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不死の子供たち  作者: パウロ・ハタナカ
第十八部

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930 27〈製造工場〉


 パネルが引き剥がされて床下構造が剥き出しになった通路の中央に、球体状の奇妙な物体が残されていた。周囲に警戒しながらその物体に触れると、義手の指先が沈み込むように内部に侵入していく。


 金属の表面は冷たく硬質に見えたが、〈ハガネ〉の作用域に引き込まれた物質は、固体と液体の境界を曖昧にしながら粘性を帯びた不安定な状態へと遷移していくのが感覚的に理解できた。


 超高密度で圧縮されていた球体は、指先が侵入した箇所を起点に静かに形を崩し、銀色の液体金属へと変質する。流体は脈動するような律動を伴いながら義手へと流れ込み、毛細構造を通じて〈ハガネ〉に吸収されていった。そこには抵抗も拒絶もなく、あらかじめ用意されていた工程をなぞるかのような必然性だけがあった。


〈反重力弾〉の影響を受けた物質の塊が、教団兵の肉体や極小ドローン、壁面パネルにバリケード、床下の配管に至るまで、あらゆる物質を巻き込んだ集合体だと考えると、取り込む行為そのものに生理的な嫌悪感が伴った。


 しかし理屈の上では、それは旧文明期に確立された〝物質再構築技術〟の延長にすぎない。人格や形状はすでに失われ、分子レベルで分解され、エネルギー変換を経た上で再利用可能な物質へと再構成されている。


 そこに残るのは原子配列のみであり、生命であった痕跡は理論上消失している。それでも、それがかつて人間だったという事実だけは消えない。


 拡張現実に投影されたステータス表示で、〈ハガネ〉のエネルギー残量が大幅に回復していたことを確認する。変換効率は想定以上で、ほぼ損失なく機能したことを示していた。


 視線を上げると、通路の惨状が改めて浮かび上がる。〈反重力弾〉の効果範囲は調整していたが、重力勾配の急変による余波は通路全体に及んでいた。


 壁面パネルは固定具ごと引き剥がされ、内部の配管やケーブル束が露出していた。断裂した高圧電線からは不安定な放電が走り、青白い閃光が闇の中で脈打つように瞬いていた。床材には、局所的に圧縮と伸長を繰り返した痕跡が残り、通路全体が波打つように歪んでいた。


 それでも、戦闘の直接的な痕跡は確認できない。教団兵の死体も、彼らの装備も、極小ドローンの残骸すら存在しない。すべて重力場の中心へ引き寄せられ、圧縮され、鋼材として再構築されていた。通路に残されたのは破壊と不可逆的な欠落だけだった。


 その通路に立ち込める沈黙を切り裂くように、先行していたカグヤの偵察ドローンが天井近くを滑空しながら戻ってくる。重力場の残留ノイズを避けるように飛行高度を調整し、近くまで接近すると索敵結果が表示された。


『増援は確認できなかったよ。周囲に潜伏してる様子もないし、今のところは安全』

「了解。偵察、助かったよ」


 この静寂が絶対的な安全を意味しないことは明白だったが、少なくとも今は安全に動けるようだ。


 ハクとジュジュに声をかける。ハクは触肢を低く構え、床と壁面に残る微細な振動を読み取るように警戒を続けていた。ジュジュは〈アスィミラ〉を胸元に抱えたまま、わずかに歪んだ空間を不安そうに見渡していた。重力場異常の余韻が残っているのだろう、感覚の鋭い者ほど違和感を強く受けているようだった。


 通路の照明は依然として復旧せず、破壊された照明器具の残光だけが断続的に瞬いていた。私は呼吸を整え、装備の状態を確認する。戦闘のたびに繰り返し行ってきた作業だが、命を預ける装備の確認を怠ることはできなかった。


 通路の先は深い暗闇に沈んでいたが、数十メートルほど進んだところで、壁面の継ぎ目から淡い光が滲み出しているのが見えた。人工照明特有の均質な光で、戦闘で破壊された照明の残光とは明らかに質が異なる。光源は壁面の向こう側にあるらしく、暗い通路に明かりが漏れていた。


 さらに歩を進めると、通路の片側一面が特殊な強化ガラスで覆われていることに気づく。その向こう側では、広大な空間を占める製造ラインが稼働し続けていた。無数の機械人形が、分解された状態から段階的に組み上げられ、複製されていくのが見えた。


 そこは、地下施設内で使用される機材やセキュリティユニットを生産するための小規模な製造工場だった。とはいえ、その規模は現代の〝小規模〟という言葉から想像されるものとは程遠く、この空間そのものがひとつの軍事拠点として完結するだけの生産能力を備えていた。配置は徹底的に合理化され、無駄という概念が排除されていた。


 工場の中心部では、複数の巨大な製造アームが静音駆動で稼働している。関節ごとに独立した制御系を持つそれらのアームは、複雑な軌道を描きながら滑らかに回転し、分割された機械人形の骨格フレームや四肢を正確に掴み上げては、次の工程へと送り込んでいく。動作に迷いはなく、あらかじめ最適解として計算された軌道を忠実になぞっていた。


