181 宝石店 re
廃墟の街に銃声が響き渡ると、ほぼ無意識に高層建築群に目を向けた。どうやら何処か、ずっと遠いところで何者かが争っているようだった。銃声は断続的に聞こえていたが、やがてピタリと聞こえなくなった。
『レイ』と、カグヤの声が内耳に聞こえた。
『探していた輸送機を見つけたよ』
カグヤの操作する偵察ドローンが飛んできて、建物屋上の縁に座っていた私の周りをぐるりと飛行する。
建物屋上には枝を伸ばした樹木が生い茂り、その根が建物全体に覆いかぶさるように伸びていた。私は立ちあがると、絡みつくように伸びた太い根に躓かないように注意しながら歩いて建物の反対側に向かう。
「やっぱりこの辺りで間違いなかったんだな」
『うん。輸送機が埋まっていた建物の周囲に、すごい勢いで草が生えちゃってたんだ。それで見逃したんだよ』
「以前に来たとき、輸送機の場所を記録しておいたと思ったんだけどな」
『あの日は色々あったからね。覚醒剤の中毒者にも絡まれたし』
「そういえば、そんなこともあったな」
『それにしても、あちこち草だらけで街の様子も様変わりしたね』
「夏だからな」と、空を仰ぎ見た。
「今日も暑い一日になりそうだ」
『うん。それに雲の動きも速い』
「雨が降ると思うか?」
『台風が接近してるからね』
「なら急いだほうがいいな」
視線を動かして一緒に来ていた白蜘蛛の姿を探す。
『レイ』と、幼くて可愛らしい声が聞こえる。
『ハク、ここ』
声の主を探して振り向くと、異様な高さがある樹木の枝から、糸にぶら下がるようにして逆さになっている白蜘蛛の姿が見えた。
「そこにいたのか……。まったく気がついていなかったよ」
私がそう言うと、ハクは音もなく着地して近くに来る。
『ハク、かくれる、じょうず?』
「ああ、ハクは隠れるのがとても上手だ」
白蜘蛛は腹部をカサカサと振ると、長い脚で私を抱き寄せる。それからハクは何も言わず建物を飛び降りた。私は浮遊感に顔をしかめながら、ハクの体毛にしっかりと掴まる。
ハクは音を立てることなく道路に着地すると、ツル植物が絡みつく瓦礫の間を悠々と歩いていく。その間、幼い子どもに抱きかかえられた人形のように私は足を揺らしていた。
「ハク、これからどこに行くのか教えてくれるか」
『ひこうき、さがす』
「輸送機なら、もうカグヤが見つけてくれたよ」
『みつけた?』
ハクは立ち止まると、触肢で地面をベシベシと叩いた。
『はやく、いって』
「すまない。ハクが急に動くから、話すタイミングを逃したんだ」
『ハクのせい、ちがう』と、白蜘蛛はまた地面を叩いた。
私はハクをなだめると、輸送機がある場所を教えた。
『どうしたの、レイ?』
カグヤの言葉に肩をすくめる。
「ハクの機嫌が悪いみたいなんだ」
『ハクが怒るなんて珍しいね』
「可愛らしい声だから、迫力はないんだけどな」とハクの体毛を撫でた。
「魚人たちと戦っていたときは、もっと怖かったけど」
『魚人と、あとはジョージにも怒ってたね』
「凄腕の傭兵なのに、どこか抜けているところがある〈ジョージ〉のことか?」
『うん。そのジョージ』
「そう言えば、あのときもハクの様子がおかしかったな。ハクもヤトの一族と同じで、人嫌いだからあまり気にしなかったけど、たしかに機嫌が悪かったな」
『やっぱりハクも、ジョージから感じる人とは違う異質な気配に気がついていたのかもね』
「違い?」と、眉を寄せる。
「どういうことだ?」
『ジョージはなんて言うか……普通の人とは違っていたんだ。具体的に何がって訊かれても上手く説明できないけど』
「もしかしてジョージは〈人造人間〉なのか?」
『ううん。〈守護者〉じゃなくて、どちらかと言えば姉妹たちに雰囲気が似ている」
「姉妹たち……」
〈姉妹たちのゆりかご〉で見た同じ顔を持つ女性たちのことを思い出す。
「〈ショゴス〉とかいう不思議な生命体を核にして、機械から産まれてきた〈ユイナ〉と〈ユウナ〉のことか?」
『うん。でもだからといって、ジョージがあの生命体を核にして産まれてきたって断言することはできない』
「それなら、ジョージは何者なんだ?」
『分からない』と、カグヤはきっぱりと言う。
「なんだそれ」と私は頭を振る。
「確信をもって話しているから、てっきりカグヤは何かを知っているんだと思っていたよ」
『正体は分からないけど、とにかくジョージのことは私も信用できない』
「イーサンなら何かを知っているのかもしれないな……」
輸送機に向けて順調に進んでいたハクが急に止まる。
『レイ』と、機嫌のいいふわふわとした声でハクが言う。
