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ライフルを肩に引き寄せて、人造人間の頭部に照準を合わせた瞬間だった。背後から高出力レーザーが照射され、視界が一瞬で赤く焼き潰される。〈ハガネ〉が即座に反応し、身体を包み込むように半透明のシールドを展開した。
レーザーは膜の表面を滑るように屈折し、制御を失いながら拡散し、そこに展開していた〈レギオン〉のサイボーグ兵を貫いていく。耐熱複合材が瞬時に蒸発し、内部の強化骨格が露出したまま、数体の兵士が力なく崩れ落ちる。
振り返ると、〈光学迷彩〉で姿を隠していた自律兵器〈ツチグモ〉が確認できた。天井パネルに脚部の吸着機構を食い込ませ、砲口をこちらに向けている。
消火剤を含んだスプリンクラーの散水を嫌って一時的に後退していたが、状況が変わったと判断したのだろう。迷彩の表面には水滴が付着し、光学処理が乱れて輪郭が揺らいでいて、背景投影が追従しきれずに二重の像になって揺れていた。
私は即座に、教団兵が設置していた携行バリケードの陰に滑り込む。直後、〈ツチグモ〉は躊躇うことなく追撃に移行した。赤い熱線が通路を縦横に走り、壁面パネルを灼き、反射光が乱雑に跳ね返る。銃弾とレーザーが交錯し、空気は焼けた金属と溶融した樹脂の臭気で満たされていく。
〈ツチグモ〉は一般的な多脚車両よりも小型だったが、その分、異様な機動性を持っていた。四脚の関節は静音駆動で、内部の油圧と電磁制御が完全に同期している。床や壁面、天井を区別せず、吸着と離脱を繰り返しながら三次元的に移動し、射角を絶えず変化させてくる。
その動きは昆虫的でありながら、感情や躊躇が入り込む余地のない人工知能によって最適化されていた。迷彩が視界の端で揺らいだ次の瞬間には、別角度から砲口が突き出され、反応の遅れが即座に死に直結する。
サイボーグ兵と交戦していたハクも、レーザーの一斉照射を避けるため遮蔽物へ飛び込んだが、〈ツチグモ〉は攻撃を継続した。すでに敵味方識別信号が書き換えられているのか、〈アスィミラ〉の影響で同士討ちしていた教団兵に対しても容赦なく攻撃を加え、重量のある金属の脚で負傷していたサイボーグ兵を踏み潰していく。
最悪なのは、人工知能ですら誰が正常で、誰が精神干渉下にあるのかを判別できていない点だった。
戦場は完全なカオスに陥り、合理性はすでに破綻していた。貴重な戦力を自ら削り合うこの状況に戦術的意味は見出せなかったが、カルトの論理を理解しようとすること自体が無意味だった。そこにあるのは、狂信と破壊への衝動だけだ。
混乱の最中、ひとりの教団兵が混乱し、自爆装置を起動させた。至近距離での爆発により足元は激しく揺れ、黒煙が立ち込めていく。
数秒後、換気システムが稼働し、煙が天井の排気口へと吸い上げられていく。床には飛散した臓物と人工血液、潤滑油が混じり合った粘性の液体が広がっていた。
そこに複数の〈ツチグモ〉が接近してくる。迷彩は完全に破綻していたが、硬質な金属光沢が不気味な存在感を放っている。
合理的で冷徹な人工知能が、混乱した戦場そのもの分析して最適化しようと動き始めた。複数の砲口が同時に向けられ、通路全体が照準の網に覆われる。逃げ場はない。
グレネード型の〈シールド発生装置〉を通路へ放り投げる。床面に触れた瞬間、青白い火花が走り、エネルギーフィールドが半球状の薄膜を展開していく。ハニカム構造を思わせる六角形のセルが連結し、膜の表面は一定周期で呼吸するように明滅する。
直後、〈ツチグモ〉のレーザー砲から熱線が放たれ、赤い光が通路を満たす。熱線はシールド表面で屈折し、膜の外側を滑るように流れていく。その衝撃は凄まじく、シールド表面に波紋が広がるのが見えた。
