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不死の子供たち  作者: パウロ・ハタナカ
第十八部

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 通路の先は広大な空間になっていて、薄闇の中に、時代から取り残された金属の巨塊が静かに鎮座していた。天井は高く、かつて整然と並んでいたであろう照明群の半数以上は沈黙し、わずかに残った照明だけが弱々しい光を落としている。


 その中心では、旧文明初期に建造された旧式リアクターが、かろうじて機能の一部を保ち続けながら稼働していた。


 円筒形の外殻は複数の保護パネルで構成されていたが、その多くは剥離し、内側の構造材が露出して歪んだ骨格のような輪郭を晒していた。剥がれたパネルの隙間からは配線が覗き、断線したケーブルが重力に従って垂れ下がっていた。


 赤と青の太いケーブル束が壁面の配電基幹からリアクター本体へと伸び、絡み合いながら接続されている様子は、巨大な生命体の血管を思わせた。


 ケーブルの被覆表面には長年積もった埃と化学的沈着物が層を成し、ところどころに変異体による咬痕(こうこん)が刻まれていた。金属と樹脂が削り取られた痕跡は、この区画がいかに長く放置され、同時に異物の侵入を許してきたかを雄弁に物語っている。


 リアクターの基部には無数の配管が張り巡らされ、その一部は今も使われているのか、継ぎ目や腐食した管の隙間から白く乾いた蒸気が細く噴き出し、冷えた空気の中でゆっくりと霧散していた。


 リアクター中央部には半透明の観測窓が設置されていて、内部では淡い光が明滅しているのが確認できた。それは今にも消えそうな心臓の鼓動を思わせ、青白い光が周期的に瞬くたび影が揺らめくのが見えた。


 観測窓の周囲には、かろうじて機能する投影装置があり、ホログラムの警告表示が不完全な形で浮かび上がっていた。「冷却系統異常」や「炉心出力不安定」といった文字列が断続的に点滅し、差し迫った危険を知らせていた。


 天井から垂れ下がる無数のケーブル束は巨大な蔦のようにリアクターの一部を覆い、内部で電流が再配分されるたび、被覆の裂け目から微細な電光が散った。その一瞬の光が、錆びついた足場や崩れかけた制御盤、床に散乱した工具の残骸を浮かび上がらせ、空間の荒廃をいっそう際立たせる。


 かつて保守員が行き交っていたであろうメンテナンス用の足場と通路は残されているものの、床面は油膜と腐食に覆われていて、歩くのにも注意が必要だった。空気中には古い潤滑油の臭いと、金属が過熱した際に生じる焦げた臭いが混ざり合い、広範囲に漂っているのが数値として認識できた。


 空間全体が死んだように静まり返っている。それにもかかわらず、このリアクターだけが完全な停止を拒むかのように動き続けていた。あるいは、無理やり生かされているのかもしれない。


 リアクターの外周には貨物輸送用の大型コンテナが配置され、即席の設備群として空間を占拠していた。本来は物資を積載し運ばれるだけの無骨な金属箱だが、扉は取り外され、内部が露わになっている。


 その内部には簡易的に据え付けられた発電装置や蓄電ユニットが隙間なく詰め込まれ、配線と制御基板が剥き出しのまま露出していた。それらは明らかに正規の設計思想から逸脱していて、本来の用途を捨て、巨大な外付けバッテリとしてリアクターを補助する役割に転用されているようだった。


 コンテナ同士は太いケーブルで接続され、電力と制御信号を相互にやり取りしていた。その様は、寄せ集めの臓器を無理やり縫い合わせ、ひとつの生命体として機能させようとしたかのようで、即興性と執念が混在した奇妙な合理性を感じさせる。


 ケーブルは赤、青、黒と雑多で、規格の異なるものが混在していた。絶縁テープで乱雑に補修された箇所も多く、ところどころで被覆が裂け、近づくだけで警告表示が拡張現実に浮かび上がる。


 コンテナの脇には簡易的な冷却設備が寄せ集められるように設置されている。冷却フィンを備えた水槽や、他施設から引き剥がしてきたと思われる工業用ファンブレード、歪んだ支持架台が無理やり固定され、冷却液を循環させる管がコンテナ内部へと差し込まれていた。


 ファンは不規則なリズムで回転し、軸が歪んでいるのか、低い唸りを上げながら空気をかき乱していた。冷却水は老朽化した接続部から微量に漏れ、細い管を伝って床に滴り落ち、小さな水溜まりを形成している。そこにリアクターの青白い光が反射し、揺らぐ波紋が天井や壁面に投影されていた。


 リアクターを中心にして環状に配置された足場には、作業途中で放り出された工具、油にまみれた布切れ、非常食として消費された栄養食や缶詰の残骸が散乱し、ごく最近まで作業員がいたことを示していた。


 しかし床に残る靴跡や血痕は、撤収ではなく、作業が強制的に中断させられたことを物語っている。


 壁面には手書きのメモや即席の配線図が貼り付けられ、電力分配の変更点や冷却系の応急処置について記されていた。教団が本気でリアクターを再稼働させ、拠点として利用しようとしていたことは疑いようがなかった。


 リアクター本体から放たれる青白い光が周期的に明滅するたび、この猥雑な作業場全体が照らし出され、コンテナやケーブル、散乱物の影が複雑に絡み合って揺れ動く。その揺らぎは、まだ誰かが作業を続けているかのような錯覚を生み、空間に拭いがたい不気味さを漂わせていた。


