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避難指示が地下通路に反響し、赤色灯が断続的に明滅する。その薄闇の中を、私は牽引車の座席で身を低くし、〈レギオン〉の戦闘員との小規模な交戦を挟みながら中枢区画へと向かっていた。床面に走る電力ラインは健在だったが、施設全体が緊急稼働状態に移行しているのが感覚的にも分かる。
牽引車の制御パネルに表示される監視カメラ映像には、教団関係者が避難指示に従い、半ば押し合うようにエレベーターホールに殺到する様子が映し出されていた。照明誘導に従って走る人々の列を眺めていると、教団の信者もまた、恐怖と不安を抱く普通の人間なのだと感じられた。
けれど、〈レギオン〉の教義に深く染まった戦闘員たちは逃げようとせず、むしろ退路を塞ぐようにして武器を構え、狂信的な抵抗を続けていた。彼らにとってこの施設は聖域であり、死は敗北ではなく信仰心の証明になるのだろう。
彼らが身に着けている簡易型の強化外骨格は、身体能力の向上と神経信号の増幅を同時に行い、さらに薬物によって恐怖と痛覚を遮断していた。その結果、彼らの動きは精彩を欠き、より直感的な動作になっていた。
通路の死角から飛び出してきた戦闘員は、光学迷彩の残滓をまとったまま刃物を振り下ろす。私は義手の前腕部で刃を受け止め、反発力を利用して衝撃波を叩きつけるように相手を吹き飛ばす。
同時に、別方向からの接近を察知したハクが壁面を蹴って跳躍し、獣めいた速度で戦闘員に突進する。質量と加速が合わさった強烈な打撃で相手を撥ね飛ばし、そのまま無力化する。敵は散発的に奇襲を仕掛けてくるが、連携は取れていない。戦況は明らかにこちら側に傾き始めていた。
その流れを決定的にしたのが、カグヤによる保安システムの掌握だった。警備用の機械人形が次々と起動し、敵味方識別信号を共有したうえで〈レギオン〉の戦闘員に向けて進撃を開始する。
天井や壁面に設置された攻撃タレットのセンサー群は、教団兵の光学迷彩を完全に無力化していた。体温分布や床の圧力変化、外骨格が発する微弱な電磁ノイズに至るまで同時に捕捉することができる。射撃は精密で、いかなる感情も介在しない冷徹なものだった。
退路を断たれた戦闘員たちは、機械的な精密射撃と挟撃に追い詰められ、次々と制圧されていく。怒号や悲痛な声は、警告音と銃声にかき消されていった。
牽引車の通行に合わせて幅が確保された通路では、施設警備用の多脚兵器〈ツチグモ〉が展開していた。空間を立体的に捉える多脚の機動力を生かし、火砲と近接攻撃を切り替えながら、圧倒的な火力で戦闘員たちを次々と押し潰していく。
監視ドローンの多くも武装化され、重機関銃や指向性エネルギー兵器を搭載した攻撃ユニットとして再定義された。上空からの制圧射撃が敵の行動範囲を狭め、機械人形との連携によって完全な包囲網が形成されていく。
施設そのものが、以前の支配者に対して牙を剥くかのように攻撃を開始していた。〈レギオン〉の戦闘員や施設管理AIは抵抗を続けていたが、もはや戦力差は覆しようがない。
勢いと狂信だけでは、旧文明が遺した自律兵器群に抗うことはできない。その事実は、赤色灯に照らされた薄暗い通路で冷酷なまでに突きつけられていた。
進撃の最中、教団の管理下に置かれていた管理AIに攻勢をかけていたカグヤが、興味深いデータ群を拾い上げた。断片的に消去され、意図的にノイズを混入された記録だったが、逆にそれが隠蔽の痕跡を誇張する結果となっていた。
倉庫で交戦した宇宙軍の強化兵――その出所は依然として不明だが、やはり違法に流出した宇宙軍の資産だった可能性が極めて高い。専用の強化外骨格、神経接続用フィラメントから漏れる微弱な信号、そしてシールド発生装置の型式番号に至るまで、いずれも宇宙軍の規格と一致していた。
強化兵の肉体は、すでに旧世代の兵器に分類される精神転送用の器に過ぎなかった。肉体そのものは生体工学と〈サイバネティクス〉の混成体で、神経系は外部から書き換え可能な構造を持ち、転送された精神を前提に運用される設計になっていた。しかし旧式とはいえ、宇宙軍の技術が凝縮された貴重な資産であることに変わりはない。
地球軍がどのような経路で入手したにせよ、それは人類圏の防衛を担う宇宙軍に対する重大な背信行為であることは疑いようがなかった。
旧文明末期、企業へのテロや企業間紛争、そして〈ネットランナー〉と呼ばれるハッカー集団が〈暗黒空間〉を根城に暗躍していた時代、治安は悪化の一途を辿っていた。
企業の物流網は寸断され、軍需倉庫や研究施設が襲撃される事件も珍しくなかった。その混乱の中で、宇宙軍の備品が盗難、横流しされる事件が相当数発生していたのだろう。今回の強化兵も、その時代に市場に流れたものなのかもしれない。
それでも、技術の完全解明には至らなかったようだ。精神転送技術には、転送対象となる人物の遺伝情報を基盤に最適化された肉体が必要になる。これは臓器移植における拒絶反応に似ているが、問題は遥かに深刻だ。