すかさず遮蔽物から身を乗り出し、フルオート射撃を開始する。ライフル弾は〈ツチグモ〉のセンサー群と射撃管制装置に正確に叩き込まれ、ショルダーキャノンから放たれた〈貫通弾〉が続けざまに命中した。
多脚が粉砕され、金属片が散乱し、人工知能を収めた球体型コアが内部から破裂するように爆散する。けれどシールドが消失した瞬間、側面から衝撃波が叩きつけられ、私は通路の床を滑るように吹き飛ばされることになった。
人造人間からの攻撃だと直感する。すぐに体勢を立て直し、通路の奥に立つ人造人間へ向き直り、片膝をついたまま銃口を向けて射撃を再開する。
しかし銃弾は彼女の周囲で軌道を歪められ、まるで透明な壁に弾かれるように逸れていく。強烈な磁界が展開されているのだろう。数十発の弾丸は、彼女の身体に触れることなく通路へ散っていく。
赤い熱線の光に浮かび上がる彼女は整った顔立ちをしていたが、上唇がわずかに突き出ているせいか、常に薄く笑っているような印象を与えた。艶のある黒髪は短く切り揃えられ、毛先まで乱れがない。人工眼球は青紫色に発光し、人ならざる妖しげな輝きを放っていた。
そこにハクが飛びかかる。鋭い爪が空気を裂くが、彼女は人間離れした反射速度でそれを回避し、上体を反らすようにしてハクの蹴撃をかわした。外套が裂け、衣服が舞う。
つぎの瞬間、彼女の眸が明滅し、得体の知れないエネルギーが放出されるのが分かった。乾いた破裂音が響き、ハクの巨体が通路の奥に弾き飛ばされる。
ハクは通路に立っていた教団兵を巻き込みながら転がったが、すぐに体勢を立て直す。目立った怪我はしていないようだったが、さすがのハクも人造人間の〈超能力〉には驚いているようだった。
やはり、通常の銃撃ではシールドを突破できないのだろう。至近距離での〈貫通弾〉か〈反重力弾〉のような強力な攻撃、あるいはハクのように白兵戦で肉薄しなければ、彼女のシールドを破ることは不可能だ。
私は遮蔽物から身を乗り出し、フルオート射撃で牽制しながら接近した。銃弾は軌道を歪められながらも、シールドの出力を削るための圧力として撃ち続ける。
通路の空気は濁り、火花が散り、金属片が浮遊する。人造人間は頭部を守るように腕を交差したまま微動だにしない。が、つぎの瞬間、彼女の足元の床材がわずかに沈み、床面のパネルが剥がれるのが見えた。
その瞬間、視界に無数の警告表示が重なる。重力異常、質量加速――投擲ではない。床面パネルは彼女の周囲に形成された磁界に捕捉され、運動エネルギーを与えられていた。鉄板は回転しながら射出され、刃物のように鋭い面をこちらに向けて迫る。
〈ハガネ〉が瞬時に反応し、義手の装甲が展開されて大楯が形成される。衝突の直前、シールドの膜が飛来するパネルの軌道をわずかに逸らした。それでも衝撃は完全には殺しきれず、割れた二枚の床材が肩と脇腹を掠め、装甲表面に深い擦過痕を残して通路の壁面へ突き刺さった。その際、数人の教団兵が巻き添えになって手足を切断される。
人造人間は攻勢を止めない。シールドは彼女の周囲で層を成し、可視化された歪みとして空間を撓ませている。重力と電磁力を複合制御する高密度フィールドは、銃弾だけでなく運動エネルギーそのものを形成する驚異的な力を備えていた。
私は反射的に横に飛び退いて遮蔽物の影へ身を沈める。彼女の周囲では壁面が抉れ、鉄骨構造と配線が剥き出しになる。彼女は腕を伸ばすだけで、得体の知れない〝超能力〟で環境そのものを武器に変えていく。