 その影の中には、〈レギオン〉の戦闘員と思われる遺体も横たわっていた。防護服は裂け、血溜まりの上で転がっている。変異体の襲撃を受けたことは明白だった。


 彼らは作業の最中、警戒が手薄になった瞬間を突かれたのだろう。逃走経路も用意されないまま、無数の設備に囲まれたこの区画で命を落とし、その存在だけが、再稼働の代償として静かに残されていた。


 リアクターの側面に沿って張り出した金属製の足場には、制御盤らしき大掛かりな装置が据え付けられていた。猥雑とした構成は旧来の正式設備ではなく、教団が持ち込んだ機材を継ぎ接ぎし、現場判断で組み上げたものだと推測できた。


 金属製の足場にボルトで固定されたフレームには、大小さまざまなディスプレイが何段にも積み重ねられ、ケーブルが背面から溢れ出している。


 ディスプレイは統一されておらず、無骨な工業用モニターのとなりに、民生品の薄型パネルや軍需規格の耐衝撃ディスプレイが無理やり結束バンドで固定されていた。その無秩序さからは、機能優先で美観を完全に切り捨てた現場の切迫感が伝わる。


 画面には膨大な情報が投影されているが、その大半は赤や黄色の警告色に侵食され、ログが表示されるモニターはエラーコードと警告文で埋め尽くされていた。


「冷却系統応答なし」「外部電源不安定」「制御信号断続」といった文字列が高速で更新され、制御系が限界状態にあることを示している。


 周期的にいくつかの画面が瞬間的なブラックアウトを起こし、再点灯するたびに警告表示はリセットされることなく再描画される。その反復から、制御系が再試行を延々と繰り返していることが分かった。


 制御盤の下部には手書きのメモや配線図がダクトテープで貼り付けられている。「触るな」「一時的なバイパス」「冷却優先!」といった走り書きが残され、作業者たちが試行錯誤を重ねていた様子が生々しく伝わってくる。


 やはり、教団には〈技術組合〉の人間も所属していたのだろう。それなりの知識を持った作業員がいたことが窺えた。


 入力装置もまた統一感を欠いていた。無数のキーボードに加え、どこかの制御端末から引き剥がしてきた古い操作パネルが組み込まれていた。物理スイッチや回転ノブのいくつかは摩耗していたが、それでも代替入力として機能し続けていたようだ。


 制御盤の周囲には電源ユニットや電圧変換器、電力観測ユニットが積み上げられ、即席の冷却として取り付けられた小型ファンが休みなく回転している。回転数は揃っておらず、負荷に応じて速度を変えながら、内部に溜まる熱を必死に排出していた。


 ファンの振動が金属フレームに伝わり、ディスプレイには時折、ノイズや走査線の乱れが走る。それでも制御盤は停止せず、自己診断と補正を繰り返しながら、辛うじて機能を維持していた。


 しかし、リアクターの安定稼働に向けた作業は途中で途切れていた。椅子は倒れ、工具は散乱し、最後に入力されたコマンドが画面の片隅で点滅しながら、応答を待ち続けている。


 カグヤの偵察ドローンにアクセスしてもらい、〈カイロン6〉の所在と状態を確認する。複数の情報が統合され、信号が地図上で立体的に再構築されていく。その過程でコンテナの位置はすぐに判明したが、そこには想定される中でも最悪の情報が映し出されていた。


 コンテナ内部には、〈カイロン6〉の中枢ユニットが鎮座していた。純粋に機能のみを追求した無骨な筐体だ。しかし、その装置は空っぽで、生命維持装置を失った器官のように沈黙している。本来そこに収められているはずの根幹――人間の神経回路を模倣し、自己改変と学習を繰り返すニューラルネットワーク群は、跡形もなく消失していた。


 カグヤの解析結果によって、すでに〈カイロン6〉の起動シーケンスは完了していたことが分かった。


 旧文明期以前のアーカイブから抽出された膨大な知識、人格形成用の情動アルゴリズム、自己定義コードは、旧式の記憶媒体から〈クリスタル・チップ〉へと転送済みだった。


 その半生体チップこそが〈カイロン6〉の〝人格〟であり、〝精神〟であり、〝意志〟そのものだった。そして――そのチップは、すでに取り外されていた。


 中枢ユニット内部には、チップを固定していたソケットが虚しく露出していた。生体信号を模したインターフェース端子は停止し、周囲には破壊の痕跡が生々しく残されている。ケーブルは本来の手順を踏まずに引き抜かれた痕跡を示し、センサーを備えた固定具も乱雑に外されていた。


 時間的余裕はなく、最小限の安全措置だけを施し、強引に持ち去った――そんな作業工程が読み取れた。


 この場に残されていたのは、出力を抑制されたまま不安定に稼働する瀕死のリアクターと、コアを失った〈カイロン6〉の殻だけだった。この場所で得られるものは、もはや何も残っていない。


 幸運だったのは、チップが取り外されてからまだ数分しか経っていなかったことだ。まだ間に合う。〈カイロン6〉のチップは、完全な形でどこかに存在している。この施設内か、あるいは地上に向かう経路上に。状況は最悪だが、追跡は可能だった。

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