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不死の子供たち  作者: パウロ・ハタナカ
第十八部

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 エレベーターでメンテナンス通路に戻ると、〈サーバールーム〉の凍えるような冷気とは異なり、この区画の空気には真新しい建材や硬化しかけた接着剤、それに焼けた配線被膜の残り香が微かに混じっていた。戦闘で破壊された通路の修復作業が進められているのだろう。


 拡張現実に投影された移動経路に従い、核防護施設――旧文明期の避難シェルターに続く通路を進む。かつては厚い隔壁と多重認証で厳重に封鎖されていた場所だったが、教団が施設を占拠した際に隔壁は強制的に開放され、今では教団関係者が自由に出入りできる区画となっていた。


 道中、複数の教団兵の反応をカグヤが検知する。彼らは少人数で散発的に行動していて、統制が取れていなかった。傍受した通信ログを解析するまでもなく、指揮系統が崩壊しかけていることは明らかだった。


 我々は隠密行動を徹底し、必要最低限の動きで敵を排除していった。銃声も悲鳴も上げさせない。通路の死角と〈環境追従型迷彩〉を駆使して巧みに接近し、ひとりずつ無力化し、脅威を排除してから次に進む。


 シェルターへの侵入を想定していなかったのか、あるいはすでに戦力の大半を失っていたからなのか、驚くほど警備が薄かった。


 途中、足を止めて倒れていた教団兵のひとりから生体認証用のIDを抽出する。皮膚の下に埋め込まれた薄型チップを〈接触接続〉で解析すると、暗号化された認証情報が展開されていく。旧文明期以前のセキュリティ規格に、教団独自のコードを重ねただけの代物だった。


 続いて、装備の解析と変装に取りかかる。教団兵が身に着けていた灰色がかった白のポンチョを手に取ると、〈ハガネ〉の義手から滲み出した液体金属が布地を包み込むように吸収していく。繊維構造、反射率、表面の摩耗パターン、〈光学迷彩〉に関する情報――すべてが解析され、再構成されていく。


 しばらくして〈ハガネ〉は、教団兵の外套と見分けがつかないポンチョを形成していた。触感も重量配分も本物と変わらないが、内部構造はまったく異なる。厳密にいえば、必要に応じて瞬時に形成、分離が可能な戦闘用の可変装甲だった。戦場で装備を解析し、取り込みながら機能を模倣する――それこそ〈ハガネ〉の真価だった。


 解析に時間をかけずに、教団兵が実際に身に着けていたポンチョをそのまま羽織ることもできたが、慣れない装備では戦闘時に動きを阻害される可能性がある。〈ハガネ〉で形成すれば、必要に応じて瞬時に形体を変えられる。潜入と戦闘の両方を想定するなら、この選択が最適だった。


 フルフェイスマスクの形状も、教団兵が使用するヘルメット装着型のガスマスクと同じ外見に変更するため、こちらも〈ハガネ〉に取り込ませる。


 教団兵仕様のガスマスクは高性能で、拡張現実対応型のフェイスシールやフィルター機能などを備えていた。しかし〈ハガネ〉は、それらの機能を包括する上位互換だったので、新たな機能を得るわけではなく、あくまで外見を再現するための素材に過ぎなかった。


 潜入準備が整ったところで、ハクとジュジュには別行動を取ってもらう。カグヤの偵察ドローンが先導し、メンテナンスシャフトを通って、シェルターの近くにある別区画で待機してもらう計画だ。さすがにハクたちは目立ってしまうので、しばらくの間だけ別行動になる。


「大丈夫。すぐに合流できる」

 そう言い聞かせてハクたちを見送る。


 短い別れのあと、通路には私ひとりが残された。冷たい床に響く足音も、教団兵の装備を身に着けた今ではほとんど違和感がない。〈ハガネ〉が再現したポンチョも、これまで着ていた外套のように自然と身体に馴染んでいた。


 しかし、これから向かう先は――自爆テロの首謀者が潜む教団の中枢に近い区画だ。いつでも戦えるように呼吸を整え、意識を集中させていく。


 核防護施設へと続く主通路に足を踏み入れると、開放された隔壁が見えた。隔壁の縁には切断用レーザーによる熔解の跡と、粗雑に再溶接された金属の盛り上がりが残り、規格外の電力が強引に流し込まれた痕跡がハッキリと読み取れた。


 教団がこの施設に侵入を試みていたときには、まだ管理AIを制御できていなかったのだろう。無理やり隔壁を開放し、その後で管理AIのメインコンピュータに接続した――そんな経緯が容易に想像できた。


 隔壁を越えた先には、仮設の検問所が設けられていた。可動式バリケードが通路に設置され、迎撃用セントリーガンが床に固定されている。銃身は常に微細な角度補正を繰り返し、熱源と生体反応を監視しているはずだが、教団兵のIDが効果的に作用しているのか、こちらに照準が向くことはなかった。


 そのセントリーガンの制御系は、施設本来の警備AIではなく、教団が持ち込んだ簡易統制モジュールに置き換えられているようだった。反応速度は鈍く、優先されるのはID信号のみで、個体識別や挙動解析は簡略化されていた。


