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不死の子供たち  作者: パウロ・ハタナカ
第二部 目覚め re【web版】

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043 建物屋上 re


 状況が落ち着くのを待ってから、我々は移動を再開した。上層区画から落下していた瓦礫(がれき)や、進路上に絶えず噴き出す蒸気を避けながらしばらく走ると、トタンで補強された小さな掘っ立て小屋が見えてきた。集落で暮らす人々が休憩所として用意した建物なのだろう。


 ヴィードルから降りると、人擬きや変異体の襲撃に注意しながら室内を確認したが、とくに目ぼしい物は何もなかった。監視所も兼ねていたのか、汚れた毛布と照明装置が数点、それと携帯糧食が入った木箱が保管されていた。


 ヴィードルで素早く移動できる我々と違い、車両を持たない人間にとってパイプラインは厳しい道のりだ。この小屋は、集落の住人にとってなくてはならない重要な施設なのだろう。早々とヴィードルに戻ると、集落に向けて出発した。


 小腹がすくと、後部座席後方の収納から〈国民栄養食〉を取り出す。ザクザクとした食感の栄養補助食品を水で喉の奥に流し込むと、ミスズにも国民栄養食と水が入ったペットボトルを渡した。


「ミスズ、操縦を変わるよ」

「はい」

 複座型コクピットの後部座席前面に設置されていたコンソールを操作して、ヴィードルの自動運転システムに変更を加えると、座席に収納されていた簡易的な操縦桿を引っ張り出す。


「レイラ」とミスズが言う。「さきほどのあれは、一体何(なん)だったのでしょうか?」

「休憩所のことか?」

「違います。レイラが破壊した柱のことです」

「ああ、あれか……(なん)だったんだろうな。あの〈遺物〉がキッカケになったのは確かだけど、カグヤにも分からないみたいだし」


「遺物……軍の検問所跡で手に入れたハンドガンのことですよね?」

「そうだ。ちなみに、あと二挺(ちょう)あるんだ」

「あれだけの破壊が行える兵器が、まだ二挺(ちょう)もあるんですか……」

「モデルが違うから、同じことができるのかは分からないけど、いずれミスズにも使ってもらおうと考えている」


「え?」と、彼女は驚く。

『もしかして使うのが怖い?』と、カグヤが揶揄(からか)うように言った。

「いえ、あの……はい。怖いかもしれません」

 ミスズの綺麗な黒髪かサラサラと揺れた。

『大丈夫だよ。使い方を(あやま)らなければ、あんなことにはならないと思う』


「操縦、変わります」と、ミスズが言う。

「もういいのか?」

 ミスズの後頭部をなんとはなしに眺めながら()く。

「はい、もう食べましたから」


 システムの変更を行いヴィードルの操縦をミスズと代ると、引き続き動体センサーを使って周囲の索敵を行う。人擬きに襲われた人間の死骸が残っている以上、この場所はもう安全ではなくなっている。いつでも人擬きに対処できるように警戒を続けた。


「えっと……たしか修復がなんとかって、レイラは言っていましたよね」

 しばらくしてミスズはそんなことを口にした。

「そうだ。俺の体内にある(なに)かが治癒と修復を必要としていたらしい」

「ナノマシンとかですかね」

「ナノマシンの修復だけに、あの柱を破壊するほどの素材が必要になるとは思えない」


 ミスズは破壊を逃れた旧文明期の巨大な柱に視線を向けた。

身体(からだ)に取り込んだ大量の〈鋼材〉は、何処(どこ)に消えたのでしょうか?」

「たしかに奇妙だ。明らかに質量保存の法則を無視していた」

「はい……」

『レイ、ミスズ。そろそろ目的の集落に着くから用意しておいてね』

 ユウナの通信のあと、私は視線を前方に向けた。


 高層建築物の連なる上層区画、その一角にある建物の屋上に集落が見えてきた。住人は建物屋上の空間を最大限に利用していて、廃材でつくられた無数の掘っ立て小屋は上下に並び、住居間を移動するための足場が複雑に入組んだ配管を利用して組まれていた。


 建物屋上に設置されていた建設用の巨大なクレーンには、落下防止の柵と足場が増設されていて、となりの建物屋上に向かって伸びていた。住人はとなりの建物も集落の一部として使用していて、(いく)つかの住居が建てられているのが見えた。


『レイ、人擬きだよ』

 カグヤの言葉にうなずくと、上空の〈カラス型偵察ドローン〉から受信していた映像を確認する。


 集落に住人の姿はなかった。生活の(いとな)みを示す人煙も立ち昇ってはいなかった。すでに人擬きによる襲撃が行われたあとなのか、住人の代わりに集落の大部分の場所には人擬きの姿が見えた。日の光に背を向けるように立つ人擬きや、殺した人々の肉を(むさぼ)る人擬きの姿も確認できた。


