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戦闘が激化するにつれて、〈レギオン〉の戦闘員たちは数の暴力で戦況を支配しようとしたが、その攻勢は長く続かなかった。カグヤによって制御権を奪われた〈アサルトロイド〉は、敵味方の識別を反転させ、通路内の教団兵に対して容赦なく攻撃を開始した。
高出力の赤いレーザーが交錯し、通路の壁面パネルは耐熱コーティングを超えて赤熱し、やがて溶解していく。床に垂れ落ちた金属は冷却と再加熱を繰り返し、焦げた合成樹脂と錆びた鉄の臭気が混じり合って空間に滞留していく。視界は熱と煙で揺らぎ、拡張現実の補正なしでは距離感すら狂わされる。
その混乱の只中にあっても、ハクの動きに迷いはなかった。射線の隙間を読むようにして壁を蹴り、天井に張りつき、立体的な動きで間合いを詰めていく。そして教団兵の側面に回り込むと、脚を振り抜いて、鋭い爪でボディアーマーと強靭な人工筋肉を同時に切り裂いていく。
サイボーグ兵の肉体は確かに強化されているが、全身を覆う重装甲――タングステンのような合金で身を固めるほどの余裕はない。ハクの一撃は容易く内部構造に達し、破断された人工臓器が圧力に耐えきれず噴き出した。蹴り飛ばされた兵士は通路の壁に叩きつけられ、その衝撃で義肢がもげ、多数の部品が床を滑った。
灰色がかった白い人工血液と金属片が混ざり合い、メンテナンス用の通路は明確な殺戮の場へと変貌していた。
その中で、明らかに異質な挙動を示す存在が目に留まった。教団兵の大半は黒い戦闘服に、隠密性を高める〈光学迷彩〉を備えた白いポンチョを重ね、顔面をヘルメット装着型のガスマスクで覆っている。けれど、その戦闘員だけは黒装束の上に、教団を象徴する紫のケープを羽織っていた。
擬態の効果は確認できないが、シールドの薄膜は身体にしっかりと追従している。特殊な素材を用いた能動制御型の装備なのだろう。
カグヤの偵察ドローンによる走査では、反応値は他のサイボーグ兵と大差なかった。しかし、その動きには明確な違和感がある。人間らしい無駄が一切なく、表情も感情に乏しい。教団に所属する人造人間の可能性が現実味を帯びてくる。
〈アサルトロイド〉の一部が味方として機能し、ハクが次々と教団兵を排除していく中、その怪しげな戦闘員を優先目標に指定した。
ライフルのストックを肩に引き寄せ、頬にしっかりと当てながら銃口を合わせる。呼吸と心拍は体内のナノマシンによって制御され、視界に浮かび上がる拡張現実は赤い輪郭線で目標を正確に縁取っていた。
照準を定め、引き金を絞る。狙い澄ました一撃は通路の突き当たりに立つ戦闘員の頭部に命中し、その身体を大きく仰け反らせた。
人工皮膚が裂け、内部構造が露わになる。そこにあったのは、鈍い光沢を帯びた銀色の頭蓋骨――有機的要素を排した完全な構造体だった。
照明を反射する金属の頭部には、人間的な表情は存在しない。人の形を模してはいるが、その内部に宿るのは信仰と狂気、そして純粋な機械的意思だ。その姿が露わになると、通路の空気がほんの一瞬、凍りついたように感じられた。
相手が人造人間である以上、消耗戦を選ぶ余地はない。再生や自己修復を前提とした存在に時間を与えれば、それだけこちらの不利が積み重なる。私は即座に判断し、遮蔽物から身を躍らせて火線の只中に踏み込んだ。