その隙間を縫って、ハクが再び動く。床を蹴る衝撃でパネルが剥がれ、素早い跳躍で一気に距離を詰める。正面からの突破を選んだのだろう。ハクの爪が不可視のシールドに触れた瞬間、空間が硬質化したかのように弾かれ、火花にも似た電光が走る。けれどハクは引かない。腐食性の糸を吐き出して、シールドの膜に絡みつける。
シールドを侵食するには至らなかったが、エネルギーフィールドを乱すには充分だった。磁界が一瞬だけ不安定になり、空間の歪みが揺らぐ。その刹那、ハクの蹴りが直撃し、人造人間は重い金属の塊のように撥ね飛ばされ、通路を転がっていく。
床に散乱する死体の血肉にまみれながら立ち上がった彼女の人工皮膚は剥がれ、金属の骨格が露出していた。
その姿を見た瞬間、胸の奥に沈んでいた違和感の正体が明確になる。以前遭遇したときに見せた軽口も、嘲笑も、挑発もない。表情はあるのに、そこに〝人格〟が存在しない。
まるで人間性そのものが削ぎ落とされ、戦うことを強制する命令だけが残された機械のようだった。けれど、その喪失は今の戦いに関係がない。
私は床を蹴り、人造人間の懐に飛び込んだ。得体の知れない力が全身を押し潰そうとする。重力方向が局所的に歪められ、身体が沈み込むような感覚に襲われる。それでも強化外骨格が姿勢を補助し、身体能力を底上げしてくれる。
重力の檻を突破しながら肉薄する。人造人間が腕を振ると不可視の衝撃が走り、地面に叩き伏せられそうになる。空気が押し潰されるように圧縮され、骨格が軋む。その力に抗いながら義手を前に突き出し、手のひらを変形させて砲口を露出させた。
至近距離で放たれた〈反重力弾〉は、空間そのものを崩壊させるように作用した。局所的に重力定数が反転し、磁界シールドの構造が引き裂かれる。空間が悲鳴を上げるように歪み、光がねじれ、人造人間のシールドが破裂するように破断した。
凄まじい衝撃波とともに吹き飛ばされるが、重力から逃れた人造人間は間髪を入れずにこちらへ駆けてくる。その瞬間を狙いすましたかのように、側面からハクの蹴撃が叩き込まれた。
強烈な一撃が金属骨格を歪ませ、人造人間は通路の壁に埋まるように叩きつけられる。壁面が崩れ、内部の配線と配管が露出し、無数の管から蒸気が噴き出す。人造人間は立ち上がろうとするが、動作には明確な遅延が生じていた。
そのまま距離を詰め、〈貫通弾〉に切り替える。照準は胸部中央――脊髄ユニットの奥に埋め込まれた制御核だ。そこを破壊すれば、人造人間だろうと再起不能にできる。
続けざまに撃ち込んだ〈貫通弾〉は残存するシールドをねじ伏せ、装甲と人工骨格を貫き、内部で破裂した。人造人間の身体は大きく仰け反り、眸の光が乱れる。青紫の輝きが明滅し、やがて片方が消失した。
それでも完全には倒れない。彼女は片腕で床を支え、こちらを見上げる。表情は変わることなく、人間性を欠いたままだった。
ハクは背後に回り込むと、赤い糸の塊を吐き出し、腐食性の繊維を傷口に流し込んでいく。糸は内部の制御系と人工筋肉に浸透し、複数の機構を同時に侵食していく。彼女の身体は痙攣し、内部から連鎖的に異音が響いた。
つぎの瞬間、彼女の体内で制御を失ったエネルギーが暴走する。局所的な崩壊が始まり、磁界は完全に消失した。支えを失った構造体は自壊し、金属と生体組織が混じり合いながら液体金属へと変質していく。
それらは重力に従い、床に滴り落ちていく。焼けた金属と薬剤、人工血液のすえた臭いが通路に漂うなか、私は義手を伸ばし、崩壊の中心に残っていた制御核を掴み取った。青白い電光を放つ楕円形の核は内部で微弱な振動を続けていたが、握り潰すように力を加えると、〈ハガネ〉がそれを吸収していく。
核が消失した瞬間、残っていた液体金属も形を保てず静かに崩れ落ちた。







