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不死の子供たち  作者: パウロ・ハタナカ
第五部 異海 re

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166 水中都市 re


 ハクは暗くて冷たい水の中を器用に泳いで、偵察ドローンのあとを追った。落石の所為(せい)で水底の堆積物(たいせきぶつ)が巻き上げられて、水の中は薄い黄土色に(にご)っていて、二メートル先が見えるかどうかの透明度だった。


 カグヤが操作する偵察ドローンは進行方向にライトをあて、後方には本紫色(ほんむらさきいろ)に光るストロボライトが点滅を繰り返している。ハクはその光を追うように水中を進んでいく。すると少し先に(いびつ)な横穴があるのが見えてきた。


 その横穴のすぐ側には、ぽっかりと大口を開いた竪穴(たてあな)が続いていて、カグヤが操作するドローンは、その竪穴のすぐ側で動きを止めた。それからドローンは竪穴に向かってスキャンを行うためのレーザーを照射する。そして水の流れが速い場所を見つけ出した。


『この竪穴に飛び込んだら、水流に引き()られて自由に動けなくなると思う』と、カグヤの声が内耳に聞こえた。

「それでも行くしかない」と、寒さに震える唇で返事をした。

『水流に押し流されて引き返すことはできなくなるから、絶対にハクから離れないでね』


「ああ、大丈夫だ」

 私はそう言うと、暗い竪穴に視線を向ける。ここまで来ておいて怖気(おじけ)づいたわけではなかったが、危険だと分かっている場所に飛び込むには勇気とそれなりの覚悟が必要だった。


 けれど時間は待ってくれない。地底湖の水は冷たく徐々に体力を奪っていく。そして問題はそれだけじゃない。魚人たちの存在も忘れてはいけない。連中が巨大生物を引き連れて戻ってくるのに、それほど時間の猶予(ゆうよ)はないのだろう。


「行こう、ハク」と、白蜘蛛に気持ちを伝えるように言葉を口にする。

『ん』

 ハクは平泳ぎするように、複数の脚を使ってゆっくり竪穴に近づいていく。

 すると偵察ドローンが竪穴の奥を照らしながらハクに接近する。


『気をつけて、レイ。この先は水の流れがとても速くて、吸気口みたいになってる』

「カグヤのドローンは、そんな場所で止まっていて平気なのか?」と、疑問を口にした。

『ドローンは重力場を利用して動いていて、厳密に言えば水に干渉してないからね』

「不思議だな……」

『それより注意してね。この先は曲がりくねっていて、沢山の鍾乳石(しょうにゅうせき)がツララ状になって()れ下がってるから』


 ハクは脚を広げて縦穴の(ふち)(つか)まるようにして動きを止めると、竪穴の奥を覗き込んだ。穴の先は暗く、ここからでは水の流れがどれほど早いのかは分からなかった。流れの速さを確かめようとして、(わず)かに身を乗り出したときだった。背中を押されるように感じたかと思うと、一気に水流に巻き込まれ、竪穴の中に引き()り込まれそうになった


 ハクの体毛を(つか)んでいた手に力を入れようとするが、踏ん張りが()かず、そのまま吸い込まれるように竪穴に落ちていきそうになる。しかし互いの身体(からだ)をつないでいたハクの糸のおかげで難を逃れる。


 激しい水流に()まれていると、ハクが糸を手繰(たぐ)()せた。なんとか水流から抜け出すと私はすぐにハクの背に掴まる。

「ありがとう、ハク。油断した」安堵(あんど)して息を吐き出す。


『レイ、あぶない』と、いつになく真剣な声が頭に響いた。

 どうやらハクに怒られたようだ。


 ハクはしばらく竪穴の奥を見つめていたが、やがて意を決して穴の中に飛び込んだ。凄まじい水流が(うず)を巻いていて、私とハクは水の流れに身を()まれながら暗闇の中を進んでいくことになった。ハクは身体(からだ)のあちこちを洞窟の壁面に何度もぶつけていたが、途中からは何かコツのようなモノをつかんだのか、長い脚で岩壁を蹴りながら進んでいった。


 けれど道幅が狭まっていくと、それもできなくなっていく。(すさ)まじい速度で鍾乳石(しょうにゅうせき)に衝突し、その勢いのままに岩壁にぶつかる。我々はその度に独楽(こま)のようにくるくると回転し、地底湖の奥底に流されていった。必死にハクの背に掴まる以外に、私にできることはほとんどなかった。


『レイ、そっちじゃない!』

 カグヤの声が聞こえた瞬間、私は咄嗟(とっさ)に腕を伸ばして、先の尖った石筍(せきじゅん)(なん)とか(つか)むことができた。タクティカルグローブが裂けて手のひらから血が噴き出す。しかし全力で水の圧力に抵抗する。


