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大気を震わせる雷鳴のような振動音が響き渡るより早く、すぐ近くの棚の基部が赤熱していくのが見えた。金属が融解する特有の色に染まり、つぎの瞬間には溶鉱炉のような橙色の輝きを帯びながら液状化していく。表面の金属が垂れ落ち、煙の代わりに帯電した蒸気が白い霧となって立ちあがる。
直後、倉庫全体を震わせるような衝撃波に襲われる。大気が破裂するという表現だけでは足りなかったかのかもしれない。空間そのものが軋んだようにも感じられた。
支柱を失った棚は捩じれ、足を折られた巨人のようにゆっくりと傾き、そのまま崩落していく。〈荷電粒子砲〉特有の破壊痕だった。熱波を含んだ爆風が通路で吹き荒れ、圧縮された空気が肺を押し潰そうとする。
崩れ落ちる棚からは無数のコンテナボックスが落下し、内部の部品が散乱して床を跳ねた。薬剤容器や電子回路の基盤が砕け、帯電しながら火花を散らす。破壊の余波は確実に戦場を混乱させていた。
崩落から逃れようと通路に飛び出した瞬間、教団兵の一斉射撃に晒される。鋼材を叩く弾丸は跳弾し四方へ弾かれ、火花を散らしながら跳ね返っていく。さらにロケット弾が飛び交うようになり、爆炎が通路を血のような赤で染め上げた。
〈ハガネ〉のシールドが自動的に展開され、半透明のエネルギーフィールドが身体を包み込む。表面に触れた弾丸は磁界の層を滑り、摩擦熱を残しながら弾道を逸らされていく。しかし、このまま何もしなければシールドは消耗し、やがて出力を失ってしまう。足を止めることなく倒壊した棚の陰へ身体を滑り込ませ、途切れることなく射撃を続けた。
〈ショルダーキャノン〉の砲身が電光を帯び、〈貫通弾〉が射出される。質量のある弾頭は複数のコンテナを直線的に貫き、その背後に潜む教団兵の身体を容赦なく破壊していく。
タグ付けされていた兵士が動きを見せると、すぐさまライフルを構え、セミオート射撃で正確に弾丸を叩き込んでいく。倉庫は完全に死地に変わり、火花と衝撃波、破壊された機材の警告音が入り混じる混沌が広がっていた。
戦闘が激しさを増す中、鋼鉄製コンテナに背を預けながらハクの状況を確認する。カグヤの偵察ドローンから受信した映像が拡張現実に投影され、視界の先に冷却装置が設置された部屋の立体映像が浮かび上がる。
装置の周囲には教団兵の部隊が陣取り、破壊を阻止しようと応戦していた。ハクなら問題なく対処できる数だったが、装置を破壊するにはまだ時間が必要だった。
状況を冷静に把握しようとして、視界の端に残弾数と〈ハガネ〉の消耗率を表示したときだった。光の揺らぎがコンテナの影で発生した。〈光学迷彩〉を使用したサイボーグ兵が、朧気な輪郭を歪めながら姿をあらわす。
即座に〈ショルダーキャノン〉の砲身を向けたが、弾丸が発射される直前に異変が起きた。視界を裂く閃光が走り、サイボーグ兵の迷彩が剥がれ落ちるように解けるのが見えた。
教団兵が身に着けていたポンチョと戦闘服に火がつき、外骨格の金属層は高温に晒されて塗装が剥げ、皮膚は瞬時に蒸発し、金属で補強された骨格が剥き出しになり、存在そのものが削り取られるように消失していった。
つぎの瞬間、倉庫全体を震わせる特徴的な重低音が響き渡る。〈荷電粒子砲〉による攻撃だ。直撃こそまぬがれたが、着弾地点に発生した衝撃波が通路を薙ぎ払い、巻き込まれるようにして吹き飛ばされる。タクティカルスーツ越しに骨が軋むような衝撃が走り、全身が鋭い痛みに襲われる。視界が白く霞み、音が遠ざかる。
