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不死の子供たち  作者: パウロ・ハタナカ
第十八部 混迷都市

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952 49〈追撃〉


 拡張現実(AR)で輪郭が強調されて浮かび上がる足跡は、薄暗い通路の中で淡い光を放ちながら、進むべき方向を示していた。〈カイロン6〉を宿した〝何か〟は、確かにこの場所を通っている。歩幅や重心移動を意図的に変え、追跡を妨げるような痕跡すら残していた。


 しばらくすると、前方に戦闘員が築いた即席陣地が見えてくる。金属板と瓦礫を積み上げただけの粗雑な防壁だが、重機関銃が据え付けられ、通路を完全に封鎖していた。遮蔽の配置は防衛を想定しているものの、退路の確保はしていない。


 ここで侵入者を足止めするつもりだったのか、それとも仲間に使い捨てられたのかは分からない。でも、とにかく標的の追跡は〈光学迷彩〉で姿を消したカグヤのドローンに任せ、自分は滑り込むように近くの遮蔽物に身を隠した。直後、重機関銃の掃射が通路を薙ぎ払う。


 紙一重で回避した弾丸が壁面を抉り、破片が耳元をかすめる。しかし銃撃はすぐに止み、代わりに兵士たちの叫び声が響き渡る。


 身を乗り出して前方を確認すると、側面の崩れた壁から蟻型変異体が群れをなして侵入しているのが見えた。戦闘員は必死に応戦していたが、変異体は一度でも咬みつけば首を落とされても離れない。


 鋭い大顎が兵士の腕に食い込み、引きずり倒し、血飛沫が陣地内を染めていく。遮蔽物で仕切られた狭い陣地は、瞬く間に逃げ場のない地獄と化した。


 変異体と教団兵が互いに絡み合い、どちらかが完全に動かなくなるまで殺し合いが続く。銃声と怒号、外骨格が砕ける鈍い音が混ざり合い、空気は鉄と血の臭いで満たされていた。この混乱は偶然ではないのかもしれない。〈カイロン6〉が追撃を阻むため、ワザと変異体を誘き寄せた可能性がある。


 ハンドガンを抜くと、弾薬を〈反重力弾〉に切り替える。照準を陣地の中心、最も密度の高い一点に定めて撃ち込んだ。着弾と同時に局所的な重力崩壊が発生し、変異体と兵士の身体が一斉に引き寄せられ、絡み合ったまま宙に持ち上がる。


 直後、甲高い音が鳴り響く。重力崩壊の中心に生じた光球に吸い寄せられるようにして圧縮され、抵抗する間もなく潰されていった。


 敵をまとめて始末すると、その場に留まることなく駆けだした。カグヤのドローンが示す新たな追跡経路が視界に表示される。〈カイロン6〉は電力施設の倉庫に向かっていた。そのまま外に出るつもりなのだろう。


 狭い通路を抜け、物資の一時格納庫として使われていた倉庫に向かう途中、戦況がさらに混迷を極めていくのが確認できた。壁面には弾痕が刻まれ、床には教団兵と変異体の血液が混ざり合って黒い泥となって広がっていた。


 電力施設の中庭を見下ろせる位置に差しかかると、視界に広がったのは屠殺場めいた空間だった。変異体の死骸が折り重なり、外骨格の破片と内臓が瓦礫に絡みつく。その隙間から、まだ息のある個体が這い出し、痙攣する脚で次の獲物を探している。


 蟻塚めいた巣穴は崩れかけているにもかかわらず、内部から新たな変異体が絶え間なく湧き出し、外骨格同士が擦れ合う振動が空気そのものを侵食していた。


 そこに〈レギオン〉の狂信的な兵が、恐怖という概念を欠いた動きで飛び込み、自爆装置を起動する。直後、足元が持ち上がるような衝撃が走り、巣穴の一部が崩落して変異体の群れが瓦礫とともに圧殺された。


