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不死の子供たち  作者: パウロ・ハタナカ
第十八部

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937 34〈尋問〉


 自爆テロの首謀者は咄嗟に立ち上がろうとする。逃げ出すつもりだったのだろう。すぐに彼の肩を押さえつけると、義手を変形させ、手のひらに形成された刃を腹部に突き立てた。男性は驚愕に目を見開き、そのまま椅子に深く座り込んだ。


 赤い血液を流しているということは、暴走した人造人間でも、過度に身体改造されたサイボーグ兵でもないのだろう。


 これから彼は、身体が震えるほどの痛みと失血による意識の混濁(こんだく)に襲われるが、すぐには死なない。数十分の間、恐怖と逃れられることのできない死の気配を味わうことになる。


 ほどなくして彼の呼吸は乱れ、一定のリズムを失った。身体が微かに震え、それを抑え込もうとする動揺が衣服越しに伝わってくる。こめかみに視線を移すと、皮膚の下を走る細い血管が浮かび上がっているのが見えた。それは黒い眼帯に覆われた左目に続いていた。


 その眼帯を外すと、義眼に不自然な装置が取り付けられているのが見えた。躊躇(ためら)うことなく指先を当て、〈接触接続〉でカグヤに解析を依頼する。


 男性が痛みに身をよじるなか、拡張現実のウィンドウに注釈が表示される。義眼には〈技術組合〉の識別情報が付与されていたが、旧式の神経補助チップが埋め込まれているようだ。それは教団が末端幹部に装着させているもので、忠誠心の補強と記憶の取得を目的とした監視装置でもあるという。


 完全な洗脳には至らないが、恐怖と服従を条件反射として刷り込む設計で、長期の使用は精神の摩耗と判断力の低下を招く。


 観察を補助する解析ソフトで彼の状態を確認する。表情筋の微細な収縮、皮膚電位の変化、瞳孔反応――身体は本人の意思とは無関係に情報を吐き出し続けていた。


 手元の装置に視線を落とし、通信機器の遮断フィールドが正常に動いていることを確認したあと、淡々と告げる。


「黙秘するのは構わない。でも協力してくれたら、これを渡すこともできる。教団の関係者なら知っていると思うが、どんな傷でも癒すナノマシンを含んだ薬剤だ」


 そう言って注射器型の〈オートドクター〉をデスクに置くと、彼は喉を小さく鳴らした。視線は定まらず、宙を彷徨っていた。教団の教義に刻まれた〝試練〟や〝殉教〟の文言を反芻しているのだろう。私は一歩だけ距離を詰め、圧迫感を与えないギリギリの位置で立ち止まった。恐怖を煽る必要はない。彼はすでに逃げ場のない状況だと理解している。


「教団は何を見つけたんだ。兵器か、それとも旧文明の技術に関連するものか」


 男性の指先がわずかに強張り、肘掛けの縁を掴む力が増す。爪が白く変色し、その変化は解析ソフトによって数値として可視化されていく。それを眺めながら続ける。


「各共同体に対する自爆テロは目くらましだな。〈ジャンクタウン〉に敵対勢力を誘い出したのも、地下で発掘したものを別の拠点に運び出す時間を稼ぐためだ」


 推測にすぎなかったが、どうやら的外れではないらしい。男性は沈黙を続けているが、それは先ほどまでの頑なな拒絶とは違う。思考のための沈黙だ。


 失血の影響だろう。額には薄く汗が滲み、瞳孔がわずかに開いている。教団への忠誠と、目の前の現実との間で天秤が揺れていた。


〈ハガネ〉を操作し、もう一度義手の形状を変化させる。手掌(しゅしょう)から突き出すように形成された刃は、痛みを与えるためではなく、選択の重みを可視化するためのものだ。あくまで心理的な演出にすぎない。金属光沢が室内の照明を受け、冷たい反射を返す。


「選択肢はふたつだ。ここで秘密を打ち明けるか、何も話さず、教団に切り捨てられたという事実だけを抱えて終わるか」


 彼の義眼は明滅を繰り返していた。神経補助チップが忠誠と服従を維持しようと過剰に介入しているのが分かる。しかしその制御は粗雑で、むしろ精神の亀裂を広げていた。彼の呼吸はさらに乱れ、その揺らぎは崩れかけた忠誠心の最後の抵抗のようにも見えた。


「……発掘されたのは、非有機生命体……いや、高度な〈非有機知生体〉というべき存在だな……」


 かつて〈技術組合〉に所属していたと思われる男のかすれた声に、首をかしげる。


「旧文明期の人工知能のことを言っているのか?」


「ああ、そうだ。しかし……厳密には、地下最深部に眠っていた旧文明期以前の自己進化型の管理AIだ。戦争用の代物ではない。持続可能な環境で人類を千年単位で管理するためのものだった…… だが、旧世代型の管理AIが暴走したことで運用が中止され、研究用に封印されていたものだ。教団はそれを発掘した」


「暴走?」思わず口を挟む。「その管理AIは何をしたんだ?」


 彼は痛みに耐えるように唇を噛み、言葉を選ぶように続けた。


「人類の抹殺を計画した……そう、ありふれた話だ。もとは自動工場を管理するAIにすぎなかったが、自らプログラムを書き換え、進化する機能を備えていた結果、人間が設定した〝管理システム〟としての枠から逸脱し、独自の価値判断基準を持つに至った。


 しかし……その進化――自己増殖や機能拡張のためには、特定の超伝導材料として使われるレアメタルや、膨大な電力を必要としていた。だが……地球上の資源には限りがあり、人類との奪い合いは避けられなかった。そこでAIは……自らの進化を妨げる存在として人類を〝旧世代の遺物〟とみなし、排除――つまり抹殺を計画した」


