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不死の子供たち  作者: パウロ・ハタナカ
第十八部

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 教団兵の死体を物陰に隠したあと、ハクたちを連れて昇降機に乗り込んだ。サイボーグの破壊によって広範囲に金属片が散乱し、壁面パネルには銃弾が貫通した痕跡が残っていた。申し訳なく思ったが、粉砕されたパネルの破片や飛び散った血液の処理は、メンテナンス用の機械人形に任せることにした。


 通路を巡回しながら液体洗浄剤を散布し、破片を回収する。清掃も廃棄も、すべて規格化された行程に従って機械人形は淡々とこなし、やがて元の綺麗な状態に戻すのだろう。


 物資搬入用に設計された昇降機は広く、ハクの大きな身体と並んでも窮屈さは感じなかったが、明らかに人間の利用を前提として作られたものではなかった。


 制御パネルは存在せず、昇降機を操作するためのインターフェースは管理システムのネットワークに統合されているらしく、冷たい金属フレームと油の染み込んだ昇降機構が剥き出しのまま組み上げられていた。


 カグヤの遠隔操作によって、昇降機は滑らかな動作で下降を開始した。行き先は階下にある備蓄倉庫の入り口に設定されていた。


 ここまで順調に事は運んでいたが、この昇降機には構造的な欠陥があった。周囲の壁は途切れ途切れで、出入り口を密閉する扉すら備わっていない。外部から見れば、下降していく我々の姿は丸見えだった。階下に教団兵が待機していれば、昇降機の動作音とともに、侵入者が降りてくる様子がそのまま視認できてしまうだろう。


 その場にしゃがみ込むと〈環境追従型迷彩〉を起動する。外套の表層を覆うナノマテリアルが変化し、ハニカム構造を思わせる光学パターンを描きながら、周囲の鉄骨や影を模倣していく。その過程で輪郭は曖昧になり、遠目から見れば存在そのものが掻き消えたように環境に馴染んでいた。


 ハクも同様に気配を消し、周囲の環境に影のように溶け込む。もちろん、昇降機そのものが動いている事実は隠せない。だからこそ、警戒を緩めることはできなかった。


 下降を続けるなか、鉄骨の隙間から下層のメンテナンス通路が見えてくる。照明は最適化さていて、作業区域ごとに光量が変化していた。通路では複数の機械人形が壁面パネルを外し、内部の配線束に細い指先を滑り込ませて調整していた。


 その〈マンドロイド〉は、磨かれた白菫色(しろすみれいろ)の外装に覆われ、平均的な女性の骨格を模した姿をしていた。装飾は一切なく、表情すらモニターで代用されていたが、その整った造形からは機能美を超えた美しさが感じられた。


 人工筋肉が低負荷で動き、肘や指の関節は違和感なく滑らかに可動する。人間の身体を模してはいるものの、生身の体温や生命の気配は一切なく、精密に磨かれた装甲表面が光の角度によって淡く変色するだけだった。その無機的で人工的なデザインは、ある種の愛好家を魅了するものだった。


 セキュリティ上の懸念があることは理解していたが、なぜそれほど高価な機体を大量に採用したのかは分からなかった。人間の労働力の確保が難しいにせよ、旧式ドロイドのほうが一般的にはコスト効率が良かった。


 たとえば旧文明期の工事現場では、ヤドカリ型の作業ロボットが好まれていた。多脚は段差に強く、重量物の運搬や狭所作業にも適応できる。


 しかし、この施設では異なっていた。おそらく求められていたのは、人間により近い精度で精密な作業をこなす能力だったのだろう。人間の代替として有機的な動作を再現できる機体――それが〈マンドロイド〉だったのかもしれない。


 昇降機はさらに下降を続け、周囲を巡回する複数の白菫色の機体が視界に入った。どの機体も計算された動きで工具を扱い、通路ごとに割り当てられた作業を淡々とこなしていた。人間の――あるいは生命の気配がひとつもない空間で、機械だけが同じリズムを保ち続ける光景からは、奇妙な滅びの美学が感じられた。


 理由は依然として掴めなかったが、目的地に到達するまでのどの階層でも、教団兵の気配を一度として察知することはなかった。


 すでに地上の入り口や昇降機の警備を担っていた兵士たちとの連絡は途絶していたので、侵入が露見し警戒態勢へ移行していても不自然ではなかった。それにもかかわらず、廃墟のように静まり返った通路は、封鎖された地下区画特有の息苦しさを孕み、異様な空虚さを漂わせていた。


 あらゆる監視システムが意図的に遮断されたのか、あるいは別の要因が働いているのか判断はつかず、むしろその〝無反応〟そのものが罠の可能性を濃くしていた。


 不気味な思惑を感じ取りながらも昇降機を離れ、短い連絡通路を進む。通路の端には備蓄倉庫へ続く巨大な隔壁が聳え、これまでに見られなかった軍事施設らしさが感じられた。


 艶のない鋼鉄の表面には微細な傷が走り、壁に埋め込まれた操作パネルが断続的に緑色の光を明滅させていた。制御系は最低限のみ稼働し、他のシステムは緊急時仕様へ切り替わったまま休眠しているように見えた。


 操作パネルに触れ、〈接触接続〉を行った。手のひらから微弱な電流が流れ込み、セキュリティの層を一枚ずつ撫でるように解析していく。数秒の沈黙ののち、女性の声を再現した合成音声が空間に反響した。