『……遅かったか』シンの声には怒りが含まれていた。

 私はカラスの映像をもう一度確認すると、シンに通信をつなげた。

「シン、となりの建物だ」

『なにか見つけたの?』

「となりの建物に人擬きの姿は確認できていない。襲撃を生き延びた人間がいるなら、あっちの建物に避難しているはずだ」


『そっか』と、ユウナの能天気な声がスピーカーから聞こえてきた。『人擬きはバカだから、クレーンに登るための梯子を使えないんだね』

「そうだ」ユウナの言葉に返事をする。「けどクレーンが厄介なのは俺たちも同じだ」

『どうして?』

「となりの建物に渡るためには、ヴィードルを降りなければいけない」


 赤茶色に腐食したクレーンに視線を向ける。あの状態ではヴィードルの重量に耐えられないだろう。

『つまり、人擬きと戦闘になるってことだね』と、ユウナは納得する。


 ユイナはユウナと違って、いつも通り冷静な声で言った。

『まずは集落の人擬きに対処しなければいけないみたいね』

「どうするつもりだ?」

『この場で人擬きを殺すことができる装備を所有しているのは、シンとレイラだけ。私たちはヴィードルを使って人擬きの動きを牽制(けんせい)する。その(すき)を突いて、二人はあの化け物を殺して』


「ハンドガンの特性について知っていたのか」

 私の質問にユイナは鼻を鳴らした。

『シンの装備も特別よ。貴方だけが特別ではないの』

「それもそうだ」と私は肩をすくめた。


「気をつけてくださいね」

 タクティカルゴーグルの奥で、ミスズの琥珀(こはく)色の瞳が揺れる。

 ホルスターからハンドガンを引き抜くと、ミスズに見せた。

「大丈夫だよ、俺にはこいつがある」

「分かっています。でも油断はしないでください」

 彼女の言葉に私はうなずく。


 双子が乗るヴィードルが攻撃を開始すると、銃声や破裂音を(きら)うように、人擬きが掘っ立て小屋から飛び出してくる。私はその人擬きの頭部を撃ち抜くと、続けて跳び掛かってきた化け物の首筋に(なた)の刃を叩きこむ。


 そしてそのまま頭部を失った人擬きに弾丸を撃ちこむと、急いで建物の陰に身を隠す。残弾を確認しようとして弾倉を抜こうとするが、その必要がないことを思い出す。ハンドガンの横に拡張現実で残弾数が表示されていて、通常弾には数百発の余裕があった。


 なんとはなしにシンの戦闘を眺めると、彼はスキンスーツの能力を使い、冷静に人擬きの相手をしていた。スーツが生き物のように波打つと、黒い刀が瞬時に形成される。


 シンは目の前の人擬きの身体(からだ)を刀で軽々切断すると、通路の向こうから四足歩行で迫って来る〈追跡型〉の人擬きを睨んだ。すると黒い刀身が吸い込まれるようにしてスキンスーツに取り込まれると、スーツから漏れ出した新たな液体がシンの手元に集まる。そしてライフルが手元に形成されると、シンは人擬きに対して射撃を開始した。


 遠距離も近距離もこなせる万能型のスキンスーツだ。シンはそれを〈第三種秘匿兵器〉と呼んでいた。私が所有するハンドガンと違って、スキンスーツそのものが兵器なのかもしれない。


 人擬きを射殺しながら、密集するように建てられた掘っ立て小屋の間を進んで、建物内に人がいるのか確認していった。室内にいて襲撃にあったさい、人は外に逃げるのではなく、隠れる傾向(けいこう)があるからだった。


 見つけることができた住人のほとんどは、すでに人擬きに()い殺されていた。人擬きは選り好みしない、男も女も、そして幼い子供も分け(へだ)てなく殺していた。唯一(ゆいつ)の救いは、身体(からだ)をズタズタに破壊されていた彼らが、人擬きになって我々を襲ってこないことだった。


『生き残りはいないのかな?」と、カグヤが言う。

「分からない」

 死骸をぼんやりと眺めながら答えた。


 かつてはヘリポートとして使われていた場所は、何処(どこ)からか運び込まれた土が敷かれ、畑として利用されていた。その畑の中央で屈み込んで死んだ男の内臓を(むさぼ)っていた人擬きを殺すと、小屋の間に組まれた足場を使って建物の上に出た。それから視線の先にある巨大なクレーンを眺めた。


 隣の建物に向かうには、まず梯子(はしご)を使ってクレーンの頂上付近まで行くしかなかった。そこからは足場が用意されていて、落下防止の柵もあるので危険を(おか)さずにとなり建物に渡れそうだった。


 問題があるとすれば、クレーンの周囲に多数の人擬きがいて、その中には〈巨人型〉と呼ばれる大型の人擬きの姿も確認できることだった。巨人型人擬きは厄介な存在だ。以前、ヴィードルの組立工場で戦闘になったことがあったが、ライフルの銃弾はほとんど通用しなかった。


