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不死の子供たち  作者: パウロ・ハタナカ
第十八部

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943/952

943 40〈映像記録〉


 カグヤが偵察ドローンとピッキングドローンを展開し、倉庫内に残された〈カイロン6〉に関する手掛かりを探索している間、私は周囲に警戒しながら、先ほどの戦闘でハクたちが負傷していないか確認することにした。


 幸い、致命的な傷は見当たらない。縦横無尽に張り巡らされた金属棚とコンテナ群が迷路のように空間を区切っていたことが、銃撃を避けるうえで大きく作用したのだろう。床や支柱には赤熱した弾痕が残っていたが、空間を立体的に活用するハクを捉えることはできなかったようだ。


 ハクの背にしがみついていたジュジュは、体毛こそ乱れていたが外傷はなく、むしろ遊びの延長にでも感じていたのか、軽い浮遊感を楽しんだあとのように触角を揺らしていた。


 その体毛を撫でるようにして整えていると、ふと棚の隙間に伸びる通路の奥に、周囲とは明らかに異なる構造の気密扉が設置されているのが目に入った。分厚い鋼材を備えた設計で、重要物資や機密設備の保管区画になっている可能性が高かった。


 ハクとジュジュを伴いながら、慎重に扉に近づく。教団関係者が頻繁に利用していたのか、扉は施錠されておらず、我々の接近を検知すると自動機構が作動して扉が開放されるのが見えた。


 気密扉が開いた瞬間、内部から濃密な腐敗臭が流れ出し、無意識に呼吸を止めていた。負傷した教団兵が逃げ込んだのかもしれない。ライフルを構え、警戒を維持したまま室内に足を踏み入れる。


 そこには無数の籠が整然と並び、その籠に入りきらないほどの大量の衣類が山のように積み上げられていた。床には靴が散乱し、まるで持ち主だけが忽然と消えたかのような光景が広がっている。


 衣類はどれも使用感があり、サイズも種類も統一されていない。擦り切れた戦闘服、シミのある作業着、女性の肌着などが無差別に混在し、この場で脱ぎ捨てられているようにも見えた。


 奇妙な違和感を覚え、拡張現実の簡易地図(ミニマップ)を確認する。表示されたフロアマップによれば、この部屋の先には〈リサイクルボックス〉にも似た大型処理装置が設置されているようだ。


 それは旧文明期に使用されていた分解技術を用いた再構築装置で、投入された有機物や無機物を分子レベルまで分解し、基礎素材として再利用可能な物質へと変換する設備だった。多くの地下施設や長期封鎖を想定した拠点に設置されていて、その存在自体は不自然に見えなかった。


 けれど、この部屋に積み上げられた衣類の量と、室内に満ちる濃い腐敗臭は否応なく嫌な想像を掻き立てる。衣類だけを残して人々が〝処理〟されたのではないか――その可能性が脳裏をよぎった瞬間、生理的な嫌悪感が背筋を這い上がった。


 処理装置が設置された場所に近づくほど、腐敗臭は空気そのものに溶け込むように濃度を増し、呼吸のたびに肺の奥に沈殿していく感覚を抱かせた。床や壁面には乾燥した血痕が幾層にも重なり、赤褐色から黒ずんだ色に変化しているのが確認できた。


 装置の周囲には、拘束具と思われる金属製の枷や、錆びついた足枷がいくつも転がっていた。壁際には、手足を縛り付ける鎖のついた寝台が、薄いカーテンで仕切られるように整然と並んでいた。


 作業台には、血痕で錆びついたノコギリやナタ、ペンチ、アイスピックなど、いかにも拷問具として用いられる道具が並べられていて、この場所が処理工程の前段階として使われていたことは明白だった。


 さらに異様だったのは、棚に整然と並べられた撮影用の小型ドローンケースだ。高解像度の光学センサーと生体反応記録用モジュールを備えた機体で、教団がここで行っていた行為を記録し、娯楽のように消費していたことが分かった。


