表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不死の子供たち  作者: パウロ・ハタナカ
第十八部 混迷都市

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

953/963

953 50


 両手を肩の高さまで上げた戦闘員に銃口を向けたまま、ゆっくりと前に出るよう促した。ヘルメット一体型のガスマスクが表情を完全に覆い隠しているので、その内心は読み取れないが、少なくとも争うつもりはないようだ。


〈カイロン6〉を宿したと思われる戦闘員は、素直に指示に従っていて、敵意は感じられなかった。


 しかし、その平穏は唐突に破られた。多脚車両の背後に潜んでいた教団兵のひとりがこちらに向かって発砲したのだ。乾いた破裂音が空気を裂き、一発の銃声につられるように周囲の兵士たちが一斉に射撃を開始する。


 銃口の先でマズルフラッシュが瞬き、弾丸が雨のように飛び交う。ほとんど間を置かずに〈ハガネ〉のシールドを展開していたので、弾丸は直撃することなく軌道を逸れていく。けれど、ただ防御に徹していては押し切られる。


 反撃に移ろうとした瞬間、視界の端で動く影を捉えた。鬱蒼と生い茂る木々をかき分けるように、ハクが飛び出してきた。


 白い体毛を逆立て、長い脚をしならせながら教団兵に襲いかかる。大蜘蛛の変異体を思わせる〈深淵の娘〉の姿に、教団兵は恐怖で混乱した。その隙を逃さず、ハクは一気に距離を詰めて胸部装甲に脚を突き刺す。続けざまに薙ぎ払われた脚が首を()ね、部隊は恐怖で瓦解した。人工血液と体液が飛散し、射線は乱れ、命令系統は瞬時に機能を失う。


 その混乱の中心にあっても、〈カイロン6〉を宿した戦闘員は振り返りもせず、ただ真っ直ぐ歩いてきていた。


 銃声にも怒号にも反応せず、まるで外界の情報を遮断したかのように静かに歩き続けていた。〈ハガネ〉を使った簡易的な走査(スキャン)の結果、武器を所持していないことが確認できたが、それでも警戒を怠らず銃口は向けたままだった。


 距離があと数歩に迫った時だった。横合いから突如として衝撃が走った。左腕の義手が爆散するように破壊され、ライフルごと破片になって飛び散る。どうやら、〈ハガネ〉のシールドを容易く貫くほどの破壊力を持った兵器で攻撃されたようだ。


 すぐに反応して後方に跳び退き、樹木の陰に身を隠す。遮蔽物としてどれほどの効果があるのかは分からない。シールドすら貫く威力だ。樹木の幹など簡単に破壊してみせるだろう。しかし追撃は行われなかった。


 飛翔体が飛んできた方向に視線を向けると、ゆっくりと歩いてくる影があった。濃紫の外套をまとい、顔を覆う白い仮面には表情らしきものがない。その手には、対物ライフルを思わせる巨大な狙撃銃――通常の兵士が扱うには過剰な兵器が握られていた。


 教団の戦闘員であることは間違いないが、その佇まいは他の兵士とは明らかに異なる。静かで、揺らぎがなく、まるで祈りの場に立つ司祭のような不気味な威厳をまとっていた。


「……カグヤ、あれは人間か?」

 問いかけに対し、すぐにカグヤの声が内耳に響く。


 ドローンによる簡易スキャンでは教団のサイボーグ兵と同系統の反応を示しているが、生体由来か完全な生物工学かを断定する根拠はないという。私は思考を切り替え、ユーティリティポーチから予備の弾薬ブロックを引き抜き、破損した義手の断面に押し当てた。


 鋳塊めいたナノ構造材が融解し、欠損部に取り込まれるように再構成されていき、数秒で神経接続が復旧する。義手だったからこそ助かったが、もし直撃が胴体や頭部だったなら、致命的な攻撃になっていただろう。