『旧文明期の柱を破壊した〈重力子弾〉なら、大型個体も簡単に倒せそうだね』

 カグヤの言葉に私はうなずく。

「周囲に及ぼす被害を考えたら使えないな」

『そうだね、集落を跡形もなく吹き飛ばしちゃいそう。けど、通常弾でも旧文明期の構造物を貫通する威力が出せる。ライフル弾を使えば、大型個体も殺せるんじゃないか?』

「ためしてみるか」


『弾薬を選択してください』

 内耳に(ひび)く事務的な女性の声を聞き流して、ライフル弾を選択し、ハンドガンを構える。ホログラムで投影された照準器が表示されて、銃身の形状がわずかに変化する。


「ダメだよ。全部、壊れちゃう」と、いつの間にかとなりに立っていたユウナが言う。私はユウナの接近に気がつけなかったことに冷や汗をかいた。

『この人、怖い』

 カグヤに同意しながらユウナに言った。


「これから使う弾丸は、柱を破壊したモノと違うから大丈夫だ。狙いはあのデカい人擬きだけだ」

「そっか。なら、やっちゃって」と、ユウナはやわらかい笑顔を浮かべる。

 日本人形にも似た何処(どこ)か冷たい印象があるユウナが見せた優しい表情に、私は思わずドキリとする。


 巨人型人擬きに照準を合わせて引き金を引いた。

 銃声はほとんどしなかった。胸部にライフル弾を受けた人擬きの動きは、心なしか鈍くなったが、それだけだった。

「殺せなかったね」と、ユウナは落胆する。

「撃ち続ければ死ぬさ」と、私は強がってみせた。


 我々の存在に気がついて猛進してくる人擬きに臆することなく、私は射撃を続けた。三発目で足首を吹き飛ばし、四発目で頭部に大きな穴が開いた。

 とうとう大型個体は死に、大きな音を立ててその場に倒れた。動かなくなった人擬きの身体(からだ)を乗り越えて、多数の人擬きが向かってきた。ユウナはライフルを構えて射撃の姿勢を取り、私も乱戦に備えた。


 と、後方から重機関銃の特徴的な射撃音が聞こえると、銃弾は人擬きの群れを()ぎ払う。

『大丈夫ですか、レイラ?』

 ミスズが搭乗するヴィードルは、血液や膿、それに内臓が散らばる人擬きの残骸に近づくと、動きを見せる人擬きの身体(からだ)をヴィードルの脚で潰していく。


『もう全部ミスズひとりで相手できるんじゃないかな……』

 カグヤの言葉に私は苦笑する。

「助かったよ、ミスズ」

『あと少しです、頑張りましょう』


 ミスズがヴィードルを走らせようとすると、ユウナがヴィードルの前に出た。

「ミスズ、乗せて」と彼女は微笑む。

『レイラ?』とミスズは言う。

「構わないよ」

 防弾キャノピーが開くと、ユウナはヴィードルに飛び乗った。ヴィードルが走り去ると、私は大型クレーンに向かった。


「なぁ、カグヤ」

『うん?』

「やっぱり人数がいると楽だな」

『そうだね。これだけの戦力があれば、大抵の場所で危険を(おか)さなくても、安心して探索することができる』

「俺たちも組合の傭兵を雇って探索するか?」

『でもそれだと、手の内を見せることになっちゃうよ』

「それは困るな」


 梯子(はしご)に手をかけると、クレーンの頂上に向かう。

『人擬きの()(じょ)を手伝わなくてもいいの?』

「戦闘はミスズたちに任せても大丈夫だろ。武装したヴィードルもあるし、人擬きを殺せるシンもいる」

 私はそう言うと、吹き付ける冷たい風に顔をしかめる。

「それにしてもこの通路、本当に不便だよな。やっぱり避難用に作ったのかもしれないな」


『集落の指導者は優秀な人だったんだろうね』

「どうして?」

『人擬きに襲撃されることのない環境で暮らしているのに、それでも常に用心して、住人に最後の逃げ場まで用意した』

「でも、結局ダメだった」

『仕方がないよ、何事にも絶対はないんだから。それに、わざわざ崩れた階段を修理までして、人擬きを送り込んでくる人間がいるなんて、普通は想像できないよ』


「……そうだな」

『どんな奴がやったと思う?』

「わからない」

『シンと敵対しているのは、〈不死の導き手〉だよね』

「教団は間違いなくシンのことを恨んでいる」


 クレーンの頂上に着くと周囲を眺める。

 晴れていれば景色が()かったのかもしれないが、今日は(くも)っていて遠くの景色がぼやけて見えた。集落では戦闘が続いていて、時折(ときおり)激しい銃声や破裂音が聞こえた。

 私はクレーンの柱の中に組まれた足場を通って、となりの建物屋上に向かう。屋上から建物内部に続く扉は開かないように厚い鉄板で閉鎖されていた。


 人気(ひとけ)のない屋上を探索した。建物の屋根でカラスが翼を休めているのを見ていると、突然声がした。

「誰?」

 ライフルを構えた女性と目が合う。

「落ち着け、敵じゃない」

 攻撃の意思がない事を示すために、両手を見せるように腕を上げた。

「シンの依頼であんたを探しに来た」


 姉妹たちと同じ顔をした女性が驚いた。

「シン? ここにシンが来てるの?」

「ああ。生き残りはあんただけか?」

「違う。他の人たちも一緒にいる」

 彼女の言葉にうなずくと、シンと通信をつなげた。

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