 作業台に近づくと動体反応を検知したのか、ホログラム投影機が起動し、幼い子どもを連れた若い女性の姿が投影された。


 その場にいるかのように錯覚するほど高精細に映し出された女性は、全裸にされ、泣き腫らした顔で身体を震わせていた。子どもたちは何が起きているのか理解できないのか、茫然とした表情のままカメラを見つめている。


 ほとんど反射的に銃弾を撃ち込んで投影機を破壊したあと、処理装置のそばに近づく。大型の装置はひどく汚れていて、再資源化工程で発生した腐敗液と血液が乾燥して付着し、金属光沢は完全に失われていた。排出口周辺には分解途中で漏れ出た流体が幾筋も固着し、近づくだけで鳥肌が立つような怒りと不快感を覚えた。


 ハクたちの体毛が汚れないように、服が積まれていた部屋に戻ってもらうことにした。これ以上、嫌なものを見せる必要もないだろう。


 それからコンソールパネルを探し出して〈接触接続〉を行うと、半透明のウィンドウが目の前に投影される。


 そこに記録されていたのは、旧文明期の分解技術を用いた〝人間の再資源化〟の履歴だった。装置に投入された人間の遺体は、まず生体情報と構造を完全にスキャンされたあと、ナノマシン群によって分子結合を強制的に解体される。骨格、筋組織、内臓、体液は区別なく分解され、炭素、窒素、リンといった基礎元素へと還元されていた。


 つぎの工程では、それらの元素が制御された比率で再構築され、微生物活性を最大化する堆肥用基材として成形される。ログには、投入された人間の質量と、生成された堆肥ブロックの重量、含有成分比率が淡々と数値で並んでいた。人の存在を完全に排したその無機質な記録が、かえって残酷さを際立たせていた。


 そこには〝変異体を排除〟することを第一の目的に据え、〝人類主義〟を掲げた教団が、その裏で人類に対して行っていた筆舌にしがたい行為の数々が記録されていた。


 再構築素材の排出口を確認すると、薄暗い区画に四角形のブロック状に圧縮、乾燥された堆肥が大量に積み上げられているのが見えた。


 ブロックの表面は乾き、均質な土色をしていて、一見すれば高品質な農業用資材にしか見えない。けれど、その生成過程を知ってしまえば、ただの資材として見ることはできなかった。


 周囲をさらに調べると、作業員が残したと思われる情報端末が見つかった。端末内には、この堆肥を真空包装し、外部の共同体や集落に〈土壌再生材〉として販売していた取引記録が残されていた。


 放射線や化学物質で汚染された〈廃墟の街〉では作物が育たず、家庭菜園すら困難だ。しかしこの堆肥を使えば土壌を再生できる――そう(うた)って高値で取引していたらしい。


 旧文明の技術は、本来なら生命を支え、環境を回復させるために存在していたはずだ。けれど教団はそれを歪め、人の命を資源へと変換し、信仰と利益の糧として消費していた。その事実は、この無機質な倉庫に重く沈殿していた。


 ふと視界の端に淡い燐光が揺らいだ。視線を向けると、いつの間にかジュジュのそばを離れていた〈アスィミラ〉の苗が、積み上げられた堆肥ブロックの表面に根を絡めているのが見えた。


 小さな葉は弱々しい青紫色の燐光を帯びているだけだったが、時間の経過とともに色調が深まり、光度も安定して増していく。堆肥に含まれる有機成分を吸収し、失われていたエネルギーを補充しているのだろう。


 周囲には、同じ規格で成形された堆肥ブロックが無数に積まれていた。その製造過程を知っているからこそ視線を逸らしたくなるが、現実としてそこに存在する以上、これを有効活用しない手はない。


 旧文明の分解技術は、投入された素材を完全に別の物質へ再構築する。理論上、そこに残るのは元素の集合体であり、元の存在との連続性はない。それでも、これを拠点の畑に撒くという選択肢だけは、どうしても受け入れられなかった。


