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不死の子供たち  作者: パウロ・ハタナカ
第十八部

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 メンテナンス区画に通じる防爆扉は、継ぎ目が判別できないほど巧妙に壁面に埋め込まれていた。近くに立つと、扉の周囲に淡い光の縁取りが走り、複数の層から成るホログラム警告が立ち上がる。〈関係者以外立ち入り禁止〉の文字が空中で明滅し、同時に不可聴域の音波が鼓膜を微かに震わせた。


 警告を無視して壁面パネルに手のひらを押し当てる。冷たい金属の感触が皮膚を刺すように伝わり、〈接触接続〉による掌紋の読み取りが行われると、微弱な静電気が皮膚に走った。直後、滑らかな壁に細い繋ぎ目が浮かび上がり、ゆっくりと左右へ展開していく。内部から漏れ出した空気はひどく冷たく、金属とオゾンの臭いを含んでいた。


 通路に一歩足を踏み入れると、動体反応を検知したシステムが作動し、通路の奥から順に照明が点灯していくのが見えた。青みがかった白色の光が鋼材の壁面を照らし、まるで無菌室のように生命の気配を欠いた通路が鮮明に浮かび上がる。壁に反射した光はジュジュの外骨格の一部を煌めかせ、床面に長い影を落とす。


 ハクとジュジュが通路に入ったことを確認すると、背後の防爆扉は重い質量を感じさせる動きで閉鎖された。カグヤが扉の制御コードを書き換えて、教団側からの操作を受け付けないようにしてくれたのだろう。これで潜入が露見しても、しばらくの間は時間を稼げるはずだ。


 メンテナンス区画は、大掛かりな整備を可能にする機材の搬入を前提に設計されていたのだろう。通路は広く、身体の大きなハクでも余裕をもって移動できる道幅が確保されていた。


 天井も高く、配管やケーブル束は壁面に密集しながらも整然と配置されている。透明な冷却管の内部には青白い液体が脈動し、まるで血管を流れる血流のように周期的な振動を伴っていた。流体の温度差で発生した霧が時折ガラス表面に薄く貼りつき、それを伝う光が青白い脈動となって通路に反射する。


 ハクとジュジュは興味深そうに周囲の構造を観察していた。おそらく、脅威となる存在が近くにいないからだろう。


 排熱ダクトの奥ではわずかな反流が渦を巻き、床下の微かな振動からは無数の装置が稼働していることが伝わってくる。しかし人の気配はない。あるべき点検員も、監視のための教団兵も、一切姿を見せず空虚さが通路全体に漂っていた。


 カグヤの操作する偵察ドローンは、壁際の操作盤に近づくと装甲内部からフラットケーブルを伸ばした。端末と接続された瞬間、視界に重ねられていた拡張現実の映像が一瞬だけ歪み、それから地下施設全体のフロアマップが更新されていくのが見えた。


 これまでは〈販売所〉に続く限られた区画しか表示されなかったが、戦艦の艦長代理という肩書と権限のおかげで、地下施設の詳細な地図をダウンロードできた。橙色の線で描かれた立体的な区画は想像以上に広大で、〈販売所〉はその最外縁に過ぎなかった。


「カグヤ、教団兵の情報は取得できるか?」


『保安システムへの侵入を試みているけど……ちょっと難しいかも』彼女は低く唸るように言う。『一時的にセキュリティを欺くことはできるかもしれない。でも、教団の支配下にある人工知能が中枢を管理しているから、レイの権限を使っても施設全体のシステムを掌握するのは無理だと思う』


「人間の脳を模倣した神経回路を持ち、教団の意思決定を補佐する人工知性か……」


 旧文明の施設管理AIの多くは、人間の脳を模倣した有機的神経回路を備え、意思決定アルゴリズムの大半がブラックボックス化されていた。そのため、人工知能を掌握するどころか、完全に理解することすら難しい存在だった。カグヤほどの経験とハッキング技術をもってしても、その支配権を奪うのは困難のようだ。


 私は再び周囲に意識を集中させる。白い鋼材に囲まれた通路は、静寂の中に異様な緊張感を孕んでいた。天井の換気口から漏れる微かな空気の流れだけが、無人の通路がかろうじて生きていることを知らせていた。


 その通路を進むと、作業中の機械人形が視界に入る。けれど、それは旧文明期の遺構でよく見かけるような、四角い胴体に長い腕と短い脚を備え、蛇腹状のゴムチューブで関節が保護された旧式の作業用ドロイドではなかった。


 そこに立っていたのは平均的な女性の姿を模した機体で、丸みを帯びた曲線を持つ白菫色(しろすみれいろ)の質素な外装に覆われていた。特徴的な造形のおかげなのか、機械特有の威圧感を排した柔らかな雰囲気が感じられた。


 頭部には表情を再現するためのモニターが備えられ、微笑みや困惑といった感情を映し出すことで、コミュニケーションを円滑にする設計思想が垣間見えた。


 やはり軍の施設ということが関係しているのだろう。ここでは旧式の機械人形は排除され、企業テロや武装集団による襲撃を常に警戒し、容易にハッキングできない複雑な制御系を持つ機体のみが採用されていた。


 その機械人形は我々の存在を認識した瞬間、モニターに淡い反応を映したが、すでに高位の権限で入場が認証されていたので、攻撃姿勢を取ることも警告を発することもなかった。ただ興味を含んだ視線を投げかけ、それから何事もなかったかのように壁面パネルを外し、本来の作業に戻った。