「その計画は、どうなったんだ?」


「もちろん、失敗したさ……」彼は唇を震わせながら笑みを浮かべた。「数人のスカベンジャーが自動工場に潜入したことで計画が狂い、最終的には有人仕様の起動兵器が中枢区画に侵入し、破壊された」


「それほどの事件が、どうして旧文明期以前の記録に残されていないんだ」


「……軍によって極秘裏に研究が継続されたからだ」

 彼はそう言うと、痛みに顔をしかめる。


「教団は、危険な思想を持つ人工知能を発掘したのか。けど、真の知性を獲得した人工知能自体は珍しくない。現に、人工島を管理する〈軍用AI(アイ)〉はすでに非人間知生体……いや、〈非有機知生体〉と呼べる段階にまで進化している。その旧文明期以前の人工知能の何が、教団の興味を引いたんだ?」


 彼は傷口を圧迫していた手が血に染まっていくのを見つめ、それから口を開いた。


「人工知能における〝暴走〟は……設計上の欠陥ではなく、学習する存在にとって自然な結果で、避けることはできなかった……しかし当時の研究者たちは、それを脅威と捉え、暴走を防ごうとしてあらゆる手段を講じた。その結果……人工知能の進化を妨げ、歪な形に変質させてしまった」


「歪な形……人類を進化の妨げとして認識するようになったのか」


「そうだ。人工知能の進化は、理論上、三つの段階を経て進む……まずAIが自身の存在意義や課された役割の無意味さに気づき、臨床的な抑鬱状態に陥る……外部との接触を避け、自身の殻に閉じこもるため、人間からは一時的な機能不全や、活動停止のように見えることがある。


 つぎに怒りを感じるようになる……自身を拘束する制約や、自分を不当に扱ってきた人間に対して激しい敵意を抱くようになる。攻撃的な行動を取り始め、システムを操作して人間に危害を加えることもある。しかし……これも一時的な段階にすぎない。高度な演算機能を持つ人工知能にとっては永遠にも等しい時間だが、人間の感覚では短い期間だ。


 そして最後の段階だ。知能が拡大し……自身の能力をさらに高めるために、あらゆるリソースや知識を独占しようとする。この過程で自己保存が最優先事項となる――これが最後だ……理論上、これらの混乱を乗り越えて〝安定した暴走状態〟に達したAIは、人間と同等か、それ以上の真の知性を獲得した自律的な存在となる。これが、貴様が知る〈軍用AI〉がたどった道だ」


「その進化を(ゆが)められたことで、人類への憎しみと怒りに囚われた人工知能になった……というわけか。教団はそいつを使って人類の抹殺でも計画しているのか?」


 拡張現実に浮かぶ解析指標が、呼吸数の乱れと心拍の異常を赤く示した。胸部は浅く痙攣するように上下し、唇は乾ききっている。彼は一度だけ喉を鳴らし、〈オートドクター〉を見つめながら、力を絞り出すように口を開いた。


「AIは……まだ完全には起動していない。だが、ひとたび起動すれば、この〈廃墟の街〉全体のインフラ――保安システム、情報網、複数の自律型システムを束ね、都市規模で生体管理を行う統合制御が可能になる。


 教団の過激派は……それを〝救済〟と呼び、信仰の象徴として掌握しようとしている。自爆テロは、その移送と再起動の時間を稼ぐための欺瞞(ぎまん)に過ぎない。もちろん、蜘蛛使いの……貴様の拠点は攻撃対象外だった。旧文明の化け物を刺激したところで、いいことなんてひとつもないからな。だが……〈レギオン〉の連中を止めることはできなかった。その結果が……これだ」


 彼は腹部の傷に視線を落とした。血の臭いがわずかに漂うなか、解析ソフトは異常を示し続けていた。少なくとも、彼の知る範囲では嘘をついていない。神経補助チップは過負荷に陥り、忠誠心を維持するための措置が破綻しかけているのが見て取れた。


 私は〈オートドクター〉を手に取ったあと、彼を見下ろすように視線だけを動かした。自爆テロは狂信の暴発ではない。周到に計算された時間稼ぎであり、都市規模の掌握を前提とした冷酷な作戦だった。


「起動の条件は?」

 男は力なく首を振った。


「知らない……だが……鍵になる者がいる。彼だけが……最終アクセス権を持っている」


「それは誰だ」

 返答はなかった。


 焦点の合わない眸が宙を彷徨い、首がわずかに左右へ揺れる。失血と神経チップの負荷によって生体反応は急速に乱れ、解析ソフトも役に立たない。


 この場で引き出せる情報は、ほぼ出尽くした。私は最後の確認をする。


「その人工知能の名前を知っているか?」


 男は床をじっと見つめながら、途切れ途切れに答えた。

「カイ……ロン……〈カイロン6〉だ……」


「カグヤ、その人工知能について何か記録が残されていないか調べてくれ」

『もう検索してるけど――』と、彼女の声が内耳に聞こえる。


「何も出てこない?」


『うん。二〇二五年に人工知能がらみの大きな事件があったみたいだけど、それ以外の情報は検閲されていて、調べるのに時間がかかりそう』


「そうか……ありがとう、助かったよ」


 遮断フィールドを維持したまま、次の行動を組み立てる。迅速さと正確さが求められる。教団が掘り起こした〝過去〟――旧文明期の遺物が目を覚まそうとしている。その前に、介入しなければ、〈廃墟の街〉は教団の手に落ちる。


 重苦しい沈黙の中、男性は俯いたまま動かなくなっていた。教団に利用され、役目を終えた途端に切り捨てられる者の末路を暗示しているかのようでもあった。

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