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システム復旧の最終段階が完了すると、制御室内に設置されたホログラム投影機が段階的に起動していった。無数の光線が走り、安定域に達した瞬間、半透明のホロスクリーンが空間を切り分けるように幾重にも展開される。情報層ごとに表示深度が調整され、視線を向けるだけで優先度の高いデータが最前面に浮かび上がる。
主要通路の立体地図、各区画に残る生命反応、保安システムの再起動状況、電力供給ラインの負荷と余剰率。それらすべてがリアルタイムで更新され、青白い光の格子として制御室を満たしていく。管理AIがようやく正常な状態に戻ったことが、視覚的にもハッキリと示されていた。
教団が残した悪意あるコード群は完全に隔離、削除され、保安システムの歪みも解消された。管理AIは本来の役割――施設の維持と利用者の安全確保を淡々と遂行し始めている。その挙動には、これまでの強制的な従属の痕跡は見当たらなかった。
投影されていた複数のホロスクリーンには、警備用機械人形が順次起動し、施設内を巡回する映像が映し出されていた。彼らは脅威に対する最短経路と危険度を即座に算出し、統制の取れた隊形で移動していた。
教団関係者のリストに基づき、排除プロトコルが有効化され、識別コードに合致する対象のみを正確に制圧していく。その動きは正確で無駄がなく、これまでの鬱憤を晴らすかのように教団兵を狩り立てていた。
管理権限は完全に〈データベース〉へ移行し、〈販売所〉や倉庫の管理も旧来の運用に戻っている。教団がどのような侵入経路と手法で管理AIを掌握していたのか、その詳細な解明はこれから行われることになる。しかし少なくとも今この瞬間、施設は再び安全に管理され、正常化されていた。
もちろん、施設を取り返しただけでは不十分だった。教団の次の行動を阻止しなければ、事態はさらに悪化する。優先すべきは〈レギオン〉の動向だ。〈カイロン6〉が奪われた以上、悠長に調査している時間はない。
「カグヤ、地上に出る方法を教えてくれ」
『了解、すぐに情報を転送する』
彼女の声が内耳に聞こえると同時に、視界の端で展開されていた拡張現実の地図が再構成された。複数あった経路は瞬時に整理され、地上に通じる最短経路が強調表示される。昇降機を使うことで、地上にある電力施設の近くに出られるようだ。
〈ジャンクタウン〉を経由せずに済むのは大きな利点だ。〈カイロン6〉はすでに敵の手中にあるので、時間をかければかけるほど手遅れになる可能性が高い。一刻も早く追跡を再開する必要があった。
ホロスクリーンを閉じ、制御室を後にする。外で待機していたハクとジュジュに声をかけて、通路に並んでいた牽引車の一台に乗り込んだ。
システムを起動すると、車両は振動を感じさせることなく滑るように前進する。天井の照明が一定のリズムで後方へ流れていくなか、ジュジュが照明に向かって短い腕を伸ばすのが見えた。
地上へ向かう昇降機シャフトに近づくにつれて、空気の質がわずかに変化するのが分かった。冷たく乾いた地下特有の空気に、微量の湿気が混じり始めていた。
物資搬入用の昇降機なのだろう。通路を抜けた先には、地下施設とは思えないほど広大な空間が口を開けていた。天井は高く、鉄骨やクレーンの影が複雑に交差している。照明は最低限に抑えられ、薄暗い光が積み上げられた貨物コンテナの輪郭だけを浮かび上がらせていた。
一時的な集積場所として使われていたのかもしれない。規格も年代も異なるコンテナが整然と並び、通路は迷路のような構造を成していた。視線の届かない死角が無数に生まれ、無数の遮蔽物がセンサーの信頼性を低下させている。
その構造が狙撃手にとって理想的な待ち伏せ地点であることに気づいたのは、あまりにも遅かった。施設を制圧し、管理AIを解放した直後という油断が判断を鈍らせていた。
牽引車を停め、台車に乗っていたハクたちの様子を確認しようと一歩踏み出した瞬間、〈ハガネ〉の防衛機構が強制的に意識に割り込んだ。〈ショルダーキャノン〉が自律的に起動し、背後に砲口を向ける。
つぎの瞬間、側頭部を殴りつけられるような衝撃が走り、視界が白く弾けた。弾道予測と偏向シールドの展開が間に合わなければ、頭蓋を貫かれて即死していたはずだ。衝撃で首が大きく仰け反るなか、〈ショルダーキャノン〉はすでに反撃のための照準を完了していた。
間髪を入れず〈貫通弾〉が発射され、極端に圧縮された弾体が空間を切り裂いて飛翔する。それはコンテナの側面を抵抗なく貫き、内部構造を破壊しながら、その奥に潜んでいた狙撃手の上半身を消し飛ばした。
コンテナ内部で火花が散り、人工臓器と鉄片が飛び散る。待ち伏せしていた狙撃手は〈レギオン〉の戦闘員だったのだろう。完全に油断していた。
『レイ、大丈夫!?』
カグヤの驚く声が内耳に響く。
「ああ、大丈夫だ」
