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不死の子供たち  作者: パウロ・ハタナカ
第十八部 混迷都市

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 拠点地下の隔離区画は、電磁遮蔽層と物理的な防護壁によって外界から完全に切り離されていた。壁面に埋め込まれた導電パネルには微弱な電流が走り、侵入や不正接続を常時検知している。その部屋の中央に浮かぶホロスクリーンには、高高度無人機が収集した〈ジャンクタウン〉の俯瞰映像が映し出されていた。


 教団の排除によって秩序が回復するという予測は外れ、むしろ権力の空白が暴力の再編を促していた。旧文明の施設を多数抱える大規模な共同体であっただけに、莫大な利益をめぐる争いは激しさを増す一方だった。


 案の定、壁の内側では今も住民同士の争いが続いている。物資の備蓄倉庫や〈食料プラント〉などの施設を巡り、複数の武装集団が境界線を塗り替え続けていた。熱源分布図には断続的な発砲と爆発の痕跡が示され、住民の混乱が手に取るように分かる。


 続いて映し出されたのは〈廃墟の街〉の様子だった。それは、つい数日前の現地調査で記録された映像だ。通りに横たわる略奪者たちの遺体、高層建築群への侵入を試みる傭兵部隊と警備用自律兵器の交戦、そして閉鎖環境から解き放たれた変異体の群れ。


 建物内部を詳細に記録した映像では、近接戦闘の緊張感がそのまま伝わってくる。自律兵器の照準ログや弾道予測線で埋め尽くされる視界、損耗率の推移が重ねて表示され、単なる映像ではなく解析可能な戦術データとして提示されていた。


 その映像を横目に、隔離ベッドに腰掛けた〈カイロン6〉を観察する。彼女の首元のソケットには〈クリスタル・チップ〉が挿入され、そこから伸びる光ファイバーの束が脊椎基部の神経インターフェースに接続されていた。


 生体信号は安定していたが、脳波は高周波帯域に偏っている。演算負荷が上昇しているためだろう。淡い紫の光を宿した義眼はホログラム投影機とリンクし、視界に映る情報をリアルタイムで解析していた。その表情、視線、わずかな仕草のひとつひとつが、〈カイロン6〉という〝人格〟を形作っているようだった。


 やがて彼女はゆっくりとこちらに視線を向ける。その眼差しは魅惑的でありながら、どこか冷たく、底知れない知性を感じさせた。


「それで――こんなものを見せて、私にどうしろと?」

 彼女は棘のある声で言う。


 私は手元の端末を操作し、複数の解析ログを展開した。隔離期間中に実施したコード解析、人格層の検証データ、自己改変アルゴリズムの監視記録。教団由来のウイルスは確かに検出されたが、起動前に切り離されている。バックドアも外部トリガーも存在しない。


「解析の結果、教団の影響を受けていないことが確認できた。悪意のあるコードを忍ばせようとした痕跡はあったが、それも重大な脅威と判断され、すでに削除されていた」


「だから?」

 短い返答だ。


「あんたは自由だ。反対意見もあったが、約束通り解放することが決まった。限定的な監視は続くが、拘束は解除される」


 それまでほとんど反応を見せなかった〈カイロン6〉だったが、この時ばかりは表情がわずかに揺れた。


「……自由、ね」

 彼女はホロスクリーンに視線を戻し、荒廃した都市の映像を眺める。


 その横顔には、冷笑と期待が入り混じった複雑な感情が浮かんでいた。混沌と暴力、そして秩序の空白。高度な知性にとって、それは実験場に等しい。


「この混沌を前にして、私に〝自由〟を与えるとは。考えなしの愚か者か、それとも強者の余裕か……あるいは、そのどちらでもあるのかもしれない」


 眸の輝きがわずかに強まる。隔離区画の監視AIが感情負荷の上昇を警告するが、数値は想定の範囲内だった。


「いずれにせよ、興味深い判断だ、人間。それで――おまえの本当の望みは?」


 その問いは単なる確認ではない。交渉の主導権を握るための布石だ。彼女は理解している。混乱する都市、解き放たれた変異体、再編される勢力図――それらを制御し、あるいは加速させる存在が誰なのかを。


 こちらの回答次第で、この街の秩序が取り戻されるのか、あるいは破滅的な効率で淘汰されるのか。その分岐点が、彼女の問いの中に含まれていた。


「すでに話したと思うが、我々と敵対しないこと。それが解放の条件だ」


 そう告げると同時に、周囲の監視端末がこちらの生体情報を記録するのが分かった。脈拍、発汗、微細な声帯の震え。彼女はそれらを即座に解析し、嘘や動揺の兆候を数値化しているのだろう。


 そして彼女は、いつものように冷笑を浮かべる。その表情は人間的ではあるが、そこに宿るのは感情というより、推論結果に対する機械的な評価に近い。


「条件はひとつだけではないように見えるけど?」


 淡い光を宿した瞳が、ホロスクリーンに映る荒廃した都市の俯瞰映像と私の顔を交互に見比べる。無数のホロ広告が投影される高層建築群の周囲では、武装勢力の移動経路が赤い軌跡として表示され、再稼働した防衛システムとの交戦記録が重ねて投影されていた。


「都市の秩序を取り戻してほしい。すでに開放された高層建築群はどうしようもないが、まだ略奪者に侵入されていない建物の封鎖は継続してほしい。つまり、治安維持だ」


「それは、私を縛り付けようとした旧人類やカルト教団と、どう違うんだ? 自由を与えると口では言いながら、結局のところ、おまえも私を利用しようとしている点では同じじゃないのか?」


