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不死の子供たち  作者: パウロ・ハタナカ
第十七部 空中庭園 前編

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823/906

823 アルファ


 アシストスーツを装着したあと、ふたたびコンテナヤードを目指して霧の中を歩いていた。脚部の人工筋肉が滑らかに動作し、〈コムラサキ〉の動きを完璧にサポートする。頭部に接続されたケーブルを通じて、各種センサーが周囲の状況をリアルタイムで伝えてくれていたので、深い霧の中でも目標を見失うことはない。


 遠隔操作で動かしていた〈コムラサキ〉を介して、アシストスーツを操作する。それはひどく奇妙な感覚だった。いっそのこと、重火器を満載した起動兵器だけを操作できれば良かったのだが、あいにく大型の機動兵器は保管室で見かけなかった。きっと別の場所に保管されているのだろう。


 辺りには不気味な静寂が漂っていたが、時折、霧の向こうから偵察ドローンが破壊される音が聞こえてきていた。


 それはまるで巨大な工作機械で金属が切断されているような、甲高い響きを伴っていた。その破壊音がコンテナターミナルに響き渡るたびに、嫌な緊張感を覚える。実際のところ、あの生物の爪の前では、軍用に改良されたガイノイドの〈皮下装甲〉など無きに等しい。


 捕食者の群れを統率するアルファを探し出すため、無数の偵察ドローンが囮になって縄張りに侵入していた。視線の先に浮かぶ拡張現実のスクリーンに映し出されていたのは、捕食者たちがドローンを追いかけ、容赦なく破壊されていく様子だった。霧の中から突然あらわれる黒い影や、発光する触手に捕らえられ粉々に砕かれる光景でもあった。


 コンテナヤードに近づくと、霧の中で明滅する捕食者たちの触手が見えた。その青い光がコンテナの表面に反射し、不規則に揺れ動く。霧の中で巨大な生物が動くたびに、光が乱反射して奇妙な幻影を浮かべる。その光景に思わず額に汗を滲ませた。するとガイノイドの長く艶のある黒髪が気になるようになり、髪留めでまとめてこなかった事を後悔する。


「やれやれ」

 溜息をついたあと、アシストスーツのセンサーが捕捉した反応を確認する。


 それは明らかにアルファの存在を示していた。その生体反応は他の捕食者たちの中心に位置する場所に表示されていて、群れを指揮していることを示唆しているようでもあった。地図で移動経路を確認したあと、慎重に足を進め、霧の向こうに見えた影に目を凝らす。


 そうして囮の偵察ドローンがつくり出してくれた死角を利用することで、徘徊していた捕食者に発見されずにアルファに接近することができた。けれど霧の中に潜む他の個体がいつ集まってきてもおかしくない状況だった。敵に包囲される前に、アルファとの決着をつけなければならない。


 フェイスシールドに映し出されるヘッドアップディスプレイ(HUD)で各種装備の状況を確認したあと、すべての兵装を起動していく。戦闘前の昂揚感(こうようかん)なのか、複合装甲板の表面に付着した水滴が流れていく感覚すら分かるような気がした。けれどそれは錯覚なのだろう。〈コムラサキ〉の感覚は鋭いが、そこまで大袈裟のものじゃない。


 息を吸う必要はなかったが、地面を踏みしめるたびに舞い上がる胞子のことなど気にせず深呼吸し、白い息を吐き出す。その息が霧に混ざり合うのを見ながら、気持ちを落ち着かせて冷静さを取り戻していく。


 アルファを狙える場所まで移動すると、機銃を搭載したアームを敵に向けると同時に、背中のミサイルコンテナを展開してロックオンしていく。HUDに表示されたロックオンマーカーが赤から青に変わる瞬間、機銃のトリガーを引きながら思考だけでミサイルを発射する。


 超小型の追尾ミサイルが一斉に発射され、霧の中を切り裂くように飛んでいく。そして耳をつんざく轟音とともに、アルファの周囲で次々と炸裂していく。巨大な捕食者は咆哮を上げ、その巨体が揺れるのが見えた。衝撃波は周囲の霧を吹き飛ばし、視界が一瞬だけ開けた。