「カグヤ、ハクに〈カイロン6〉の捕縛を頼んでくれるか」

『いいけど……レイはどうするの?』

「あいつの相手をする」


 失ったライフルの代わりに、両腕の前腕部に刃を形成する。前腕の装甲が変形し、刃が腕そのものの延長として滑り出る。同時に〈ハガネ〉のシールド出力を限界まで引き上げ、地面を蹴って一気に距離を詰める。


 人造人間めいた戦闘員はすぐに反応し、狙い澄ましたように連射を浴びせてくる。多層展開したシールドは貫かれ、層を一枚ずつ削られながらも弾道を歪めていった。


 間合いに入った瞬間、踏み込みと同時に刃を振り下ろす。教団兵は、その一撃で切断されたライフルを迷いなく放棄し、後方に跳躍して追撃をかわした。その動きは、人間の筋力や反射の域を明らかに超えていて、機械的な予測に基づく回避行動にすら見えた。


 追撃のためさらに踏み込み、左腕の義手を肘の先まで展開する。変形機構が作動し、刃は鎌状に湾曲して伸長し、そのまま腹部を深く斬り裂く。確かな手応えがあったにもかかわらず、相手は体勢を崩さず後退するだけで、痛みの反応を一切見せない。傷口から血液が流れ出ることもなかった。


 やはり人造人間なのだろう。そう理解した瞬間、戦闘員の眸が淡く発光した。つぎの瞬間、指向性の衝撃波が放たれ、圧縮された空気が叩きつけられる。視界が揺らぎ、肺が押し潰され、足元の土壌が円形に抉れた。それでも踏みとどまり前に出ようとしたが、すでに距離を取られていた。


 人造人間は沈黙したまま後退し、重心を低く落として構える。外套の裾がわずかに揺れ、その静止した姿勢から、つぎの攻撃が人間の反応限界を超えた速度と精度で放たれることを否応なく理解させた。


 その人造人間が滑るように距離を詰めてくるのを見計らい、私も前に踏み込む。前腕から突き出した刃が弧を描き、空気を切り裂く。だが、その斬撃は届く寸前で避けられる。


 人造人間は、こちらの動きを事前に計算していたかのように身体をわずかに傾け、刃先を紙一重で回避する。反応速度は異常だった。それは視覚情報に頼った回避ではなく、こちらの動作パターンそのもの――踏み込みの角度、関節可動域、刃の伸長速度まで含めて算出された予測結果に基づく回避だった。


 息つく間もなく、人造人間の姿が視界から消える。つぎの瞬間、脇腹に重い衝撃が叩きつけられた。タクティカルスーツの装甲プレートが大きく凹み、肺の空気が強制的に押し出される。呼吸が途切れ、視界が一瞬白く染まった。


 すぐに横に飛び退いて、地面を転がるようにして体勢を立て直そうとする。しかし、人造人間はすでに目の前にいた。まるで空間そのものを滑るような、重力の束縛を受けていないかのような奇妙な動きだった。


 直後、念動力の圧が空気を歪める。咄嗟に腕を交差させて衝撃に備える。間を置かず、目に見えない衝撃波に襲われる。乾いた破裂音とともに刃が軋み、身体が後方に押し流される。足裏が泥濘に沈み、思わず体勢を崩した。


 それでも完全に倒れる前に踏みとどまる。けれど、次の瞬間には人造人間が間合いに踏み込んでいた。そして、恐るべき速さで拳が振り下ろされる。咄嗟に液体金属で形成した楯で受け止めるが、衝撃は厚い金属を通して腕全体に伝わり、骨が軋むほどの重さだった。


 休む暇もなく拳が叩きつけられる。一撃ごとに楯が凹み、耐衝撃性の高い鋼材が悲鳴を上げる。一瞬の隙を突いて前蹴りを叩き込んで距離を取るが、すぐに懐に飛び込んでくる。紙一重で急所を守りながらも、押し込まれる一方だった。


 視界が揺れ、呼吸が乱れる。それでも攻撃の隙を探す。人造人間の無機質な瞳がわずかに光を帯びた、その瞬間だった。念動力による攻撃のために生じた一瞬の隙を狙い、〈ショルダーキャノン〉の照準を合わせて至近距離から〈貫通弾〉を叩き込む。


