934 31〈サーバールーム〉
この場所では、数千規模のサーバーラックと分散型ストレージが相互に接続され、ひとつの巨大な〝知性体〟にも等しいデータベースを形成していた。床下、壁面、天井裏にまで張り巡らされた光ファイバーと通信ラインが、目に見えない血管のように絶えず情報を循環させていた。
大規模なシステム障害に備え、旧文明期以前から受け継がれてきた設計思想に従い、データはディザスタリカバリの観点から厳重に分散管理されていた。各物理サーバーは独立したストレージと電源を備え、物理的にも冗長化されていたため、一系統が完全に破壊されても全体が停止しないようになっていた。
そのおかげか、文明崩壊後の世界においてもなお、システムは正常に稼働し続けていた。しかし、それがむしろ障害になっていた。特定の情報にたどり着くには、無数に散らばった情報の断片をひとつずつ照合し、教団との関連性を見つけ出さなければいけない。
ハクとジュジュは周囲を見回し、興味深そうにサーバーラックの列の間を進んでいく。黒い直方体が整然と並ぶ光景は、人工的に整えられた墓石の群れにも見えた。
そのラックの間を通過するたび、床下から冷却された空気が立ち上り、足元に冷たくまとわりついた。低温環境を維持するため、空間全体に冷気が立ち込めていて、それが皮膚の奥に微かな違和感として残る。
薄暗い照明のなか、ホログラムで投影された情報が青や緑に脈動し、半透明の冷却配管を流れる液体が燐光を帯びてゆっくりと循環していた。カグヤの偵察ドローンは、光の隙間を縫うように静かに飛行していく。
入り口はすでに閉鎖され、外部からの侵入経路は遮断されていた。教団兵が雪崩れ込んでくる可能性は低いが、それは同時に、ここが完全に閉じられた空間であることも意味していた。施設の重要区画である以上、教団の人工知能がこちらを監視している可能性は捨てきれない。長居すればするほど、不利になるだろう。
「それで……どんな情報を探せばいいんだ?」
サーバーラックの側面に刻まれた識別コードを視線で追いながら問いかけると、内耳にカグヤの声が響いた。
『教団に関係するものなら何でも。監視カメラの映像、物資の購入履歴、無人工場の稼働ログ、内部通信……たとえ断片でも、統合すれば全体像が見えてくる』
問題は、その〝断片〟があまりに多いことだ。この膨大なストレージ群の中から目的のデータを探し出すのは容易ではない。
とはいえ、データセンターを制御する〝心臓部〟でもある中枢サーバーにアクセスできれば、そこから派生する関連データに芋づる式にたどり着ける可能性は高い。カグヤはすでにその存在を特定しているらしく、拡張現実で経路が投影されていた。
施設の物流や無人工場を制御するシステムは、外部の〈データベース〉によって高度に暗号化されていて、カグヤでさえ接続するのは難しい。裏を返せば、アクセスできないシステムは教団とは無関係だと言える。
拡張現実で表示される青いラインが床面に沿って伸び、複雑な迷路のような通路を示していた。ハクとジュジュに声をかけると、微かなノイズを発する機械の間に歩を進める。
これまでと代わり映えのしない通路に足を踏み入れた瞬間、視界に複数の接続可能な装置を示す青いアイコンが浮かび上がった。拡張現実でそれらは点と線で可視化され、無秩序に散らばる星図のように瞬いている。ひとつひとつが独立したストレージであり、同時に、この施設が抱え込んできた記憶の断片でもあった。
想定していた以上の数だった。目的の情報を見つけるまで何時間、あるいは何日を要するか分からない。
空調の低い唸りの中、カグヤの偵察ドローンはすでに作業を開始していた。外装の一部が開き、内部に収納されていたフラットケーブルが伸びて、サーバーラック側面の接続ポートに挿し込まれていく。演算ユニットが高負荷で稼働し、ドローン内部からは微細なノイズが微かに聞こえてきた。
私も情報端末を起動し、通常の接続手順を試みたが、すぐにその非効率さを悟る。端末越しに確認していては、いつまでも作業は終わらないだろう。すぐに諦めて〈接触接続〉で済ませることにした。
手袋を外し、サーバーラックの表面に直接触れる。金属の冷たさとともに、静電気にも似た微かな痛みが手のひらを刺した。その瞬間、ストレージ内に保管されていた膨大な情報が、頭の中に直接流れ込むような感覚がした。保存されていたデータが、物理的な圧力を伴って押し寄せてくる。
もちろん、すべての情報を受け取るわけではない。脳内に埋め込まれた生体チップ――神経接続を介して〈AIエージェント〉が起動し、情報を瞬時に取捨選択していく。取得されたデータは無数のストリームに枝分かれし、関連性や優先度によってふるいにかけられていく。
不要な情報は削除され、意味を持つ断片だけが圧縮されて意識の表層へと浮かび上がり、同時にカグヤへ転送されていった。
