949 46
カグヤが遠隔制御する徘徊型兵器が高度を落としながら次々と飛来し、高性能爆薬を内蔵したドローンが蟻型変異体の密集地帯に突入していく。そして計算された最適起爆点で自爆し、局所的な衝撃波と破片を撒き散らしながら変異体の身体を引き裂いていく。
外骨格が砕け、脚が吹き飛び、泥濘に黒い体液が飛び散るたびに群れはわずかに後退したが、それでも勢いは衰えない。数秒も経たないうちに後方から押し寄せる個体によって押し戻され、前線は再び膨張していく。
昆虫型の変異体は恐怖も躊躇も示さず、仲間の死骸を踏み越えながら前進を続ける。蟻塚の内部からは嫌な振動音が響き、巣穴の奥から新たな個体が湧き出す様子を明確に観測できた。群れはもはや生物というより、ひとつの防衛システムのように振る舞っていた。
結局、カグヤが投入した徘徊型兵器をすべて消費しても群れ全体の殲滅には至らなかった。それでも、巣穴を狙った攻撃によって地下の通路網が部分的に崩落し、前線へ供給される個体数が明らかに減少していくのが確認できた。
その一瞬の隙を逃さず、〈反重力弾〉を複数回撃ち込んでいく。弾丸が着弾した地点を中心に重力が崩壊し、変異体の群れが空中へ浮き上がっていく。脚を振り回し、互いに衝突しながら宙へ引き寄せられていく様は、どこか滑稽でありながら気色悪い。
直後、空間を裂くような甲高い音が響き渡り、宙に吊り上げられていた無数の変異体は光球に引き寄せられながら圧縮されていく。その間にも〈ショルダーキャノン〉は自律的に射撃を継続し、突進してきていた個体を次々と無力化していた。
〈貫通弾〉による渦を巻くような衝撃が通り過ぎると、変異体の残骸が降り注ぎ、泥濘へと沈んでいく。電力施設が目前に迫ると、〈レギオン〉が設置していた自動タレットが起動し、センサーがこちらを捕捉して射撃を開始する。
タレットは接近する生物を脅威と認識する設定だったのか、こちらを狙いながらも接近してきた変異体に対しても無差別に火力を浴びせる。その結果、戦場は秩序を失い、銃弾と群れが交錯する混沌へと変貌していく。
重機関銃の掃射によって変異体の死骸が積み上がると、変異体はその死骸を遮蔽物にしながらタレットへ取りつき、頭部だけになっても強靭な大顎で装甲を噛み砕き始める。内部機構が露出し、火花を散らした次の瞬間には爆散し、破片が四方へ飛び散っていく。
そうして気がつくと、教団が設置していた自動タレットはひとつ、またひとつと破壊され、戦場の制圧力は急速に低下していく。
その混乱を横目に見ながら、施設の出入り口に向かって駆け込む。騒ぎを聞きつけていた〈レギオン〉の戦闘員たちが即席の防御陣地を構築し、射線を重ねて待ち構えていたが、前方に偏向シールドの膜を集中的に展開し、正面からの火力を受け止めながら強引に距離を詰めた。
数十発の弾丸が同時に飛来し、シールド表面で進行方向を歪められながら滑走し、光の波紋を広げていく。そのまま防御網の内部に踏み込むと、射角が取れず同士討ちを避けるために銃撃が止まった瞬間を狙って、至近距離から戦闘員を次々と制圧していく。
義手の前腕部が展開、変形し、内部に格納されていた高周波振動刃が湾曲した輪郭を描いて露出する。一歩で間合いを詰め、目の前のサイボーグ兵の首を刎ねると、神経接続を断たれた身体が力を失くして前のめりに倒れていく。
直後、複数の銃口が同時にこちらを捕捉するのが見えた。反射的に首のない死体を引き寄せ、盾にして銃弾を防ごうとするが、〈レギオン〉の戦闘部隊が使用する弾丸は死体を容易く貫通する。
至近距離からの集中射撃だったが、死体によって初速と弾道が乱されたことで、残存エネルギーは偏向シールドによって無力化された。衝撃はシールドの膜で分散され、盾にしていた死体を通じて鈍い振動だけが伝わる。
その時だった。背後から轟音が聞こえ、変異体の群れが施設外縁を突破して陣地内へ雪崩れ込んでくるのが見えた。戦闘員たちは想定外の事態に動きが乱れ、統制された隊列は数秒で瓦解する。
変異体は区別なく戦闘員に襲いかかり、最も近い熱源や動体反応に向かって無差別に殺到する。外骨格が遮蔽物や床で擦れる音が聞こえ、複眼が光を反射する中、銃撃の閃光と乾いた爆発音が連鎖するように重なっていく。電力施設は、もはや制御不能の戦場と化していた。
変異体と〈レギオン〉の戦闘部隊が混戦に陥ったことで、施設の警戒網は著しく低下し、こちらにとっては絶好の侵入機会が生まれていた。我々の襲撃を警戒していた戦闘員の多くも変異体の排除に回され、施設内への侵入を監視する余力を失っていた。
ハクが施設の壁面に取りついたことを確認すると、変異体に取り囲まれながらも応戦していた〈レギオン〉の戦闘部隊を残し、手薄になった施設に近づく。
倒壊していた壁から建物内に足を踏み入れると、カグヤの偵察ドローンから送信されたフロアマップがロードされ、視界の前方に拡張現実の簡易地図が浮かび上がった。経年劣化で崩壊した通路、放射線残留値、生命反応の有無が色分けされ、進行可能な経路だけが強調表示される。
