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白い壁面パネルが続く無機質な通路を進んでいると、微かな重低音が空気を揺らし始めた。壁内部に埋め込まれた配線束が震え、鋼材に伝わるわずかな共鳴が肌を通して伝わってくる。蜂の羽音を思わせる振動音だったが、その規則性の欠如と微細な音の変化が、人工物だと認識させた。
『〈レギオン〉の自爆ドローンだ。レイ、すぐに迎撃を』
内耳に聞こえるカグヤの声に反応して、ライフルを肩に引き寄せ、拡張現実で投影される戦術情報が変化していくのを確認する。
通路の先から照明の残光をまとった超小型ドローンが、弾丸のような軌跡で突入してくるのが見えた。そのドローンに照準を合わせて引き金を絞る。マズルフラッシュが瞬間的に視界を照らし、微かな反動が肩を叩いた。
すでにタグ付けされていた複数の標的に向けて、フルオート射撃で放たれた〈自動追尾弾〉は、軌道修正を繰り返しながら一発も外すことなく直撃していき、ドローンを次々と爆散させていく。
閃光の瞬きと飛び散る破片で通路が満たされ、黒煙が立ち昇る。警告表示が視界に重なり、騒がしい警告音が鳴り響く。その中で、黒煙を突き破るように新たなドローン群が飛来するのが見えた。
〈ショルダーキャノン〉に迎撃を任せると同時に、グレネード型の〈シールド発生装置〉を足元の床に落とす。青白い火花が走り、エネルギーフィールドが瞬時に膨張して半球状の薄膜を展開していく。ハニカム構造を思わせる六角形のセルが連結していき、膜の表面は一定周期で呼吸するように明滅する。
そのシールドは、内部に侵入しようとするあらゆる飛翔体――銃弾やレーザー、プラズマなどから保護してくれる。
けれど、この装置は〈異星生物〉の技術を解析して開発された初期の製品であり、超小型電池の自爆によって瞬間的に生み出される膨大なエネルギーを利用して強引に偏向シールドを展開する仕組みだった。そのため、数十秒が経過すればシールドは自然に消滅する。時間制限がある以上、理想的なのはすべてのドローンを自ら迎撃し尽くすことだった。
シールド展開直後にライフルを構え直し、〈自動追尾弾〉を次々と撃ち込む。追尾弾は煙の中で曲線を描き、次々と敵機を貫いていく。
ハクも糸の塊を吐き出し、接近してくるドローンを粘着性の糸で絡め取る。糸は空中で網のように広がり、ローターに絡みつくようにして溶解させていく。
捕らわれたドローンは姿勢制御を失い、天井や壁面に叩きつけられて内部バッテリーが暴走し、火花と煙を散らしながら爆砕する。
何機かのドローンが弾幕を潜り抜けて、そのままシールドの膜に突撃する。爆発で瞬間的に光が弾けるが、内部に届くことなく衝撃は散逸する。鉄片の雨が薄膜の表面で小刻みに跳ね、弾かれた破片が飛び散っていく。
シールドの外側は爆発と衝撃に満たされていたが、膜の内側は異様なほど静かで、ただ淡い光だけが脈動している。
ドローンの大群を迎撃している間、カグヤが遠隔操作していた偵察ドローンは通路壁面のセキュリティポートに接続し、自動攻撃型のセントリーガンを起動させた。銃座が旋回しながら展開し、内部モーターの駆動音が聞こえてくる。次いで連続射撃が始まり、光学照準に従って弾丸が網状に空間を横断していく。
偵察ドローンの機体から伸びるフラットケーブルが接続されたまま、銃座が唸りを上げる。数百発の銃弾が連続して発射され、ドローン群を圧倒していき、黒煙の中で次々と爆炎が咲く。
通路は瞬く間に戦場と化し、鋼鉄の壁面には破片が突き刺さり、黒い焦げ跡が幾重にも重なっていった。それでも、シールドの薄膜だけは乱されることなく静かに揺れ、外の混沌を拒み続けていた。
〈レギオン〉が放った徘徊型兵器を迎撃している間、ジュジュは蜂の羽音を思わせる重低音に困惑し、ハクの背で身をすくませていた。空気そのものが震えているかのような圧迫感のなかで、灰色がかった体毛が逆立つのが見えた。昆虫の羽音にも似たローター音に嫌な思い出でもあるのだろうか?
