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不死の子供たち  作者: パウロ・ハタナカ
第十八部

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948/954

948 45〈電力施設〉


 電力施設に向かう道中、変異体の襲撃によって〈レギオン〉の戦闘部隊に甚大な被害が出ていることが確認できた。森に残されていたのは、文明的な戦闘の痕跡ではなく、動物的な本能による悲惨的な結果だった。


 教団が強引に切り開いた進路には、根元から折れた倒木が幾重にも積み重なっている。その幹には、変異体の大顎によって深く抉られた跡が残っていた。鋭利な刃物ではなく、強靭な大顎で繰り返し噛み砕かれた痕跡だ。この辺りは変異体の生息域だったのかもしれない。


 周囲には数えきれない死骸が散乱していた。大半は蟻型の変異体で、褐色から黒色に変色した外骨格は岩石のように硬質で、死後も陽光を鈍く反射していた。脚部や大顎が欠損した個体が多く、兵士たちとの凄惨な近接戦闘が繰り返されたことが窺えた。


 その中には、〈レギオン〉の死体も混じっていた。ボディアーマーは無残に引き裂かれ、義肢や人工筋肉を構成する部品が露出したまま泥に沈んでいる。小銃は破壊され、戦闘用インプラントは火花を散らしていた。


 彼らが使っていた兵器の多くは、旧文明の高密度鋼材を弾頭に加工した貫通力重視のものだった。生物を相手取るなら充分すぎる威力を持つ。けれど、四方八方から波のように押し寄せる変異体の群れを前にしては、その優位性は失われたのだろう。攻撃に対処しきれず、相当な被害が出たことが窺える。


 兵士の足元には撃ち尽くされた薬莢が散乱し、変異体に組み付かれたまま息絶えていた。同士討ちによる損傷と物理的に引き裂かれた痕跡が混在し、混乱の中で戦闘が長時間にわたって続いたことが確認できた。銃撃と白兵戦が交錯するような、徹底した殺し合いが行われたのだろう。


 足元に転がっていた変異体の一体が、突然ハクの脚に()みつこうとして跳ね上がった。反射的な動作だったが、ハクの脚を覆うシールドの薄膜が衝撃を吸収し、牙は届かない。変異体はそのまま力尽きて沈黙した。


 本来であれば、ハクが身にまとう〈深淵の娘〉の気配を感知した時点で、多くの小動物や変異体は距離を取る。にもかかわらず攻撃を仕掛けてきたという事実は、この個体が理性や本能によって行動していないことを示していた。それは、恐怖を無視して破壊を選ぶ、混沌に由来する生物特有の異質な気配を帯びていた。


 警戒を強めながら進んでいると、カグヤは電力施設が近いことを知らせてくる。彼女が遠隔操作する偵察ドローンは先行していて、〈レギオン〉が残した罠を次々と可視化していた。地雷や自爆型ドローン、トリップワイヤーまで。いずれも人間相手なら致命的な仕掛けだったが、ドローンの誘導によってひとつも踏むことなく回避できた。


 周囲では樹木が一直線に薙ぎ倒され、施設へと続く強引な通路が形成されていた。まるで巨大な獣が怒りに任せて突進した痕跡のようにも見えた。〈レギオン〉がどれほど急いでいたのか、どれほどの犠牲を払ったのか――そのすべてがこの異様な光景に刻まれていた。


 電力施設に近づくにつれて、周囲の景観はそれまでの鬱蒼とした森林地帯とはまったく異なる様子を見せ始めた。地表には大規模な地割れが走り、複数箇所で地盤陥没が確認できた。


 大地そのものが内部から(えぐ)られたような形状で、自然災害のみで形成されたとは考えにくい。地中で巨大な力が働き、大地を内側から破壊した痕跡のようにも見えた。


 地中に埋設されていた電力施設の冷却炉、あるいはエネルギー変換炉が、長年の稼働による劣化や文明崩壊時の爆撃による損傷を受け、時間をかけて地盤に異常なストレスを与えたのかもしれない。


 地面の割れ目からは熱気が立ち上り、ところどころで白い蒸気が断続的に噴き出している。蒸気には金属酸化物と有機物が混ざった独特の臭気が含まれ、空気そのものが汚染されていることを数値が示していた。


 さらに周囲には、変異体の棲み処と思われる異様な構造物が密集していた。植物や泥濘、動物の死骸、そして変異体自身の分泌物が幾層にも固着して形成された巨大な塚――形状としては蟻塚が最も近いが、その規模は常識を逸脱している。


 高さ四、五メートル級の塚が林立し、表面には無数の穴が穿(うが)たれていた。その塚の近くに立つと、内部からは低く持続的な振動が伝わってくる。おそらく蟻型変異体が出入りするための穴なのだろう。


 この場所は、蟻型変異体の主要な繁殖地になっていたのだろう。〈レギオン〉の部隊が猛攻を受けた理由が、ようやく理解できた。正面から進軍した部隊は、群れに包囲されるようにして四方から攻撃を受けていたのだ。


 いくつかの蟻塚は高性能爆薬によって破壊されたのだろう。巨大なクレーターが形成され、周囲には爆風で吹き飛ばされた変異体の死骸が散乱していた。外骨格は砕け、内臓らしきものが泥と混ざり合い、黒い斑点のように地面に広がっていた。


〈レギオン〉が電力施設を確保するため、この地域に戦力の大半を投入していたのは疑いようがない。結果として、〈ジャンクタウン〉の防衛が手薄になっていたのだろう。地下施設の攻略が想定していたよりも容易だったのは、彼らの主力がここで消耗していたからだ。


