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不死の子供たち  作者: パウロ・ハタナカ
第十八部 混迷都市

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〈カイロン6〉を横浜の拠点に移送したあと、事態はいったん収束したように見えた。しかし実際には、ここからが本番だった。対象は単なる人工知能ではない。自律的意思を示す人工意識であり、さらに教団による改変を受けている可能性もある。取り扱いを誤れば、拠点そのものが危険に晒されかねない。


 かつて保育園だった建物の地下に設けられた医療施設は、象牙色の滑らかな鋼材で壁も床も覆われていて、無機質だけど清潔な空間になっていた。


 現在は完全に独立した区画として改装されていて、人の気配はほとんど感じられない。そこに搬入された昏睡状態の〝器〟は、担架ごと無菌室へ移され、すぐに〈メディカル・ドローン〉による走査(スキャン)が開始された。


 まず行われたのは、全身の三次元断層撮影と血液や脳脊髄液の自動採取だった。専用機材による走査で、感染性因子や未知のナノマシン混入の有無が確認された。


 首元の〈チップウェア・ソケット〉周辺には、初期接続時の過電流と認証負荷による明確な火傷が確認できた。皮膚は赤黒く変色し、壊死が進行していた。金属端子の一部には電解腐食の痕跡も見られた。


 損傷部位は局所麻酔下で洗浄され、医療用〈バイオジェル〉が塗布された。これは自己組織化ポリマーと成長因子を含む再生促進材で、火傷によって損傷した細胞の治癒に使われた。破損したソケット端子は取り外され、新しい生体適合金属に交換された。接合部は溶接で固定され、問題がないことを確認したうえで絶縁コーティングが施された。


 幸いなことに、致命的な外傷や臓器損傷は見られなかった。しかし脳波は低安定しているものの、認知活動を示すパターンは検出されず、自律神経系は維持されていたが意識回復の兆候はなかった。


〈カイロン6〉接続時に前頭前野および側頭葉で急激な過負荷が発生し、神経回路(ニューラルネットワーク)が部分的に損傷した可能性が高い。身体は生きていたが、意識や人格が戻るかどうかは不透明だった。


 一方、〈カイロン6〉の本体――手のひらに収まるほどの〈クリスタル・チップ〉は、別区画の解析室へ運ばれた。透明度の高い結晶体内部には、旧文明期の都市管理型AIが蓄積していた膨大なデータが層状に格納されていた。


 チップそのものは旧文明期に一般流通していた規格に準じているが、内部の記憶媒体は量子格子構造を持ち、通常の端末では読み取りが不可能だった。


 そのため解析には専用端末が必要となったが、マーシーの協力で〈大樹の森〉の研究施設から回収された機材が手に入り、問題は解決した。複数の端末は直列接続され、外部ネットワークから物理的に遮断するため、解析室には電磁波遮断シールドが展開された。


 電源も独立したものが使用され、外部からの信号入力経路は完全に排除されていた。人工意識が自己複製的に拡散する可能性を考慮した隔離環境だった。


〈カイロン6〉の記憶領域の解析が始まると、量子格子の断面図が立体的な幾何学的な模様として表示された。


 都市管理型AIとしての運用ログ、インフラ制御履歴、人口動態予測アルゴリズム、災害対応記録など、膨大なデータ層が整然と表示されていく。さらに教団による再起動時の操作記録、そして深層領域に隠された暗号化データの存在も確認された。


 教団が残した悪意あるコードが潜んでいる可能性のある箇所だ。もしここに外部トリガーと連動する命令系統が残存していれば、解放と同時に〈カイロン6〉が暴走する危険があった。ペパーミントはログの整合性を一行ずつ検証し、異常な自己書換え痕跡や非対称鍵の不審な生成履歴を洗い出していく。


 解析端末のホログラムモニターには、内部データの揺らぎがリアルタイムで可視化されていく。それは単なる情報ではなく、思考の履歴であり、選択の痕跡でもあった。それは、人工意識の〝精神痕跡〟とも言える微細なパターンでもあった。旧文明期の技術者は、その繊細なパターンを取得、再現し、意識の転送として利用していたのだろう。


〈カイロン6〉は今、ただの記憶媒体として静かに横たわっている。けれど、その内部には都市ひとつを動かすだけの知性と、自由を求める強靭な意志が眠っていた。彼女を解放するか、封印するか、あるいは破壊するか──その判断は、これから明らかになる解析結果に委ねられていた。


〈カイロン6〉の解析が進むなか、私は機械人形の部隊を編成し、電力施設の制圧に向かうことにした。現在の状況を放置すれば、リアクターが損傷し、周辺一帯の電力設備や電力網に甚大な被害が生じることが予想された。そのため、〈カイロン6〉の調査と並行して制圧作戦を進める必要があった。


 教団が占拠した施設は依然として不安定で、変異体と教団兵の戦闘が続いていた。双方が消耗を続ける状況は短期的には好都合だが、リアクターへの被弾や冷却配管の破断が発生すれば、復旧不能な損傷に発展しかねない。目標は敵の殲滅ではなく、制御室と冷却系の確保を最優先とする制圧作戦だった。


 主力となるのは旧文明期の局地戦闘用モデル〈二式局地戦闘用機械人形〉、通称ラプトルだ。地上戦闘を前提に設計された軽量高機動機で、あらゆる環境での索敵と戦闘行動に特化している。部隊の指揮は、高度な人工知能を搭載したテンタシオンに任せることにした。


