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不死の子供たち  作者: パウロ・ハタナカ
第十八部 混迷都市

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959/966

959 56〈状況把握〉


〈カイロン6〉の解析が隔離環境下で段階的に進められるなか、電力施設の復旧によって都市の配電網は限定的ながら再構成されつつあった。旧文明期の設備だけでなく、旧式ながら冗長化されたスマートグリッドも部分的に自己診断を開始し、断線区画を迂回する形で負荷を再配分していた。


 途方もない期間停止していた変電設備が順次再起動し、安定した電圧が供給され始めた。結果として、長らく闇に沈んでいた高層建築群に点々と灯りが戻っていた。それは復興の兆しであると同時に、都市の均衡が再び揺らぎ始めた兆候でもあった。


 銃声や戦闘音が絶えなかった〈廃墟の街〉では、電力供給の再開に伴い、これまで物理的にも電子的にも閉ざされていた区画への侵入が急増していた。


 旧文明期に構築された高層建築群は、停電下では電磁錠や生体認証装置が作動せず、内部の自律防衛機構も停止していたため、厚い防爆扉と機械式ロックによって辛うじて封鎖が保たれていた。


 しかし電力復旧により、一部の建物ではシステムが通常運転に移行し、ロックダウンの解除と同時にアクセス制限が緩和された。


 管理者不在のまま開放されたフロアは、無人の空白地帯と化す。スカベンジャーや武装勢力は、小型核融合電池や医療用ナノマテリアル、未使用の半導体基板といった高価値資源を求め、競うように侵入を開始した。


 建物内部では、手つかずの資源を巡る近接戦闘が増加し、旧式ドローンや機械人形による索敵が常態化していた。


 しかし問題は人間同士の衝突だけではなかった。封鎖された超高層建築物の内部では、長期にわたる閉鎖環境下で独自の生態系が形成されていた。崩落した壁から侵入して蓄積した雨水や断続的な結露、低階層部に滞留する有機廃棄物、そして放射線や化学物質への慢性的な曝露が、多種多様な生物に作用してきた。


 その結果、既知の〈人擬き〉とは異なる骨格密度や変形、光に対する異常な反応特性を持つ個体群が確認されるようになった。暗所適応により視覚よりも振動感知を優先する変種、閉鎖空間での高二酸化炭素濃度に耐える呼吸器官を獲得した種の報告もある。


 資源を求める侵入者が遭遇する危険は、再起動した自律兵器だけでなく、こうした未知の変異体そのものにも及んでいた。


 高度一万三千メートルを飛行する〈高高度長時間滞空型無人機〉から送られてくる都市の俯瞰映像には、都市各所で立ち昇る黒煙が鮮明に映し出されていた。赤外線スペクトルの解析では、短時間に急激な温度上昇を示す点が複数確認されていて、爆発物の使用やエネルギー兵器の放射に伴う熱痕と一致する。


 煙の発生源は、略奪者同士の衝突、変異体との交戦、あるいは再起動した自律型防衛兵器による排除行動の可能性が高い。電力復旧は都市機能を部分的に蘇らせたが、それは同時に、長く停止していた監視網と攻撃機構を再び稼働させることでもあった。


 現状把握のために集められたデータは、都市が単なる無秩序に陥っているのではなく、複数の勢力が再編成を進めていることを示していた。他勢力より多くの遺物を手に入れることで、力による支配を拡大しようとしているのだろう。


 この状況を放置すれば、都市全域が資源争奪戦の舞台となり、復興どころではなくなる。そのためには、まず現状を直接確認する必要があった。そこで、ラプトルの戦闘部隊を率いて〈廃墟の街〉に偵察に出ることにした。


 自律型致死兵器群の指揮は、今回もテンタシオンに委ねる。未知の変異体と、再起動した防衛機構が混在する高層建築群内部の調査には、彼の演算速度と戦術最適化能力が不可欠だった。


