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倉庫を調査してくれていたカグヤの偵察ドローンと合流したあと、彼女が手に入れていた情報を共有することにした。我々の周囲では作業用の機械人形が警戒態勢を保ちながら、損傷した棚や床面を走査し、補修作業に使用する空間マップを更新していた。
多数のピッキングドローンを同時運用していたこともあり、倉庫内の探索は驚くほど捗ったようだ。倉庫の管理システムを完全に掌握したことで、在庫ログだけでなく、監視カメラやセンサー群が残した過去数か月分の記録映像まで遡って取得できたという。映像は断片的ではあるが、改竄の痕跡や削除された空白時間も含めて解析対象になっていた。
収集されたデータはすでにカグヤの演算領域へ転送され、相関解析と時系列の再構築が進行していた。〈カイロン6〉の移送履歴や、教団が倉庫で何を手に入れたのか――断片的だった情報が、ようやく形を成しつつある。
解析が進められている時間を利用して、先ほどの部屋で見た光景について報告することにした。放置された死体が発する強烈な腐敗臭や衣類の山、そして旧文明の処理装置――あの部屋が何のために使われていたのか説明する必要があった。
『地上の収容施設が破壊されたから、なのかもしれないね……』
カグヤは受信した情報を確認しながら、ため息まじりに言った。
『教団の理念に反対する人たち、抵抗勢力に属していた人々、そしてその家族……教団にとって邪魔な存在を地下に連れてくる〝口実〟ができたんだと思う』
胸の奥に鈍い痛みのような感覚が広がり、彼女の言葉に思わず眉を寄せる。倉庫の冷えた空気とは無関係に、身体の内側だけがじわじわと熱を帯びていくのが分かる。
「直接的でないにしろ……俺たちが施設を攻撃したことで、ああいう残虐な行為を結果的に後押ししてしまった可能性がある、ということなのか?」
『どうだろう』と、カグヤは即答する。
その声には感情の揺らぎがほとんどなく、他人事のようにあっけらかんとしていた。
『これだけの残虐な行為を平然と行える集団だよ。私たちが収容施設を破壊していようと、していなくても、きっと何も変わらなかったと思う。だから因果関係について考えて、ひとりで思いつめる必要はないし、後悔しても時間を無駄にするだけだよ』
カグヤが慰めようとしていることは分かったが、その言葉には妙な現実味と説得力があった。感情ではなく、事実に基づいた冷静な判断として聞こえたからなのかもしれない。
私は深呼吸して、意識的に思考を切り替えた。罪悪感に囚われ続けても、犠牲者が戻るわけではない。いま必要なのは、教団の全体像を把握して〈カイロン6〉の行方を突き止めることだけだった。
頭上ではピッキングドローンが光学センサーを明滅させながら飛び交い、破壊された倉庫内部を走査していた。その冷たい光を見つめながら、今後の行動について考える。
『それより、アスィミラはどうしたの?』
カグヤの問いに答える代わりに、脇に抱えていた堆肥ブロックを持ち上げる。
四角形に形成された堆肥の表面には、〈アスィミラ〉の根が複雑に絡みつき、微細な脈動を繰り返していた。
〈アスィミラ〉の苗は、人工的に生成された栄養基質にも即座に適応し、代謝反応を最適化しているようだった。その苗を視線の高さまで持ち上げながら、状況を簡潔に説明する。
『浮遊島にいるアスィミラの本体も生物の死骸を苗床にしていたみたいだし、水と光合成だけに頼っていたときより、効率よくエネルギーを吸収できるようになったのかもしれないね』
カグヤの分析は、あながち間違いではないのだろう。堆肥ブロック内部では、微生物群と〈アスィミラ〉の細胞が競合することなく共存し、エネルギーが無駄なく吸収されている。浮遊島にいる本体も、生物の死骸を苗床として取り込み、分解と同時に自らの組織へ再構築していた。
カグヤの言うように、水と光合成だけに依存するより、複雑な有機物を直接エネルギーに転換したほうが、はるかに吸収効率がいいのかもしれない。
あの場所で確保した大量の堆肥は、今後〈アスィミラ〉にとって安定したエネルギー源として活用できる可能性がある。苗が目に見えて活性化している様子を見る限り、代謝効率は高い。
人間や動物の死骸に直接寄生させるより、あらかじめ処理された堆肥を利用するよう慣れさせれば、人間の味を覚えて拠点の子どもたちを襲うような未来も防げるかもしれない。
それに、土壌の改良につながる可能性もある。〈アスィミラ〉のために実験的に土地を与えて、汚染された土壌が回復するのか調べてみたほうがいいのかもしれない。うまくいけば、〈廃墟の街〉の環境を劇的に変えられるかもしれない。
堆肥の確保自体は難しくない。廃墟を徘徊する〈人擬き〉を捕獲し、処理装置で分解すれば、有機資源として再利用できる。