最初に視界に飛び込んできた教団兵の胸部に銃弾を叩き込み、間合いを詰めると同時に前蹴りを繰り出す。改造された重量のある身体が床に叩きつけられ、体勢を崩したところに追撃を加える。ブーツの踵で頭部を踏み潰すと、人工皮膚の下で硬質な感触が砕け、内部構造が潰れる感覚が足裏に伝わる。
別方向から迫る兵士が前腕部の装甲を展開し、内蔵された刃を露出させて突進してくる。ライフルの銃身で鋭い一撃を受け止め、捻り込むように力を加えた。金属疲労を起こした関節部が折損し、固定されていた刃が外れて飛んでいく。そのまま至近距離で引き金を引き、弾丸を人工臓器の奥へ送り込んだ。
背後からの気配には、ほとんど無意識に〈ショルダーキャノン〉を起動する。肩部ユニットがわずかに後退し、発射された〈貫通弾〉が直線的な軌道で突進してきた兵を貫いた。凄まじい質量と運動エネルギーを叩きつけられた肉体は内部から破裂し、金属骨格と人工臓器を撒き散らしながら壁面へと叩きつけられる。
なおも立ち上がろうとする兵には、低い姿勢からローキックを放ち脚部関節を破壊し、前のめりになったところに拳を喉元に打ち込む。気道を支える人工フレームが潰れ、兵は床に転がり、呼吸困難に陥ったままのたうつ。その様子を見ながら太腿のホルスターからハンドガンを抜き、頭部に銃弾を叩き込んで完全に無力化する。通路の床は白濁した人工血液と破片で覆われ、反射光が不規則に揺れていた。
さらに数名の教団兵が一斉に距離を詰めてくるが、ハクが吐き出した粘着性の糸が顔面に張り付き、そのまま動きを封じる。もがく兵の頭部に確実に二発ずつ銃弾を送り込んだあと、私は本来の標的――紫のケープを纏った人造人間に向き直った。
壮年の人造人間がこちらに腕を向けるのが見えた。人工皮膚が赤熱しながら剥離し、内部の冷却フィンと発光する複雑な回路が露出する。腕は異様な角度で再構成され、砲口を形成しながらこちらに狙いを定めた。
その瞬間、反射的に〈グラップリングフック〉を射出した。ワイヤーが天井近くの壁面パネルに食い込むのを確認すると、強引に引き剥がす。固定具が破断し、重量のあるパネルが回転しながら落下し、人造人間の腕に衝突した。
眩い閃光と共に放たれた光弾は軌道を逸れ、背後にいた不運な教団兵を直撃する。腹部が瞬時に融解し、上半身と下半身が断絶される。
その教団兵の断末魔の声が通路に響き渡る中、人造人間に肉薄し、〈ショルダーキャノン〉から〈貫通弾〉を叩き込む。弾丸が着弾した瞬間、渦を巻くような衝撃が発生し、人工筋肉と金属骨格を引き裂きながら後方に撥ね飛ばす。
人造人間の身体は通路の壁面に叩きつけられ、銀色の骨格はパネルを歪めながら固定された。火花が散り、焦げた金属の臭いが漏れる。
それでもなお、金属の頭蓋骨は破壊されていなかった。照明を反射する無機質な光の奥で、冷徹な演算処理が続いているのだろう。こちらを射抜くような視線からも、戦闘が終わっていないことがハッキリと分かった。
人造人間は、通常弾では傷ひとつ付けられないほどの高密度の骨格を持つが、〈貫通弾〉の衝撃を受けた箇所から異常な変化を起きるのが見えた。
銀色の骨格が熱を帯び、金属の結晶構造が秩序を失うように溶融し、液状化していく。壁面に食い込んで固定されていた身体は、重力を無視するかのようにドロリと抜け落ち、床に滴る金属光沢の雫を寄せ集めるようにして再構成を始めた。
流体化した金属は自律的に蠢き、最適な形状を選び取り、再び人型へと硬化していく。それは単なる自己修復機構ではなく、〈大いなる種族〉が可能にした奇跡のような技術だった。通常の無力化手段が通用しない存在であることは、もはや疑いようがない。