 細かな部品は、工場の側面に並ぶ複数基の高精度3Dプリンターで製造されていた。プリントヘッドは数十本のノズルを備え、金属粉末と複合素材を瞬時に選別しながら噴射する。そして高出力レーザーによって加熱、溶融された素材は、ナノ単位で制御されながら積層され、内部構造まで含めた完成形を一工程で形成していく。


 プリントされたばかりの金属層は赤熱し、空間にわずかな歪みを生じさせていたが、直後に作動する冷却ノズル群が不活性ガスを吹き付け、数秒のうちに完全な結晶構造へと固定する。その一連の流れは極めて高速で、精密さと効率を両立させた旧文明期の工業技術が、今なお健在であることを物語っていた。


 大型機械に使われるパーツは、複数の区画に分けて出力された後、ロボット溶接機の群れによって組み立てられていく。


 溶接アームには視覚センサーだけでなく、磁場密度や素材内部応力を測定するセンサーが内蔵されていて、接合面の歪みや割れを事前に排除するよう制御されていた。火花は飛び散らず、接合部は初めから一体成形されたかのように滑らかだった。


 その工場内に人の姿は見られない。監督者も技術者も存在せず、製造ラインは自律的に稼働を続けている。ラインの流れは、生物の血流にも似た規則性を持ち、完成した機械人形は一定の間隔で搬出レーンへと送り出されていく。そこにあるのは、生産という行為そのものを極限まで効率化した無機質な循環だった。


 ハクとジュジュは、強化ガラス越しにその光景を見つめていた。ジュジュは赤熱した金属が層を成して形作られる様子に目を奪われ、ハクは溶接アームの動きを追いながら触肢を小さく震わせていた。その反応は警戒というより、巨大な捕食者の巣を覗き込むような本能的な緊張に近いのかもしれない。


 それはすでに見慣れた製造工程だったが、ここで製造されたドローンや機械部品の一部も、上階の〈販売所〉で取引されているのかもしれない。


 工場内部への侵入は不可能だった。見つけた出入り口はすべて防爆仕様の隔壁で封鎖され、制御系統も〈兵站局〉の備蓄倉庫と同等、あるいはそれ以上の権限に置かれていて、突破は不可能だった。地下施設を掌握した教団ですら、この製造区画には直接干渉できなかったのだろう。


 戦闘で破壊された機械人形を補充するためなのだろう。強化ガラスの向こうで無機質なアームが新たな〈アサルトロイド〉を組み上げていく様子をしばらく眺めたあと、我々は再び通路の先へと進んだ。


 カグヤから受信していた地図を確認しながら、〈サーバールーム〉に続く経路を設定していく。異変に気づいたのは、ちょうどその時だった。拡張現実で立体投影された通路に、赤く明滅する複数の点が浮かび上がる。


 どこかに潜伏していたのか、接近するまでまったく気配を捉えられなかった。赤点は〈レギオン〉の兵士を示す識別信号で、ある程度の距離まで近づくと、まるで示し合わせたかのように動きを止めた。


 不自然な停止を(いぶか)しんでいると、カグヤの偵察ドローンが別の反応を捉えた。複数の自律兵器が通路の奥から接近してくる。どうやら、施設警備用の多脚車両〈ツチグモ〉を配備していたようだ。


 ドローンから送られてくる映像には、暗がりの中に潜む小型の機体が映っていた。通常の多脚車両(ヴィードル)よりひと回り小型な機体だが、装甲の無駄を削ぎ落とし、機動性と隠密性が強化されているようだった。


 四本の脚は低重心で、しっかりと床面を捉えている。球体型のコアを覆う装甲には〈光学迷彩〉が標準搭載され、赤外線と可視光を屈折させる特殊フィルムが表面に組み込まれていた。動作時でさえ輪郭がぼやけ、視界の端で揺らめく幻影のようにしか見えない。軍用規格の部品で強化された機体なのだろう、施設警備用と侮れば命取りになる。


 その配置は明らかに待ち伏せを意図したものだった。〈ツチグモ〉は通路の壁や天井近くの影に潜み、兵士たちは携行型バリケードを展開して射線を確保していた。通路全体が、侵入者を確実に仕留めるためのキルゾーンへと変貌していた。


 ドローンの視点が移動すると、通路の中央に立ち尽くす異様な兵士の姿が確認できた。上階で遭遇した教団の人造人間だ。人工皮膚はほぼ剥離し、銀色の骨格と人工筋肉が剥き出しになっている。金属製の頭蓋は無表情のまま、アサルトライフルを構えて完全に静止していた。


 光学迷彩の揺らぎの中でも、その銀色の骨格だけは歪みを拒むように存在感を放ち、周囲の空間が人造人間を中心にわずかに引き延ばされているかのような錯覚を与える。


 正面からの接近は避けたいところだったが、迂回できるような通路は存在しない。〈レギオン〉はそれを理解したうえで、その場所に布陣しているのだろう。逃走経路を断ち、撤退の余地を奪い、正面衝突を強要する――合理的で、冷酷な布陣だ。


 けれど、同時にこれは好機でもあった。上階で逃した人造人間を、ここで仕留めることができるかもしれない。〈ハガネ〉のエネルギーも充分に回復している。もはや臆する必要はない。この場所で決着をつける。

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