しかし、通路の奥で次々と自爆ドローンが撃ち抜かれ、赤い火花が瞬間的に花のように散る光景が続くと、恐怖よりも高揚が勝ったのか、鞘翅を広げて跳ねるような仕草を見せた。戦場の緊張感と幼い歓喜が奇妙に交錯する光景が生まれる。
やがて、カグヤが起動させていたセントリーガンの弾薬が尽き、回転する砲身だけが空しく唸りを上げる。その頃にはドローンの群れもほぼ壊滅していて、電子部品の焦げた臭いと黒煙だけを残して静けさが戻ってくる。
「……終わったのか?」
視界の先を拡大しながらカグヤに訊ねる。
『威力偵察は終わったみたい』
拡張現実で投影された簡易地図では、複数の赤点が波のように収束しながら接近していた。徘徊型兵器や機械人形ではなく、生体反応と機械信号が交じり合った異質なシグナルだった。〈レギオン〉の戦闘部隊なのだろう。
『通路に設置されている感圧センサーが異常な重量を検知している。相手はサイボーグで間違いないみたいだから、注意して』
すでに予想していた通り、相手は過度な身体改造によって能力を極限まで強化したカルト兵だった。彼らは自爆すら厭わない狂信者であり、油断は致命的な結果を招く。
ハクとジュジュ、それに〈アスィミラ〉の状態を確認したあと、警戒を強めながら通路の先に進む。その間にも、地図の赤点は確実に近づいていた。
ハクに頼んで通路の壁面パネルを外すと、即席の遮蔽物を構築していく。旧文明の複合合金で作られた鉄板はそれなりの厚みがあったが、〈レギオン〉が装備する火器を防ぎ切れる保証はない。それでも、何もないよりは幾分か気持ちが楽になる。
遮蔽物の陰に身を潜め、通路の先に銃口を向ける。すると、照明の下で微かな光の揺らぎが見えた。〈光学迷彩〉による隠蔽だったが、すでにカグヤによってタグ付けされていたので、赤色の輪郭線で縁取られた教団兵の姿が視界に浮かび上がっていた。複数の人影は滑るように移動し、こちらに接近しようとしていた。
その赤い輪郭線に向かって弾丸を撃ち込むが、敵も〈シールド発生装置〉を装備していたのか、弾道は逸らされ、壁面パネルに直撃して火花を散らしていく。
教団兵は〈光学迷彩〉で姿を隠しつつ、偏向シールドで射撃を無力化していく。彼らの統制の取れた動きは、地上で見かける略奪者たちとは比べものにならない。ただの兵士ではなく、戦闘そのものを信仰へと変えた狂信者だった。
遮蔽物にしていた壁面パネルを叩く銃弾の衝撃が響き、金属の振動が伝わってくる。その衝撃の合間を縫うように、接近する教団兵に〈ショルダーキャノン〉を向け、〈貫通弾〉を撃ち込んでいく。
至近距離で撃ち込まれた高密度の弾丸は歪んだ空気の軌跡を描き、敵のシールドを正面から引き裂くようにして貫通していく。そして弾丸がボディアーマーに食い込んだ瞬間、サイボーグ兵の肉体が内部から裂け飛んだ。
弾丸が通過したあとには、渦を巻くような衝撃波が残され、金属片と人工臓器が四方に飛散する。通路の床は濁った人工血液と破片で覆われ、粘性を帯びた汚泥にも似た血溜まりが広がっていく。
恐れという概念を持たない教団兵たちは、飛び散った人工血液を浴びても動じることなく、〈光学迷彩〉の揺らぎとともに通路を進んでくる。彼らの輪郭は曖昧に歪み、視覚的には捉えにくかったが、直前に浴びた人工血液とカグヤによるタグ付けによって輪郭線が強調されていた。
数人が遮蔽物を越えて突進してきた瞬間、義手の形態を変化させる。装甲がスライドし、前腕が分割され、内部に収納されていた刃が露出する。次いで展開された刃が高周波振動をまとい、空気を切り裂きながら教団兵に向かって振るわれる。
人工筋肉で強化された義手は素早く、金属で補強された骨格すら容易く断ち斬る。切断された手足が床に転がり、断面から火花と血液が噴き出した。
ほぼ同時に、通路全体に甲高い警告音が鳴り響く。背後からの攻撃に警戒していたハクは驚いて反射的に跳ね上がり、ジュジュは鞘翅を震わせた。
振り返ると、黄色と黒の警戒ラインで囲まれた壁面が縦に割れ、内部に格納されていた保安機構が起動するのが見えた。〈保安警備システム三型〉のホログラムが半透明の立体映像として浮かび上がり、続いて消防設備のような格納ユニットから、女性型の洗練された骨格を持つ警備用機械人形〈アサルトロイド〉がせり出してくる。
教団が施設の保安システムを掌握していることは、もはや疑いようがなかった。
金属光沢を帯びた装甲は無駄なく組み合わされ、格納時には手足を折りたたんで壁面に収められていた。装置から解放されると、アサルトロイドは装甲を伸縮させながら展開し、白磁のように滑らかな外装と、駆動関節の内部で点滅する青い制御光を露わにする。
円盤型のセンサーヘッドが回転し、ひとつ目を思わせるカメラアイが赤い光を放つ。機械人形は即座に各種センサーを起動し、周囲の情報を解析しながら排除対象を識別し、アームを変形させて両腕に組み込まれた〈レーザーガン〉を露出させる。
つぎの瞬間、高出力の熱線が通路を焼き裂き、壁面パネルが赤熱し、溶けた鋼材が滴り落ちた。遮蔽物として使っていた鉄板は一瞬で耐久限界を超えてしまう。遮蔽物が役目を失うと、グレネード型〈シールド発生装置〉を使用して攻撃を防いだ。
レーザーが膜に衝突するたび、淡い光の波紋が幾重にも広がる。そのレーザーは膜の表面を滑るようにして放散され、周囲の壁や突進してきていた教団兵にも直撃していく。一時的に攻撃は防げたが、このまま敵に挟撃されるわけにはいかない。
「カグヤ、あの機械人形をどうにかしてくれないか」
次々と起動していく〈アサルトロイド〉に対し、カグヤは遠隔操作によるハッキングを試みる。偵察ドローンから伸びるケーブルが格納装置の制御端子に接続され、侵入プログラムが走り始めた。しかし教団が施したセキュリティは強固で、侵入のたびに防御アルゴリズムが反撃を仕掛けてくる。
静かだった通路は、瞬く間にサイボーグ兵と機械人形が交錯する混沌の舞台へと変わっていった。