それでも負荷は大きい。視界の端が白く滲み、他人の記憶を無理やり覗き込んでいるような錯覚が生じる。呼吸を整え、意識を集中させながら次のラックに触れていく。
すぐ隣ではハクとジュジュが私の真似をして端末に触れていたが、残念ながら構ってあげる余裕はなく、黙々と作業を続けた。教団兵がいつ襲ってくるか分からない以上、時間との勝負だった。作業の途中で教団の動きが気になり、不安に苛まれるが、今は目の前の作業に集中するしかなかった。
やがて、カグヤから関連データらしきものが送られてくる。拡張現実に映し出されたのは、〈ジャンクタウン〉の裏路地を捉えた監視映像だった。
薄暗い路地で教団関係者が薬物中毒者に声をかけ、丁寧な身振りで何かを語りかけている。施しのように差し出されるのは薬物か、あるいは偽りの救済だろう。弱った者だけを選び、巧みに絡め取って逃がさない。その手口は、長い年月をかけて洗練されてきたものだった。
映像が切り替わる。今度は整然とした部屋を映したもので、複数の男性が無言のまま立たされている。胴体には爆発物が固定され、教団関係者が淡々とした声で任務と起爆方法を説明していた。
誰ひとりとして疑問を口にせず、恐怖を表情に浮かべる者もいない。そこにあるのは、思考を奪われた従順さだけだった。自爆テロが行われたのは〈施しの教会〉だけではなかったのだろう。他の〈鳥籠〉も、教団――〈レギオン〉の標的にされていた可能性が高い。
さらに別の記録では、外科手術の様子が映し出された。有機的な人間の残骸と〈サイバネティクス〉が、無遠慮に縫い合わされていく。サイボーグとも人造人間とも呼べない不完全な融合体だ。どうやら教団は、信者を使った人体実験も行っているようだ。
しかし、表示されていく膨大な映像の中に教団が発掘したという〝遺物〟に直接言及する記録は見当たらなかった。それは、よりセキュリティが厳重な区画で発見されたのかもしれない。もっと高い権限で閲覧可能な情報を探し出す必要がある。最悪の場合、この階層の情報だけでは核心には届かないかもしれない。
『ねぇ、レイ。自爆テロの首謀者を見つけたかも』
ふいにカグヤの声が内耳に聞こえたかと思うと、拡張現実のレイヤーが静かに切り替わった。重なり合っていたログや映像が整理され、新たな映像が前方に展開される。
それは、複数のデータソースを統合した映像だった。監視カメラ、音声記録、行動ログ――時間軸が同期され、ひとつの事実として再構成されていく。
そこに映し出されたのは、拠点で自爆テロを実行した男性と、教団関係者が向き合っている場面だった。監視カメラの映像は粒子が粗く、光量も不足しているが、人物同士の距離感や身振りは確認できた。
数秒後、解像度が段階的に引き上げられた。フレームが補完され、ノイズが剥ぎ取られ、男性の外套の皺までが視認できるようになる。
濃紫の外套を纏った壮年の男性で、左目を覆う黒い眼帯は単なる装身具ではなく、視覚情報を補う端末の一種に見えた。眼帯の表面には教団のシンボルを思わせる微細な刺繍が刻まれ、角度によって淡い光を返していた。
彼の表情は冷淡で、実行役の男性に端末を手渡し、操作方法を教える指の動きに一切の迷いがない。命を奪う行為を、ただの手順として扱っている。そこには、無差別な殺しに対する躊躇いも感情も存在しなかった。
カグヤが入手した情報によれば、首謀者は今も〈ジャンクタウン〉に滞在し、この地下施設のどこかに潜んでいるらしい。カグヤはすぐに施設のデータベースにアクセスし、教団関係者が利用している区画を検索した。
目の前に地図が展開され、平面的だった施設構造が三次元的に組み上がっていく。階層ごとに色分けされた空間の中で、一角が赤く点滅した。核攻撃を想定して設計された民間収容施設。外部から完全に隔絶され、独立した生命維持系と物資循環システムを備えた巨大な閉鎖空間だ。
居住区、食堂、医療区画、娯楽施設。本来は避難民のための安全なシェルターだが、今は教団関係者の潜伏拠点として利用されていた。敵対組織の目が届きにくく、人の出入りも限定される。外部から隔絶されたその空間は、卑怯者が身を置くにはこれ以上ない場所だった。
自爆テロの首謀者である以上、排除は決定事項だったが、そのためには収容施設に潜入する必要があった。
幸い、教団兵から回収した装備がある。カグヤの助けがあればIDの偽装も可能で、外套や装備を身につけて変装すれば、教団兵に紛れ込むことも難しくないだろう。
カグヤから地図と移動経路を受信すると、視界に青いラインが浮かび上がり、収容施設までの経路が示された。ハクとジュジュに声をかけたあと、〈サーバールーム〉を出ることにした。
ジュジュはエアシャワーを楽しみにしていたが、退出時の除染は必要ないらしい。その事実を知った瞬間、ジュジュは唖然とした表情を浮かべ、口吻を半開きにしたまま固まった。その後も不満げな様子でこちらを見つめるジュジュを横目に、我々はエレベーターに乗り込んだ。







