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不死の子供たち  作者: パウロ・ハタナカ
第十八部 混迷都市

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 教団の人造人間を処理したあと、〈ハガネ〉の状態を確認しながら呼吸を整える。筋肉に残る緊張がゆっくりとほどけていく一方で、戦闘の余韻はまだ空気に滞留していた。焦げた金属と人工血液のすえた臭いが混ざり合い、湿った森の空気に重く沈んでいる。


 周囲を見渡すと、すでに教団の部隊は殲滅していた。彼らの身体はハクの鋭い脚によって無残に引き裂かれ、泥濘の中に半ば沈み込んでいる。サイボーグ兵の外骨格は裂け、人工筋肉が露出し、断線したケーブルが微弱な電流を発して痙攣していた。その光景は、戦闘が拮抗したものではなく、一方的な虐殺に近かったことを雄弁に物語っている。


 多脚車両で逃亡を図った作業員たちも例外ではなかった。恐怖に駆られ、最後には武器を手に取ったのだろう。しかし判断が遅すぎた。ハクから逃れようと必死に抵抗した痕跡は見られたが、結果は変わらなかった。


 彼らもまた泥の中に倒れ伏して動かなくなっていた。もっとも、彼らが無抵抗であったとしても、教団がこれまで積み重ねてきた非道な行いを思えば、慈悲を与えるという選択肢は最初から存在しなかった。


 周辺一帯の生体反応と熱源を簡易的に走査(スキャン)し、生存者がいないことを確認する。遠く、電力施設の方角からは、まだ断続的に激しい戦闘音が響いてきていた。その音を背に、装備を最低限整え直しながら、ハクとの合流地点に足を向ける。


 いつの間にか小雨が降り始めていた。湿った土の匂いがいっそう濃くなり、葉の表面を滑る雨粒が、戦闘で熱を帯びた空気を冷ましていく。泥に付着した血液や体液は雨に洗われ、色を失いながら地面へと染み込んでいった。


 木々の間を抜けると、ハクの白い体毛が雨に濡れ、鈍い光を放っているのが目に入る。その背から乗っていたジュジュは降りていて、〈アスィミラ〉の苗に、濃紫の葉を持つ樹木を見せていた。


 昆虫種族の言葉が理解できるのかは分からないが、苗はジュジュに応じるように淡い燐光を放ち、一定のリズムで明滅していた。そこには、周囲の喧騒から切り離された穏やかな静けさが漂っていた。


 ハクの足元に目を向けると、糸で幾重にも拘束され、芋虫のように身をよじらせる戦闘員が転がっているのが見えた。全身を縛られ、声も出せず、ただ必死に地面を擦っている。その動きは、私の姿を確認するまで続いていた。ハクに食い殺されると勘違いしていたのかもしれない。


 そばにしゃがみ込んで首元を確認すると、〈チップ・ソケット〉には確かに〈クリスタル・チップ〉が挿してあった。淡く脈打つ光は安定していて、故障や外部侵食の兆候は見られない。ハクは〈カイロン6〉を無事に確保してくれていたようだ。


 戦闘は終わったが、事態が完全に収束したわけではない。しばらくの間、この辺りでは混乱が続くだろう。雨に打たれながら、つぎに取るべき行動を考える。


 雨脚が強まり、森の空気が冷たく引き締まっていく。戦闘の熱がようやく引き始めたにもかかわらず、胸の奥にはまだ緊張が残っていた。〈カイロン6〉を確保したという事実が、安堵よりも重い課題として意識に圧し掛かっているせいだろう。


 カグヤとの短い相談の結果、すぐに拠点へ連れ帰る案は却下された。〈カイロン6〉が遠隔操作や自己拡張のためにネットワーク接続を試みる可能性を否定できない以上、端末と通信機器が密集する拠点に持ち込むのはあまりにも危険だった。


 代替として選ばれたのが〈廃墟の街〉だった。都市機能はすでに完全停止し、通信インフラは寸断され、残存する端末も長年の放置やスカベンジャーの手によって使い物にならない。高度な人工意識にとっては学習も拡張も困難な環境であり、隔離と観測を同時に行う空白地帯として、これ以上の場所はなかった。


 サイボーグ兵の身体を媒介として、どこまで遠隔干渉が可能なのかは未知数だが、少なくともネットワークへの接続を遮断できれば、〈カイロン6〉の行動範囲と選択肢は大きく制限できる。


 そこで、〈カイロン6〉の目的を問いただす必要がある。無理やり教団によって眠りから覚まされたとはいえ、旧世代の〈カイロン5〉が辿った末路を思えば、人類に敵対しないと断言する材料はどこにもない。最悪の場合、完全破壊という選択肢を排除することもできない。けれど、その判断を下すには情報が不足していた。


 なぜ逃げたのか。何を拒み、何を求めて行動したのか。一個の生命としての人工意識が何を恐れ、何を目標としているのか――それを理解せずに結論を急げば、取り返しのつかない過ちを犯す可能性がある。〈カイロン6〉を脅威と断じるにせよ、保護すべき存在と判断するにせよ、その根拠が必要だった。


 糸でぐるぐる巻きにされた戦闘員をハクの背に乗せ、しっかりとスリングで固定したあと、ジュジュを抱き上げて森を離れる。


 ジュジュの小さな身体は雨に濡れていたが、しっかりと腕にしがみついている。微かに感じられる体温が、まだこの場所が現実であることを静かに伝えてくる。


 ハクは周囲を警戒しながら、無駄のない足取りで進んでいく。白い体毛に落ちる雨粒が淡く光を反射し、薄闇の中でその輪郭をかろうじて浮かび上がらせていた。幸い、森に生息する肉食性の変異体の多くは、電力施設周辺の戦闘音と血の臭いに引き寄せられている。


