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人造人間を処理し終えるころには、〈レギオン〉の増援も完全に沈黙し、通路には破壊の痕跡だけが残されることになった。先ほどまで銃火と熱線が交錯していた空間は静まり返り、破壊された自律兵器の微かなノイズだけが聞こえる。
床や壁に散乱する死体は、もはや人間だった痕跡と兵器だった名残の区別がつかない。破壊された装甲の隙間からは白濁した血液と人工臓器の断片が零れ落ち、潰れた油圧シリンダーから飛び散ったオイルと冷却剤が混ざり合って、濁った血溜まりを形成していた。
引き剥がされた壁面パネルからはプラスチックチューブが垂れ下がり、束ねられていたケーブルが露出し、断線した箇所からは不規則な電光が散っていた。天井の配管も破裂し、圧力差に耐えきれなかった箇所から白い蒸気が噴き出していた。蒸気は霧となって通路に滞留し、非常灯の光を受けて淡い層を成しながら揺らめいている。
幸い、通路の換気システムは生きていた。排気口から低い唸りが響き、蒸気はゆっくりと引き剥がされるように吸い上げられていく。〈アスィミラ〉が散布していた微細な揮発性化合物も、すでに空気中で希釈され、精神干渉の影響は消えていた。それでも、わずかに残る甘ったるい香りが、先ほどまでの狂気じみた混乱を思い起こさせた。
ハクとジュジュに手伝ってもらいながら、教団兵の装備を確認して回った。破損した義肢は関節部が焼き切れ、内部の筋繊維が炭化していた。アサルトライフルは銃身が歪み、レールに固定されていた補助照準器も壊れていた。暗視装置や情報端末も、局所的に発生した磁界の影響で内部回路が焦げていて、もはや使い物にならなかった。
ジュジュは新しい玩具を選ぶように、汚れたり、壊れたりしていないモノを慎重に集めていたが、ハクは触肢に抱えられるだけ抱え込み、重量など意にも介さず見落としがないよう回収を進めていく。
ハクの収集癖には慣れていたが、使い物にならないモノも混ざっていたので、〈収納空間〉に放り込む際には確認する必要があった。
死体と〈ツチグモ〉の残骸の処理は、すでに到着していたメンテナンス用の機械人形――マンドロイドたちに任せることにした。
曇りひとつない白菫色の外装に覆われた彼女たちは、血や油に汚れることも厭わず、淡々と作業をこなしていく。人工血液に濡れた床を洗浄し、破損した義肢を回収し、素材ごとに分類していく。
戦闘の最中、教団の人造人間を処理することはできたが、どうにも様子がおかしかった。前回の遭遇時には確かに存在していたはずの人間性――皮肉や挑発、感情の揺らぎは、今回の戦闘では完全に失われていた。そこにあったのは、侵入者を排除するという目的のためだけに最適化された挙動と判断だった。
彼女はただ、侵入者を排除するためだけに存在する兵器のようだった。それが、人造人間の身体に意識を転送したことによる副作用なのか、あるいは代償なのかは分からない。
けれど、教団が触れてはならない領域に踏み込んでいることだけは確かだった。旧文明期の技術――未解明のまま封印されるべきだった装置を、信仰という名目で乱用している。
『そもそも』と、カグヤの声が内耳に響く。『まともな神経をしていれば、故障した人造人間に意識を転送しようなんて考えないよ。どんな副次効果が出るかも分からないんだから』
カグヤの意見はもっともだった。解析すら終わっていない旧文明の装置を用いて人の意識を移植するなど、常識的な判断ではあり得ない。しかし教団に属する者たちは違う。過激な思想に歪められ、信仰のためなら命も理性も差し出す連中だ。その狂信こそが、彼らを危険な存在へと変貌させているのだろう。
目的地に設定していた〈サーバールーム〉までは、特殊な管理権限を持つ者のみが使用できる専用エレベーターを経由する必要があった。旧文明期に設計された施設らしく、物理的な構造だけでなく、認証系統そのものが複層的に分断されている。幸いにも軍の権限は有効で、最低限のアクセスは許可されているようだった。
けれど教団が制御している人工知能が、この階層全体を常時監視している可能性は高い。目に見えない敵が背後に潜んでいるという状況に変わりはなかった。
『教団の人工知能が妨害してくる可能性もあるから、潜伏型ウイルスに備えて複数の防壁とデコイを仕込んでおく必要があるけど……今は問題ないみたいだね』
カグヤの声が内耳に聞こえた直後、エレベーターの扉が摩擦音ひとつ立てずに静かに開いた。内部から漏れ出す白色灯は均一で、人の存在を拒むかのような無機質さを帯びている。
教団の人工知能がこちらを監視しているという不安は拭えないが、他に選択肢はなかった。エレベーターは異種族の搭乗を想定していなかったのか、内部は狭く、ハクの身体がぎりぎり収まる程度だった。
それでも何とか乗り込んで扉が閉まると、先ほどまで死地に立っていたのが嘘のように、のんびりとした音楽が流れ始めた。その人工的な平穏さが、かえって神経を逆撫でするとも思ったが、不思議と気持ちが落ち着いた。
戦闘の余韻がまだ残っていて、ハクとジュジュの体毛からは焦げた金属の臭いと、破壊された配管から漏れ出したガスの臭気が漂っていた。