 はじめからIDを偽装していれば、施設内のセキュリティに攻撃されることもなかったのではないか――そんな考えが脳裏をよぎる。けれど、偶然にも核防護施設の警備担当だった教団兵のIDを入手できたからこそ、今こうして接近できているのだろう。


 検問所に近づくと、携帯型のテックスキャナーを手にした教団兵のひとりが、気だるそうに歩いてくるのが見えた。彼らの装備は統一されておらず、〈販売所〉で入手できる防弾ベストに民生品の外骨格補助具、それに教団のシンボルが刺繍された外套を羽織ったような姿だった。


 スキャナーがこちらに向けられ、生体認証のためのID情報が読み取られる。端末の画面には、収容施設の警備担当として偽装された教団兵の識別情報が表示されていた。厳密な生体情報との照合は行われず、彼は画面を一瞥しただけで興味を失い、無言で通行許可を与える。


 顔や声、歩き方が登録データと一致しているかといった詳細な情報を確認をする気はないようだ。重要なのは、目の前の相手がシステムに許可された存在であるかどうか――それだけだった。


 この検問所に配備されている兵士の多くも、同じ空気をまとっていた。どこか気だるげで、周囲への注意も散漫で、任務に対する緊張感は感じられない。ただ割り当てられた時間を消費しているだけに見えた。


 鬼気迫る雰囲気をまとった〈レギオン〉のサイボーグ兵とは、あまりにも対照的だった。与えられた命令と殺戮のためだけに最適化された兵士だったのに対し、ここにいる者たちは、退屈さを隠そうともしない。


 そもそも、彼らには親しい仲間などいないのだろう。寄せ集めの傭兵――それも略奪者まがいの連中を適当に雇い入れ、教団の思想で無理やり染め上げただけだ。ガスマスクの下で誰がどんな顔をしているのかさえ、互いに知らないのだろう。


 教団が内部に抱え込んでいる歪みは、ここにも表れている。狂信に身を委ねた中核と、それに従属するだけの末端。その断絶は、この検問所の緩さとして露呈していたように感じられた。


 私は歩調を変えることなく検問所を通過する。背後でセントリーガンの駆動音が微かに変化するが、攻撃されることはない。


 通路の先にエレベーターホールが見えてくると、壁にもたれかかっていた教団兵がこちらに気づいた。装備は規格品だが、装着の仕方は雑で、スリングの固定具も緩んでいる。戦闘を想定しているとは思えなかった。


「居住区画に行くのか」無気力な声で問いかけてくる。

「そうだ」と短く返す。


 兵士はわずかに顎を動かしただけで、それ以上の確認はしなかった。無言のままコンソールに手を伸ばし、端末を操作してエレベーターを呼び出す。指先の動きは緩慢で、反応遅延を補正するためか、端末側が過剰に入力予測を行っている。人間の判断より、機械の補助に依存した操作だった。


 感謝を口にすると、兵士は肩をすくめてマスクを外した。露わになった顔色は悪く、首元の血管が浮き上がっているのが見て取れる。彼は腰のポーチから噴霧式吸入器を取り出し、ためらいもなく咥え込んだ。


 吸入器の先端が淡く光り、霧状の薬剤が喉奥へ吸い込まれていく。〈廃墟の街〉に流通している〈メタ・シュガー〉なのだろう。


 教団が兵士に支給している覚醒剤で、戦闘の恐怖や痛覚を鈍らせ、従順さを維持するための薬物でもある。摂取した兵士は茫然とした表情で何もない空間を見つめていた。その瞳には焦点がなく、まるで自我の一部が薬剤と一緒に溶けて消えたかのようだった。


 エレベーターが到着すると、彼を横目に見ながら乗り込む。階下の居住区画に向かう間、教団の人工知能による攻撃を警戒していたが、何も起きなかった。カグヤが監視を妨害し、我々の存在を背景ノイズに埋没させているのだろう。管理AIの監視網は生きているが、こちらに向けられる視線は意図的に逸らされていた。


 念のため、別行動中のハクたちの位置情報を確認する。すでにメンテナンスシャフトを通り、人間が立ち入れない区画へ潜入していた。ハクとジュジュも無事で、教団兵からの襲撃も受けていないようだった。


 人工知能の動きが気になるが、今は潜入に集中するしかない。気分を落ち着かせるための例の音楽が途切れてエレベーターが停止すると、扉が静かに開いた。


 攻撃を警戒して身構えたが、そこに広がっていたのは拍子抜けするほど緩んだ光景だった。居住区画側のエレベーターホールには簡易ソファと補給ステーションが並び、数名の警備兵がだらしなく身体を預けている。彼らの前にはホログラムが投影され、旧文明期以前の娯楽映像が再生されていた。意味のない色彩と音声が、空間を薄く満たしている。


 ホログラムが兵士たちの顔を青白く照らし、その表情からは緊張や警戒といった気配が完全に消えていた。ひとりがこちらを一瞥したが、その視線は焦点を結ぶことなく滑り、すぐに手元の端末へと落ちていく。端末の画面には、任務とは無関係な数値とログが流れていた。我々が侵入したことを知らされていないのだろうか?


〈レギオン〉による執拗な迎撃や、下層区画での殺意に満ちた抵抗を思えば、あまりにも歪な静けさだった。けれど、こちらにとっては好都合だった。私は彼らの間を静かに通り抜け、居住区画に足を踏み入れた。

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