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不死の子供たち  作者: パウロ・ハタナカ
第十八部 混迷都市

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 カグヤに監視映像の確認を任せて、その場を離れようとした瞬間だった。頭上から鈍い衝撃音が響き、教団関係者と思われる作業員の遺体が降ってきて、足場に叩きつけられた。


 格子状のグレーチング足場に激突した死体は不自然に折れ曲がり、裂けた防護服の隙間から血液が流れ出して足場の溝を伝って滴り落ちていく。


 視線を上げると、高い天井に張り付くように無数の蟻型変異体が蠢いていた。重力を無視するかのように天井を這い回り、獲物を見下ろす捕食者の静けさでこちらを包囲しつつあった。


 すぐに応戦を開始したが、リアクターの近くということもあり、跳弾による被害に細心の注意を払う必要があった。配管や冷却ラインを破損すれば、この区画全体が一瞬で地獄と化す。慎重な射撃が求められたが、幸い〈自動追尾弾〉が精密な軌道修正を行い、変異体に接近される前に次々と撃ち落としていくことができた。


 けれど変異体の数は減るどころか、むしろ増え続けていた。天井付近には別の足場が組まれていて、上階へと通じる出入り口が設けられていたのだろう。おそらく逃走を図った〈レギオン〉の作業員たちがそこで変異体と交戦し、その結果として群れがリアクター区画に侵入してきた。


 微細な振動を伴いながら稼働を続けるリアクターの存在を意識しながら、ハクたちに離脱の合図を送る。すでに〈カイロン6〉の状況を把握できた以上、この場にとどまる理由はなかった。


 開け放たれた隔壁を抜けて短い通路に出た途端、奇妙な違和感に襲われた。その理由はすぐに判明した。そこに転がっているはずの死体が減っていたのだ。戦闘員の誤射で頭部を撃ち抜かれていた女性の遺体が消えている。足跡のように点々と残された人工血液を目で追っていると、カグヤの声が内耳に響いた。


『理由が分かったよ』

 彼女から受信したリアクター区画の監視映像が拡張現実のウィンドウに展開され、〈カイロン6〉の筐体から〈クリスタル・チップ〉を抜き取る女性の姿が映し出された。


 蜂を思わせる特徴的な義眼には見覚えがあった。それは味方の誤射で頭部を撃ち抜かれ、地面に倒れ伏していたあの兵士であり、今は消えてしまった女性でもあった。


 迫りくる変異体に銃弾を叩き込みながら移動を続け、カグヤから受信した監視映像を解析していく。時系列を確認しながら早戻しした映像には、制御盤の前に立つ彼女の姿が確認できた。蜂の複眼を思わせる義眼は無機質な反射を返し、周囲の警告やホログラムを過不足なく捉えている。


 彼女は手首の〈インターフェース・プラグ〉を露出させ、制御端末に直接接続していた。接続から入力までの一連の動作は淀みがなく、操作ログが高速で積み上がっていく。即興のハッキングではない。施設構造と〈カイロン6〉の制御仕様に精通した熟練者の手つきだ。


 しかし次の瞬間、彼女の身体は硬直し、激しい痙攣が走った。神経系に過負荷がかかったように背中が弓なりに反り、膝から床に崩れ落ちる。映像解析が拾い上げた生体データの乱れは、外部から強制的に神経信号を書き換えられた痕跡と一致していた。カグヤによれば、〈カイロン6〉が接続を逆流させた可能性が高いという。


 早送りで続きを確認すると、作業員たちが慌てて駆け寄り、彼女の状態を確かめる姿が映った。しかし数秒後、彼女はゆっくりと上半身を起こし、まるで何事もなかったかのように立ち上がる。生体反応は安定し、直前の異常が嘘のように心拍数は平常値に戻っていた。


 彼女は作業員たちの制止を無視して歩き出し、逃げ出す彼らを一瞥すると、迷いなく〈カイロン6〉のコンテナへ向かっていく。


 映像はそこで先ほどの場面へ切り替わる。彼女はコンテナの前に立ち、固定具を無視してケーブルを引き抜き、端末を破壊した。その動作には一切の躊躇がなく、筐体の構造を熟知しているかのように正確だった。


 そして、筐体に収められていた〈カイロン6〉のコア――〈クリスタル・チップ〉を引き抜き、自らの首にある〈チップ・ソケット〉に挿し込む。その瞬間、彼女の身体がわずかに震え、義眼の奥で光学素子が異様な輝きを放った。〈カイロン6〉を運び出したのは、間違いなく彼女だ。


 そこで、ふと彼女と遭遇したときの光景が脳裏によみがえる。あの時、彼女は即座に降伏の意思を示した。狂信的な〈レギオン〉の戦闘員が取るとは思えない行動だった。


 あれは死に対する恐怖からではなく、最適解を選び取るための計算された行動だったのだろう。すでに〈カイロン6〉が彼女の神経系に侵入し、意思決定の一部を掌握していたと考えれば、すべてが繋がる。


 さらに映像を確認すると、隔壁を越えた先の通路での出来事が映し出された。降伏のために手を上げた彼女は、味方の誤射によって倒れた。しかし早送りすると、彼女がゆっくりと身体を起こし、大量の人工血液を失いながらも、確かな足取りで歩き去っていくのが確認できた。


