923 20〈交戦〉
ライフルのストックを肩に引き寄せ、しっかりと頬付けを行ったあと、そっと引き金を絞る。最小限の反動とともに、三点バースト射撃で銃弾が放たれた。すでにカグヤの偵察ドローンによって標的はタグ付けされていたので、〈自動追尾弾〉による排除を選択していたが、そこで予期していなかったことが起きた。
銃弾は標的の頭部に命中するはずだった。しかし不可視の力場が展開され、軌道が逸れていく。弾丸は空間を滑るように飛び、標的を外して鋼材の棚に食い込んだ。
〈シールド発生装置〉による防御――局所的な重力歪曲か、電磁式の偏向シールドか、それとも追尾機能を妨害する未知の干渉なのかは分からない。いずれにせよ、悠長に考えている余裕はなかった。
即座に反撃が行われる。複数方向から一斉に放たれた銃撃がコンテナボックスを容易に貫通し、内部の物資を破砕する。金属粉末や梱包材が衝撃で霧散し、倉庫のほの暗い空気に漂う。秩序だった機械作業の静寂は失われ、空間全体が一瞬で戦場へと変貌する。
〈ハガネ〉は攻撃を瞬時に感知し、意識せずともシールドを展開してくれた。ハニカム構造のエネルギーフィールドが皮膜のように身体を包み込み、数十発の弾丸を次々と撥ね返していく。
しかし、逸れた弾丸は背後で作業していた〈ピッキングロボット〉や、頭上を旋回していたドローンに直撃し、多くの機体が機能を喪失して落下していった。断線した光ファイバーや精密部品が床に散乱し、機械の一部は火花を散らしながら発火する。倉庫の秩序はさらに崩れていく。
「カグヤ、警告を」
『了解、すぐに避難させる』
倉庫内に警告が発せられ、作業中のドローン群に退避命令が送信される。機械群は即座に警告を受信し、戦闘区域から流れるように離脱していった。その振る舞いは相変わらず無駄がなく、戦場には不釣り合いなほど整然としていた。
遮蔽物から射撃姿勢に移ろうとした瞬間、視界の端で影が跳躍する。ハクが棚の高層部から音もなく降下し、こちらに向かって射撃していた教団兵に襲いかかる。彼女の身体は質量を帯びた暗い残像になり、敵を押し倒しながら覆いかぶさる。
すぐに標的を切り替え、〈ショルダーキャノン〉に意識を向ける。砲身が自律的に旋回し、棚の中層に潜む兵士を捉えた。〈光学迷彩〉によって輪郭は揺らいでいたが、倉庫内のセンサーを介した熱源パターン解析によって位置は明確だった。間髪を入れずに〈貫通弾〉を撃ち込む。
さすがに今回は弾丸を逸らすことはできなかったのだろう。弾道は逸れることなく、吸い込まれるように敵の胸郭を貫き、内部の補助心臓と人工肺を破砕した。耐衝撃骨格が断裂し、肉と機械部品が混ざった破片が弾道の後に螺旋を描くように散乱する。
迷彩は機能を停止し、全身を破壊されたサイボーグ兵は棚の間から落下していく。飛び散った人工血液は床に広がり、灰色がかった白い光沢を生み出す。
射撃のあと、すぐに棚の陰に身を隠す。そこに無数の銃弾が飛来し、鋼材の柱が断続的に震動する。機械仕掛けの秩序と死の気配が混在するこの空間は、もはや完全に教団のサイボーグ兵との戦場へと変貌していた。
その教団兵がこちらに攻撃を集中させている間にも、ハクは影のように敵の背後へ忍び寄り、その命を次々と刈り取っていく。
彼女の一撃は素早く、冷徹で、サイボーグ兵の頸椎を音もなく断ち切っていく。照明が淡く点滅するたび、彼女の姿は空間から抜け落ちるように消えてはあらわれ、その度にひとり、またひとりと敵は無力化されていく。
一見すれば、戦況はこちらに大きく傾いているように見えたが、その均衡は突如として破られる。
倉庫の一角で、異様な衝撃波が空気を歪ませ、つぎの瞬間、棚全体が爆ぜるように破砕した。整然と組まれていた鋼材が悲鳴を上げるような金属音を立てて軋み、物資が詰め込まれていたコンテナが無残に砕け散る。
内部に保管されていた電子機器や装備品が四散し、細かな破片となって高速で飛び交い、通路を暴風のような熱波が駆け抜けた。
すぐにカグヤの偵察ドローンから受信した映像を確認すると、数名の教団兵が巨大な兵器を操作している姿が映し出される。彼らは火砲を地面に固定し、周囲を制圧するように陣地を構築していた。
専用の銃架に据え付けられた砲身は、通常の火器とは比較にならない異様な厚みと冷却機構を備えていた。間違いない――高出力の〈荷電粒子砲〉だ。〈カモフラージュ・シート〉で隠蔽していたのだろう。
〈荷電粒子砲〉は旧文明期の技術によって実現した兵器だった。原子や分子に電気を加えて荷電させ、凝縮された粒子を光速に近い速度で射出し、接触した分子結合を瞬時に破壊する。従来の鉄鋼や合金はもちろん、装甲車両ですら容易に分解してしまう。爆薬による衝撃ではなく、物質そのものを〝崩壊させる〟という特徴を持っていた。
通常の弾丸や爆薬とは比較にならない破壊力があり、旧文明の遺物として厳重に管理されている類の兵器だった。もちろん〈販売所〉で購入することは不可能であり、使用には高度なID認証が必要とされていた。