コンテナに叩きつけられるようにして動きを止めると、すぐに立ち上がり、遮蔽物に移動しようとして無理やり身体を動かした。敵の攻撃はまだ終わっていない。再び〈荷電粒子砲〉で攻撃される前に、状況を変えなければならなかった。
しかし〈荷電粒子砲〉が相手では、もはや遮蔽物は意味をなさないのかもしれない。鋼鉄の棚もコンテナも、荷電粒子の莫大な運動エネルギーによって生じる熱に晒されれば瞬時に融解し、数センチの鋼板など薄紙に等しくなる。
ここで受け身に徹していても、熱と衝撃に押し潰されて身動きが取れなくなるのは明白だった。誰かが言ったように、攻撃こそが唯一の防御だ。私は意を決し、マスクを通して浄化された空気を肺に送り込むと、崩れた棚の間から通路に飛び出した。
その通路の奥で、冷却装置から立ち上る蒸気に包まれた砲身が見えた。それは青白い電光を纏うようにして脈動していた。
砲身内部で加速された荷電粒子が磁場に閉じ込められ、射撃に備えてエネルギーを蓄積していく様子が熱源反応と肉眼の両方で確認できた。空気そのものが震え、微弱な放電が床に蜘蛛の巣状の模様を刻み、周囲の温度は上昇していく。肌を刺すような熱気に、陽炎が揺らめいて見えるほどだった。
棚から落下し散乱したコンテナの間を駆け抜けながら、進路上に躍り出た教団兵の頭部にライフル弾を叩き込み、同時に〈ショルダーキャノン〉の照準を〈荷電粒子砲〉の砲身に合わせた。
〈貫通弾〉が発射され、空間に軌跡を残すように尾を引きながら砲身に迫った。けれど、専用銃架に備え付けられた〈シールド発生装置〉が瞬時に展開し、青白いハニカム構造の層が弾道を逸らす。弾丸はそのまま後方に飛び、棚を破壊しながら物資をばら撒いていく。
幸いなことに、この倉庫は生活用品や食料品の保管場所であり、可燃性の軍需物資は保管されていなかった。もし爆薬が積まれていたなら、跳弾によって倉庫全体が炎に包まれ、逃れようのない地獄と化していたのかもしれない。
突然、無数の警告が表示されて視界が赤色に染まる。私は反射的に〈ハガネ〉のシールドを前方に集中させた。同時にスーツ内部の人工筋肉が硬直し、強化外骨格が関節を固定するように身体を締め付ける。
直後、視界を白く焼く閃光が全方位に走り、凄まじい圧力が全身に叩きつけられる。周囲の空気が一瞬で消え失せ、衝撃によって身体がバラバラに引き裂かれる感覚に襲われた。
〈ハガネ〉のエネルギーフィールドは、荷電粒子による恐るべきエネルギーを可能な限り相殺し続けていた。シールド表面に生じたプラズマ化した空気が層を形成し、そこで荷電粒子が減衰していく様子が視認できるほどだった。
それでもエネルギー消耗率は急激に上昇し、凄まじい熱波によって装甲表面は赤熱して剥離を起こす。複合装甲が軋み、耳元では断続的な警告音が鳴り響いた。
つぎの瞬間、空気の爆縮による衝撃波が襲いかかり、私は容赦なく後方に撥ね飛ばされた。無数の棚に身体を打ち付け、転がるように数百メートルほどの距離まで吹き飛ぶ。
彫像のように関節が固定されていたので手足を折ることはなかったが、床を滑るたびに装甲には深い擦過痕が刻まれ、その内側にまで衝撃が伝わった。視界は激しく揺れ、鼓膜が軋み、呼吸が不規則に途切れる。肺に刺すような痛みが走った。