『あれ、なに?』
ハクが長い脚で指した先に視線を向ける。
無雑作に積み重なる瓦礫に半壊した漁船がのっていて、その奥にガラスのないショーウィンドーが微かに見えていて、その奥に日の光を反射する何かが見えていた。
「あれは、お店だな」
『みせ、しってる』と、ハクはまた地面を叩いた。
ころころと気分を変えるハクに戸惑いながら店に向かう。
『なんの店だろう……?』
カグヤの操作するドローンが瓦礫にできた僅かな隙間から店の中に入っていく。私は店の前で立ち止まると、錆の浮いたトレーラーと瓦礫に被さるように放置されていた漁船をぼんやりと眺める。
我々は海岸からだいぶ離れた場所にいたので、その漁船がどうやってここまで運ばれてきたのか想像できなかった。文明崩壊の混乱期に投下された爆弾の衝撃で、ここまで吹き飛んできたのかもしれないし、この間の津波で流されてきたのかもしれないが、ハッキリとした理由は分からなかった。
『レイ、分かったよ』とドローンが姿を見せた。
『ここは宝石店だよ』
「宝石店か……」と私は腕を組んで思案する。
「なぁ、カグヤ。店内に商品は残っていたか?」
『うん。商品はたくさん残ってたよ』
「めずらしいな……もしかして人擬きの巣になっているのか?」
『ううん。残ってる商品は全部、耐久性のある強化ガラスの中に陳列されてるんだ』
「スカベンジャーたちが盗めなかっただけか……。天候が悪くなるまで時間はあるか?」
『少しなら大丈夫だと思うけど、ジュエリーを回収するの?』
「ああ」
『でも宝石ってあまり高値がつかないでしょ』
「たしかに〈ジャンクタウン〉で売っても需要がないから、たいした金にはならない」
『ならどうして?』
「贈り物にするんだ」
『贈り物? ミスズたちに?』
「違う」私は頭を振って、それから漁船の上で飛跳ねているハクを見た。
「姫さまの機嫌を取るためだ」
『ああ』とカグヤが納得する。
『ハクは光り物が好きだからね』
ハクと一緒にトラックのトレーラーを退かして、瓦礫の上に一旦登って、それからゴミやガラクタでつくられた傾斜を下るようにして宝石店の中に入っていった。薄暗く、砂埃が舞う店内は略奪にでもあったのか、強化ガラスで守られた陳列台以外のすべての場所がほとんど破壊されていた。
壁には無数の落書きがあり、商品が保管されていた棚や収納は破壊されていて何も残っていなかった。店の奥には従業員用の通路があったが、腐臭漂う汚泥とゴミに埋もれていて先に進めないようになっていた。
「ここでは昆虫の姿も見かけないな」
強化ガラスに堆積した砂埃を手で払うと、金のネックレスや大きな宝石のついたイヤリングが目に付いた。適当な大きさの瓦礫を見つけて拾ってくると、強化ガラスに叩きつけた。しかし表面に小さな傷がつくだけで、ガラスが割れるようなことはなかった。
「やっぱりダメか」
ハンドガンを抜くとガラスに向けて発砲する。もちろんガラスは簡単に割れる。旧文明の建築物すら貫通するのだから、ガラスが割れて当然だった。弾痕を中心にして広がるひび割れを叩いてガラスを落とすと、陳列台に並ぶ宝石を根こそぎ奪っていく。
ペパーミントから〈空間拡張〉の機能が備わる〈ショルダーバッグ〉を借りていたので、荷物が嵩張ることはない。回収を終えると、一番大きな宝石を持って店の外に出た。宝石の価値は分からないけど、どの宝石が綺麗なのかは私でも分かる。
大きなルビーとアメジストをハクに見せる。するとハクが興奮する強い感情が私の中に流れ込んでくる。感情の流れが速すぎてハクの気持ちを正確に理解することはできなかったが、少なくとも喜んでいることは分かった。ハクはそっと私を抱きしめると、触肢の間に挟んだ宝石をじっと見つめる。
『とても、いいもの』
「ハクにプレゼントだ」
『……ぷれぜんと』
「ああ。それはハクのモノだから、ハクの寝床に飾ってもいいんだよ」
『ハク、ここがいい』
そう言ってハクは赤いリボンが巻かれていた脚を伸ばした。
「なら、ハクの糸を少しもらえるか。できるだけ強度がある糸を」
私が手を差し出すと、牙の間から細い糸がゆっくり伸びるのが見えた。
宝石の先についたプラチナのチェーンに糸を通して補強したあと、それを丁寧にリボンに結んでいった。
『んっ。かたじけない』
ハクはどこかで覚えてきた言葉を口にする。
それから機嫌がよくなったハクと一緒に輸送機の残骸に向かう。ハクは宝石を失くしてしまうことが怖かったのか、ことあるごとに立ち止まり、宝石が無事か確かめていた。
