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不死の子供たち  作者: パウロ・ハタナカ
第十八部

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 カグヤの偵察ドローンから受信した走査(スキャン)の結果は、淡々とした解析ログとして視界の端に表示されていく。分析の結果は明確だった。その女性の肉体は、すでに不可逆的な死を迎えていた。心肺機能は停止し、あらゆる生命活動は沈黙していて、生命の兆候は何ひとつとして残されていなかった。


 それでも彼女が両足で立ち上がり、動くことができたのは、全身に〈アスィミラ〉の根が張り巡らされていて、まるで操り人形のように筋肉と関節を強制的に動かしていたからだった。皮膚の下で束となった根が蠢き、骨格の動きを補いながら姿勢を維持している。その様は、生を模した形態にすぎず、魂の欠落は隠しようがなかった。


 特筆すべきは、骨折の修復だった。あれほどまでに歪み、粉砕されていた部位が、原形に近い形へと再構築されていた。癒えているわけでも、細胞が再生したわけでもない。根の束が折れた骨格を模倣し、内部に〝継ぎ木〟のように入り込むことで、形を保っているだけだった。


〈アスィミラ〉は自在に根を使い、折れていない脚の構造を読み取り、損傷した部位を模倣し再現していた。筋繊維の断裂は無視され、神経伝達も再接続されていない。ただ、動くための最低限の骨格構造を補っているにすぎなかった。


 そこに立っていたのは、あくまで死者の抜け殻だった。乾ききった眼球は焦点を持たず、皮膚の下を巡る血液の温もりすらない。〈アスィミラ〉はその肉体を、〝環境に適応するための仮の器〟として使っているようだった。まるで、より適した場所へ移動するまでの一時的な避難先――その程度の意味しか持たないように見えた。


「つまり、死者を生き返らせるような奇跡は起きていない。そういうことなんだな……?」


 もしも本当に〈アスィミラ〉が死者を蘇らせる能力を持つのだとしたら、その先にある問題は計り知れなかった。倫理の崩壊だけでは済まされない。〈アスィミラ〉の存在によって、生と死の境界そのものが曖昧になり、この世界が保っている脆弱な秩序は、一瞬で崩れ去るかもしれない。


『安心しても大丈夫だと思うよ』

 カグヤの言葉に、思わずため息をついた。


 安堵だったのだろう。胸の奥で渦巻く感情は複雑だった。死んだ者が死んだままであるという当たり前の理が、この街では救いとして働いていた。


 ――けれど、問題が消えたわけではない。


 浮遊島で目にした〝擬餌状体(ぎじじょうたい)〟――生物の形を真似て獲物を誘う構造体を思い出す。〈アスィミラ〉は、死体を手足のように動かしているだけなのかもしれない。しかし、それはあくまで一時的な措置にすぎず、環境に適応しようとする過程の一部のようにも思えた。


〈アスィミラ〉が人間の身体を媒介にして、記憶や意思を取り込む可能性は完全には否定できない。現段階では、それは単なる模倣にすぎなかった。けれど、もしも記憶を取り込み、行動を模写する能力を持ち始めれば、それはもはや異星の植物という枠組みでは語れない存在になる。


 とはいえ今は、酸素も栄養も供給されない肉体は、やがて腐敗し、崩壊する。〈アスィミラ〉がどれほど優れた適応能力を持っていても、死体という媒体の限界は超えられない。一時的な避難先にはなり得ても、恒久的な依り代にはなり得ない。倫理的な問題を抜きにしても、実用性に欠けていた。


「すぐに代わりの植木鉢を手に入れたほうがいいだろうな……」

 そう結論づけるしかなかった。


 救難信号が、今回も空振りに終わったことをハクたちに報告する。信号の発信源は、自我を失った感染者の端末だった。誰かが助けを求めたわけではなく、ただ機械的に発せられた残響にすぎなかった。その言葉にハクは短くうなずき、ジュジュは理解しているかのように肩をすくめる。


 地上では、複数のドローンが依然として天井構造の歪みを警告していた。格子状に放射されるレーザーが浮かび上がらせたひび割れ、微細な振動の振幅、崩落の予兆として舞い上がる粉塵――いずれも、この地下通路に残された時間の短さを示していた。もはや、この場に留まる理由はなかった。


 瓦礫の傾斜に足をかけたときだった。ハクが疑問を浮かべるように身体を斜めにし、タクティカルゴーグルのレンズ越しに問いかけるような視線を向けてきた。


『ミラ、いっしょいく?』


「アスィミラのことなら、もちろん一緒に連れていくよ。ここに置いていくわけにはいかないからな」


 その短い返事に、ハクは満足げに身体を震わせる。


『ん、よかった』

 ハクの言葉に呼応するように、女性の頭部から伸びていた〈アスィミラ〉の芽が淡い燐光を帯びていくのが見えた。青紫の光はゆっくりと脈打ち、その明滅が植物の意思を伝えているように見えた。それは、感情表現の一種なのだろう。


 浮遊島にいる〈アスィミラ〉の本体は、超感覚的知覚――いわゆるテレパシーの一種を駆使していたが、その能力を持たない芽は、光によって意思を伝えているように見えた。


 死んだはずの女性の身体が、ぎこちない動作で膝を折る。関節の可動域を補うように根が内部でうねり、筋肉を代替する張力が姿勢を支えていた。彼女はジュジュに向かって腕を伸ばし、その小さな身体を抱き寄せる。