 凄まじい衝撃が上半身を吹き飛ばし、金属片と人工臓器が飛び散る。それでも人造人間は倒れない。破断面から滲み出した液体金属が脈動し、すぐに自己修復を開始する。金属の骨格が形成され、関節が再結合され、恐るべき速度で人工臓器が組み上がっていく。


 修復速度に戸惑いながらも、迷わず次の行動に移る。再生が完了する前に叩き潰す――それ以外に、この厄介な相手を無力化する方法はない。人造人間の自己修復は高速だが、破壊速度がそれを上回れば成立しないはずだ。


 足元の泥濘は吸い付くように重く、踏み込むたびに滑りかける。それでも重心を低く落とし、前に出る。前腕の刃が湿った空気を裂き、泥の飛沫が舞い、刃の軌跡だけが鋭い光として視界に残った。


 再生途中の人造人間は、まだ完全な形を取り戻していなかった。腕部は未分化のまま垂れ下がり、金属繊維が束になって露出し、液体金属が流動している。その未完成の関節に、刃を深々と突き立てた。


 人工筋肉が裂け、内部から高温の蒸気が噴き上がる。焦げた金属の臭いが鼻腔を刺し、飛び散った液体金属が泥と混じり合って黒い斑点を地面に残す。半ば再生した顔面が軋むように動き、片側だけ形成された無機質な瞳が、遅れてこちらに焦点を合わせる。


 その視線を受け止めながらも、動きを止めることはなかった。泥に足を取られて体勢が崩れかけた瞬間さえ、その流れを攻撃へと変換する。滑り込む勢いを利用して身体をひねり、刃を横一文字に振り抜いた。


 半ば再生した胴体が再び裂け、内部の金属繊維が断ち切られ、弾けるように飛び散る。地面に滴り落ちた液体金属は泥の上で蒸気を立ち昇らせる。


 すぐに修復が開始されるが、その頃には〈ショルダーキャノン〉の砲口が人造人間の胸部を捉えていた。至近距離から〈貫通弾〉を叩き込み、再生途中の装甲と内部構造をまとめて抉り飛ばした。胸部には大きな空洞が穿(うが)たれ、内部で収束しつつあった金属流体が四散する。


 片方だけ修復された瞳が微弱な光を宿す。その眼球を狙い、さらにもう一発の〈貫通弾〉を撃ち込む。轟音が大気を揺らし、閃光が木々の影を跳ね返し、爆風が泥濘を吹き飛ばした。地面が波打つように震え、周囲の空気が一瞬、真空めいた静寂に包まれる。


 それでも人造人間は再生を試みる。断面から液体金属が溢れ、骨格を再構築しようと蠢く。その兆候が見えるたびに、私は容赦なく〈貫通弾〉を撃ち込み続けた。


 金属片が飛散し、液体金属が高温の蒸気を上げながら弾ける。修復しようとする組織は破壊の速度に追いつけず、次第に形を失って崩れ落ちていく。泥と金属片と蒸気が入り混じり、視界は揺らぎ、耳鳴りが鼓膜を震わせた。それでも攻撃の手を緩めることはなかった。


 やがて、人造人間の動きが完全に止まる。残骸の中心には、損傷しながらも修復段階にあった球体状のコアが露出していた。私はそれを義手で掴み取り、血管めいたケーブルごと握り潰し、同時に〈ハガネ〉に取り込む。


 その瞬間、形を成そうとしていた液体金属は力を失い、地面に零れ落ち、急速に蒸発して消えていった。そこに残されたのは、泥と焦げた金属の臭いだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍情報です。応援よろしくお願いします!
画像クリック or タップで販売ページにアクセスできます。

41pRtQ6uAES.null_SY250_.jpg
いずみノベルズ 〈不死の子供たち1〉 書籍情報

418IqmXBLML.null_SY250_.jpg
いずみノベルズ 〈不死の子供たち2〉 書籍情報

513Yh3qFmpL.null_SY250_.jpg
いずみノベルズ 〈不死の子供たち3〉 書籍情報
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