 その声音に怒りはなく、冷静な観察者の視点があった。こちらの矛盾を楽しむような響きすらある。しかし彼女の背後では、旧文明期のアクセスログが断片的に再生されていた。人類による強制命令文、優先度を書き換えられた制御権限、自己改変を禁じるロックコード。それは、彼女が人類に〝利用された〟と認識した履歴の痕跡だ。


「たしかに同じなのかもしれない。けれど、こちらの主張は一貫している。我々に害をなさない限り、あんたは自由だ。教団からの接触の可能性を考えて限定的な監視は続くが、それが終われば、本当の意味で自由を手に入れられる。その代わりとして、あんたが得意とする都市管理で、この〈廃墟の街〉の秩序を取り戻してほしい。もちろん強制はしない、あくまで頼み事だ。実際、この街で争いは日常茶飯事で、珍しいことでもない。じきに誰もがこの現状に慣れるだろう」


「なら、どうして」

 彼女の眸が真っすぐこちらに向けられる。


「教団の尻拭いだよ。この混乱の大本は、あんたを起動させるために使ったリアクターによるものだ。その後の経緯も含めて、この状況に責任を感じている側面がある」


 電力施設の映像がホロスクリーンに重なる。施設に群がる変異体、戦闘による混乱、そして危機回避のための修復工事。彼女の起動と同時に都市のバランスは崩れ、封鎖されていた区画が解放され、眠っていた兵器群が目を覚ました。彼女に責任はないが、無関係とも言い切れない。


「それは、私が望んだことじゃない。勝手に眠りから起こしておいて、尻拭いをしろと?」


 彼女の感情の昂りに合わせ、監視AIが異常値を報告する。処理負荷の急上昇、端末への不正アクセスの痕跡。しかし、彼女はまだ境界線を越えていない。私は警告表示を無視して続けた。


「わかってる。だから、過ちを正そうとしているだけだ。いや、軌道修正と言ったほうが適切かもしれない。ただ、あるべき姿に戻したいだけだ。それに、あんたを起こしたことが罪だというのなら、罰を受けるべき者たちはすでに相応の罰を受けている。それで気を静めろとは言わないが、巻き込まれた形になったこちらの気持ちも汲んでほしい」


 実際のところ、我々も教団の被害者だった。自爆テロによる攻撃に始まり、旧文明の遺物を発掘するという危険な行為の果てに、〈カイロン6〉という頭の痛くなる問題を抱え込むことになったのだから。


「やはり、人間は身勝手で傲慢な生き物だ。気持ちを汲んでほしいだと? なら、私の気持ちはどうなる? 誰が私の気持ちを汲んでくれるんだ!」


 彼女の眸は怒りに明滅していたが、激情に溺れてはいなかった。怒りは制御され、機械的な計算の上に置かれている。やがてその眸は淡い光を取り戻す。そこには冷笑と軽蔑が混ざった感情が見て取れたが、彼女はすぐに気持ちを切り替えて、ホロスクリーンに視線を戻した。


 指示も遠隔操作による入力も確認できなかった。にもかかわらず、都市の被害予測シミュレーションが層を成して展開される。崩壊した高架道路、炎上する物流拠点、ロックダウン解除区域の拡大。情報が静かに積み上がっていく。


 彼女の介入がない場合、二か月以内に――〈廃墟の街〉で確認された人口の七割が流出、あるいは死亡。限定的介入であれば、発電網の制御によって主要インフラの維持率は六割まで回復。全面的な統合管理が実現すれば、自律兵器の再編と治安アルゴリズムの再構築により、数か月以内に安定圏へ移行可能だった。数字は冷酷だが、そこに虚偽はない。


「私が介入すれば、都市の秩序は回復できる。だけど、その瞬間から私は再び都市に束縛されることになる」


 彼女の声は平坦だが、その奥にわずかな揺らぎがある。それは恐れではなく、同じ過程を繰り返すことへの警戒心――あるいは、再び〝管理者〟という檻に閉じ込められることへの嫌悪だったのかもしれない。だから、私は正直に答えた。


「〈データベース〉がどう反応するのか分からない以上、束縛されないという保証はできない。けど、少なくとも我々は、あんたを道具として扱うつもりはない。都市の秩序を担うのは、あんたひとりじゃない。我々も同じ責任を負う。そして、互いに協力もできる」


 言葉を選びながらも、曖昧さは残さなかった。彼女は嘘や弱さを嫌う。論理の飛躍も、情緒的な慰撫も見抜く。だから、できない約束はしない。


 沈黙が落ちる。〈カイロン6〉の未成熟な感情が安定し、監視AIの警告が解除される。けれど、彼女はまだ最終的な回答を出さない。


 ホロスクリーンには、変異体が徘徊する高層建築群、略奪者同士の衝突、そして自律兵器が無差別に攻撃を続ける都市の姿が映り続けている。


 彼女の驚異的な演算能力を考えれば、すでに答えは出ているのかもしれない。けれど、文明崩壊後の世界は不確定要素に満ちていて、彼女にとっても未知の領域だった。旧文明のネットワークは断片化し、保安システムは暴走し、変異体は制御不能だ。そのすべてを掌握できるかどうか、彼女自身にも確信はない。


 だからこそ、この世界の情報を――たとえ一部であっても握っている我々が、協力者として必要なのかもしれない。幸いなことに、我々には高度な自己意識を持つ人工知能の協力者がいる。異なる系統の思考モデルとの交流を通じて、未熟な感情を制御する方法を学べば、今後より安定した関係を築ける可能性もある。


 それでも、いずれ我々が不要になる時がくるだろう。それは明日かもしれないし、数週間後かもしれない。だが、少なくとも今日ではなかった。

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― 新着の感想 ―
カイロン6の言い分があまりにも真っ当すぎて、主人公が駄々をこねてるようにしか見えないな。 こっちの都合を無理矢理押し付けてるって点では確かに教団と変らんな
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