もちろん、修復していく様子をただ見守るわけにはいかなかった。立て続けに〈貫通弾〉を撃ち込み、壁際まで追い詰めると、右腕の刺青に意識を集中し、〈ヤトの刀〉を現出させようとする。
その瞬間、背後から銃撃を浴びせられた。タクティカルスーツが形成する複合装甲が衝撃を分散させ、致命傷は免れたものの、強固な装甲によって一時的に身体が拘束される。自律照準による掃射が通路を満たし、壁面パネルが抉られ、火花と金属片が嵐のように舞う。一時的な拘束が解けると同時に床を蹴り、転がるようにして射線から逃れる。
視界の端で警告表示が点滅するなか、こちらに砲身を向けるセントリーガンが見えた。教団が天井に収納されていた兵器を起動したのだろう。容赦なく放たれる銃弾が通路を薙ぎ払っていく。
すぐにカグヤが対応し、遠隔操作された〈アサルトロイド〉が側面から突入してセントリーガンの基部を破壊してくれたが、その頃には人造人間の身体は修復されていた。
「クソったれ」
舌打ちしながら、再び〈貫通弾〉を叩き込む。
人造人間は片膝をつき、装甲の隙間から内部機構を露わにしながらこちらを睨みつける。その顔面に容赦なく弾丸を撃ち込み、原形をとどめないほど破壊した。
止めを刺そうとして右腕の刺青に意識を向けた瞬間、砕けたはずの頭部から液体金属が逆流するように噴き出し、瞬時に鋭利な杭状構造を形成する。咄嗟に義手で顔を守ったが、手のひらを貫かれ、存在しないはずの痛みと共に神経が痺れるような感覚が走った。
人造人間は立ち上がりながら腹部装甲を展開、変形させる。内部機構が露出し、歪なキャノンが形成されていく。砲口が赤熱し、至近距離から高エネルギーの光弾が放たれた。
攻撃を受ける直前にシールドを展開したが、衝撃は想像を超えていた。身体は後方へ吹き飛ばされ、教団兵の死体を巻き込むように通路を転がり、人工血液と内臓を撒き散らしていく。腹部装甲は完全に破壊され、内部の衝撃吸収層が露出していた。
あと一瞬、判断が遅れていれば致命傷になっていたかもしれない。冷たい汗が背筋を伝い、心拍は異常な速度で跳ね上がる。人造人間はこちらに向き直ると、液体金属の肉体を変形させながら次の攻撃を準備する。
そこに、複数の〈アサルトロイド〉が放ったレーザーが一直線に迫る。けれど人造人間の周囲にシールドが形成され、赤い熱線は半球状の膜を滑るように屈折し、背後の壁面パネルに直撃していく。
そのまま〈アサルトロイド〉に攻撃を継続させ、人造人間のシールドをダウンさせる算段だった。けれど最後の教団兵を排除したハクがやってくると、人造人間は迷うことなく退却を選択した。
直後、通路全体を覆い尽くす閃光が炸裂する。可視光から赤外線、広域の電磁ノイズが同時に放出され、各種センサーが一斉に異常値を示した。
視界は白く霞み、拡張現実のオーバーレイは激しく乱れ、敵味方の識別表示が断続的に消失する。距離感覚が崩れ、空間そのものが引き延ばされたような感覚に陥った。次の瞬間には赤色の輪郭線は完全に消え、人造人間の反応は通路から消失していた。
残されたのは、無数の死体と破壊された機械人形の残骸だけだった。白濁した人工血液は靴底に粘つく感触を残し、壁面には無数の弾痕と溶解痕が刻まれ、ここで交わされた戦闘の激しさを無言のまま物語っていた。
銃声が耳元で残響するなか、奇妙な静寂が訪れたが、人造人間は退却しただけであり、再び襲撃してくる可能性は高い。死体が散乱する通路は、次なる戦闘の予兆を孕んだまま、冷たい空気を漂わせていた。







