術に手を伸ばすこと自体が新たな歪みを生む。リアクターを再起動し、〈カイロン6〉を解放した判断も、その延長線上にあるのかもしれない。結果として都市は延命したが、その代償として新たな責任を背負うことになった。


 それでも、当面の脅威だった教団を遠ざけることに成功したのは事実だ。都市の崩壊を招きかねなかった勢力を排除し、暴走寸前だったインフラを安定圏へ押し戻した。少なくとも、無秩序な連鎖崩壊を回避できたことは、喜ぶべき成果だったのかもしれない。


 長い〝寄り道〟になったが、ようやく本来の計画に立ち返ることができる。異種族との交渉と技術交換、そして宇宙に旅立つための準備。


 地上の争いに埋没している間にも、外宇宙では別の勢力が動いている。我々には、まだ解決しなければならない問題が山積している。


 けれど、それらは〈カイロン6〉の動向を見極めながら進めることになるだろう。彼女は自由を得ることになる。都市管理という枠組みの内側で我々との協調を選ぶのか、あるいはより広範なネットワークへ接続し、自らの可能性を拡張するのか。


 彼女の能力と好奇心は、この地上だけに留まるとは限らない。もし彼女が旧文明の宇宙航行システムや軌道施設に関心を向ければ、我々の計画は大きく加速する可能性もあるし、逆に制御不能な方向へ逸脱する危険もある。


 我々はそのすべてを見渡せる位置に立ちながら、なお不確実性の中にいる。選択を誤れば、都市は再び混沌へと沈むだろう。その危うい均衡の上に立ちながら、次の一歩を踏み出すしかなかった。


 こうして、自爆テロから始まった報復の連鎖は終わったが、我々の日常は終わらない。都市の再生、宇宙への進出、そして姿なき敵との対峙。そのすべてが絡み合いながら、新たな局面へと移行していく。


〈廃墟の街〉に灯りが戻りつつある今、その光が希望となるのか、あるいは新たな争いの火種となるのか――それを決めるのは、これからの我々と、そして〈カイロン6〉の選択なのかもしれない。

いつもお読みいただきありがとうございます。

これにて第十八部〈混迷都市〉編は終わりです。

楽しんでいただけましたか?


【ポイント】などがいただけたらとても嬉しいです。

今後の執筆の参考と励みになります。


そしてレイラとカグヤの物語は、まだまだ続きます!

長いサイドクエストでしたが、いよいよメインクエストに入れると思います。

今後も、読んでいただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
投稿お疲れ様です。 戦艦にカイロン6が同乗してくれれば宇宙に出ても助かりますね。 本人も都市の管理より宇宙探索の方が性に合ってそうですし。
めっちゃ面白かったです! すごくすごくワクワクして、本当に面白かった! あとやっぱり、文がすごい綺麗です! 導かれるみたいにスルスル読んでて気づいたら終わってました! 次の更新も本当の本当に楽しみ…
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