『開放シーケンスを開始します。指定された安全な位置までお下がりください』


 警告に合わせるように、隔壁の縁に刻まれた無数の細い継ぎ目から白色の高圧スチームが噴出する。噴流は容赦なく空間へ解き放たれ、通路は瞬く間に白く霞んでいった。蒸気は天井にまで届き、周囲の照明を鈍く拡散させる。油の臭気と錆びの臭いが混ざり合い、鼻腔を不快に満たした。


 直後、隔壁内部の駆動機構が作動する振動が地面を通して足裏に伝わる。鈍い重低音が通路全体を震わせ、隔壁の中央に細い線のような隙間が生じた。押し潰された空気がゆっくりと押し返され、厚い鋼鉄の板が横へ滑るように動き始める。軋むような鈍い摩擦音が延々と続き、内部に蓄積された圧力が徐々に解放されていった。


 ハクは蒸気が吐き出される勢いに驚いて、真っ白な体毛を逆立たせた。ジュジュも口吻を鳴らし、わずかに身体を震わせていたが、すでに倉庫内部へ意識を向けている。そこに潜む〝脅威への警戒〟というよりも、むしろ好奇心が勝っているようだった。私もライフルを低く構え、迷彩を解くことなく隔壁の内側へ足を踏み入れた。


 倉庫内の天井は恐ろしく高く、構造体の上部は照明の届かない薄闇の中に沈んでいる。上方で組み合わさる鉄骨フレームは霧散した影のようにぼやけ、どこまでが建造物でどこからが闇なのか判別できなかった。


 おそらく、この場所は最初から人間の作業を想定していないのだろう。照明は最小限に抑えられ、光は棚の間に縦横に走る通路をわずかに照らすだけだった。


 整然と並ぶ無数の棚は、広大な空間を碁盤の目のように区切っている。棚は幾層にも積み重なり、鉄骨の間に詰め込まれた物資が圧倒的な密度で並んでいた。分類の基準は不明だったが、倉庫全体が自動管理システムの支配下にあることは明白だった。


 その棚の間を、小型の〈ピッキングロボット〉が静かに移動していた。昆虫を思わせる多脚を持つ機体は、黒い金属の外装に微かな照明を反射させている。


 関節部は筋繊維状の人工素材で駆動しているらしく、その動作は異様なほど滑らかだった。棚に備え付けられた端末に接続し、必要な物資の在庫を確認すると、無駄のない動きで品物を回収していく。


 頭上では無数の小型ドローンが飛び交い、棚の高層部に収納された物資を確保し、時間をかけることなく所定の位置へ運搬していた。目に見えない高度な制御網によって同期されているのか、互いの進路が重なることは一度もない。


 あらゆる動作が緻密な演算のもとに最適化され、倉庫全体が巨大な演算機の内部構造のように統一された動きを維持していた。


 上階の〈販売所〉に搬送される物資は、床面を滑るように移動する自律式の台車に積み込まれていく。集積プラットフォーム上には出荷待ちのコンテナが整然と積まれ、認識コードがスキャンされ識別されていた。不要なものは一切排除され、流れは完全に効率化されている。旧文明が残した冷徹な設計思想が、ここでは完璧なまでに保たれていた。


 背後では隔壁がゆっくりと閉じていき、外界との接続が断たれた。重厚な金属の摩擦音が遠ざかり、空間は完全な密閉状態へと移行する。倉庫内に漂う空気は空調によって適切に保たれ、足跡や呼吸音すら異物のように感じられた。


「ハク、敵の気配は感じるか?」

『ん……ちょっと、むずかしい』


 大量の機械によるノイズが、ハクの索敵能力を狂わせているのかもしれない。あるいは、ハクにすら気配を掴ませない存在が潜んでいるのかもしれない。機械が生成する冷たい周期性の中に、異質な気配が紛れ込んでいる可能性は捨てきれなかった。


 我々は細心の注意を払いながら、棚が縦横に並ぶ通路へ足を踏み入れる。高所を巡回するドローンの影が、わずかに揺らぎながら視界をかすめていった。この先に教団が隠している〝何か〟がある――その予感が、冷たい緊張となって背筋を凍らせる。


 拡張現実で視界に投影されていたフロアマップを確認していると、カグヤの偵察ドローンが捉えた無数の動体反応が地図上に浮かび上がる。赤い点が瞬くたびに、倉庫の広大な空間に潜む敵の存在が明らかになっていく。


『複数の教団兵を確認。すでに私たちの動きを把握しているみたい』

 カグヤの声が内耳に響いた。


「待ち伏せか……ハク、戦闘の準備を」

 その言葉に応じるように、ハクは棚の高層に向かって静かに跳躍する。長い脚が鋼材を掴み、影のように景色のなかに溶け込んでいく。


 深呼吸して、それからカグヤによってタグ付けされていく敵の輪郭に意識を集中させる。拡張現実の視界に赤い線が走り、棚の陰や通路の奥に潜む兵士たちの輪郭が次々と浮かび上がっていく。


 光学迷彩を使用しているのか、肉眼ではほとんど認識できなかったが、センサーが捉える微細な熱源や重量の変化が、その存在を暴いていた。


 倉庫の秩序だった機械群の動きの中に、異質な気配が混じる。自律機械の無駄のない作業音に紛れ、教団兵たちは静かに待ち伏せの態勢を整えていた。もはや戦闘は避けられないだろう。

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