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不死の子供たち  作者: パウロ・ハタナカ
第十八部

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 一触即発の緊張感が通路全体を満たしていたとき、カグヤの声が内耳に響いた。

『ちょっと濡れると思うけど、我慢してね』


 その直後、火災検知システムが作動し、天井内部に格納されていたスプリンクラーが一斉に展開した。冷却水と消火用薬剤を含む散水が無機質な通路全体に降り注ぐ。床面は瞬く間に水膜に覆われ、壁面を伝う液体が鈍い光を反射した。


 そこで通路に異変が起きた。これまで〈光学迷彩〉で姿を隠していた教団兵の輪郭が、次々と露わになっていく。ポンチョの表面に付着した水滴が光の屈折と散乱を狂わせ、背景投影を阻害したのだろう。映像が歪み、ノイズを伴って崩壊し、破綻したホログラムのようにチラつきながら兵士たちの姿を浮かび上がらせた。


 透明な膜が剥がれ落ちるように、その存在が通路の暗がりから滲み出ると、彼らは困惑して動きを止める。その隙を逃す理由はなかった。


 照準補正を最大まで引き上げ、フルオート射撃で〈自動追尾弾〉を撃ち込む。弾丸は水滴の間を滑るように軌道を微調整し、拡張現実で赤く縁取られた頭部へと吸い込まれていった。強化骨格を貫通した弾頭は脳幹部で破裂し、サイボーグ兵を即座に沈黙させる。


 ハクも安全圏から腐食性の糸の塊を吐き出し、サイボーグ兵に直撃させていく。半流動体の糸は空中で広がり兵士たちに絡みつくと、急速に侵食しながら金属の外装と有機素材の境界を崩しながら、構造そのものを溶解させていく。


 痛覚遮断によって痛みを感じないはずのサイボーグ兵だったが、生きながら身体が溶かされていく視覚的な感覚には耐え切れなかったのだろう。何人かは狂ったように糸を引き剥がそうとするが、指先から溶け落ち、武器を取り落として床に崩れた。


 攻撃から逃れた教団兵はすぐに反撃を開始し、施設管理AIを介してスプリンクラーを停止させた。〈光学迷彩〉の再起動を試みる者もいたが、すでにカグヤによってタグ付けされていて、赤色の線で輪郭が縁どられていたので姿を隠しても意味がなかった。


 それでも通路はアサルトライフルの一斉射撃で、恐怖を伴う圧迫感に満たされる。着弾の衝撃で壁面パネルが軋み、濡れた床では跳弾が不規則な軌道を描いた。その最中、教団の人造人間は銃火の中心で微動だにせず、こちらの様子を観察していた。〈深淵の娘〉でもあるハクの存在を前に、慎重に状況を見極めているのだろう。


 その一方で、戦術的合理性を捨てて突撃してくる者もいた。自爆を前提とした狂信的な判断だったのかもしれないが、ハクにとっては脅威にならない。彼女は低い姿勢から一気に距離を詰め、鋭い爪で関節部を断ち、長い脚から繰り出される蹴撃で吹き飛ばしていく。彼女の動きには一切の迷いがなく、戦場そのものを支配しているかのようだった。


 混乱する〈レギオン〉の部隊を前に、戦局は有利に進んでいたが、人造人間だけは依然として動かなかった。


 遮蔽物に背を預け、〈反重力弾〉で敵兵を一掃しようと考えていたときだった。視界に無数の警告表示が浮かび上がる。弾道予測、熱源増加、敵性反応――重なり合った赤色の警告が網膜投影を埋め尽くしていく。


『レイ、敵の増援を確認した。すぐに大部隊との交戦に入るよ』


 カグヤの声とほぼ同時に、通路の奥から教団兵が姿をあらわす。統制の取れた足並み、恐れを知らない前進、機械的なまでに最適化された制圧射撃が襲いかかる。


 通路に異変が起きたのは、ちょうどそのときだった。


 奇妙な気配を――首筋に鳥肌が立つような感覚を覚えて、後方に視線を向ける。すると、ハクの背から降りて、安全圏から戦況を見守っていたジュジュの姿が見えた。小さな昆虫種族は、地面に突き立てられた壁面パネルの陰からこちらを覗き込んでいて、その手には〈アスィミラ〉の苗を抱えていた。


 淡い燐光を帯びていた苗は、最初こそ呼吸のように微弱な光を放っていたが、やがて青紫の輝きへと変わり、生体発光としては不自然な波長で茎と葉の表面を脈動しながら覆い尽くしていった。細胞膜の奥で何かが活性化しているのが、視覚的にも理解できた。


 それと同時に、甘ったるい匂いが通路に満ち始める。花の香りにも似ていて、熟れきって発酵しかけた果実のような、粘性を帯びた濃密な芳香だった。喉の奥に薄い膜が張り付くような感覚があり、空気そのものが重く変質したように感じられた。


 その匂いが広がるにつれ、教団兵の動きに乱れが生じる。数名が射撃姿勢のまま静止し、焦点を失った眼で虚空を見つめていた。外骨格の制御信号は生きているが、意識だけが体の反応に追い付いていないようだった。


 カグヤの偵察ドローンから送られてくる映像を、拡張現実で視界前方に展開する。そこには呆然と立ち尽くしていた教団兵が、となりに立つ味方に銃口を向ける様子が映し出されていた。躊躇(ためら)うことなく引き金が引かれ、至近距離での同士討ちが始まる。