 廃墟の通りに足を踏み入れた瞬間、想定していた以上に状況が深刻化していることが分かった。空気は乾いた粉塵と黒煙で濁り、センサーが示す微粒子濃度は環境基準を大きく超えていた。


 超高層建築群が林立する影響で、深い峡谷のように伸びる主要道路は、かつては廃車や瓦礫が散乱し、数体の変異体を見かけるだけの陰鬱な場所だった。それが今や、複数のレイダーギャングが縄張りを主張し合う、流動的な戦場へと変貌していた。


 電力供給の再開により、一部の建物を管理するAIが自律的に再起動していた。閉ざされていたセキュリティ区画が段階的に解放されたことで、旧文明の遺物が眠る上層フロアは手つかずの宝物庫と化した。


 アクセスログを確認すると、正規の生体認証ではなく、物理的破壊や強制バイパスによる建物侵入が急増していることが分かった。


 争いは単なる略奪者同士の銃撃戦にとどまらない。ロックダウンが解除された建物をめぐる血みどろの戦闘だけでなく、保安システムが再起動し、セキュリティプロトコルに基づく多脚型自律兵器〈ツチグモ〉が順次派遣されていた。


 四脚で瓦礫を踏破し、各種レーダーや熱画像、音響センサーを統合した目標識別アルゴリズムによって敵性対象を即座に分類し、指向性エネルギー兵器で標的を排除する。遠方からでも振動が伝わり、〈ツチグモ〉のセンサーが敵を捕捉するたびに建物の影で閃光が走り、敵が次々と排除されていくのが確認できた。


 最悪なのは、これが都市の一角にすぎないという事実だ。階層構造を持つこの広大な都市では、これまで隔絶されていた敵対的生態系と人間社会が、電力復旧によって強制的に接続されつつあった。


 実際、保安システムと変異体、そして略奪者が三つ巴で消耗し合う局地戦が都市のあちこちで同時多発的に発生していることは、〈高高度長時間滞空型無人機〉からの俯瞰映像でも明らかだった。


 教団が後先を考えずにリアクターを再稼働した影響は、想定以上に深刻だった。我々がその不安定な炉を引き継ぎ、制御系を修理して出力を安定化させたことも、結果として封印されていた建物を解放する引き金になったのかもしれない。


 しかし、冷却系が限界に達していた炉心を放置すれば、たとえ安全性が確立された核融合炉であっても崩壊熱の制御を失い、都市全域が致命的な汚染に晒される危険があった。復旧は合理的判断だったはずだが、その副作用が最悪な形で顕在化していた。


 建物内部の状況を確認するため、まずは道路で激しく戦闘を繰り広げていた略奪者たちを排除する必要があった。


 テンタシオンの指揮のもと、徘徊型兵器の投入が決定される。無数の自爆ドローンが高層建築群の間に架けられた空中回廊を縫うように飛行し、標的に向けて急降下していく。ドローンは敵性反応を自動識別し、最適な角度で接触すると同時に爆散する。


 爆発の衝撃で肉片や瓦礫が舞い上がり、レイダーギャングの陣地は沈黙していく。我々は無数の死骸を避けながら建物へと近づいた。焦げた有機物と粉塵の混じった空気に、思わず咽せるほどだった。


 建物の外壁は高耐久セラミック複合材のパネルで覆われていたが、無数の弾痕と熱変形の痕跡が走り、表層の自己修復コーティングはすでに機能を失っている。路面には炭化した死骸、破砕された多脚車両と火砲の残骸が散乱していた。


 我々の接近に伴い保安システムが作動すると、限定的な都市管理アクセス権を使い警備用自律兵器からの攻撃を回避した。侵入者識別フラグが再評価され、私の生体署名は旧市民データベースと照合され、攻撃プロトコルは一時停止へと移行した。


 どうやら建物の管理システムは、市民権を持つ〝人間〟として私を認識してくれたようだ。周囲に展開していた警備用自律兵器は、まるで潮が引くように後退していく。とはいえ、完全に味方になったわけではないのだろう。優先順位が下がったに過ぎない。


