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こちらに銃口が向けられた瞬間、私は反射的に横に跳び、コンテナの陰に身を滑り込ませた。直後、重機関銃の掃射が倉庫内を横断し、床と壁を削りながら、すでに頭部を失っていた〈レギオン〉の強化兵の死体までも粉砕していく。
視界の隅では弾道解析用のセンサーが警告を吐き出し、空間全体が殺傷区域として再定義されていくのが分かった。
旧文明期の高密度鋼材を弾頭に用いた兵器は、運動エネルギーを失わないまま貫徹力を維持し、強化兵が装着していた外骨格の装甲すら紙屑のように引き裂く。胸部の装甲板は割れ、セラミック複合材のプレート片が飛び散り、肉片とともに倉庫の床へ叩きつけられて潰れていった。
その火力は、通常の小火器では傷ひとつ付けられないハクにとっても致命的だ。彼女もそれを理解しているのか、無理に距離を詰めようとはせず、棚や天井のクレーンを遮蔽物にして移動を続ける。視界に捉えられるたび、その輪郭は揺らぎ、つぎの瞬間には別の暗がりへと溶け込んでいた。
ハクのハーネスに固定されたユーティリティポーチには〈シールド発生装置〉が収納されていて、ハクが起動を忘れていても、必要であればカグヤが遠隔操作で作動させられる。一定の防御手段は確保されていたが、それでも未知の兵器が投入される可能性を考えれば油断はできなかった。
反撃の機会を探っていると、前方のコンテナが爆発的な衝撃で吹き飛び、立ち昇る粉塵の中から三体目の強化兵が姿をあらわした。
若草色の肌を持つ巨体――初期世代の強化兵特有の肌色だ。皮膚の下には光合成のための組織と微細な血管が複雑に走り、その表面には小さな傷跡すら見当たらない。その強化兵は床に転がっていたサイボーグ兵の死体を片手で掴み上げると、そのまま投げつけてきた。
その行動に洗練された戦術的判断は感じられない。むしろ、制御を失った獣の本能に近いようにすら思えた。〈ハガネ〉は即座にそれを脅威と認識し、〈ショルダーキャノン〉が自律的に照準を合わせる。
発射された〈貫通弾〉は空間を切り裂くように飛翔し、宙を舞う死体をズタズタに破壊し尽くしながら、その背後に立つ強化兵に迫った。
しかし強化兵は、恐ろしいほどの反応速度で腕に装着した装置を作動させ、蜂の巣状に連結したエネルギーセルを形成する。衝突の衝撃はシールド全体へ分散され、波紋を広げるように拡散して消えた。
私はすぐにライフルを肩に引き寄せ、フルオートで射撃を浴びせる。けれど強化兵は頭部を庇うように腕を交差させ、エネルギーフィールドを多重展開して弾道を逸らす。弾丸はシールドの表面で急速に減衰し、実質的な損傷を与えられない。
ただの銃撃では強化兵の動きを止めることはできない。重装備とは思えない滑らかな重心移動、常人の限界を超えた反応速度。旧世代とはいえ、旧文明期の強化兵が――ある種の装備として完成されていることを痛感させられる。
倉庫内の空気は極限まで張り詰めていく。強化兵との戦闘は、これまで相手にしてきた〈レギオン〉の兵士とは異なる緊張感を強いられる。すぐに決着を付けなければ、思いもしない被害が出るかもしれない。
義手の前腕部を展開し、強化兵の頭上にある金属棚へ向けて〈グラップリング・フック〉を射出する。フックはコンテナを貫通し、内部で鉤が広がって固定される。それを確認すると、素早くワイヤーを巻き取ってコンテナを強引に引き落とした。
質量のある金属の塊が重力に引かれ、倉庫の高所から落下していく。強化兵は回避可能な距離にいたにもかかわらず、あえて踏みとどまり、両腕を突き上げて受け止めにかかった。強化外骨格が出力を上げ、瞬時に過負荷領域に入り、関節部の放熱フィンが赤熱して火花を散らす。肉体の性能に溺れていたのかもしれない。
その瞬間に生じたわずかな隙を逃さなかった。ライフルから手を放し、太腿のホルスターからハンドガンを抜き取る。そして強化兵に接近しながら〈貫通弾〉を連続で撃ち込む。
同時に〈ショルダーキャノン〉も自動で射撃を開始し、強化兵のシールドに圧力を加える。断続的な攻撃によってエネルギーフィールドは不安定になり、表面に揺らぎが走る。出力が低下した瞬間、質量のある弾丸がシールドを突き破って強化兵の肉体を破壊する。
太腿の筋肉が抉られ、膝が破壊され、ついにコンテナの重量に耐えられなくなった彼は、そのまま押し倒されるように床に倒れ込んだ。コンテナが落下した衝撃で周囲の棚が揺れ、倉庫全体に鈍い振動が広がる。
すぐにハクの様子を確認する。彼女は依然として別の強化兵から重機関銃の射撃を受けていて、回避に専念していた。援護が必要だ。
『レイ、サイボーグ兵の増援を確認した』
内耳に聞こえるカグヤの声と同時に、拡張現実の簡易地図が視界に展開される。
複数の赤い反応が倉庫の奥から接近していた。私は棚の上部に向けて再び〈グラップリング・フック〉を射出し、ワイヤーを巻き上げながら射角の取れる位置まで素早く移動する。