 そのせいなのか、森の奥を進んでいても変異体と遭遇することはほとんどなかった。雨が臭いを洗い流し、足跡を曖昧にし、追跡の手がかりを奪ってくれるのも好都合だった。


 森の深部を離れるにつれ、戦闘の喧騒は完全に遠ざかり、代わりに雨音と湿った土の匂いだけが支配する静寂が広がっていく。しかし、その静けさは決して安堵をもたらすものではない。人工意識――〈カイロン6〉が何を語り、どの未来を選ぼうとしているのか。それを知るまでは、緊張を解くことなどできなかった。


 森の外縁にたどり着くと、鬱蒼とした樹冠の切れ間から朽ち果てた高層建築群が姿をあらわした。雨に霞むその輪郭は歪み、太古の城塞都市を思わせる。


 雨脚はさらに強まり、低く垂れ込めた灰色の雲が街全体を押し潰すように覆っていた。かつて繁栄の象徴だったホログラム広告やネオンは、断続的に明滅している。けれどその光は弱々しく、都市が死の間際に反射的な痙攣を繰り返しているようにも見えた。


 森と廃墟の境界には、崩落した建築物の瓦礫が無秩序に積み重なっている。深く抉れたクレーターの縁には、爆風で粉砕されたコンクリートと鉄骨が堆積し、鋭利な断面が雨に濡れて鈍く光っていた。それを慎重に越えなければ、〈廃墟の街〉に戻れない。


 雨に濡れた瓦礫は泥と苔に覆われていて滑りやすく、重心を誤れば、そのまま崩落に巻き込まれかねないほど不安定だった。それに、ここから先は半永久的に都市を徘徊する〈人擬き〉の群れにも注意が必要だった。


 旧文明の重火器があれば排除は容易だが、今は無用な戦闘を避けるべきだった。〈レギオン〉による無差別自爆テロの影響で、この周辺には〈ジャンクタウン〉と敵対関係にある勢力も潜伏している。彼らと遭遇すれば、交渉の余地はなく、即座に戦闘へと移行するだろう。実際、潜入の過程で警備兵と交戦している場面にも遭遇していた。


〈環境追従型迷彩〉を起動し、周囲の環境に姿を溶け込ませた。放置された廃車と崩れた街路に足を踏み入れ、息を殺して進む。雨が金属片を叩く音と、遠くで風に揺れる看板が軋む音だけが、死んだ街に微かな存在感を与えていた。


 尋問は〈ジャンクタウン〉から距離を置いた場所で行う必要がある。変異体が棲み処にしていない建物で、雨漏りがなければ理想的だ。なおかつ、旧式の端末すら生き残っていない建物が望ましい。〈カイロン6〉が外部ネットワークに接続できる余地を、徹底的に排除しなければならない。


 ちらりと戦闘員に視線を向ける。ハクの背で身動きひとつしないその身体は、もはや人間の精神を失った容器に過ぎないのかもしれない。


 ジュジュは私の腕の中で静かに息を潜めている。雨に濡れた〈廃墟の街〉を観察しているのだろう。撥水性の高い体毛に守られているため、雨による体温低下の心配はなさそうだった。


 ハクは周囲の気配を探り、白い体毛を雨に濡らしながらも確かな足取りで瓦礫の街を進んでいく。〈廃墟の街〉は相変わらず、文明の成れの果てを積み上げた巨大な墓標のように沈黙していた。


 ほとんど小走りに近い速度を保ったまま、幹線道路に沿って一時間ほど進み続けた。雨脚は衰えるどころか次第に激しさを増し、砕けたアスファルトの窪みに濁った水が溜まっている。〈廃墟の街〉は、遠目に見るよりもずっと荒れ果てていた。


 高層建築の外壁は剥離し、露出した鉄骨が雨に叩かれて鈍く光り、道路脇には横転した車両と崩れた街路設備が折り重なっている。カグヤと進路を相談しながら、比較的構造の残っている建物を見定め、その内部へと滑り込んだ。


 そこは封鎖された高層建築物の下層に連なるショッピングエリアだった。天井は高く、吹き抜け構造の名残があり、かつては光と音、人の流れで満ちていたのだろう。


 今はスカベンジャーによって徹底的に荒らされ、商品棚は骨組みだけを残して空虚に並び、広告パネルは割れ、垂れ下がった配線が影を落としている。床には外から流れ込んだ雨水が溜まり、泥と腐食したゴミが混ざり合って足元を重くした。


 しかし、この荒廃はむしろ好都合だった。探索し尽くされ、もはや回収する物もない区域は、スカベンジャー同士の情報網によって共有され、誰も立ち入らない。略奪者も、食料を求める変異体も寄りつかない空白地帯だ。尋問を行うには、これ以上ない環境だ。


 薄暗い通路を慎重に進み、壁面の配電盤から伸びるケーブルが部分的に生きている区画を探し当てた。わずかに灯る照明は不安定ながらも機能していて、外部からの視線は瓦礫と構造壁に遮断され、光が外に漏れることもない。


 カグヤの偵察ドローンに周辺一帯の監視を任せたあと、いよいよ〈カイロン6〉の尋問を始めることにした。

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