 皮下装甲で頭部が覆われた教団のサイボーグ兵だったこともあり、致命傷を免れていたのかもしれない。あるいは、〈カイロン6〉がすでに生体維持を最優先事項として身体機能の制御に介入していた可能性もある。


 いずれにせよ、〈カイロン6〉は自律的に移動可能な脚を持つ〝器〟を手に入れていた。カグヤに彼女の行方を追わせることにした。


 もはや時間的猶予がない。〈カイロン6〉がどのような手段で都市機能に侵入し、システムの掌握を試みるのかは不明だが、〈カイロン6〉を宿した〝器〟が、〈データベース〉に接続可能な〈チップ・ソケット〉を備えた端末を見つける前に、行動を封じなければならなかった。


 ネットワークに接続されてしまえば、都市の保安システム、機械人形による防衛網、そして各鳥籠の〈販売所〉に至るまで――そのすべてがひとつの思考体系に掌握されるまで、そう時間はかからない。


 すでに〈カイロン6〉は施設内の閉鎖ネットワークを介して断片的な情報収集を始めていた。監視カメラのフレーム欠落、各種センサーの微細な改竄。どれも偶発的な故障として見過ごされかねないが、連続して発生していた。すでにこの世界についての学習が進行しているのだろう。


 しかし彼女が昇降機を使って上階に移動した時点で、こちらは監視映像による追跡手段を失った。施設は半壊状態で、上層の多くは構造的に機能しなくなっていた。地上は変異体の棲み処と化し、通信中継設備も破壊と老朽化が重なって役に立たない。


 さらに悪いことに、彼女を乗せた昇降機はすでに使用不能となっていた。地上へ向かう手段は、果てしなく続く非常梯子しかない。肉体的な消耗に加え、移動に要する時間も致命的だった。その間にも〈カイロン6〉は〝器〟の神経回路を最適化し、外部接続に向けた準備を着々と進めているはずだ。


 カグヤに代替経路を検索させると、メンテナンス用エレベーターが候補として浮上した。主系統から切り離され、手動制御を前提とした古い設備だったが、それゆえに〈カイロン6〉の影響下にない可能性が高い。


 足元に拡張現実で投影される青色の誘導ラインに従い、薄暗い通路を進む。湿気と焦げた油脂の臭いが肺にまとわりつき、壁面には変異体の体液や爪痕が乾いた層となって残されていた。途中で遭遇した数体の変異体はいずれも単独行動の個体で、環境に適応しきれず衰弱している。


 排除に時間はかからなかったが、その存在自体が、この施設がすでに変異体の棲み処として完成していることを示していた。


 目的地に到達すると、メンテナンス用エレベーターは予想に反して稼働状態を保っていた。教団がリアクターを再稼働させた影響で、最低限の電力がこの区画にも流れ込んでいるのだろう。内部には作業用の機械人形が休眠状態で整列していて、埃を被ったまま放置されていた。


 教団に発見されていれば、リアクターの復旧や瓦礫撤去のための消耗品として酷使されていたはずだ。幸いなことに、教団の作業員はこのエリアに立ち入らなかったようだ。その結果、完全な状態の労働用ユニットが温存されていた。いずれリアクターを安全に停止させる際に利用できるかもしれない。


 エレベーターの扉が閉まり、上昇が始まると、金属の軋む音とともに重力がわずかに身体を押し下げた。上階に近づくにつれ、騒がしい音が聞こえてくる。地上では〈レギオン〉残党と変異体が入り乱れ、制御を失った混沌とした戦闘が続いていた。その只中にハクも加わり、局地的な殲滅と混乱が同時進行しているのが確認できた。


 この混沌とした状況は、〈カイロン6〉にとって最良の隠れ蓑になる。銃声、爆発音、粉塵、あらゆるノイズが彼女の行動を覆い隠す。混乱が長引くほど、〈カイロン6〉は環境を学習し、最適な逃走経路を選び取るだろう。


 扉が開いた瞬間、濁った空気が押し寄せ、銃声と断末魔の混じった喧噪が聞こえてきた。視界は悪く、粉塵と煙が低く滞留している。泥と瓦礫に埋もれた通路には、変異体の肉片と戦闘員の死骸が折り重なっていた。甲殻に覆われた脚や灰色に凝固した人工血液が、戦闘が極めて短時間で臨界に達したことを物語っていた。


 カグヤに彼女の義肢が発する微弱な信号を追跡させたが、そこには死骸ばかりが転がっていた。


 しばらくして通路の奥で彼女の身体が見つかった。手足は噛み千切られ、胸部装甲は抉られ、サイボーグとしての人工臓器が無残に露出していた。即死に近い損壊だが、破壊の方向と力の加わり方には異様な点があった。変異体の暴力だけでは説明がつかない。


 だが最も重要な部分――首の〈チップ・ソケット〉は空だった。誰かの手で〈クリスタル・チップ〉はすでに持ち去られている。


 それとも、別の身体を〝器〟としたのだろうか。人格の上書きか、強制的な神経制御かは不明だが、少なくとも生体適合の制約を大きく逸脱している。


 周囲を見回すと、床に残る血痕が途中で途切れ、代わりに靴底の痕跡が確認できた。サイズが合わない。新しい身体のものだろう。いずれにせよ、もはや時間は残されていない。〈カイロン6〉を追うため、ライフルを構え直して泥と血にまみれた通路を駆け抜ける。

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