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不死の子供たち  作者: パウロ・ハタナカ
第十八部

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 着陸地点(ランディング・ゾーン)で輸送機に乗り込むと、機体は旧市街を離れ、〈ジャンクタウン〉を目的地に設定して高度を上げていく。


 高層建築群の間を縫うように飛行する機体の内部は静まり返っていて、開放されたままの乗降口(ランプ)のそばに立つと、冷たい風が頬を撫でた。眼下には、かつて繁栄を謳歌した都市の残骸が広がっていた。


 足元を通り過ぎていく建築物は荒廃し、植物の侵食に抗っているように見えたが、それでも窓ガラスは割れ、水に浸かり、外壁の多くは崩れ落ちていた。建造物の壁面は植物に覆われ、緑が灰色の構造体を飲み込もうとしていた。自然の侵食は、これまでの時の流れを無言で物語っていた。


 ふと顔を上げると、旧人類の墓標のように聳える超高層建築物が視界に入る。旧市街の崩壊した建物群とは対照的に、それらは今もなお当時の姿を保っていた。外壁は風雨に晒されながらも構造を維持し、ガラスに反射して映り込む雲の中に都市の記憶を映し出していた。


 それらの建物を繋ぐように架けられた空中回廊が見えてくる。かつて人々の往来で賑わっていたはずの通りは、今や閑散としていて、ホログラム投影機から浮かび上がる広告だけが寂しげに瞬いていた。そこに人の気配はなく、生活の痕跡はすでに消え去っていた。広告は誰に向けられることもなく、ただ機械的に情報を流し続けていた。


 高層建築群の壁面には、巨大な彫像や色とりどりのホログラムが投影されていた。それらは、かつての先端技術の残滓であり、都市が繁栄していた時代の幻影だった。壁面は雨風に汚れていたが、今もなお陽光を反射し、鈍く輝いていた。


 荒廃した街の真っ只中にいるにもかかわらず、超高層建築物の存在は――旧文明期以前の人々が物語の中で思い描いたような、先進的な都市にいるかのような錯覚を与えた。もっとも、それは錯覚に過ぎない。現実には、この街は不死の化け物と略奪者たちに蹂躙され、人々は〈鳥籠〉と呼ばれる集落に身を寄せ合い、細々と生き延びるほかになかった。


 それでも、この街には、私の心を捉えて離さない奇妙な魅力があった。廃墟であることを知りながらも、危険な場所であると理解しながらも、その誘惑に抗うことは容易ではなかった。都市の残骸には、かつての人類の夢と欲望が染みついている。それは死者の囁きのように、静かに、しかし確かに生者を引き寄せていた。


〈AIエージェント〉による自律制御で、輸送機は静かに高度を落としていく。眼下には〈ジャンクタウン〉を囲む濃緑の森が広がり、密集した樹冠が地表の輪郭を完全に覆い隠していた。


 その鬱蒼と生い茂る森に何が潜んでいるのかは、想像することしかなかったが、教団の兵士が潜伏している可能性は充分に考えられた。森の上空を通過する飛行経路を選べば、また前回のように地対空ミサイルの餌食になるかもしれない。


 そこで、森の外縁――半ば崩落した幹線道路の開けた地点を着陸地点(ドロップ・ゾーン)として指定していた。機体は旋回し、理想的な着地点を探るように姿勢を調整していく。前回の接近とは異なり、今回は敵の反応はなかったが、この街では沈黙こそが最も信用できない兆候なので警戒は緩めなかった。


 輸送機の脚がアスファルトを捉え、微かな衝撃が機体を伝う。すると、今か今かと待ち構えていたハクが、跳ねるように後部ハッチの外へ飛び出していった。


「待てくれ、ハク」

 すぐに声をかけて制止する。


 ハクは振り返らずに動きを止めると、不満を示すように白い体毛を震わせ、それから長い脚で地面を叩いた。背後に視線を向けると、ジュジュを抱いた女性が折り畳み式の座席に座ったまま、硬直したように動かないのが見えた。


 ジュジュがもぞもぞと動き、彼女の頬をベシベシと軽く叩くと、ようやく反応してぎこちない動作で立ち上がる。関節の可動域は、どこか壊れたマネキン人形のようでいて、生身の人体よりも機械的な硬さを帯びていた。


 彼女が顎を持ち上げた瞬間、鼻孔から乾いた蛆が数匹、こぼれ落ちるのが見えた。それは、乾いた血がこびりついた戦闘服の胸元を転がり、彼女の足元で動きを止めた。


 ジュジュは口吻を鳴らし、驚愕と嫌悪を浮かべるように体毛を逆立てた。自分が昆虫種族であることを忘れているのかもしれない。ジュジュは女性の腕から強引に抜け出すと、その反動で床に身体を叩きつけた。が、すぐに立ち上がってハクのもとにトコトコと短い脚で駆け寄っていく。


「こっちだ、アスィミラ」

 彼女に声をかけると、頭髪に絡みつく植物の芽が淡く明滅するのが見えた。それが意思表示なのか、単なる反射なのかは分からない。ただ、彼女は呼びかけに応じるように動き出した。


 全員が兵員輸送用コンテナから降りたことを確認すると、輸送機は垂直に離陸し、ゆっくりと高度を上げていく。砂塵が視界を霞ませるなか、私は目を細めながら周囲の動きに警戒する。森の外縁は静かだったが、その静けさがかえって不安を煽っていた。


