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不死の子供たち  作者: パウロ・ハタナカ
第十八部

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 廊下に満ちていた断続的な銃声が途切れ、フロアマップを表示するウィンドウからは赤い反応が次々と消失していく。


 床に崩れ落ちて動かなくなった者、あるいは負傷し、痙攣するように身じろぎする者――揮発性物質による錯乱と同士討ちは、短時間で決定的な効果をもたらしていた。攻撃部隊の制圧を確認すると、施設の最下層に向かうべく動き出す。


『レイ、ちょっと待って』

 内耳に聞こえたカグヤの声に反応して足を止める。


「どうしたんだ?」

『情報端末がないか探してくれる?』


 彼女は、テロの首謀者でもあった男性の端末を利用し、施設内に配備されている教団兵の配置情報や通信ログを引き出すつもりらしい。


『各共同体に対する自爆テロにも関与していた人物だよ。戦闘員のリストや警備に関する情報を持っている可能性が高い。それに、戦闘員が所持する端末を中継すれば、リアルタイムで敵の位置を補足できるようになる』


 すぐに引き返し、すでに冷たくなっていた男性の持ち物を確認する。けれど、個人用の情報端末らしきものは見当たらない。


『作業中だったみたいだし、ホロ端末に有線接続してた可能性がある。デスクの周囲を調べてみて』


 ホログラム投影機を備えたデスクは整然としていて、開封された〈国民栄養食〉のパッケージとパウチ入りの飲料水だけが置かれていた。几帳面だったのだろう、無駄なものがひとつもない。


 しゃがみ込んでデスクの下から伸びるケーブル類を辿ると、デスクの影に磁気固定された端末が見つかる。旧文明期以前のデスクトップ型コンピュータを思わせる無骨な造りで、外装は目立たないが、放熱孔と補助電源の構成から常時稼働を前提とした装置だと分かる。その装置に接続されていた小型の情報端末を手に取る。


「カグヤ、確認してくれ」

〈接触接続〉を行うと、端末内部の暗号化領域が即座に解析される。


『その人の端末で間違いないみたい。戦闘員の識別コード、各隊員の装備、簡易的な神経接続(ニューラルリンク)の暗号鍵まで入ってる。今からデータマイニングを開始するね』


「了解」

 最後に、もう一度だけ部屋を一瞥する。


 ホログラムはすでに消え、デスクトップ型端末の冷却ファンが惰性で回転している微かな音だけが聞こえた。床に残された大量の血痕と、椅子にもたれたまま動かなくなった男性の亡骸を残して部屋を出る。


 突発的な戦闘に備え、扉の脇に身を寄せ、左手で扉を制御しながら右手でハンドガンを構える。それから視界の端に投影されている監視カメラの映像と、換気に関する情報を確認しつつ、ゆっくりと扉を開いた。


 けれど、そこまで念入りに警戒する必要はなかったようだ。廊下は異様なほど静まり返り、破壊された照明が点滅を繰り返す中、空調設備が淡々と換気を続けている。


 その静寂の中で、負傷者のうめき声だけが金属パネルに囲まれた空間に微かに反響していた。揮発性物質はすでに拡散し、空気こそ澄んでいたが、そこに残された光景は戦場のようだった。


 足元に散乱する薬莢を避けながら通路を進み、罠が設置されていないか注意を払い、生き残りの反応を確認しつつ使用可能な装備を回収していく。破損したヘルメットの内側には血液が付着し、空の弾倉があちこちに転がっている。


 数名の負傷者が視界に入るが、その多くは致命傷を負っていて、すでに動けない状態だった。錯乱状態は収まっているものの、揮発性物質の影響から神経系は回復しきっておらず、虚空に向かって意味のない言葉を繰り返している者もいる。彼らの視線は定まらず、現実と幻覚の境界は曖昧なままだった。


 ライフルを構え、照準補助のホログラムを最小表示に絞りながら進むと、ラウンジのソファに座り込んだまま眠り込む信者の姿が見えた。戦意を持たない者たちは、そのまま深い鎮静状態に移行したのだろう。


 この場所が〈アスィミラ〉の繁殖圏であれば、彼らは覚醒することなく、ゆっくりと生命活動を奪われて肥やしにされていたはずだ。


 異様な雰囲気が漂う〈居住区画〉を抜け、入場ゲートが設置された通路に出る。そこでも光景は変わらない。もともと警備する気力すらなかった兵士たちは昏睡するように床へ倒れ伏し、わずかな抵抗を試みた者だけが、錯乱の末に同士討ちという形で命を落としていた。


 エレベーターホールに戻ると、真っ白な体毛に覆われたハクの後ろ姿が見えてくる。彼女はホログラムで繰り返し投影される娯楽室やラウンジの案内映像を、じっと見つめていた。その背に乗るジュジュは、携行用の栄養食を淡々と咀嚼している。


〈アスィミラ〉の苗は、相変わらずジュジュの腕に絡みついたまま、呼吸するかのように明滅しながら淡い燐光を放っていた。周囲の人工照明と異なる波長の光が、無機質なホールにわずかな生命感を吹き込んでいるようでもあった。