 ラプトルの胴体は、〈超小型核融合電池〉や制御基板、冷却循環モジュールなど必要最小限の装置を詰め込んだだけの平たい形状をしている。外装装甲は極力排され、被弾時の損傷よりも機動性を優先した設計になっている。


 胴体の左右には多関節のマニピュレーターアームが備えられ、脚部は鳥脚型の逆関節構造で跳躍と急制動に優れていた。背部および大腿部にはユニット化された小型武装コンテナが装着可能で、状況に応じた兵器――短距離誘導弾などに換装できる。可動域を確保するため装甲は最小限だが、防刃防弾性能に優れた黒色の保護カバーに覆われていた。


 テンタシオンはラプトル全機を指揮するが、そのうちの一機に自らを同期させる。本体でもあるドローンは、本来機体の頭部が設置される位置に収まっていた。


 磁界によって胴体からわずかに浮いた状態で静止している姿は、他の機体と同様に丸い頭部を持つ標準型にも見えるが、艶を抑えた青みがかった黒色塗装と、表面に記された赤い〝十〟の漢数字が明確な識別となっている。


 テンタシオンは、他の兄弟機と同様に超攻撃的な人格を備えていた。敵性目標を認識すれば即座に脅威度を数値化し、行動パターンを学習しながら最適解を更新する。市街地の三次元地形データ、過去の教団兵との交戦ログ、生態に基づく変異体の行動記録。それらを統合し、数秒単位で戦術を再構築する能力は、人間による指揮を凌駕していた。


 輸送機に乗り込むと、無数のラプトルが固定フレームに整然と収まっているのが見えた。外部電源に接続された状態で最終診断を受けているのだろう。電力は待機出力で安定している。中央にはテンタシオンのドローンが静かに浮遊し、機内ネットワークを通じて各機との同期を完了させていた。


 エンジン出力が上昇し、微かな振動が床を伝うなか、輸送機はゆっくりと上昇する。目的地は変異体と教団兵が入り乱れる混戦地帯であり、迅速な殲滅と同時に設備保全が求められる。制御室や主変圧器群──破壊を最小限に抑えつつ戦闘を終結させなければならない。〈カイロン6〉の解析が進む間に、こちらも結果を出す必要があった。


 現場上空に到達すると、戦域のリアルタイム映像が視界に展開された。赤外線映像では施設外周を取り巻く変異体の熱源が不規則に明滅し、拡大映像では遮蔽物の陰に身を潜める教団兵のマズルフラッシュが断続的に確認できた。


 そこに電力系統の遠隔モニターから取得した出力変動グラフが重なり、冷却水循環ポンプの回転数も不安定であることが示されていた。被弾によって制御端末が損傷したのかもしれない。


 輸送機が目標地点の上空に差し掛かると、装備の最終確認を行い、戦術リンクを通じてテンタシオンとの同期状態を照合する。ラプトル各機の状態を示すデータが視界に展開され、問題なしと判断すると、私は躊躇(ためら)うことなく外に飛び出した。


 重力が一気に身体を引き込み、乱流が全身を叩く。背中に集中させたナノメタルが流動し、微細な金属繊維が瞬時に編み込まれ薄膜状の支持構造を形成する。やがてそれは左右へ大きく広がり、コウモリの翼に似た高機動型〈パラセール〉へと変化した。


 降下速度が急激に抑えられ、慣性が身体を上方へ引き戻すような感覚が生じる。数秒で姿勢を安定させ、重心移動と翼の微調整によって滑空経路を修正する。視界には地表の光景が拡大表示され、破壊された外周フェンス、横転した装甲車両、焼損した建物が視認できた。


 変異体は施設外周の遮蔽物に群がり、教団兵は即席の土嚢陣地と自律砲台で応戦していた。双方ともに消耗しているが、戦意は失われていないようだった。


 地面が迫ってくると、降下速度を調整しながら着地点を素早く確認していく。戦闘の砂塵と煙が視界を乱すなか、赤外線と地形スキャンを併用して障害物を避ける。


 適切な高度に達した瞬間、背部の〈パラセール〉を切り離した。翼を構成していた繊維がナノマシンの作用によって自己崩壊すると、翼は塵に変化し、空中で霧散していく。着地時には膝と肩で衝撃を分散させ、転がるようにして姿勢を整えた。


 ほぼ同時にラプトルも精密投下される。各機は短時間の〈パラセール〉による姿勢制御で落下軌道を補正し、逆関節の脚で地面を確実に捉えた。着地と同時にマニピュレーターアームでライフルを構え、武装コンテナが展開していく。


 すぐに戦闘態勢に移行し、最初の攻撃は変異体に向けられた。精密射撃が群れの先頭個体を貫通し、後続を巻き込む。ラプトルは散開しながら射線を交差させ、互いの死角を補完する。変異体が距離を詰めようとすれば、脚部の瞬発力で後方へ跳び、遠距離から確実に頭部を破壊した。


 教団兵も即座にこちらに火力を集中させたが、テンタシオンは発砲パターンを解析し、数秒以内に遮蔽物の配置と射撃間隔を予測する。ラプトル数機が制圧射撃で敵を固定し、別の機体が側面から攻撃する。その間にも短距離誘導弾が自律砲台のセンサー部を精密に破壊し、過剰な爆発を避けながら機能停止へ追い込んでいく。


 奇襲から数分で施設外周は沈黙した。抵抗が途絶えると、部隊は即座に施設内部へ侵入する。エントランスホールには死体と血痕が散在し、床には大量の薬莢が残されていた。ラプトルは隊列を維持したまま進み、クリアリングしながら経路を確保していく。まもなく施設の制圧は完了するだろう。

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