 このまま流されたら何処(どこ)に行きつくか分からない。水中でカグヤが操作するドローンと離れることは死を意味するのだ。


 地底湖の水は不純物が混じっていて、とても衛生的だとは言えなかった。手のひらをはじめ、身体中(からだじゅう)にできた傷口からの細菌感染を恐れたが、この状況ではどうしようもなかった。〈オートドクター〉によって一時的に強化されたナノマシンの治癒力を信じるしか(ほか)ない。


 奔流(ほんりゅう)に逆らい、腕や手の痛みを我慢してハクが体勢を整えるのを必死で待った。ハクの体毛を掴んでいる指が限界に近づいたころ、ふと手にかかる力が軽くなる。


『もう、だいじょうぶ』

 ハクは近くの石筍(せきじゅん)に脚を絡めると、ドローンの明滅するストロボライトを追って横穴に入っていった。その横穴には別の水流があって、我々はまたしても水圧に()みくちゃにされながら、狭いチューブ状の穴を進むことになった。しかしそこは二次生成物のほとんどない暗い穴が延々と続いているだけの場所だった。


 不意に身体(からだ)にかかる水流が軽くなったかと思うと、我々は恐ろしく広大な空間に放り出されていた。水の(にご)りがなくなったことで、一瞬、外海に出られたと勘違いして視線を素早く周囲に走らせて水面を探したが、何処(どこ)にもそれらしいものはなかった。代わりに目に飛び込んできたのは、縦横に入り乱れるように建造された複雑な古代都市だった。


 まるで古代ギリシアの都市を思わせる石造りの壮麗(そうれい)な神殿が並び、その上層には異形の生物たちの石像が建ち並んでいる。そしてそれに(おお)いかぶさるように、旧文明期の建築物が建てられていた。


 はじめのうち私はそれが海中に没した都市遺跡だと考えていた。しかしずっと遠くに見えている都市からは、ぼんやりとした光が――篝火(かがりび)のようなやわらかな光が()れていて、何者かの存在感と多数の生物の意思を感じることができた。


「カグヤ、あれはなんだ?」と、驚愕しながら口を開いた。

『水中都市……かな?』

「いや、たしかにそうだけど……」

『見て、レイ』

 すると先行していたドローンから映像を受信する。


「あれは……洞窟で見た奇妙な石柱か?」

『うん。それも数え切れないほどある』


 水中都市の周辺にはオベリスクのようにも見える石柱が並び、それらは脈動するように青白く輝いていた。石柱の側には魚人や巨大生物の影と、得体の知れない生物の存在が確認できた。しかしその魚人の集団とはずいぶん離れた場所にいるため、我々の存在に気がつくことはなかった。


「カグヤ、あそこが魚人たちの住処(すみか)なのか?」

『わからない。けどこれ以上近づくのは止めておいたほうがいい』


 カグヤはそう言うと、ドローンを操作して都市の反対に向かって進んでいった。ハクがドローンのあとを追って泳ぎ始めたときだった。都市の方角から(ささや)き声が聞こえてきた。ひそひそとした声が何処(どこ)から聞こえてくるのか視線だけを動かして探すと、淡い輝きを発している石柱の側に何かの影を見る。


 ガスマスクの視界を拡大すると、髪の長い美しい女性たちの姿を見た。

 彼女たちは身を寄せるように何かを(ささや)き合っていて、彼女たちが動くたびに長い髪は(おうぎ)のように水中に広がり、石柱の淡い光を帯びて輝いた。すると私の視線に気がついた女性が、こちらに向かって手を振るのが見えた。


 そのさい、彼女たちの下半身に(うろこ)のようなモノがあり、それが光を反射して美しく輝くのが見えた。


「人魚……?」と、思わず言葉を口にする。

『人魚? 何処(どこ)にいるの!?』とカグヤが疑問を口にした。

「ほら」と、オベリスクのような綺麗な断面を持った石柱を指差した。

「あの石柱のすぐ側だ。俺たちに手を振っている」


『人魚なんていないよ』と、カグヤはキッパリと言う。

「なら、あの女性たちはセイレーン――」

『違うよ。そもそもセイレーンは魚じゃなくて鳥でしょ』カグヤはそう言って、ドローンを進める。『それに、私にはあれが人魚なんて可愛らしいモノには、とても見えない』


 彼女たちは何処(どこ)からどう見ても人魚だった。何も身に着けていない上半身には、人間の女性と同様に乳房があり、下半身は大きな魚そのもので、その長い尾には熱帯魚が持つ色鮮やかで美しい尾鰭(おひれ)すらついていた。それは水の流れで綺麗に広がり、色とりどりの複雑な模様を見せる。