結局、〈荷電粒子砲〉の直撃を受けることになったが、少なくとも囮としての役割は果たせた。敵の注意を確実にこちらへ向けることができた。
痛みに歯を食いしばりながら顔を上げると、視界の端に投影されていた映像を拡大表示してハクの様子を確認する。
最後まで抵抗していたサイボーグ兵の首が刎ね飛ばされるのが見えた。ハクの爪が通過した直後、頭部が宙を舞い、切断面から噴き上がった白い人工血液は霧状に飛び散って広がっていく。ハクの足元には白い血溜まりが形成され、照明の瞬きに合わせて微かに光を反射していた。
教団兵は恐れを知らず、最後のひとりになるまで徹底抗戦を続けていた。精神に作用するドラッグを投与されていたのか、麻痺した痛覚と過剰な戦闘衝動が彼らの判断を完全に奪っているのは明らかだった。
あるいは、度重なる身体改造によって理性を失っていたのかもしれない。いずれにせよ、もはや装置の破壊を邪魔する者はいなかった。
ハクは戦闘の余韻を微塵も感じさせない動きで身体の向きを変え、振動を伴って蒸気を吐き出していた冷却装置に近づく。彼女の背でジュジュが興奮して鞘翅を広げていたが、ハクは気にすることなく装置に向かって赤黒い糸の塊を吐き出した。強酸性の糸は外装を瞬く間に侵食し、金属を泡立たせながら溶解させていく。
腐食が内部機構に到達した瞬間、冷却管に充填されていた高圧蒸気が噴出した。金属板は裏返るように湾曲し、制御を失ったコアが内部で不規則に発光する。直後、冷却装置そのものが爆発し、周囲に蒸気が吹き荒れた。
破壊はそこで終わらなかった。冷却機能を失った〈荷電粒子砲〉の砲身は、自ら蓄積した膨大なエネルギーに耐えられず、赤熱した外装が溶けていくのが見えた。内部の超伝導コイルが露出し、青白い放電が走る。金属が沸騰するように歪み、砲身は臨界点に到達した。
そして倉庫全体が閃光に呑まれ、〈荷電粒子砲〉は爆散する。砲身は分子レベルで分解されるように崩壊し、液状化した金属が爆発で四散した。近くにいた教団兵たちは衝撃波に巻き込まれ、肉体も装備も区別なく光の渦に吸い込まれ、蒸発にも似た消失を遂げる。
爆風が通路を舐めるように吹き荒れ、整然と立ち並ぶ棚を基部から引き剥がして倒壊させた。コンテナは空中で弧を描くように吹き飛び、大量の物資を撒き散らしながら壁面に叩きつけられる。床材の一部は剥離し、焦げ跡だけが残された。
衝撃の余韻が続く中、遮蔽物として身を隠していたコンテナには金属片が雨のように突き刺さっていた。高速で飛来した破片は鉄板を容易に突き破り、内部に積まれていた食料品や生活用品を粉砕し散乱させた。
やがて衝撃波と熱波が通り過ぎ、空気中には焼け焦げた金属と蒸発した潤滑油の臭気が濃密に漂いはじめた。白煙と粉塵が立ち込めて、視界は濁った灰色に染まる。照明は電力系統の異常によって断続的に点滅し、薄明かりが瓦礫の影を浮かび上がらせていた。
破壊された冷却装置の残骸からは有毒ガスが漏れ続け、周囲に立ち込める煙をさらに濃くしていた。天井付近の配線が焼け落ちた影響で、パネル全体が低く唸るように振動し、余熱が空気の層を揺らす。
幸いにも施設の構造に重大な被害は出ていないようだった。しかし広大な倉庫は完全に機能を喪失し、破壊された機材と散乱した物資が床を埋め尽くしていた。機械人形による修復作業がなければ、今後〈販売所〉としての運用は不可能だろう。敵の殲滅には成功したものの、戦闘の代償として倉庫は廃墟に変わってしまった。