これまで数えきれないほど対峙してきた〈人擬き〉に対しては、もはや倫理を持ち出す段階は過ぎていた。彼らは死後の形骸であり、都市に残された危険因子にほかならない。そこに〝資源〟という役割が加わるだけのことだ。〈アスィミラ〉と人類が共存する環境を構築するのなら、これ以上ないほど合理的な活用法に思えた。
「それで」とカグヤに問いかける。
「〈カイロン6〉に関する手掛かりは得られたか?」
すぐに彼女から転送された情報が拡張現実のウィンドウに展開される。その大半は、倉庫内に設置されていた監視カメラの記録映像だった。時系列で整理された映像は、貨物コンテナの周囲に人影が集まる場面から始まっていた。
「〈カイロン6〉を発見したときの記録映像か……」
ハクたちが暇つぶしに兵士の装備を漁っている様子を横目に見ながら、表示された映像に意識を集中させていく。
教団の特徴的な外套をまとった複数の人物がコンテナを囲み、身振りを交えて議論していた。声は記録されていないが、その立ち居振る舞いから、前線で戦う戦闘員とは明らかに異なる種類の人間だと分かる。落ち着いた動作、周囲への警戒の仕方、そして他者に指示を出す際の迷いのなさ――いかにも幹部格の振る舞いだった。
〈レギオン〉の指導者層である可能性が高い。すでに入手していた教団関係者のリストを呼び出し、映像から抽出した身体特徴や、地位を示すため外套に刺繍された記号を照合する。同時に、彼らが施設内に潜伏しているかどうかも検索した。
しかし、該当するIDはいずれも現在この施設では確認できなかった。教団が占拠している別の拠点に移動した可能性がある。
映像が別の日付に切り替わる。今度は複数の作業員が、作業用パワードスーツと無人搬送台車を使ってコンテナを運び出す準備を進めている様子が映し出された。
日付を確認し、思わずため息が漏れる。どうやら旧文明期の人工知能〈カイロン6〉は、すでにこの施設から別の場所に移送されてしまっているようだ。
「カグヤ、コンテナの行き先は分かるか?」
『ちょっと待ってね……』
彼女の返答と同時に、別のウィンドウが立ち上がる。物流記録、地下の輸送網、教団が過去に使用した移動経路――膨大なデータに一斉に検索がかかり、記号と文字列からなる情報が高速で流れていく。
数秒後、『見つけた』と彼女は短く告げた。『えっと……ジャンクタウンを取り囲むように広がる森林地帯。そこに放棄された旧文明期の電力施設があるみたい。教団はそこに〈カイロン6〉を移送する計画を立てていたみたい』
「どうして電力施設に?」
地下施設のリアクターが使えない理由があったのだろうか?
『〈カイロン6〉を起動するには、通常の都市インフラでは賄いきれないレベルの電力が集中的に必要になるみたい。どんな仕組みなのかは分からないけど、起動時だけで小さな町ひとつ分のエネルギーを供給しないといけない設計だったみたい』
幸いなことに、コンテナが運び出されてからまだ数日しか経っていない。〈廃墟の街〉で異常な変化――機械人形の暴走が確認されていないことからも、〈カイロン6〉が管理AIとして稼働していない可能性は高い。
つまり、まだ間に合うということだ。起動前に叩くことができれば、最悪の事態は避けられるかもしれない。その可能性を頼りに、つぎの行動計画を頭の中で組み立てていく。
『すぐに電力施設に向かうの?』
カグヤの問いに、私は頭を横に振った。
「まずは、この地下施設そのものを掌握する。教団の支配下に置かれている人工知能を解放して、教団が施設を拠点として使えない状態にする」
施設を管理する人工知能が教団を異物と認識すれば、すぐに保安システムが起動して、彼らを排除してくれるはずだ。
『まぁ、そうなるよね。〈レギオン〉の蛮行を見た後では、そう行動するしかない』
すでに予想していたのだろう。カグヤは地下区画の立体構造図を視界に重ねて表示した。中枢区画は幾重にも隔壁で守られ、教団が改変した防衛アルゴリズムが集中している地点にあった。
点滅する移動経路は目的地までの最短距離を示していたが、そこに至るまでに施設防衛のため配置された〈レギオン〉の戦闘員との交戦は避けられない。しかし先の戦闘でその数は大きく減っていて、重装備の部隊も確認されていない。たとえ人造人間があらわれたとしても、今なら問題なく対処できるだろう。
ハクたちに状況を伝えたあと、戦闘の準備をさせたうえで移動を開始する。同時にカグヤは、教団に利用されていた管理AIの妨害を受けながらも、施設全域に避難勧告を流し始めていた。
通路の照明は緊急避難のための誘導パターンに切り替わり、一時的に閉鎖されていた隔壁も段階的に解放されていく。警告と指示を兼ねた無機質な音声が反響し、人々を出口に導いていく。
これで非戦闘員の多くは脱出できるはずだ。よほど強固な洗脳を施されていない限り、生き延びるための選択を取るだろう。
もはや時間をかけている余裕はない。地上の電力施設に向かうためにも、施設の中枢を速やかに制圧し、管理AIを解放する必要がある。