 でも、〈アスィミラ〉の栄養源としてなら――話は別だ。彼女は〝異星植物〟であり、人類の倫理観とは無関係の存在だ。彼女にとって、この堆肥はただの〝有機物の塊〟でしかない。そう割り切れば利用価値は高い。


 しかし、その思考がどこか精神病質者の発想に近いという自覚もあった。けれど、そのことを誰かに言いふらす必要はない。この選択の意味は、私自身が背負えばいい。


 堆肥ブロックの前で静かに手を合わせ、この場所で無残に殺され、そして処理された――数えきれないほどの名もなき犠牲者たちの安寧を祈った。その祈りが何かを変えるとは思っていない。それでも、ここで線を引かなければ教団と何も変わらない気がした。


 実際、何も変わらないのかもしれない。


 祈りを終えると、〈インシの民〉の腕輪を使い、虚空に出現した〈収納空間〉の亀裂に堆肥を取り込ませ、自らも堆肥を拾い上げて放り込んでいく。


 作業を終えると、〈アスィミラ〉の苗が光を強めながらこちらを見つめているように感じられた。その光は、「これで充分だ」と告げているようにも見えた。


 この堆肥が〈アスィミラ〉の生命を繋ぎ、いつかどこかで誰かを救う糧となる――その可能性を自らに信じ込ませる。


 それから撮影用ドローンの記録媒体を探し出し、それらをひとつずつ回収して作業台に並べた。解析用インターフェースに接続すると、保存時間の総量が数千時間に達していて、断片的なメタデータだけでも異常な頻度で撮影と編集が繰り返されていたことが分かる。


 市場では同種の動画がいくらでも出回っていて、〈国民栄養食〉よりも安価で手に入るほどだったが、そのほとんどが〈デジタルヒューマン〉による生成映像で、本物の人間はひとりも登場しない。


 被写体は人間に酷似しているが、感情反応や痛覚表現はアルゴリズムで最適化された模倣に過ぎない。本物の人間が登場することはなく、旧文明期には倫理的にも法的にも〝合法〟な商品として販売、消費されていた。


 だからこそ、こうした〝本物〟の映像は高値で取引され、収集家が存在するという噂も絶えなかった。被害者たちの尊厳を守るためにも、この記録媒体を残すわけにはいかない。


 しかしそれと同時に、教団が実際に何をしていたのかを――感情に左右されることなく把握する必要がある。記録媒体に〈接触接続〉を行い、暗号層を剥がしながら全データを一時領域に展開し、拠点の隔離データベースに転送した。


 これで映像記録は安全に保管されるが、調査のために映像を見続ければ、数時間で精神が崩壊するのは目に見えていた。そのため、解析は別の存在に任せる必要がある。


 けれど自己学習と自己保存を前提とした〈人工知能〉に調査させるわけにはいかなかった。強烈な負の情報は判断アルゴリズムに偏りを生み、最悪の場合は行動原理そのものを歪める。


 そこで旧文明期に用いられた補助プログラム〈仮想知能〉を使うことにする。自己認識も自律性も持たない〈仮想知能〉は入力されたデータを分類し、関連性を抽出するだけの存在で、この種の作業には最適だった。


 データのダウンロードが完了すると、記録媒体を処理装置に投げ込む。そうして教団が作り出した負の遺産は不可逆的に消滅した。


 すべての作業を終えたあと、来た道を引き返す。すると、山積みになった衣類の上でハクとジュジュが転がり、無邪気に遊んでいるのが目に入った。この空間に満ちていた陰惨な気配とは対照的な光景で、ほんの一瞬でも嫌なことを忘れさせてくれた。


 ハクたちに声をかけたあと、血塗られた部屋を後にする。最後に、宇宙軍の権限を使って部屋を封鎖した。外部からのアクセスは完全に遮断され、教団がこの場所を再び利用することは二度とできなくなった。

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