 もはや施設防衛でも生存競争でもない。互いを消し去ることだけを目的とした戦い――理性を放棄した血みどろの殲滅戦へと変貌していた。どちらが勝とうが、この施設が再びまともに機能することはないだろう。


 その光景を視界の端に追いやりながら、足を止めず倉庫に向かった。扉は破壊され、中途半端に開け放たれていた。その扉に体当たりするように内部に侵入すると、輸送用の大型多脚車両が整然と並んでいるのが見えた。


 かつて物流を支えた主力車両は、錆と植物に覆われ、脚部の関節は完全に固着していた。天井から落ちる淡い光が、装甲にこびりついた苔と腐食痕を照らし、死んだ施設の静寂を際立たせていた。


 しかし、その静寂は偽りだった。車両の間には、あの蟻塚めいた巣が林立していた。動物の死骸や泥を固めて作られた巣は、まるで倉庫全体が変異体の繁殖地へと変わったかのような異様な光景を形作っている。


〈カイロン6〉を宿した〝器〟は、この巣の間を通り抜けて倉庫の外に向かったようだった。すぐに〈環境追従型迷彩〉を起動し、周囲の色調と質感に身体を溶け込ませる。迷彩がどれほど変異体に通用するかは分からない。けど、少なくとも視覚的な発見を遅らせることはできる。


 巣の間を慎重に進む。変異体の足音がどこかで響き、外骨格が擦れる音が空気を震わせる。巣の内部からは昆虫の蠢く気配が伝わり、わずかな振動が足元へと伝わってきた。一歩でも踏み外せば、群れ全体を刺激しかねない。


 外に続く防爆シャッターが視界に入った時だった。外側から金属片が跳ねる音がして、手榴弾が弧を描いて飛び込んでくるのが見えた。思考より先に身体が動き、即座にシールドを展開する。


 直後、爆風が正面から叩きつけられる。衝撃は相殺されたものの、爆発音が倉庫の天井と壁面で反響し、空間全体を揺さぶった。その振動が引き金となったかのように、背後の巣穴が一斉にざわめき始める。


 つぎの瞬間、巣穴の裂け目から大量の変異体が這い出してきた。それは、災害のあとに押し寄せる濁流のようだった。重なり合う甲殻が擦れ、湿った体液の臭いが空気に混じる。


 そのまま外に向かって駆け出し、シャッターの操作盤に手を伸ばす。分厚い防爆シャッターが下降を始めるが、その動作は鈍重で、決定的に遅い。閉じきる前に群れが突進し、金属板が悲鳴を上げるように歪み、支点ごと破壊されて吹き飛んだ。


 距離を詰められる前にライフルを肩付けし、フルオート射撃で銃弾を叩き込んで群れの先頭を削り取る。牙が砕け、脚がもげて体液が床に飛び散る。けれど、倒れた個体の背後から、次の群れが波のように押し寄せてくる。


 すぐに弾薬を〈小型擲弾〉に切り替えて、立て続けに撃ち込む。小気味いい発射音のあと、群れの中心で連鎖的な爆発が起こり、無数の変異体が宙に舞い上がる。外骨格が砕け、巣の残骸と混ざり合って降り注ぐ。


 視界が一瞬開けた。追跡を続けようとして振り返ったときだった。倉庫外縁の草むらから、ひとりの戦闘員が姿をあらわす。個人携帯式無反動砲の照準は、正確にこちらを捉えていた。トリガーにかけられた指が動くのが見えた瞬間、白い影が側面から飛び込んでくる。


 ハクだった。長い脚の踏み込みと同時に振るわれた爪が、サイボーグ兵の腕を断ち切る。無反動砲は狙いを逸れ、発射された誘導弾は制御を失ったまま上空に向かって飛び、白煙の尾を引いて急降下し、変異体の群れの中に突き刺さった。