 カグヤに適切な移動経路を見つけ出してもらっていたときだった。視界の隅で光が瞬いて、耳元で風切り音が聞こえた。その瞬間、それがマズルフラッシュだと理解する。


 すぐにシールドの感度を引き上げ、樹木の陰へ身を滑り込ませた。ハクも攻撃を察知していて、地面を蹴って空中に跳躍していた。彼女の背にしがみつくジュジュは、突然の浮遊感に身を委ねるように両腕を上げて楽しんでいたが、状況は緊迫していた。


 周囲に狙撃手が配置されている。直後、カグヤが取得していた施設周辺の地図が拡張現実として視界に重ねられた。高度一万三千メートルを周回飛行する〈高高度長時間滞空型無人機〉から送信された情報だ。


 狙撃の射角、着弾点、弾速、発射位置――それらすべてがカグヤによって解析され、敵性反応が赤いマーカーとして視界に浮かび上がる。拡張現実の表示レイヤーが自動的に切り替わり、地形データと照合された結果、遮蔽物の背後に潜む狙撃手たちの輪郭が半透明のシルエットとして透過表示された。


 彼らは高低差と地形の起伏を最大限に利用し、射線が限定される位置に配置されていた。無理に前進すれば、複数方向から同時に射撃を受ける構成だ。電力施設周辺は、明確に待ち伏せを前提としたキルゾーンへと変えられていた。


〈鬼火〉を使って対処することもできたが、弾薬ブロックを温存するため、ここはカグヤが手配していた徘徊型兵器で処理することにした。


「カグヤ、始めてくれ」

『了解』


 彼女の声が内耳に響くと同時に、上空を低速で旋回していた徘徊型兵器が軌道を修正し、重力に引き込まれるように急降下を開始する。


 それは手のひらに乗るほどの超小型ドローンだったが、サイボーグ兵の身体を破壊できるだけの爆薬を積んでいるため、遮蔽物に隠れていても制圧は可能だった。


 直後、乾いた破裂音が空気を震わせ、局所的な爆発が連鎖的に発生する。圧縮された衝撃波が地表を舐めるように走り、遮蔽物ごと吹き飛ばされた狙撃手たちは人工血液と破片を撒き散らしながら沈黙する。視界に浮かんでいた赤いマーカーが、ひとつ、またひとつと消失していき、脅威が排除されたことが確認できる。


 狙撃手たちの無力化を確認したあと、すぐに施設内に駆け込もうとしたが、直前で足を止めてハクに後退の合図を送る。


 自爆ドローンの爆発音が、巣穴に潜んでいた変異体を呼び寄せてしまったようだ。蟻塚めいた構造物の表面が波打つように揺れ、無数の穴から褐色の変異体が溢れ出す。


 大顎をカチカチと打ち鳴らし、多脚が地表を叩き、甲殻同士が擦れ合う低い振動が空気を震わせる。その動きには奇妙な同調性があった。まるで群れ全体が単一の意思によって統制されているかのようだ。


 その変異体の群れは瞬時に隊列を形成し、施設へと続く道を埋め尽くしていく。どうやら電力施設に行くには、この群れに対処しなければいけないようだ。


 変異体の群れが波のように押し寄せてくるのを見ながら、〈ハガネ〉のタクティカルスーツを再構成する。多層式の追加装甲と粘性流体を用いた衝撃吸収層が挿入され、関節部にも装甲が追加されていき、咬みつきや拘束を想定した防御構成へと移行する。機動性より耐久と制圧力を優先する形態に最適化された。


 同時に〈ショルダーキャノン〉の自律射撃権限を〈ハガネ〉に付与し、敵性反応に対して断続的な火力支援が得られるようにする。複数の変異体に取りつかれても、即座に排除できる構成だ。


 群れの中心に飛び込んで変異体を蹴散らすハクを横目に、フルオート射撃で〈自動追尾弾〉を叩き込んでいく。弾丸は発射と同時に軌道を変え、変異体の動きを解析しながら最適な角度で命中していった。大きな頭部を持つ個体が跳躍しようとした瞬間、別方向から回り込んだ弾丸が外骨格の継ぎ目に吸い込まれるように突き刺さる。


 数百発を撃ち尽くすころには銃身が赤熱し、熱気が周囲の空気を揺らし始めていた。煙が立ち上り、警告表示が視界に浮かぶ。ライフルを背中に回し、代わりにハンドガンを抜く。そして蟻塚の中心部――変異体が最も密集している地点に照準を合わせ、〈反重力弾〉を撃ち込んだ。


 着弾と同時に局所的な重力崩壊が起き、地表そのものが引き剥がされるように浮き上がる。変異体たちは足場を失い、互いに絡み合いながら空中に浮かび上がる。群れの運動が一瞬だけ停止したその瞬間、〈ショルダーキャノン〉が自律的に射撃を開始し、無防備になっていた個体を空中で正確に撃ち抜いていく。


 しかし戦闘は終わらない。巣穴の奥から新たな個体が絶え間なく湧き出し、地表は褐色の外骨格で覆い尽くされていく。蠢く群れの中に踏み込むたび、濡れた地面がうねり、巨大な生物の背を歩いているような錯覚すら抱いた。


 無数の複眼が鈍く光を反射し、外骨格同士が擦れ合う振動が伝わってくる。この群れを突破しなければ、電力施設にたどり着けないだろう。

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