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施設中枢、管理AIに接続するための端末が置かれた区画は、〈レギオン〉の戦闘員たちが最後の抵抗地点として占拠していて、そこだけ異様な緊張感に包まれていた。
通路に踏み込んだ瞬間、激しい攻撃に遭う。敵は〈セントリーガン〉を複数配置し、赤外線、距離計測、弾道予測を統合した自動照準で侵入経路を封鎖していた。前線には温存されていた自律兵器が押し出され、その背後からは自爆ドローンが群れを成して突進してくる。
ドローンは小型ながら高性能爆薬を搭載していて、複数機による波状攻撃を受ければ、ハクでさえ致命傷を負いかねなかった。
幸い、戦闘員たちが構築した簡易バリケードがそのまま残されていて、我々はそれを遮蔽物として利用できた。敵の銃撃は激しかったが、射線を切りながら前進し、遮蔽物の陰に身を隠しつつ距離を詰めていく。
戦闘員たちは狂信的なまでに徹底抗戦を続け、退路を断たれてもなお、戦術的合理性より〈レギオン〉への忠誠を優先していた。恐怖や生存本能を抑制する薬物と洗脳が、個々の判断を歪め、死を前提とした抵抗へと駆り立てているのだろう。
しかし消耗戦を許容するわけにはいかない。カグヤが奪取した制御権を使い、休眠状態だった自動タレットや警備用機械人形が次々と起動し、教団に対して銃口を向ける。自動タレット同士が撃ち合う異様な光景の中、教団側の防衛網は急速に瓦解していった。
道中で繰り返されてきた戦闘と補給を断たれた状況のせいか、敵の応戦能力は明らかに低下していた。弾薬残量も限界に近いのだろう。もはや戦闘というより、信仰に殉じるための儀式に近い様相を呈している。
教団幹部と思われる者たちも、これまでの戦闘に巻き込まれていたのか、生きている姿を見ることはなかった。意味のない演説や説教、教団の主義主張を聞かされずに済んだことは、ある意味で幸運だったのかもしれない。
本来なら、幹部のひとりでも捕らえて〈ジャンクタウン〉の人々の前に引きずり出すべきだった。これまで教団に搾取され、脅されてきた人々には、彼らを裁く権利があった。
すでに避難指示に従い、地下施設を脱出した幹部がいる可能性もある。もし地上で残存戦力を集結させ、混乱を収めるフリをしながら〈鳥籠〉の支配を企むのなら、それは新たな脅威になりかねない。
教団は、信仰と暴力を混ぜ合わせた危険な集団だ。強化兵の複製体や旧文明の技術を手にしたまま逃げ延びれば、再び勢力を拡大する可能性もある。
しかし、それは地上に出てから対処すればいい問題だった。今は目の前で徹底抗戦を続ける戦闘員たちを排除し、この施設の中枢に到達して管理AIを解放する。それ以外の選択肢は存在しなかった。
管理AIの端末が設置された制御室周辺は、施設内でも最も堅牢な場所だった。多層構造の隔壁は衝撃波と電磁パルスの双方を想定して設計され、素材には旧文明期の高密度複合材が使われている。隔壁の先には軍用規格の防爆扉が鎮座し、扉自体が一種の独立構造体として機能していた。
その隔壁の前には〈レギオン〉の戦闘員たちが陣取り、即席とは思えないほど緻密な防御網を構築していた。可動式と固定バリケードが配置され、いずれも死角を最小限に抑えるための計算された角度で並べられている。
頭部に埋め込まれた制御インプラントの影響なのか、彼らは退却や降伏といった選択肢を持たず、最後の一兵になるまで戦う覚悟を共有していた。
〈反重力弾〉を使えば一掃することは可能だった。しかし、この区画には施設を制御するための機材が集中している。誤って破壊すれば、管理AIへのアクセスどころか施設そのものが機能不全に陥る。
〈ハガネ〉の兵装項目を確認したあと、腰のユーティリティポーチから弾薬生成に使われるブロック状の鋼材を取り出した。
その弾薬ブロックを手にしながら、インターフェースで兵装設定を〈鬼火〉に切り替える。直後、手のひらのなかで鋳塊めいたブロックは赤熱し、融解しながら液状化していく。
それは重力の影響を受けることなく宙に浮かび上がり、〈ハガネ〉のエネルギーを取り込みながら形状を変化させていく。不定形の液体金属は安定し、三つの小さな球体へと変化した。それは互いに干渉し合う微弱な磁場を纏い、私の周囲を一定の軌道で旋回し始める。
その表面には青白い電光が走り、局所的な電磁場の変動が空気を震わせていた。敵戦闘員は遮蔽物の影に身を潜めていたが、すでにカグヤの偵察ドローンによってタグ付けされていて、遮蔽物越しでも輪郭が透けるように表示されていた。それらの標的を攻撃対象に設定する。
三つの球体は空中で完全に静止し、次の瞬間、光の矢のように解き放たれた。加速は段階を踏まず、初動から最高速度に達する。視認するのは難しく、空間に残るのは尾を引く閃光だけだった。