 ジュジュは驚いて、最初こそ借りてきた猫のように身体を固くしていたが、女性の髪の合間から覗く〈アスィミラ〉の蔓を認めると、複眼に光を宿し、安堵を示すようにその腕を何度かベシベシと叩いてみせた。それは、無事の確認と再会の喜びを示す仕草だったのかもしれない。


 死体の冷たさや不自然な動きは、もはやジュジュにとって恐怖ではなかった。そこに宿る〝本質〟だけを受け取っているかのようだった。


 その奇妙な一団――蜘蛛型の異種族、死体を操る植物、小型昆虫種族を伴いながら瓦礫の山を登り、崩れかけた地下通路を後にした。


 地上に出ると、ドローンが収集していた情報を確認し、周囲の危険度を判断していく。崩落しつつある道路のあちこちに大きな空洞が口を開け、そこから吹き上がる微かな熱気と粉塵が、地盤が完全に限界を迎えていることを示していた。ここに誰かが踏み込めば、再び落盤が起こる可能性は高い。


「ハク、危ないから離れていてくれ」

 声をかけたあと、背中に回していたライフルを構える。


 弾薬を〈小型擲弾〉に切り替え、崩落を誘発するための射角を定める。必要なのは精密な射撃ではなく、構造の弱点を確実に突くことだった。それらの情報は拡張現実で表示されていて、標的として示された位置に擲弾を撃ち込むだけでよかった。


 数発の擲弾が小気味いい音を立ててポンっと放たれ、続く破壊衝撃で道路が連鎖的に崩れていった。亀裂が生じていた道路は大きく沈み込み、土砂と瓦礫が一気に流れ込んでいく。粉塵は濁った煙となって立ち昇り、高層建築群が作り出す影のなかにゆっくりと消えていった。


 これで脆くなっていた場所はすべて崩壊しただろう。この様子を見れば、スカベンジャーたちも危険を察して近づいてこないはずだ。


 救難信号の確認も終えていたので、輸送機に迎えを要請することにした。指定していた着陸地点(ピックアップ・ゾーン)に向かおうと歩き出した途端、周囲の瓦礫の山が崩れ始めた。そして、その隙間から複数の〈人擬き〉が這い出してくるのが見えた。


 先ほどの爆発と衝撃で覚醒した個体なのだろう。腐敗液を垂れ流す肉を引きずり、異様な角度に折れ曲がった手足を突き出し、眼球すら失われた頭部をこちらへ向けていた。放置すれば、周囲の治安にも影響する。ここで処分するしかなかった。


 ハクに視線を向けると、すでに意図を察してくれていたのか、その場で軽々と跳躍してみせた。音もなく廃墟の壁面を滑るように移動し、生きた屍に接近していく。白い体毛が陽光を受けて周囲に溶け込むように朧気になるなか、異様なほど滑らかな動きで移動する。


 私もライフルを構え、迫りくる〈人擬き〉に銃弾を撃ち込んでいく。欠損した四肢、溶けかけた皮膚、露出した骨。もはや人としての条件すら満たしていない肉塊だが、終わりのない飢えに対する本能だけが残されているようだった。胴を撃ち抜かれようが、肩口が吹き飛ぼうが、執拗に前進し続ける。


 その間、ジュジュを抱いた女性は動かなかった。青白い顔と焦点の合わない瞳で、ただ虚空を見つめているだけだった。


 異変に気づいたのは、ジュジュが口吻を鳴らしたからだった。放置されていた廃車の下から、一体の〈人擬き〉が這い出してくるのが見えた。下半身は失われ、切断面からは無数の手足が生えていた。異常な再生を遂げた変異個体だった。


 即座に銃口を向け、引き金に指をかけた、その瞬間だった。ハクが吐き出した糸が変異体を絡め取った。糸は鋼のように強靭で、変異体の手足を軋ませながら締め上げていく。もはや逃れる余地はなかった。


 ハクはそのまま、周囲にあらわれた〈人擬き〉の身体を容赦なく切断していく。腐敗し、脆くなっていた肉体は、彼女の爪に触れた瞬間に形を失い、崩れていく。血も叫び声もなく、ただ静かに無力化されていった。


 それらの変異体の頭部に弾丸を叩き込み、確実に沈黙させていく。砕けた頭骨が瓦礫の隙間に飛び散って、ようやく動きが止まった。


 背後にわずかな気配を感じて振り返ると、糸に拘束された〈人擬き〉に向かって、ジュジュを抱いた女性が腕を伸ばしているのが見えた。彼女の指先からは、青紫の細い〈アスィミラ〉の根が静かに伸びていた。それはまるで空間を探るように、ゆっくりと、しかし確実に死体に向かって伸びていた。


 その動きの明確な意図は読み取れなかった。もちろん、感染した死体に根を接続するという行為が具体的に何を引き起こすのかは誰にも分からなかった。けれど、最悪の結果を招くことは容易に想像できたし、それが許容されるはずもなかった。


 咄嗟に制止の声をかける。彼女は無表情のまま、こちらを見つめ返してきた。その瞳に感情の揺らぎはなく、ただ静かに、何かを測るような視線だった。やがて、ゆっくりと伸ばしていた腕を引いた。根は指先に戻されるように収束し、動きを止めた。

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