 背後で爆発音が鳴り響き、倉庫全体が再び震える。その爆発を横目に、膝をついていた戦闘員に接近し、躊躇うことなく頭部に銃弾を叩き込んで完全に無力化した。すぐに首元の〈チップ・ソケット〉を確認するが、そこは空白だった。〈カイロン6〉はこの肉体には宿っていない。どうやら、追跡はまだ終わっていないようだ。


 迷彩を解除し、そばにやってきたハクに感謝を伝えてから、その背にしがみつくジュジュが怪我をしていないか確認する。ハクの白い体毛は返り血と変異体の体液で汚れていたが、幸いなことに双方とも無傷だった。


 安堵したのも束の間、すぐに気持ちを切り替えて周囲を見回す。視界の端に再び追跡のための足跡が浮かび上がり、〈カイロン6〉の反応がさらに森の奥に伸びていることを示していた。距離は縮んでいるが、相手の移動速度も上がっている。


 倉庫の混沌を背に、森のなかに向かって走り出す。ハクも周囲を警戒しながら、静かに、しかし確実に後を追ってくる。


 カグヤから標的発見の声が届いた時だった。上空から巨大な影が落ちてくるのが見えた。私は反射的に後方に跳び退き、地面を転がって衝撃を逃がす。直後、地面に叩きつけられた大型貨物が破裂し、破片が四方に飛び散った。


 上空に視線を向けると、物資運搬用の大型ドローンが突っ込んでくるのが見えた。〈カイロン6〉に制御されているのかもしれない。短距離のコンテナ輸送に特化したモデルの大型ドローンは、その質量と相まって恐ろしい速度で急降下してくる。


 何とか避けて直撃は免れたが、爆発と衝撃波によって火災が発生する。すぐに騒ぎを聞きつけた変異体が押し寄せてくるだろう。


 散乱する機体の残骸を飛び越え、標的の発見地点に向かって駆けた。焦げた金属片が足元で砕け、煙が視界を曇らせる。その中で、追跡表示だけが確かな道標となっていた。


〈カイロン6〉が物資輸送用ドローンを使うようになったということは、この短時間に施設内の設備を自由に利用できるだけの体制が整った可能性がある。


 旧文明のネットワークに触れた人工意識が、どれほどの速度で学習し、拡張し、適応するのかは未知数だ。けど、確実に言えることがひとつある。急がなければ、取り返しがつかなくなる。


 カグヤが示した追跡マーカーの地点に近づくと、視界の先に大型多脚車両へ乗り込もうとする教団関係者の姿が見えた。〈カイロン6〉は、電力施設から撤退する作業員に紛れて逃走するつもりなのだろう。


 周囲には荷物を抱えた作業員、負傷した兵士、指揮系統を失ったまま右往左往する者たちが散在し、まともな思考を持つ教団関係者が避難しているように見えた。


 私は迷うことなく〈ショルダーキャノン〉の照準を多脚車両の脚部に合わせる。〈貫通弾〉が発射され、金属の脚が根元から吹き飛んだ。車両はバランスを失い、軋みながら傾き、そのまま泥濘に沈み込んで動きを止めた。


 逃走手段を奪われた信者の何人かは悲鳴を上げて散り散りに走り出すが、すぐにライフルを構えて、逃走を阻止するために必要最低限の弾丸を撃ち込む。彼らの身体が泥に沈むと、周囲の喧騒が一瞬だけ静まった。


 その静寂を破るように、車両の陰から銃口がこちらに向けられた。教団兵だ。数人の戦闘員が遮蔽物に身を隠し、こちらを狙っている。けれど、その中にひとりだけ、異質な動きをする者がいた。


 戦闘員は両手をゆっくりと上げ、降伏の意思を示すように姿を晒していた。周囲の兵士が小銃を構える中、ただひとり無防備な姿勢で立ち尽くしている。その動作には焦りも恐怖もなく、むしろこちらの動きを見定めるような、不自然な静けさが感じられた。

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