 開放された防爆扉の先、破壊された自動扉を越えると、荒廃したエントランスホールが目に入る。天井の照明パネルはひび割れ、内部に侵入した風雨が床面を濡らしていた。略奪者たちの死体は受付カウンター周辺に集中している。侵入直後に保安システムから手荒い歓迎を受けたのだろう。


 指向性エネルギー兵器による直線的な貫通痕が胸部を貫き、周囲の壁材は瞬間的な高温で溶融し、ガラス状に再固化していた。保安システムは侵入経路を正確に予測し、殺到してきた略奪者を順に排除したようだ。


 その奥にあるメインホールでは、外の喧騒とは比べものにならない沈黙が立ち込めていたが、ラプトルのセンサーは暗闇の中で(うごめ)く複数の存在を捉えていた。


 旧人類の成れの果てなのか、無数の〈人擬き〉が光の届かない場所から這い出すように姿をあらわす。隔絶された環境下で異常な進化を遂げた変異体の群れだった。


 皮膚が鱗のように硬化した個体もいれば、皮膚が垂れ下がり血管網が表層に浮き出ている個体もいる。かつて施された強化手術の痕跡が残り、人工臓器と変質した生体組織が癒着していた。骨格も変形し、手足の骨が異常な角度に湾曲している様子も見られた。


 視覚器官は退化しているが、代わりに聴覚と振動感知能力が過敏に発達している兆候があった。微かな物音にも反応し、痙攣するように全身を震わせていた。


 最初の戦闘で数体のラプトルが破壊された。暗がりから飛び込んできた個体がラプトルの装甲の継ぎ目に爪を差し込み、主要機構を破壊する。軽量化された外装は高機動を優先した設計であり、純粋な質量と筋力による衝突には脆弱だった。


 二メートルを優に超える背丈を持つ個体は、床を蹴って壁面に飛びつくと、三次元的な軌道で接近してくる。機械人形の照準が補正を終える前に間合いを詰められることも頻繁に起きた。その結果、戦闘は短時間で激化していった。我々は一体ずつ確実に処理していったが、建物内部の構造は複雑で、変異体の数も予想以上だった。


 建物内部の複雑な区画構造が敵の奇襲を容易にしていたこともあり、教団兵を圧倒したテンタシオンの戦術は通用しなくなっていた。


 オフィス区画は防火シャッターで分断され、閉鎖空間ごとに環境が異なっていた。湿度の高い場所では真菌が繁殖し、粘液に覆われた床面の摩擦係数が低下していた。変異体はそれを理解しているかのように、ラプトルを滑りやすい通路へと誘導する。


 閉鎖空間での激しい戦闘により瞬く間に損耗率が上昇し、ラプトルの稼働数は想定値を下回った。リアルタイムで戦術解析を行っていたテンタシオンは、損耗率が許容範囲を超えた瞬間には、すでに撤退を指示していた。


 建物が開放されたとはいえ、これらの変異体の群れが存在する限り、略奪者たちが占拠することは不可能に思えた。むしろ、〈人擬き〉の存在は天然の要害として機能し、建物内の資源を略奪から守る防壁になる可能性すらあった。


 撤退経路を確保している間、私はひとつの疑問に頭を悩ませていた。なぜ、これらの変異体が保安システムによって排除されていないのか、ということだ。


 推測される原因はいくつかあった。異常な変異を遂げながらも、体内に埋め込まれた生体認証チップ、あるいは遺伝子情報が〈データベース〉と一致している可能性だ。システムは形状や行動ではなく、IDによって敵味方を区別している。つまり、変異によって姿を変えても、システム上は〝市民〟として扱われているのかもしれない。


 建物を管理するAIは、外部からの侵入者だけを排除し、内部に巣食う異形の〈人擬き〉を〝住民〟として容認している。それが、今の〈廃墟の街〉の歪んだ現実なのだろう。

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