 色とりどりの映像と音に意識を奪われていたハクに声をかけたあと、エレベーターのコンソールパネルを操作していた偵察ドローンのそばに向かう。


「エレベーターは使えそうか?」


『特定の権限を持つ幹部だけが、施設の最下層――それも極めて限定された区画への立ち入りを許可されていたみたい』


 実際のところ、教団もこの施設を完全には掌握できていなかったのだろう。中枢システムは依然として独立性を保ち、外部からの干渉を拒み続けている。


「施設を管理する人工知能からの抵抗は?」


『まだ諦めていないみたい。システムの初期化とセキュリティレベルの引き上げを繰り返してるけど、私たちの正確な位置までは特定できていない』


「そうか……引き続き妨害を頼む」


『任せて。それに、こっちも準備ができた』

 彼女の言葉のあと、エレベーターの扉が静かに開いた。


 ハクたちとエレベーターに乗り込み、すでにおなじみになっていた音楽を聴きながら、目的の階層へ向けて下降していく。コンソールディスプレイに表示される数字が増えるたび、施設の深部へ引きずり込まれていく感覚が強まっていく。


「なぁ、カグヤ」ふと、疑問を口にする。

「アスィミラを使って最下層にいる教団兵を無力化することはできなかったのか?」


『もちろん試したよ。でも、反応してくれなかった』

「ん? アスィミラが反応しなかったっていうことか?」


『そう。理由は分からないけど、あの揮発性物質は連続して放出することができないみたいなんだ』


 ジュジュの腕に絡みつく〈アスィミラ〉の様子を横目で確認する。葉脈を走る微細な光は弱まり、明滅する燐光の周期も先ほどより長くなっている。


「苗に相当な負担がかかっているのかもしれないな……」

『負担……エネルギーが枯渇したってこと?』


「ああ、その可能性は高い。光合成か、あるいは生体由来の栄養素……そのいずれか、もしくは複数を必要としているのかもしれない」


『倫理的にどうかと思うけど……教団兵の死体に寄生させて、必要な栄養素が補給できるか確認しておけば良かったね』


「そうだな……やってみる価値はあった。あの揮発性物質が捕食や繁殖と直結しているのなら、消耗と回復の周期が存在するはずだ。けど、今はそれを確かめている余裕がない」


 残念だけど、ここで考察を打ち切る。


「この件が片付いたら、浮遊島にいるアスィミラに直接会って、話を聞いたほうがいいかもしれないな……」


『そうだね。このまま正体不明の〝異星植物〟を連れ歩くのは、戦術的にもリスクが高い』


 これまで拠点内で敵対的な行動は確認されていないが、それは偶然か、あるいは意図して無害な存在を装っている可能性もある。


 まったく環境の異なる恒星で、異なる進化を繰り返してきた生物である以上、人類の基準で安全性を判断するのは危険だ。〈アスィミラ〉は、環境と精神状態に応じて反応を変える知性体だ。そのことを念頭に置いて行動したほうがいいだろう。


「それで……最下層の警備状況は?」


『教団兵は配置されていないみたいだけど、レギオンの戦闘部隊が展開していて、迎撃態勢に移行してる』


「レギオンの兵士が警備しているってことは、カイロン6はまだ移送されていないのか?」


『わからない。時間稼ぎのための欺瞞の可能性もあるけれど、いずれにしても、発掘現場を調べないと追跡はできない』


「やれやれ……」

 その呟きは誰に向けたものでもなく、ただ思考を現実に引き戻すための小さな合図にすぎなかった。


 エレベーターが停止すると、監視カメラの映像を使って扉の先の安全性を確認する。脅威がないと判断すると、カグヤの操作でドローンが扉を開放した。


「ハク、いつでも戦えるように準備しておいてくれ」

『ん。りょうかいした』


 警戒心を見せることなくトコトコと歩き出すハクの後を追い、ライフルを構えたままゆっくりと通路に出る。照明は薄暗く、人の気配もない。エレベーターホールのような緩衝空間は存在せず、扉の先からは細長い通路がそのまま伸びているのが見えた。


「カグヤ、この場所は?」


『テック企業の研究機関と、防衛軍関連装備の保管区画として使われていた場所だね。核攻撃後でも作戦行動を継続できるよう、地上の基地から運び込まれた物資が備蓄されていたみたい』


 周囲には放置されたコンテナや輸送ラックが並んでいる。

「その中に、カイロン6が紛れ込んでいた可能性が高いな……」


『かもしれない。それに、管理AIにセキュリティシステムが掌握されてる。このままだと通常の索敵はできないけど、戦闘員が所持している端末を起点に位置を割り出すから、少し待って』


 カグヤは、テロの首謀者から得ていた情報を使い、各戦闘員の端末から漏れ出る微弱な電波――意図せず発生する電磁的な揺らぎを拾い上げ、それをソナーのように活用する。人体や障害物に反射して生じるわずかな変化を捉えることで空間をマッピングし、敵の位置情報を割り出していく。


 そうして目に見えない波が幾重にも重なり合いながら、立体的な空間モデルが徐々に組み上がっていく。


『……見つけた』

 彼女の言葉のあと、拡張現実のウィンドウが展開され、廊下の簡略マップとともに複数の赤いシルエットが浮かび上がる。遮蔽物の向こうに潜む敵の位置や姿勢までもが表示されていく。


「よし。行動開始だ」

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