「どういうことだ?」と、私は疑問を口にした。

『どういうことも何も』と、カグヤは素っ気無く言う。

『私が見ている光景をレイに送信するから、よく見て』


 ドローンから受信した画像が表示されると、私はひどく困惑してしまう。

「あれは何なんだ?」

 静止画像には、たしかに人魚たちがいる場所が映っていた。レリーフが刻まれた石柱の角度も、水底に横たわる巨大な構造物も同じだった。問題は彼女たちの姿だった。


 それは全長が二メートルほどあるナマコにも、クラゲにも見える細長い半透明の胴体を持つ奇妙な生物だった。透けて見える身体(からだ)の中には、縦に細長い発光器官がついていて、何枚かの静止画像を確認すると、発光器官から青や赤色の光が上から下に流れるようにして絶えず移動しているのが確認できた。


 その生物に腕や足などの器官はなく、ヒレすらなかった。代わりに八本の長く太い触覚が植物の根のように身体(からだ)のあちこちから伸びていて、絡まり合うようにウネウネと動いていた。


「俺はあの光を見て、それで幻覚か何かを見せられていたのか? だから動画じゃなくて静止画を見せたのか?」

『そうだよ。そもそもこんな奇妙な場所に人魚なんているはずない』

「獲物を魅了するために、人間の欲望を形にして見せたのか?」

『欲望というよりは、レイが望んだものかな?』


「俺が望んだもの?」

『うん。レイは都市を見たときにきっと思い浮かべたんだよ。もしかしたらこの都市には人魚がいるかもしれない、とか何とか』

「まさか俺の心を読んだのか?」


『ううん。そうじゃなくて、なにかしらの方法を(もち)いて、対象が見たいモノを見せることで、深みに誘い込もうとしていたんじゃないのかな』

「誘い込むって、やっぱり俺を捕食するためか?」

『そうだと思う』


 振り返ると、奇妙な生物がいた場所の堆積物(たいせきぶつ)が巻き上がるのが見えた。それは石柱を覆っていき、生物の姿も隠してしまっていた。


「どうしてそれが分かるんだ?」

『わからないよ。ただ想像しただけ。だってこの洞窟に入って、暗闇で私たちが見てきた光は決まって危険なモノだった。だからなんとなくそう考えたの』

「そうか……」


『あながち間違いでもないと思うよ。それより気持ちを切り替えて。私たちは今、とても危険な場所にいるんだから』

「そうだな……それにこの場所はひどく寒い」


 ガスマスクから吐き出された無数の気泡を見つめていると、気泡はゆっくりと流れて、視線の先にある横穴に吸い込まれていった。

『こっちに水流が続いている』とカグヤが言う。

『先を確認してくるから、レイとハクはここで少し待ってて』


「わかった」

 返事をすると、ハクにカグヤの言葉を伝えた。

 ハクは横穴に続く岩壁に張り付くと、じっとカグヤのドローンを待った。


「苦しくないか、ハク」

『くるしい、ない』

 ハクはそう言うと、岩壁をトントンと叩いた。すると渦巻(うずま)くような水流の音と共に、壁を叩く鈍い音が聞こえた。


「ハクは酸素を必要としないのか?」と、率直に(たず)ねた。

『くうき、いる』ハクは抗議するように壁を叩いた。

「その空気は何処からか取り込んでいるのか?」

『おなか』


「ハクはすごいんだな」

 よく理解できなかったが、とりあえずハクを()めることにした。

『んっ。はく、すごい』ハクは喜んで腹部を揺らした。

 そのさい、私はハクの背中から振り落とされそうになる。体勢を整えようと、顔を上げた瞬間だった。何かがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。


 身体(からだ)をかたむけて飛来物を避けると、振り返って飛んできたモノの正体を確認した。壁に突き刺さっていたのは、魚人たちが甲殻類の甲皮(こうひ)を加工して作った槍だった。


「ハク、敵だ!」

 私が言葉を言い終える前にハクは壁を蹴って飛んできた槍を避けた。槍は次々と飛んできたが、ハクは長い脚を使って器用に水中を泳ぎながら回避した。


 さっと視線を動かして魚人たちの姿を探した。すると魚人たちが海底の砂の中から飛び出して、我々の足元から迫ってくるのが見えた。

「見つけた!」

 そう言ってハンドガンに手を伸ばしたが、すぐに残弾がないことを思い出した。


『レイ!』とカグヤが言う。

『この先に出口がある。急いで穴に飛び込んで!』


 飛んできた槍を(かわ)しながら、適当に腕を伸ばすと、偶然に飛んできた槍を(つか)むことができた。そのことに自分でも驚いたが、すぐに槍を投げ返した。槍は水圧に抵抗しながら飛んでいくと、魚人の腹に見事に突き刺さった。


「ハク、さっきの穴に入ってくれ!」

『ん、まかせて』

 我々が水流に吸い込まれるようにして横穴に入る寸前、水中都市から巨大生物が向かってくるのが見えた。

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