そう答えながらも、背筋に冷や汗が伝うような感覚がした。〈ハガネ〉の反応がほんのわずかでも遅れていれば、間違いなく致命傷を負っていた。
狙撃手が使用していたライフルを確認したかったが、〈貫通弾〉の威力があまりにも大きく、原型は完全に失われていた。
散乱した破片の一部には高密度のエネルギーコイルの残骸が確認できた。旧文明期に開発された携行式電磁加速兵器を改造したものらしい。カグヤのスキャンによれば、射程と貫通力を極端に引き上げる代償として、安全機構はほとんど省かれていた。
状況が理解できず呆然としていたジュジュに無事を示すため、周囲の安全を再確認したうえで頭部を覆っていたマスクを外した。
マスクを外した瞬間、それまでフィルタリングされていた臭気が一気に流れ込み、錆びた鉄のような金属臭が鼻腔を刺す。それだけではない。昇降機のシャフトから吹き込んでくる生ぬるい空気には、微かに焦げた有機物の臭いが混じっていた。地上で何かが起きている可能性を示唆する臭いだった。
嫌な予感がするが、立ち止まる余裕はない。〈カイロン6〉を追うためには、今すぐ地上に出る必要がある。ハクたちに合図を送り、再び気を引き締めて昇降機に向かった。
コンテナ搬入用の広いテーブル状の昇降機に立つと、カグヤの偵察ドローンが制御パネルに接続し、起動シーケンスを開始する。低い駆動音が床面から伝わり、巨大な機構が動き出した。
昇降機が上昇を続ける間、装備の点検を行う。ライフルの銃身や弾倉を確認し、〈ハガネ〉各部の自己診断を走らせ、弾倉ブロックを消費して万全な状態にしておく。金属質量が再構成され、異常が修復されていく過程がインターフェースに表示される。さすが旧文明期の兵器というべきか、戦闘で酷使してきたが異常はみられない。
〈レギオン〉の戦闘員が徹底抗戦に出るのは確実だったので、ハクのポーチに入っていた〈シールド発生装置〉の感度を引き上げて、微細な衝撃や指向性エネルギーにも対応できるよう再設定する。もちろん、ジュジュがしっかり固定されているかも確認した。
壁面に設置された換気用の巨大なファンブレードが回転し、シャフト内に気流を生み出す様子が見えた。その風に混じって、地下とは明らかに異なる空気が流れ込んでくる。湿り気と腐植土、そして何かが焼けて焦げた臭い。地上がただならない状況にあることを、嫌でも理解できた。
やがて上方の隔壁が重々しく開き始め、眩しい陽光が差し込んだ。思わず目を細めるが、マスクの自動調整機能が光量を補正し、すぐに視界が安定する。隔壁が完全に開いた瞬間、地上の光景が視界いっぱいに広がる。そこにあったのは、想像を遥かに超える惨状だった。
〈ジャンクタウン〉を中心に広がる広大なクレーター地形は、途方もない時間をかけて多様な生命が生息する森林地帯へと変わっていた。鬱蒼とした植物が密集し、異常な速度で繁茂した樹木が複雑に絡み合い、枝葉は光を奪い合うように重なっている。地表は厚い腐葉土と泥濘に覆われ、踏み出せば足が沈み込むほど柔らかく不安定だった。
その泥濘の上には、無数の昆虫型変異体の死骸が散乱していた。体長七十センチ前後の蟻型の個体が大半を占め、ハキリアリに酷似した外骨格は褐色の鈍い光を放っている。鋭い大顎は、死後も獲物を噛み砕こうとするかのように開いたままだった。
それらの死骸の間には、〈レギオン〉のサイボーグ兵が倒れていた。強化外骨格には無数の打痕と咬傷が刻まれ、昆虫型変異体の大顎が突き刺さったまま残っている。逆に、サイボーグ兵の銃剣や義手のブレードが変異体の腹部や頭部を深く抉っていた。至近距離で激しい殺し合いが繰り広げられたのは明らかだった。
足元には大量の薬莢が散乱し、破壊された義肢や装甲が泥に半ば埋もれている。オイルと人工血液が混ざり合い、灰色の水溜まりが形成されていた。
電力施設を制圧する過程で、〈レギオン〉はこの変異体の群れと正面から衝突したのだろう。牽引車や輸送用台車が横転し、車体には無数の昆虫が張り付いたまま絶命していた。焦げた体表と溶解した装甲の痕跡が、戦闘の激しさを雄弁に物語っていた。
それでも教団は、施設に至る道を力ずくで切り開いたらしい。木々が切り倒され、踏み潰された植物が一直線に続き、人工的に作られた通路のように森林を貫いている。その道の先に電力施設があるのだろう。〈カイロン6〉が運び去られた痕跡が、暗い森の奥へと続いているのがハッキリと確認できた。
行商人たちが利用する街道から離れた場所ということもあり、この辺りには来たことがなかったが、想像していたよりも変異体が多く潜んでいそうだ。ここからは〈レギオン〉の戦闘員だけでなく、変異体の襲撃にも警戒する必要があるだろう。
地上に車両基地があることを期待していたが、残念ながら歩く必要があるようだ。鬱蒼とした植物が生い茂る様子に興奮しているのか、〈アスィミラ〉が明滅し、ジュジュが眩しそうにしているのを横目に見ながら、我々は教団が残した道に沿って移動を開始した。