倉庫の高所に跳び移るたび、金属の支柱がわずかに軋み、下方では強化兵たちの重い足音が響いていた。
想定していた射撃位置に踏み込んでくる兵士たちの姿を確認した瞬間、ハンドガンを構え、弾種を〈反重力弾〉に切り替えて引き金を引いた。ブラックボックス化された重力制御ユニットが起動し、銃身内部で局所的な場の歪みが生成される。
紫色に発光する球体状のプラズマは、放たれた直後こそ緩慢に見えたが、周囲の慣性と空気抵抗を無視するかのように加速し、ライフルを構えて前進していた兵士たちの中央で正確に静止した。
困惑した兵士たちが足を止めた瞬間、金属同士を打ち鳴らすような甲高い音が倉庫内に響き渡り、局所的な重力崩壊が発生する。上下の概念を奪われた身体は、まるで水中に投げ出されたかのように、ゆっくりと宙に浮かび上がっていった。
周囲の空気が目に見えて歪み、重力に一瞬だけ引きずられる感覚がする。直後、反転した重力場が急激に収束し、圧縮方向が一斉に内向きに切り替わる。床に固定されていた棚や積み上げられたコンテナまでもが発光体に引き寄せられ、金属構造が耐えきれず悲鳴のような軋みを上げる。
〈反重力弾〉の中心では、あらゆる物体が逃げ場を失い、極端に歪められた重力勾配に圧し潰されていく。強化外骨格は原形を保てず、兵士たちの身体は金属片に引き裂かれ、圧縮されながら崩壊していった。本来なら飛散するはずの血液や臓器すら空間に留まることを許されず、紫色の球体へと吸い込まれていく。
浮遊していたすべての物が一点に集約され、分子レベルで圧し固められた高密度の塊に変換されていった。光の球体は周囲の景色を歪ませながら急速に収縮し、やがて拳大ほどの質量体になって空中に静止する。
そうして空間は元の物理法則を取り戻し、高密度の塊は重力に従って床に落下し、鈍い衝撃だけを残して転がった。
倉庫内は不自然なほど静まり返るが、すぐに騒がしい銃声が聞こえてくる。増援を排除したことを確認すると、周囲に視線を走らせてハクの位置を探す。
それから〈グラップリング・フック〉を射出し、棚と棚の間を縫うように移動する。ワイヤーが巻き取られるたびに身体は宙に引き上げられ、倉庫の高所へと位置を変えていく。目的の棚に着地した瞬間、視界の先に強化兵の輪郭を捉えた。
すかさず〈反重力弾〉を撃ち込むが、強化兵は攻撃を想定していたのか、その人間離れした反応速度で即座に後退し、重力崩壊の範囲から距離を取った。
標的を外しても〈反重力弾〉は空間に干渉する。紫色の球体が眩い光を発した瞬間、周囲の棚や支柱が局所的な応力に耐えきれず歪み、固定されていた棚が連鎖的に崩落していくのが見えた。倉庫に何が保管されているのか分からない以上、無闇に被害を増やすわけにはいかない。
強化兵だけを正確に排除したいが、〈自動追尾弾〉では兵士が使用する多層シールドを突破できない。そこで〈ハガネ〉の能力に頼ることにした。
インターフェースで兵装項目を切り替え、〈鬼火〉を選択する。直後、義手の手のひらから液体金属が滲み出す。それは重力の影響を受けることなく宙へ浮かび上がり、徐々に形を変えていく。
流動的で形を持たない物質は、やがて三つの小さな球体に変化し、原子核の周囲を電子が回転するような軌道で私の周囲を飛び始める。青白い電光が表面を走り、局所的な電磁場の変動が空気をわずかに震わせた。
強化兵に視線を合わせ、標的として設定する。三つの球体は空中で静止し、つぎの瞬間、凄まじい速度で飛翔した。光の軌跡は目で追うことすら難しく、強化兵がシールドを展開していることすら感じさせず、接触と同時にハニカム状の薄膜を容易く引き裂いてみせた。
飛翔体のひとつは太腿を貫き、残るふたつは肩と重機関銃を正確に破壊する。動きが止まった瞬間を逃さず、光球は軌道を変えながら次々と兵士に襲いかかり、装甲の隙間を正確に突きながら肉体を破壊していく。
攻撃は必要最低限の範囲に収まり、周囲の設備を巻き込むことはなかった。〈鬼火〉は〈精神感応兵器〉として分類される特殊兵装であり、使用者の思考と完全にリンクし、意識の微細な揺れに応じて挙動を変化させる。
飛翔体を操る感覚は、指先を動かすのと変わらないほど自然だった。青白い光をまとい、意思そのものの延長として敵に襲いかかる〈鬼火〉は、ほとんど完成された兵器に思える。
しかし代償も大きい。その膨大なエネルギー消費により、一度の使用で、弾倉として数百発の銃弾を形成できる特殊ブロックを丸ごと消費してしまう。ハクを支援するためでなければ、この場面で使うこともなかっただろう。
やがて最後の光球が消散し、電磁的な余波が収束する。すでに身体中を破壊された強化兵は立っていられず、完全に戦闘不能となって床に崩れ落ちた。
すぐに増援が来る可能性があるので、〈カイロン6〉の手掛かりを探すため、ハクと合流して行動に移ることにした。