『やっぱり仕掛けてきた』
カグヤの声と同時に、エレベーターが唐突に停止した。
慣性制御が一瞬だけ乱れて、重力が微かに揺らぐ。照明が明滅し、壁面に走る情報パネルの表示が乱れた。
「大丈夫か、カグヤ」
『問題ないよ。遅効性ウイルスを確認した。すぐに抗体をロードして……ウイルスには迂回路を設定して、出口のない迷路に誘い込む』
教団の人工知能が仕掛けた潜伏型ウイルスが、エレベーターの制御系に潜んでいたのだろう。旧文明のシステムは堅牢だが、その構造はあまりにも複雑だ。一度侵入を許せば、内部構造を把握していない者にとっては対処が難しい。
不安そうにこちらを見上げていたジュジュを抱きかかえたあと、そっとハクの背に乗せて、それからスリングでしっかりと小さな身体を固定する。
『システムの初期化が完了した。すぐに再起動するね』
カグヤの言葉と同時に、エレベーターは再び動き出した。駆動音は抑制され、振動も最小限に制御されていた。点滅していた照明も安定し、途切れていた音楽は何事もなかったかのように再生を続けた。
「教団の人工知能は攻撃を諦めてくれたと思うか?」
『どうだろう。ウイルス迎撃プログラムは作動中だから、簡単には手出しできないみたいだけど、隙があれば攻勢を強めるかも』
「やれやれ……引き続き、監視を頼むよ」
『了解』
しばらくしてエレベーターは目的の階層で停止した。扉が開いた瞬間、冷たい空気が一気に流れ込み、凍り付くような空気が肺を満たす。〈サーバールーム〉の冷却設備が稼働しているのだろう。
通路に設置された監視カメラの映像を確認し、待ち伏せが存在しないことを確かめる。しかし、この階層は奇妙なほど静まり返っていた。
冷たい金属の廊下は、まるで地下深くに埋設された巨大な機械の体内を歩いているかのように無機質で、どこまでも冷え切っていた。壁面は均一な銀灰色で、溶接痕や固定具の類は完全に隠蔽されていた。装飾性は皆無で、機能だけが剥き出しになった設計思想が、そのまま空間の圧力となって迫ってくる。
微かに聞こえるのは、壁の向こうで稼働する冷却ポンプと演算装置の低い駆動音だけだった。それは一定の周期で反復し、生命維持装置の鼓動を――あるいは眠りについた巨大な生物の呼吸にも似ていた。
ここが人間のためではなく、機械のために設計された領域であることを否応なく思い知らされる。生物の存在は想定外であり、異物であり、排除すべき存在なのだと、空間そのものが無言で訴えかけていた。
廊下の突き当たりに設置された防爆扉は、艶のない厚い鋼材で構成されていた。表面には何の表記もなく、外界との接点を拒絶するかのような無機質さだけが残されている。扉に近づくと、生体認証によりセキュリティが反応し、重々しいロックが順に外れていく。
金属の内側で複数の機構が連動し、圧力が解放される音がわずかに聞こえた。扉が横に滑り、冷気が頬を撫でていく。その先は無菌室になっているようだった。
照明を反射する壁面は、汚れや影を拒むかのように均一で、角という角が丸められていた。空気すら厳密に制御され、塵ひとつ漂っていない。無菌室の奥には二重構造のエアシャワー室が設けられていて、足を踏み入れた瞬間、どこからか無機質な人工音声が響く。
『除染プロセスを開始します。その場から動かないでください』
つぎの瞬間、視界を焼くほどの高照度の照明が浴びせられ、全身に向けて無数の噴出口が開いた。四方から吹き付ける気流は戦闘服の表面を削ぎ落とすように走り、付着していた汚れを徹底的に剥離していく。続いて霧状の溶剤が噴霧され、義手の隙間にまで浸透していく感覚があった。化学的な臭いが鼻腔をかすめ、わずかに息を止める。
すぐにエアシャワーが溶剤と不純物をまとめて吹き飛ばし、室内の気圧が元に戻る。光量が徐々に落とされ、人工音声が淡々と告げた。
『除染完了。前方の扉が開きます』
ジュジュが唖然としたまま動きを止めているなか、重い空気を押しのけるように二重扉が静かに開いた。その先に〈サーバールーム〉が広がっていた。
冷気が流れ出し、肌を刺す。薄暗い空間は広大で、天井は高く、照明は必要最低限に抑えられている。薄闇の中、無数のサーバーラックが規則正しく並び、その姿は墓標の列を思わせた。
黒い直方体の表面には、ホログラム投影された青や緑のステータスが浮かび上がり、演算負荷や記憶領域の変動に応じて緩やかに明滅している。その光は冷たく、しかしどこか生体反応にも似た律動を帯びていた。天井と床を貫く半透明の配管の中では冷却水が循環し、微かな流動音が絶え間なく聞こえていた。
けれど、宇宙軍や〈兵站局〉は関与していないのか、〈人工島〉で目にしたクリスタル製のコンソールや記憶媒体は見られず、全体的にどこか前時代的な印象を受けた。
いずれにせよ、この広大な空間から目的の情報が保管されたサーバーを見つけるのは骨の折れる作業になりそうだった。
それに、教団の人工知能がこちらを監視している可能性もあるので長居はできない。必要なデータを確保し、人工知能が完全にこちらを認識する前に、この巨大な思考の臓器から離脱しなければならないだろう。







