表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不死の子供たち  作者: パウロ・ハタナカ
第十八部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

925/944

925 22〈休憩室〉


 冷却装置を破壊したあと、無事に脱出することができていたハクたちと合流し、瓦礫に埋もれた倉庫を離れることにした。背後では、半壊した〈荷電粒子砲〉の残骸が不規則な金属音を響かせ、放射熱の余韻で空気を歪ませていた。


 あちこちで警報が断続的に鳴り響き、壁面沿いには赤い警告ホログラムが点滅しながら帯状に流れ、危険度レベルを示していた。緊急事態が発令されたのか、どこからともなくドローンが次々と飛来し、低速で旋回しながら施設管理AIに損壊状況を送信していた。


 やがて、このエリアには大量のメンテナンス用機械人形が投入され、焼け焦げた鋼材や崩れた棚の残骸を撤去しつつ、終わりの見えない復旧作業に取り掛かるはずだった。


 ハクとジュジュ、そして金属の小箱に収められた〈アスィミラ〉の状態を確かめながら、崩落した棚が通路を塞ぎかけている場所を慎重に進む。天井パネルの一部は歪み、配線が露出し、青い火花を散らしながら断続的にショートしていた。


 入り口の防爆扉は衝撃に耐えたらしく、表面に焦げ跡は残っていたものの、問題なく作動して我々を再び清潔で、整然とした無機質な通路へと導いた。


 扉の先に広がる通路は、先ほどの戦場とはまるで別世界のようだった。白色の鋼材で覆われた壁面は鏡面のように磨かれ、天井の照明は乱れなく均一な光を放っている。人工的な静寂が漂い、先ほどまでの焦げた金属臭や煙の気配は完全に遮断されていた。


 カグヤから受信したフロアマップを確認すると、すぐ近くに管理者権限を持つ者だけが使用を許される休憩室があることが分かった。安全性を確保する意味でも、そこで装備の点検を行うのが最適だと判断する。


 休憩室は想像以上に広く、清潔さだけでなく、機能性と効率を極限まで追求した旧文明の地下施設らしい簡素さが漂っていた。金属製のテーブルとイスが幾何学的な規則性を保って並び、壁際には自動販売機が設置されている。人が休息するための空間でありながら、どこか冷たい印象を与える。


 販売機の操作パネルの表面には使用者を認識するための生体認証スキャナが埋め込まれ、商品選択時にはホログラムが浮かび上がり、栄養価や合成素材の成分構成、提供される食品のモデルも立体映像で表示される仕組みになっていた。


 入り口付近には休眠状態の案内ロボットが待機し、メンテナンス中であることを示すホログラムが頭上で青く明滅していた。床では小型の掃除ロボットが無音に近い動作で絨毯を往復し、微細な埃をセンサーで検知しながら吸引していた。


 ハクとジュジュは迷うことなく販売機に向かう。ハクたちに持たせている〈マルチパス〉には、充分な電子貨幣(クレジット)がチャージされているので好きなものが購入できるだろう。


 自販機が投影するホログラムメニューの前で、ジュジュは小さな身体を震わせて興奮し、無数の食品が立体映像として回転するたびに視線を忙しなく動かしていた。その様子を余所に、ハクは真剣な眼差しで何を食べるか吟味していた。


 もちろん、ハクが選ぶのはハンバーガーだが、膨大なメニューが用意されているので、選択にも時間がかかるのだろう。


 私は適当なテーブルに腰を下ろし、ライフルを整備モードに移行させる。内部診断が起動し、視界の片隅に分解図が展開され、損傷箇所の有無が逐次表示されていく。マズル周辺の金属疲労とストックの歪みが、軽度の警告として点滅していた。戦闘時の衝撃で損傷したのだろう。


 予備弾倉を取り出し、テーブルに並べていく。旧文明の鋼材は白銀の鋳塊(ちゅうかい)を思わせる規格化された長方形のブロックで、その材質密度は旧文明期以前の工業技術では再現不可能なほど高い。弾薬生成だけでなく〈ハガネ〉の自己修復機構にも利用されるので、今は貴重な資源になっていた。


 ライフルに装填していた鋼材は、先ほどの戦闘で損傷した部分の自動修復に優先的に消費されていたので、新たな鋳塊を装填する。それが終わると、今度は〈ハガネ〉の補給モードに切り替える。


 義手で鋼材を拾い上げると、表面装甲が静かに波立ち、液体金属が滲み出して鋳塊に伸びていく。粘性のある金属は塊を包み込むように流動し、やがて吸収していった。白銀の鋳塊は溶けるように消え、内部装甲へと取り込まれていく。視界では〈ハガネ〉の情報が更新され、最適化が始まったことが表示されていた。


 休憩室の静けさは、戦闘で荒れた神経を落ち着かせながらも、逆に戦場の余韻を強く意識させる。外ではまだ警報が鳴り響き、補修ユニットが破壊された構造物を引き剥しているはずだ。この密閉された空間だけは無傷で、整然と保たれた秩序が、かえって不自然なほどの安堵を生み出していた。


 補給が完了すると、カグヤが収集していた教団兵の動向を確認する。戦闘後に展開された多数のドローンから得た情報を解析した結果、増援は派遣されていないと判断できた。地下施設に配備されていた警備部隊は、先ほどの交戦でほぼ壊滅した可能性が高い。