 機械人形のそばに積まれていたコンテナボックスを覗くと、植木鉢の代わりになりそうな四角い金属箱が目に留まった。手のひらサイズの小さな器だったが、〈アスィミラ〉ならこの程度の空間でも問題なく根を張れるだろう。


 小さな箱を譲ってほしいと頼むと、「そんな箱で何をするつもりなんだ?」とでも言いたげな困惑の表情をモニターに映しながらも、快く譲ってくれた。機械的でありながら、その仕草には人間味のある好意が宿っているようにすら感じられた。


 金属箱を受け取ったあと、水筒の水を注ぐ。表面に波紋が広がり、照明の青白い光を反射して煌めく。〈アスィミラ〉に入るよう促すと、最初はぎこちなく蔓を伸ばす程度だったが、水の存在と適当な面積があることを確認すると、ジュジュの腕に絡みついていた根をするりと伸ばし、金属箱へと移った。


 燐光を帯びた根が水面で広がり、やがて自ら蓋を閉じるように箱の表層へ張り巡らせ、内部の水分が零れるのを防いだ。


 さらに機械人形に頼み、箱の側面に吊り下げ用の金具を溶接してもらう。女性型の機体は明らかな疑問を浮かべながらも、指先の形状を変形させ、器用に金具を溶接した。人工筋肉の収縮音が微かに聞こえ、金属が赤熱し、冷却されながら固定されていく。その一連の作業は人の動作のように滑らかで、まるで違和感がなかった。


 感謝を伝えると、彼女はうなずくように頭部を動かし、再び作業へ戻った。それからジュジュの散歩紐として使っていたスリングに金具を通して、金属箱を吊り下げる。


 そのスリングをジュジュの肩にかけると、小さな昆虫種族は微かに身体を震わせ、喜びを示すように口吻をカチカチと鳴らし、ハクの背中を軽く叩きながら満足げに触角を揺らした。


 これでしばらく〈アスィミラ〉の保護に気を取られずに済むだろう。金属箱に収まった〈アスィミラ〉の芽は、静かに光を放ちながら、踊るように揺らめいていた。


 メンテナンス区画から物資搬入用の昇降機へ向かう通路には、配線の焼けた臭いが微かに残り、一定間隔で点滅する照明が不自然な空間を作り出していた。まるで、この先に潜む危険を告げているかのようだった。


 昇降機まであとわずかという地点で、先行していたハクがぴたりと動きを止める。彼女の存在は曖昧になり、輪郭が霧のように薄れていった。視界の端で見ても捉えきれないほど不安定で、もし近くに人間がいれば、その変化に気づくことなく彼女の姿を完全に見失っていただろう。


『てき、みつけた』


 ハクの声が内耳に響くと同時に、私は反射的に〈環境追従型迷彩〉を起動する。外套の表面に微細な電光が走り、背景へと溶け込んでいく。そのままライフルを低く構え、冷たい壁面パネルに背中を預けた。


 そっと曲がり角の先を覗くと、昇降機の内部に微かな光の屈折が確認できた。肉眼ではほとんど認識できないが、そこに〈光学迷彩〉で姿を擬装した何かが潜んでいるのは明らかだった。


 照明の角度のせいなのか、それとも無影灯の効果なのか、地面には影らしきものが見当たらない。けれど、ハクが敵の存在を感知している以上、そこに何かが潜んでいるのは間違いなかった。


『うん、間違いないよ』カグヤの声が響く。

『昇降機の感圧センサーが異常な重量を検出している』


「教団のサイボーグか……」

 排除すること自体は難しくない。


 しかし、ここで無暗に攻撃すれば昇降機の制御系を破損しかねない。もしも崩落が起これば、この階層にいることは教団の警備部隊に知られてしまうだろう。


 ハクとの意思疎通に言葉は不要だった。彼女は私の意志を読み取り、身を低くしながら昇降機の正面へと移動する。そして、ロープを思わせる細長い糸を吐き出した。ワイヤーロープのように強靭な糸は、空間を断ち切るような速度で飛び、〈光学迷彩〉の膜に触れた瞬間、淡い揺らぎの表層に絡みついた。


 ハクは糸の先端を掴み、恐るべき力で一気に引き寄せた。昇降機内部から強引に引きずり出されたサイボーグは、なおも〈光学迷彩〉に覆われ、肉眼ではぼんやりとした歪みとしてしか認識できない。しかし、機械学習によって推測された人体フレームと強化外骨格の輪郭線が拡張現実に重ねられたことで、照準を合わせるのは難しくなかった。


 サイボーグが昇降機から引き出された瞬間を逃さず、〈ショルダーキャノン〉から〈貫通弾〉を撃ち込む。乾いた破裂音が通路に響き、合金で補強された頭蓋が弾け飛んだ。質量のある弾丸は側頭部を正確に貫き、金属の人工骨格を一瞬で破壊しながら壁面パネルを粉砕する。


 直後、〈光学迷彩〉が解けて、首を失ったサイボーグの身体が床に崩れ落ちた。人工筋肉が痙攣し、数秒間だけ不規則に動いたあと、完全に沈黙する。通路には死体から漏れた機械油の臭いと、わずかに焦げた金属臭だけが残された。

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