精神と神経構造が同期できなければ運動制御は破綻し、自己認識に齟齬が生じ、最終的には精神そのものが肉体を制御できなくなる危険性があった。
地球の技術者たちは、遺伝情報から精神と完全に整合する肉体を生成する〝核心技術〟の解明に至らなかった。そのため、精神と肉体の完全適合は未解決のまま放置されていた。研究ログには、入手した強化兵の肉体を基準サンプルとしてクローンを複製し、転送実験を繰り返していた記録が残されていた。
倉庫で交戦した三体の強化兵が似た顔立ちをしていた理由も、それで説明がつく。彼らは同一の遺伝情報を共有する〝複製体〟であり、個体差は外部補助装置として機能する〈サイバネティクス〉と転送された精神の違いによってのみ生じていた。
最悪なのは、教団がこの技術に目を付け、技術の本質を理解しないまま利用価値だけを見出したことだった。教団は兵士を消耗品として扱う。精神の拒絶反応による肉体崩壊や人格の消失など意にも介さず、次々と教団兵の精神を強化兵の肉体に転送するだろう。
適合率が低くとも、肉体が短期間で破綻しようとも、彼らにとっては些細な問題にすぎない。強化兵は旧文明が生み出した戦闘のための器だ。それを倫理も理解もない狂信的な集団が手にしたとき、どれほどの災厄が生まれるのか――その未来を想像するだけで、背筋に冷たいものが走る。
そこで、ふと〈姉妹たちのゆりかご〉のことが脳裏をよぎった。あの鳥籠では、封鎖されていた地下施設に何者かが侵入し、クローン製造装置を再起動し、その結果として同一の遺伝子情報を持つ姉妹たちが大量に生み出されていた。
もしあの装置を起動した人物が教団の関係者だったとすれば、彼らは我々が想像していた以上に早い段階から旧文明の技術を収集し、独自に運用していたことになる。単なるカルト集団ではなく、技術を理解し再利用するだけの知識基盤を持っていることは分かっていたが、その実態がより鮮明になった。
それは、これまでの施設占拠や資源略奪といった局所的な脅威では済まされない危険性を孕んでいた。強化兵の複製体、クローン製造装置、精神転送技術――いずれも旧文明期においては厳重に管理され、軍や研究機関の中枢でしか扱われなかった技術だ。
教団がこれらの技術を掌握しているという事実は、彼らが長期的かつ大規模な計画を進めている可能性を強く示唆していた。兵士を量産し、狂信的な精神を転送し、消耗を前提に投入する。その先にあるのは、共同体の枠組みを超えた純粋な暴力装置としての軍勢だ。
得体の知れない不安に苛まれながらも、彼らの思惑を推し量ることはできない。仮に教団が別の拠点で強化兵の複製体を量産していたとしても、拠点をひとつずつ潰し、供給線と研究基盤を断っていく以外に現実的な対処法はないように思えた。つまり、根本的な解決の糸口は依然として見えないままだ。
思考に耽っていたときだった。けたたましい警告音が内耳に鳴り響き、視界いっぱいに赤と黄色の警告表示が重なって浮かび上がる。ほとんど反射的に牽引車から飛び降りた直後、視界を焼き潰すような閃光が通路を貫く。
どうやら〈荷電粒子砲〉による攻撃を受けたらしい。轟音が反響する中、私は床を転がり、通路に並ぶ支柱の陰に滑り込む。
すぐにハクたちの状況を確認すると、幸いにも攻撃を察知してコンテナ搬送用の台車から飛び退いていたようだ。通路の先を覗き込むと、冷却装置から立ち上る蒸気の向こうに長い砲身が見えた。
青白い電光が砲身を包み、桁違いの電力が供給されていることが肉眼で確認できる。磁場が粒子を閉じ込め、エネルギー密度は臨界点に近づいていた。空間そのものがわずかに歪み、低周波の振動が地面を通して伝わってくる。
あの砲撃をまともに受ければ、〈ハガネ〉の装甲ですら耐えられない。〈レギオン〉の兵士は、もはや施設の損傷など意に介さず、無差別に砲撃を繰り返すつもりなのだろう。
けれど、その焦りは慣れない兵器を運用するうえで致命的な隙を生んでいた。彼らは兵器を保護するための遮蔽物すら用意していなかった。私は支柱の陰から身を乗り出し、ハンドガンの銃口を向けて〈反重力弾〉を放つ。紫色の球体は砲身の直前で静止し、局所的な重力崩壊を引き起こした。
その直後、〈荷電粒子砲〉の磁場制御が破綻した。粒子を閉じ込めていた磁力線が歪み、行き場を失ったエネルギーが砲身内部で逆流し、ついには衝突を引き起こす。青白い光が一瞬だけ異常な輝度に達し、続いて凄まじい爆発が発生した。天井の一部が剥ぎ取られるように崩落し、衝撃波と熱波が通路を駆け抜け、戦闘員たちを焼き尽くしていく。
爆発を逃れた〈レギオン〉の兵士たちは完全に混乱し、指揮系統も戦意も失われ、戦線は崩壊しつつあった。私は遮蔽物から離れ、ハクたちと合流すると、瓦礫と黒煙の間を縫うようにして中枢区画に向かって走り出した。
もうすぐ、教団に支配された管理AIを解放できる。そうなれば、〈ジャンクタウン〉を占拠していた者たちは撤退を余儀なくされるだろう。