〈鬼火〉は遮蔽物の縁をなぞるように軌道を曲げ、死角から侵入する。瞬きの間に戦闘員の身体を貫通し、外骨格の装甲と内部機構を同時に破壊する。彼らが反応するための猶予は与えられない。
飛翔体は減速することなく弧を描き、次の標的に向かう。〈レギオン〉のサイボーグ兵は強化外骨格と反射神経を増幅するインプラントを備えているが、〈鬼火〉の速度の前では、それらは意味を成さなかった。
青白い電光を纏った球体は、物理的障壁を無視するかのように軌道を再計算し、標的の急所を正確に撃ち抜いていく。戦闘員たちは反撃のために銃口を向けようとしたが、その動作が完了する前に身体を貫かれていた。〈鬼火〉は次々と標的を処理し、わずか数秒で防御網は崩壊した。
最後のひとりが倒れた瞬間、球体は役割を終えたかのように速度を緩め、ゆっくりと戻ってくる。その表面には微弱な電光が残り、つぎの命令を待つかのように空中で静止する。
〈レギオン〉のサイボーグ部隊は壊滅した。防爆扉の前には、もはや抵抗する者の気配はない。避難指示と警告音だけが鳴り響く通路で、私は深く息を吐き、質量が大幅に減少して小さくなった〈鬼火〉を義手に取り込むようにして回収する。
そこにハクたちが姿を見せる。周囲に残存していた部隊を排除してきたのだろう。彼女が吐き出した腐食性の糸は金属疲労を誘発しながら〈セントリーガン〉の可動部と給電ラインを絡め取り、砲身は不自然な角度で固定され、制御不能に陥ったまま沈黙していた。
通路の奥では、多脚の自律兵器〈ツチグモ〉が横倒しになっていた。警備用の機械人形たちに集中砲火を浴びせられた痕跡がハッキリと残り、複合装甲は高温で溶融し、脚部の関節は破断していた。床には潤滑油と冷却剤が混じり合いながら広がり、薄い蒸気となって空気を濁らせていた。
〈レギオン〉の戦力は、もはや事実上壊滅したと判断していいだろう。戦力が残っているとすれば、それは制御室内に配置された護衛部隊だけだ。
カグヤのドローンがやってくると、隔壁の制御パネルに接続し、教団幹部から入手していた暗号鍵を使ってシステムに侵入する。パネルのホログラムが一瞬乱れ、複数の認証プロトコルが高速で書き換えられていく。
数秒の沈黙のあと、女性の声を再現した合成音声が空間に反響する。
『開放シーケンスを開始します。指定された安全な位置までお下がりください』
赤色灯が回転し、隔壁の細い継ぎ目から高圧の蒸気が噴き出した。その蒸気は瞬く間に通路を満たし、視界を白く染め上げる。すぐに換気システムが起動し、蒸気は複雑なダクトを通って拡散していく。直後、隔壁内部のロックボルトが順次解除され、その振動が足元に伝わってきた。
開放された隔壁の先に、短い直線通路が確認できた。床面には職員のための誘導ラインが敷かれ、移動用の牽引車が数台、整然と並べられている。さらにその奥、通路の終端には、ひときわ存在感を放つ重厚な防爆扉が鎮座していた。
ホログラムで浮かび上がる〈第三制御室〉の文字が、ここが施設の中枢として機能していることを示している。
カグヤに扉の開放を頼むと、ハクとジュジュに声をかけて牽引車の陰に陣取り、射線と退路を確保する。扉が開いた瞬間、何があらわれても対応できるよう、全員で準備を整えておく。
しかし予想していた敵の攻撃はなかった。制御室は異様なほど静かで、青白い照明が無数の端末とデスクを照らし出しているだけだった。整然と並ぶ機材を眺めていると、そこだけ時間が止まっているかのようにさえ思えた。
教団は人員を配置せず、管理AIに施設の制御を一任していたのだろう。確かに、保安システムを備えた管理AIは、素人の集団よりも信頼度が高い。けれど、ここまで重要な区画を無人で放置するのは不用心に思えた。それとも、人工知能を完全に掌握したつもりになっていて、警備そのものが不要だと判断したのだろうか。
私は油断せずに制御室へ足を踏み入れた。ハクとジュジュには外で待機してもらい、いつでも戦闘に移行できるよう準備を整えてもらう。制御室の空気は冷たく澄んでいたが、旧文明期の設備特有の無機質な匂いが漂っていた。
やはり人影はどこにもなかった。端末のひとつに接続ポートを見つけると、カグヤに接続を頼む。直後、ホログラムのインターフェースが立ち上がり、教団が残した不正コードが赤い警告表示となって浮かび上がっていく。
カグヤはそれらをひとつずつ解析し、隔離し、削除していく。教団が管理AIに施していた制御権限の書き換えが複数層にわたって仕込まれていて、寄生虫のようにシステムの中枢に食い込んでいた。
しばらくして、管理AIが教団の支配から切り離され、再起動プロセスに移行する。それと同時に、幹部から入手していた教団関係者のリストをアップロードし、施設内からの排除を要請した。
すでに非戦闘員は避難済みで、残っているのは武装した戦闘員だけだった。保安システムが正常に戻れば、彼らを無力化するのも時間の問題だろう。まだ油断はできないが、これで施設は取り戻せたと言ってもいいはずだ。