 やがて機体は高層建築群の間を抜け、視界から消えていった。私はハクとジュジュ、そして〈アスィミラ〉が操る死体を連れて、薄暗い森に向かって歩き出す。


 拠点に立ち寄り、〈アスィミラ〉のために代わりの植木鉢を探すつもりだったが、あれこれと考えているうちに輸送機に乗り込んでしまい、気がつけば森の入り口に立っていた。


 森から吹きつける冷たい風は湿っていて、木々の密度は高く、陽の光はすぐに閉ざされる。後戻りはできなかった。仕方なく、このまま彼女を連れていくことにした。けれど、すぐにどこかで植木鉢を調達したほうがいいだろう。


 そのときには、この遺体を埋葬する必要がある。〈アスィミラ〉が寄生しているとはいえ、死者を抱えたまま歩き続けるわけにはいかない。


 ハクの背中で上機嫌に口吻を鳴らすジュジュと、その後ろをぎこちなく歩く女性の姿を見ながら、私は〈ジャンクタウン〉について得ていた情報を頭の中で整理していく。


 以前、イーサンが教えてくれた状況から大きな変化はなかった。〈不死の導き手〉の宣教師たちは巧妙に信者を増やし、気がつけば〈鳥籠〉の有力者たちを取り込んでいた。そうして〈ジャンクタウン〉の実権は教団の手に落ちていた。


 各組合の支部は機能不全に陥り、傭兵組合ですら名ばかりの存在へと成り果て、今では教団の軍事部門として扱われている。住民は抑圧され、教団の意向に従うしかなかった。


 転機となったのは、教団の〝使徒〟が指揮する特殊部隊が、軍の備蓄庫として機能していた〈販売所〉の地下で〝何かよくないモノ〟を発見したことだった。詳細は不明だが、それ以降、事態は加速度的に悪化していった。


 その過程で、使徒を中心とした〈レギオン〉と呼ばれる集団が台頭することになった。〈施しの教会〉で自爆テロを実行した男性が口にしていた組織が、現実の脅威としてそこに存在していた。


 彼らは、〝衰退した文明を大衆の革命的、暴力的手段によって再興させる〟という、超民族主義的――あるいは、超人類主義的とでも呼べるような思想を掲げていた。理念は過激で、手段は苛烈だった。彼らの主張によれば、人々は〝神々に創造された上位者〟を中心に団結し、教団のために戦わなければならないという。


 その上位者とは、〈守護者〉として知られる〈人造人間〉たちのことであり、教団に所属する兄弟姉妹のために、信者は命を捧げて戦うことが義務とされていた。そして、教団以外のすべての敵に対して攻撃を行い、それを徹底的に排除しなければならなかった。


 彼らの教義では、教団以外のすべての組織が敵と定義されていた。〈鳥籠〉で生活する共同体、各組合、略奪者、変異体――すべてが敵であり排除の対象となっていた。


〈大樹の森〉で昆虫を使役していた〈森の民〉も標的とされ、その中には〈ジャンクタウン〉でテロを起こした〝蜘蛛使い〟も含まれていた。つまり、私自身も彼らの標的にされていた。


 彼らの思想は根深く、そして徹底的に歪んでいた。信者の多くは、上位者なる存在が〈人造人間〉であるという事実すら知らず、〝人類至上主義〟の旗を掲げ、荒廃した都市で跋扈するすべての異物を排除することこそが正義だと信じていた。


 彼らが語る〝勝利〟とは、都市における主権の奪還であり、流血による排除だった。〈ジャンクタウン〉では、すべての男性が教団に仕えることを強制され、人格は矯正され、忠誠以外の感情は不要とされた。


 旧文明の防壁に守られた〈鳥籠〉は、人々の安全な避難場所ではなく、武装した集団によって占拠された要塞――そう表現するほうが適切な場所になっていた。


 女性たちは、カルト特有の常軌を逸した論理によって管理され、教団の信者である〝人類〟を増やすための資産として、地下施設に監禁されているという。


 黙示録的な世界観で生きているのは、どうやらレイダーギャングたちだけではないようだ。〈不死の導き手〉がどこまで関与しているのかは分からないが、〈レギオン〉の暴走を止める気配がないことからも、ある程度の行動は承知しているように思えた。


 その狂った集団と敵対してしまったことは不運だったが、衝突は避けられなかったのかもしれない。彼らの思想はあまりに尖っていて、すべてを敵と見なしていた。


 ハクたちに声を掛けて立ち止まってもらうと、上空を通過していた〈高高度長時間滞空型無人機〉から受信した情報を確認しながら、今後について考えることにした。


 リアルタイムで更新されていく情報は、拡張現実として周囲の景色と重なっていく。詳細な地形データ、微弱な熱反応、暗号化された通信の断片――この森が、もはや以前のような空白地帯ではないことを、無機質な情報の羅列として告げていた。


〈ジャンクタウン〉に近づくにつれて森の静けさは厚みを増し、雰囲気すら変わってしまったように感じられた。その静けさの裏には、過激な思想が根を張り、暴力は信仰によって正当化されていた。


 彼らにとって私は異物であり、異端であり、排除されるべき存在だった。その現実を受け止めながら、次の行動を思案していく。

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