『拠点に戻ったら、ハクが宝石を落として失くさないように、ちゃんとしたモノを作ってあげたほうがいいね』
「そうだな。ペパーミントに頼んでみるか」
『またペパーミントの仕事を増やしちゃうね』
「今回は仕方ないさ」
『ハクが気に入ってくれてよかったね』
「そうだな――」
そこまで言うとすぐに口を閉じて、ガスマスクを通して見ている視界の映像を拡大する。
『どうしたの、レイ?』
「〈守護者〉だ」
通りの向こうに二体の〈人造人間〉がいるのを確認した。彼らの姿は皮膚を持たない骸骨そのもので、身体を構成する旧文明期の鋼材は日の光を反射しない鈍い銀色だった。〈カイン〉や〈アメ〉と異なり、レーザーライフルを所持しているだけで、他の装備を身に着けている様子はなかった。
『あれは第二世代の〈人造人間〉だね』
カグヤはそう言うと、〈人造人間〉の輪郭を青色の線で縁取り、タグを貼り付ける。彼らとは敵対していないが、保険は必要だった。もしも〈守護者〉と戦闘になっても、彼らの位置を見失うことがないようにする必要があった。
「様子はどうだ?」と、警戒しながら訊ねる。
『大丈夫、暴走しているようには見えない』
「俺たちと敵対する気はないんだな?」
『私たちがいることに気がついているみたいだったけど、今のところ、彼らが何かアクションを起こす様子はない』
「そうか……」
残念ながら悪意や敵意を感じ取れる瞳の能力をつかっても、その〈人造人間〉からは何も感じ取ることができなかった。あるいは第二世代と呼ばれる〈人造人間〉には、感情のようなモノはなく、機械のようにプログラムに沿って動いているのかもしれない。だから感情が読めないのかもしれない。
輸送機の残骸が放置された場所は、繁茂した草に覆われていて、輸送機につながる横穴を探すのに苦労することになった。以前、この場所には略奪者たちのテントが張られていたけれど、それらは何処にもなかった。
生い茂る雑草に潜む昆虫に苦労したが、なんとか輸送機内に入ることができた。カグヤに閉鎖されていた搭乗員用のハッチを開いてもらうと、機内に残されていた〈ガトリングレーザー〉や大量の〈レーザーライフル〉、そしてその動力源である〈超小型核融合電池〉を回収していった。ショルダーバッグの容量には余裕があったので、すべて問題なく回収することができそうだった。
『見て、レイ』
ドローンを使って機内のコンテナボックスをスキャンしていたカグヤが言う。
『〈重力場生成グレネード〉だよ』
ドローンを横に退かすと、機内で拾っていたバールのようなもので箱を開ける。そこには丁寧に並べられた細長い筒状のグレネードが大量に入っていた。その内のひとつを手にとって状態を確かめる。
『状態はよさそうだね』と、カグヤの声が弾む。
特殊なグレネードもすべて回収することにした。
『ねぇ、レイ』
急に雰囲気が変わったカグヤに困惑する。
「どうしたんだ?」
『さっきのジョージの話だけど、おかしなことは他にもあるんだ』
「どんなことが?」
最後のグレネードを手に取るとバッグに入れる。
『半魚人の集落を攻撃していた〈守護者〉たちのことを覚えてる?』
「もちろん」
『あの〈人造人間〉はただ単に暴走していたんじゃないと思う』
「つまり?」
『海岸に勝手に集落を作っていた危険な半魚人を、排除しようとしていただけなんじゃないのかな』
「その可能性はある……けど、俺たちも攻撃を受けた」
『私たちが半魚人の味方をしているように見えたんじゃないのかな、ほら、あのときはレイダーギャングもいて、現場は混乱してたでしょ』
機内を見て回り、ほかに回収できるモノがないか確認してからカグヤに訊いた。
「人造人間は暴走していなかったのかもしれない、それで?」
『それでね、ジョージは躊躇わずに引き金を引いて〈守護者〉を殺していた』
「よくわからないな」と瓦礫の間を通りながら言う。
「カグヤは何が言いたいんだ?」
『もしかしたら、ジョージは〈守護者〉と頻繁に戦っているかもしれないってこと』
「たしかに〈守護者〉を倒しても、それが当然のことのように平然としていたな」
『〈人造人間〉が暴走する問題はひとまず横に置いておいて、廃墟の街で暮らす人間は、基本的に〈守護者〉は善の存在だって信じているでしょ?』
「〈守護者〉を崇める宗教団体が存在するくらいだからな」
『つまり私が言いたいのは、ジョージが必ずしも正しい行いをしている傭兵じゃないってことだよ』
瓦礫の間を抜けると空は厚い雲に覆われていて、今にも雨が降り出しそうになっていた。