それにもかかわらず、教団はこの兵器を運用していた。〈光学迷彩〉をはじめ、彼らは高価で貴重な装備を数多く保持している。どのように入手したのかは不明だが、先進的な技術にアクセスする術を持っているのは確かだった。そしてそれは、確実に脅威となりえるものだった。
幸いにも、標的にされたハクは即座に跳躍し、崩れていく棚をかすめながら衝撃波の範囲から抜け出す。
彼女の動きはあまりにも速く、その背に乗るジュジュが振り落とされないか心配になるほどだった。しかし、カラビナを使い小さな身体をスリングにしっかり固定していたので、落下の危険はなかった。むしろジュジュはバンザイをするように、両腕を高く上げ、ジェットコースターさながらに浮遊感を楽しんでいるようだった。
その無邪気さが、戦場の光景とあまりにも乖離していて、なぜだか胸を締めつけられる。
「やれやれ……」
ため息をつきながらも、思考を切り替える。
〈荷電粒子砲〉を破壊しなければ、この戦闘は長引き、倉庫全体が瓦解しかねない。敵の兵器を無力化する手段を、迅速に見出さなければならなかった。
隔壁の奥に据え付けられた砲身が低く唸りを上げ、内部に充填されたエネルギーの波動が空気を震わせていく。周囲の照明がわずかに明滅し、電磁場の干渉によって視界が揺らいだ。砲身を覆う冷却フィンは蒸気を吐き出し、荷電粒子を制御する磁場発生装置が不吉な振動を放つ。残された時間は、ほとんどないだろう。
しかし、専用の鋼鉄製銃架には〈シールド発生装置〉が組み込まれていた。複数のシールド層による偏向場が砲身の周囲にハニカム状の膜を形成し、正面からの火力はすべて減衰し、散逸していく。
シールドを突破するには至近距離から〈貫通弾〉を撃ち込むか、あるいは〈重力子弾〉で局所的に空間を歪ませて破壊するしかなかった。
けれど、〈重力子弾〉の使用は論外だ。あれは室内戦で扱う兵器ではない。重力歪曲が生む衝撃波は施設の補強を無意味にし、地下構造そのものを崩壊させかねない。つまり、自殺行為に等しい行為だった。
残された選択肢は至近距離からの〈貫通弾〉による破壊のみだった。しかし砲座の周囲にはサイボーグ兵が密集配置され、接近するものは何であれ徹底的に排除されるだろう。精密な銃火の網が張り巡らされ、わずかな隙も許されない。前進すれば即座に致命弾を浴びせられるに違いなかった。
『――レイ、これを見て』
カグヤから受信した映像を確認すると、〈荷電粒子砲〉の砲身基部から伸びる太い冷却ケーブルが映し出されていた。
砲身や内部機構を冷却するためのものだろう。ケーブルは床面を這い、倉庫奥の隔離区画へと続いている。出力維持には冷却が必須なのだろう。あの装置を破壊できれば、〈荷電粒子砲〉は自動停止し、防御シールドも無力化できるはずだった。
教団兵からの猛攻を受けるハクの姿を確認したあと、〈ショルダーキャノン〉の砲身を兵士たちに向け、〈貫通弾〉を撃ち込んで次々と排除していく。
ハクは敵弾を避けながら機敏に動き、時折反撃して隙をつくる。ハクが脅威と判断され続ければ、〈荷電粒子砲〉を操作する兵士たちは彼女を標的にするだろう。その隙を突いて冷却装置を破壊できれば、状況を一気に覆せる。
けれど、ハクを囮に使う選択肢は最初から存在しない。まだ幼い彼女を犠牲にすることは、どれほど合理的な作戦に見えようとも、許容できなかった。ハクに感情の波を直接送り、後方への離脱を伝える。短い逡巡の気配のあと、彼女は敵を排除しながら後退していった。
私は深く息を吸い、〈ハガネ〉のタクティカルスーツを装着する。液体金属によって形成された黒色の複合装甲が背部ユニットから波のように広がり、頭部を含む全身を覆っていく。
光をほとんど反射しない艶消しの装甲は、旧文明期以前のダークヒーローを思わせる不気味さを帯びていた。厚い防御層は機動力を犠牲にするが、内部の強化外骨格と人工筋肉がそれを補い、身体能力を強化する。関節部の駆動から伝わる微かな振動は、戦闘準備の完了を告げていた。
素早く棚の間を移動し、暗闇に紛れるように前線に飛び出すと、教団兵の集中砲火に晒される。密度の高い射撃が降り注ぐが、〈ハガネ〉のシールドが弾道を屈折させ、弾丸は軌道を逸れて周囲の鋼材に跳ね返り、火花を散らしていく。
金属の焦げる臭いが立ち込めるなか、冷静に遮蔽物を利用しながら前進し、〈ショルダーキャノン〉の照準を兵士たちに合わせる。
〈貫通弾〉を選択し、撃ち出された瞬間に敵兵のシールドごと装甲を破壊する。金属片が飛び散るなか、サイボーグ兵はバラバラにされた仲間の姿に困惑し、防御線に小さな歪みが生じる。その隙を逃さず、さらに前へ踏み込んだ。
その間、ハクは暗闇に姿を溶け込ませ、冷却装置へと忍び寄っていく。彼女の存在は希薄になり、教団兵の視覚センサーは正しく認識できなくなる。
そうして霧がゆっくり浸透するように、ハクは冷却装置のある隔離区画へと近づいていく。あとは、ハクが目標に到達するまでの時間を稼ぐだけだった。