 その瞬間を逃さず、機銃を連射しながらアルファに向かって突進する。弾丸がアルファの硬質な外骨格を砕き、黒い体液が飛び散る。アルファは赤く明滅させた触手を振り回しながら、こちらを攻撃しようとするが、アシストスーツで向上した〈コムラサキ〉の動きは触手を上回る速さだった。


 どうしても避けられない攻撃は、アームのシールドを展開して受け流し、白兵の距離で弾丸を撃ち込んでいく。連射された弾丸がアルファの頭部に命中し、触角のような器官がバラバラになって飛び散る。カグヤの推測が正しければ、それで群れを統率する能力が失われるはずだった。猛攻に混乱したアルファは、じりじりと後退し始めた。


「今なら!」

 アルファをロックオンすると、すぐに追尾ミサイルを発射する。無数のミサイルがアルファに向かって飛び、その巨体に着弾していく。直後爆発の連鎖が続き、アルファの身体がズタズタに引き裂かれ、ついに崩れ落ちる。


 霧の中に静寂が訪れた。すぐに偵察ドローンから受信していた情報を確認する。アルファが倒れたことで他の捕食者たちは一時的に混乱し、群れとしての動きを失っていた。どうやらカグヤは正しかったようだ。けれどアルファは複数確認されているので、この状況は長続きしないだろう。


 全弾を撃ち尽くしていたミサイルコンテナをスーツから切り離すと、予備のコンテナが自動的に換装(かんそう)されていく様子を確認しながら歩く。スーツが軽くなったからなのか、最初の数歩は酔っ払いのようにぎこちない歩き方になったが、すぐに〈コムラサキ〉の制御ソフトが対応してくれた。驚くほど優秀な身体だった。


 地図を開いて捕食者の群れを一時的に無力化したことを確認すると、施設に向かって移動を開始した。深い霧が立ち込めるなか、視界にはコンテナのぼんやりとしたシルエットが浮かび上がり、奇妙な植物や菌類が怯えるように明滅するのが見えた。


 道中、霧の向こうから激しい戦闘音が聞こえてきた。テンタシオンの操る機械人形が別の群れと戦っているのだろう。やはり捕食者の群れはいくつかのグループに分かれていて、それぞれのアルファによって統率されているのだろう。そうであるならば、先ほどの戦闘音を聞きつけた別の群れが近づいてきていてもおかしくない。


 拡張現実で表示された地図を確認しながら進んでいると、複数の生体反応が近づいてくるのが見えた。息を呑み、すぐに〈環境追従型迷彩〉を起動して近くのコンテナの陰に身を隠した。スーツの外装が周囲の景色と同化していくと、その姿はほとんど認識できなくなった。


 しばらくして霧の中からあらわれたのは、アルファを先頭にした捕食者の群れだった。アルファの巨大なシルエットが霧の中からのっそりと出てくると、その頭部で揺れる触角が周囲を探るように小刻みに動くのが見えた。意味のない呼吸を止め、静かに、身動きせずに状況を見守る。存在しない心臓の鼓動が聞こえてくるようだった。


 捕食者の群れは周囲を睨みつけながら、不気味な静けさの中を進んでいく。実際には目のような器官は存在しなかったが、群れの動きは軍隊の行進を思わせるほど統率が取れていて、アルファの存在感が際立つ。迷彩を起動できる残り時間を確認しながら、じっと息を潜める。ここでアルファに発見されれば、おそらく生き延びられないだろう。


 先ほどの戦闘では奇襲が成功したが、今回は難しい。捕食者たちが通り過ぎるのを待ってから慎重に動き出した。視線の先に警告が表示されると、迷彩の連続使用に耐えきれずに赤熱していた小型バッテリーを交換する。通知音のあと、別の警告が表示されたので確認する。どうやらテンタシオンの機体が破壊されたようだ。


 ペパーミントが言うには、すぐに別の機体で戦闘に復帰できるようだったが、それまで囮の数が少なくなるのでさらに警戒する必要があった。


 霧が濃くなり視界が悪化するなら、目的の施設に関する案内標識が投影されるのが見えた。遠くに施設のシルエットもぼんやりと見えていたが、地図を開くと、複数の生体反応が確認できた。捕食者がこちらの意図を理解しているとは思えなかったが、ひどく嫌な予感がした。

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