『けど、まだ安心できないよ』

 カグヤの声が内耳に聞こえたが、ノイズが微かに混じっていた。地上から隔絶された軍の施設なので、通信が不安定になっているのかもしれない。


 彼女によれば、この先には正規の教団兵ではなく、より攻撃的で過激な思想に染まった〈レギオン〉の戦闘部隊が展開しているという。


 彼らはこの地下施設で発掘された〝遺物〟の護衛を任され、その戦闘能力は教団兵とは比較にならない。強化外骨格の常用、精神操作薬の常時投与、戦闘時のサイバネティクス制限の強制解除――人間という枠組みを投げ捨てた兵士たちだ。つぎに待つ戦闘が、先ほどとは比べ物にならない苛烈さになるのだろう。


 カグヤに保安システムへの侵入を継続するよう頼み、同時に〈レギオン〉の動向を探る手段を模索してもらう。


 補給と装備の点検を一通り終えたところで、ハクたちの様子を確認した。ジュジュは、身体を固定していたスリングから器用にカラビナを外し、自動販売機の前に立った。角度を変えるたびに表示パネルが色を変え、販売される商品を立体ホログラムで映し出している。


 小さな昆虫種族は、甲殻に包まれた指で〈マルチパス〉をしっかりと挟み込み、精一杯腕を伸ばして読み取り端末にかざす。その純朴な姿は、この施設に満ちる殺意と破壊の気配とはまったく異質なものだった。


『ありがとうございました』

 合成音声が冷たく告げ、排出スロットから商品が押し出される。


 ジュジュは胸に抱え込むように商品を手に取ると、カチカチと足を鳴らしながら駆け寄ってくる。ジュジュは基本的に〈国民栄養食〉しか口にしない。それでも、新しいパッケージを手にしたことが嬉しいのか、口吻の周囲がわずかに膨らんでいた。


 私はジュジュの脇に手を入れ、抱き上げるようにしてイスに座らせる。それからパッケージを開封し、ブロックタイプの栄養食を手渡すと、ジュジュは慎重に〈アスィミラ〉をテーブルに置き、口吻を鳴らしながら満足げに食べ始めた。その姿を見ているだけで心が和む。


 そこに、ハクがプラスチック製のトレイを持ってやってきた。触肢(しょくし)で器用に支えながら、そっとテーブルに置く。


 ハクが選んだハンバーガーは大ぶりで、膨らんだバンズの間にはレタス、玉ネギ、トマト、ピクルスが層を成していた。さらに溶け出したチーズが幾重にもパテを覆い、熱々の肉汁とともに香ばしい油の匂いが休憩室に広がっていた。すべてが工業的精度で加工された合成食品だったが、本物と見分けがつかないほど新鮮な食材に見えた。


 ハクはハンバーガーをじっと見つめ、満足そうに短く息を吐き出すと『いただきます』と口にして、触肢で器用にバンズを支えながら幸せそうに咀嚼する。


 ふたりの様子を眺めていると、ここが危険な場所であることが嘘のように思えてくる。休憩室の天井では照明パネルが淡い光量に調整され、壁面に埋め込まれたスピーカーからは落ち着いた雰囲気のシンセポップが流れていた。


 ローファイな電子音はどこかメランコリックで、つい先ほどまで命を削って戦っていた緊張感をゆっくりと溶かしていく。倉庫ではまだ警報音が鳴り響いているはずだが、この休憩室だけは戦場から切り離された安全地帯のように静かだった。


『レイ、〈レギオン〉の部隊に動きがあったみたい。メンテナンス区画で複数の動体反応を検知した。おそらく斥候だと思うけど、戦闘の準備をしておいたほうがいい』


「了解」

 カグヤの報告を受け、即座に行動に移る。


〈国民栄養食〉の食べこぼしで体毛を粉まみれにしていたジュジュに水を飲ませ、〈アスィミラ〉の小箱を手渡しながら口元を軽く拭って、抱き上げてハクの背に乗せる。


 ジュジュは慣れた手つきでカラビナを掴み、スリングで身体を固定した。ハクも食事を終え、満足そうに触肢を擦り合わせていたが、その大きな眼にはすでに敵兵への警戒が浮かんでいた。


 突発的な戦闘の可能性を伝えたあと、我々は通路に出た。先ほどまで安全地帯のように感じられた休憩室の空気が遠ざかり、施設内部の緊張感が再び肌を刺すように戻ってきた。


 簡易地図(ミニマップ)には複数の赤い点が次々と浮上し、こちらに向かって緩やかに散開しながら接近しているのが確認できた。その挙動は単純な偵察とは明らかに異なり、迎撃を目的としているのは一目瞭然だった。


 我々の目的は明確だ。地下施設の中枢コンピュータに接続し、教団が秘匿する情報――発掘された遺物を含めた内部情報を引き出すことだった。


〈レギオン〉の部隊は、地下施設で発掘された未知の遺物を守る狂信的な兵士で構成されている。恐怖を知らず、肉体を機械に置き換えることで人間性を捨て去った存在であり、交渉という選択肢は存在しない。つまり、戦闘は必然だった。


 ライフルの安全装置を解除し、〈ハガネ〉のタクティカルスーツを起動する。強化外骨格の接合部が微かに身体を締め付ける感覚が全身を走る。カグヤの偵察ドローンが先行するなか、教団兵を示す赤い点が着実に近づいてくるのが見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍情報です。応援よろしくお願いします!
画像クリック or タップで販売ページにアクセスできます。

41pRtQ6uAES.null_SY250_.jpg
いずみノベルズ 〈不死の子供たち1〉 書籍情報

418IqmXBLML.null_SY250_.jpg
いずみノベルズ 〈不死の子供たち2〉 書籍情報

513Yh3qFmpL.null_SY250_.jpg
いずみノベルズ 〈不死の子供たち3〉 書籍情報
― 新着の感想 ―
ジュジュもハクもかわいい 描写が細かくてめっちゃ嬉しいです 面白かったです! 更新ありがとうございます!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