 理解が追いつかず、思考が一瞬だけ空白になる。けれどすぐに、拠点で目撃した光景が脳裏をかすめた。〈アスィミラ〉の苗が形成していた捕虫器――食虫植物を思わせる器官の周囲に、無数の羽虫が集まり、甘い香りに誘われるようにして次々と捕らわれていた時のことだ。


 広場全体に甘く濃密な香りが漂い、虫だけでなく子どもたちの意識にまで干渉していた。今、通路に漂う香りは、まさにそれと同じものだった。


〈アスィミラ〉は、戦闘の混乱とジュジュの感情に反応したのかもしれない。青紫の燐光は一定のリズムで明滅し、目に見えない波となって通路全体に広がっていく。


 すぐにカグヤの偵察ドローンから走査の結果が送られてくる。微細な揮発性化合物が空気中に漂っているようだ。フェロモンに類似した構造だが、より複雑で、神経伝達物質に近い反応性を持つ分子群で、吸引経路に依存せず皮膚表面からも影響を及ぼしていた。


 そのせいだろう、ガスマスクを装着していた教団兵ですら例外ではなかった。彼らの認識は急速に歪み、敵と味方の境界が崩壊していく。照準補助システムは正常に作動しているはずなのに、その意味を脳が理解できなくなっていた。


 兵士たちは互いに銃口を向けて引き金を引く。その動きは意志によるものではなく、外部刺激に反射的に応答しているだけのようだった。思考を介さない殺意が、閉ざされた通路の中で連鎖していく。


 恐ろしいのは、その影響が我々に作用せず、敵意のある教団兵にだけ及んでいる点だった。もちろん、閉ざされた空間だったことも効果を高めていたのだろう。けれど〈アスィミラ〉がその気になれば、人類を一掃することも難しくないのかもしれない。


 甘く濃密な香りが満ちる中、〈アスィミラ〉の青紫の光はさらに強まり、壁面や床に淡い影を落とした。それは兵器でも毒ガスでもないが、確実に戦場を侵食し、秩序を内側から崩壊させていくものだった。


〈アスィミラ〉の影響は、通路の中央で余裕の態度で状況を観察していた人造人間には及ばなかった。しかし、完全に無反応というわけでもない。金属で形成された頭蓋骨の奥に埋め込まれたセンサー群の輝度がわずかに乱れているのが見て取れた。周囲で発生している同士討ちや異常行動を理解できず、状況を処理しきれていないのだろう。


 その隙を逃す理由はなかった。ハクが床を蹴るようにして動き出すのとほぼ同時に、私も遮蔽物から飛び出し、濡れた通路を一直線に駆け抜けた。足裏で水が弾けるなか、強化外骨格によって身体能力が底上げされていたこともあり、身体は羽のように軽かった。


 前方に立ちふさがったのは、過度な身体改造によって〈アスィミラ〉の精神干渉を受けなかったサイボーグ兵だった。義肢の継ぎ目から露出した人工筋肉が収縮し、迎撃姿勢に入ろうとする。けれど、〈貫通弾〉の前では意味をなさない。


 容赦なく撃ち込まれた弾丸は空気を圧縮しながら直進し、着弾点で局所的な衝撃波を発生させる。その衝撃は渦を巻くように拡散し、サイボーグ兵の強化骨格を内部から破砕する。金属と肉体の境界は意味を失い、破壊された残骸が通路に飛び散っていく。


 ハクもまた、容赦なく間合いを詰めていた。彼女は脚をしなやかに伸ばし、教団兵に突進する。鋭い爪が装甲を裂き、長い脚から繰り出される蹴撃がサイボーグ兵の重い身体を容易に弾き飛ばした。


 人造人間が動きを見せたのは、ちょうどそのときだった。腹部装甲が展開し、複数の金属板が幾何学的に折り畳まれていく。内部に格納されていた機構が露出し、歪なキャノンが構築されていった。砲口内部では高密度のエネルギーが収束し、不安定な光の揺らぎを発生させていく。


 しかし、発射は阻まれた。ハクが吐き出した糸の塊が、形成されたばかりの砲口に絡みつきながら瞬時に溶解させていく。糸は金属を腐食させ、内部機構は自壊し、キャノンは未完成のまま崩れ落ちた。


 人造人間の動きが一瞬止まる。私はその瞬間を逃さず、至近距離から〈貫通弾〉を撃ち込んだ。弾丸は頭部を貫き、金属の頭蓋を粉砕する。続けざまに義手の前腕部から刃を展開し、両脚の関節部を切断した。


 人造人間は重力に従い、崩れ落ちるように床へ倒れ込む。その身体に向けてフルオートで銃弾を撃ち込み続けた。装甲が削られ、内部構造が露出する。その中心に見えたのは、脊椎に埋め込まれたコアだった。青白い光を放つ楕円形の装置で、内部では液体金属の制御核らしきものが脈動し、自己修復と再構成を試みているのが分かった。


 それを掴み取って無理やり引き抜き、〈ハガネ〉の義手で握りつぶすようにして膨大なエネルギーを取り込んだ。コアを失った人造人間の身体は構造を維持できなくなり、液体金属へと変質していく。表面が波打ち、内部から気化するように霧散し、やがて床面に溶けるように消えた。


 その直後、側面から凄まじい衝撃波を受け、私は床を滑るように吹き飛ばされた。すぐに体勢を立て直して顔を上げる。通路の先に、ひとりの女性が立っているのが見えた。教団の象徴でもある紫色の外套を纏い、他の兵士とは明らかに異なる存在感を放っている。


 その姿には見覚えがあった。かつて自らを〝死の天使〟と名乗り、〈ジャンクタウン〉で攻撃を仕掛けてきた人造人間だ。やはり、あの戦いを生き延びていたのだろう。

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