上階は戦闘員の詰め所として利用されていたらしく、すでに探索範囲から除外されていた。どうやら機器の搬入用大型昇降機を使って、〈カイロン6〉のコンテナを地下に運び込んだようだ。
昇降機までの最短経路が拡張現実の矢印として床面に投影されるのを確認したあと、ライフルを構えたまま慎重に前進する。戦闘員の多くはまだタグ付けされておらず、遮蔽物越しに位置を把握できないため警戒が必要だった。
施設内部は長年放置されていたため著しく荒廃していた。非常灯だけが断続的に点灯する薄暗い通路には、ゴミや腐敗した有機物、ヘドロ状の泥が層を成して堆積している。旧文明期の施設特有の無機質な壁面パネルは錆と亀裂に侵食され、誰にも知られることなく朽ちていった痕跡がそこかしこに残されていた。
教団はこの場所を発見し、〈カイロン6〉を再起動させるための拠点として利用しようとしたのだろう。しかし、この場所はすでに蟻型変異体の巣窟と化していた。
通路の各所には変異体の死骸が転がり、壁面や天井には分泌物が硬化したような物体が無数に残されていた。ここでも激しい戦闘があったことは明らかだった。
昇降機のある区画は使用済み核燃料の搬出にも使われていたらしく、短い通路と隔壁で厳重に区切られていた。放射線遮蔽材が剥き出しになり、線量警告が断続的に視界に割り込んでくる。けれど〈ハガネ〉のタクティカルスーツを身に着けていたので、ほとんど気にする必要はなかった。
その通路に踏み込んだ瞬間、開放された隔壁の向こうから人影があらわれる。女性の戦闘員だった。即座に銃口を向けるが、相手は武器を手放し、攻撃の意思がないことを示す仕草を取った。
「お願い、殺さないで!」
蜂の複眼を思わせる大きな義眼が、薄闇の向こうからこちらを凝視していた。
銃口を下げることなく距離を詰めた時だった。背後の物陰から別の戦闘員が飛び出してきた。振り向きざまに引き金を引き、胸部に弾丸を叩き込む。相手は地面に崩れ落ちるが、それでも諦めていなかったのか、倒れた姿勢のままハンドガンの銃口をこちらに向けた。
咄嗟に踏み込んで相手の手首を蹴りつけた。同時に引き金が引かれ、逸れた弾丸が無防備に立ち尽くしていた女性の頭部に吸い込まれる。義眼が砕け、彼女は声を漏らすことなく崩れ落ちた。
倒れていた戦闘員に止めを刺したあと、頭部を撃たれた女性を一瞥し、それから隔壁を越えた。昇降機が設置された区画に足を踏み入れた瞬間、空気の質が明らかに変わった。微細な粒子が浮遊しているのか、マスクのフィルター負荷がわずかに上昇し、視界の端に警告が浮かび上がる。
周囲には無数のコンテナが積み上げられ、そのいくつかは近づくだけで視界が赤い警告表示で埋め尽くされるほど高い放射線量を示していた。
使用済み核燃料が排出時に適切な処理を受けないまま放置されたのだろう。〈廃墟の街〉では汚染地帯そのものは珍しくないが、こうして人為的な汚染源が露出したまま残されている光景は、異様な静けさとともに不気味さを際立たせていた。
それでも旧文明期の施設らしく、事故を想定した封じ込め構造は機能していた。放射線遮蔽材や硫酸バリウムを含む床下の吸収材が放射線の拡散を抑え、致死的な線量が区画全体に広がるのを辛うじて防いでいる。
拡張現実で表示される線量マップを見る限り、いくつかの経路はほとんど数値が上昇しない。その安全域を優先して進み、昇降機のある場所に向かった。
しかし目的の場所に到達したとき、昇降機は地下に降りていて、プラットフォームには何も残されていなかった。巨大なシャフトがぽっかりと口を開け、下方から冷たい空気が吹き上がってくる。
どうやって階下に行くか考えていると、天井の配管を伝ってハクが姿をあらわした。彼女はすぐに状況を理解し、そのまま迷いなくシャフト内に飛び込む。ジュジュも背にしがみついたまま、重力に従って闇へと消えていった。
「やれやれ……」
ハクとジュジュが落下していくのを確認したあと、気を取り直してグレネード型の〈重力場発生装置〉を取り出す。
安全ピンを外してシャフト内に放り込むと、金属を打つ甲高い反響音が何重にも重なり、やがて視界の下方でドーム状の重力場が展開されるのが確認できた。
その中心に向かって身を投げる。光によって可視化されていた重力場に突入すると、身体がふっと軽くなり、重力場が落下の衝撃を吸収していく。膝を軽く曲げて着地すると、昇降機で待っていたハクとジュジュが怪我をしていないか確認し、それから通路の先へ進むことにした。
長年放置された空間には機械油の臭気が染みつき、空気は重く淀んでいる。先行するカグヤのドローンから受信した地図を確認すると、この先に広い区画があることが分かった。おそらく〈カイロン6〉が運び込まれた場所だろう。通路の奥からは、地上の混乱とは対照的な、静かで冷たい空気が流れ込んできていた。







