134 鳥の巣 re
略奪者たちの遺体から使えそうな装備を剥ぎ取ると、遺体を一箇所に集めてから〈秘匿兵器〉の弾薬を切り替えて火炎放射で焼却していく。海から吹き付ける強風によって黒煙が流れて、乱立する建物の間に消えていく。その様子をぼんやりと眺めていると、ミスズの声が内耳に聞こえた。
『少し不自然な遺体を見つけました』
視線の先に拡張現実(AR)で表示されていたインターフェースで地図を開くと、ミスズたちの位置情報を確認した。
「レイダーギャングの遺体か?」
『はい。それとスカベンジャーたちの遺体もあります』
「スカベンジャー? レイダーギャングと撃ち合いにでもなったのか?」
『それが……どうも遺体の様子がおかしいのです』
「おかしい? ミスズ、その遺体の画像を送ってくれるか?」
『はい、すぐに』
ミスズから画像を受信すると、まずはスカベンジャーたちの遺体を確認することにした。幸いなことに、その中にスカベンジャー組合に所属している知り合いの遺体は含まれていなかった。不謹慎かもしれないが私はホッとすると、遺体の状態を確認していく。
画像で確認できる遺体は、まるで何か重たいものに押しつぶされたあとに、力任せに捻られたような形跡があって、圧殺されていることが分かった。頭が潰れている遺体や、逃げ出さないために足を潰された遺体も残されていた。
『人擬きの大型個体にやられたのかな?』と、カグヤの声が内耳に聞こえた。
「その可能性はあるけど、人擬きは遺体をこんな風に放置しないと思う」
『そうだね……人擬きなら、その場で遺体を残さずに食べちゃうもんね。これはまるで親鳥が巣に運び込んだ餌みたいだ』
「雛は何処にもいないみたいだけどな」
略奪者やスカベンジャーの遺体が放置されていた場所は、建物の側に爆撃によってつくられた深い窪みのなかだった。その窪みの縁には、鉄骨が剥き出しの瓦礫や赤茶色に錆びた車両が適当に積まれていた。
『鳥の巣ですか?』とミスズの声が聞こえる。
『それなら、ここにある遺体は全部、雛の餌なのですか?」
『もちろん比喩だよ』とカグヤが答える。
『人間を丸呑みにする巨大な雛が工場にいるなんて想像できないし、そんな変異体は存在してほしくもない。でも、少なくとも私は人擬きが食料を備蓄するなんて聞いたことがない。だったらこれをやったのは、人擬きじゃない他の何かだと思うんだ』
「あの遺体は、得体の知れない変異体の保存食ってことか……」
私はそう言うと溜息をついた。
「いずれにせよ、人擬き以外の脅威が工場にいるのは確実だな」
『そうだね。私たちの探索も順調だし、警戒度を高めたほうがいいと思う』
カグヤの言葉に疑問を抱く。
「順調? どういう意味だ?」
『この工場地帯が圧倒的な物量で簡単に攻略できる場所なら、私たちがやる以前に、他の誰かがすでに工場を完全に制圧できていてもおかしくないってことだよ』
「未だに工場はどの勢力にも完全に掌握されていない……」
『うん。だから何かとてつもない脅威が――たとえば人擬きよりも恐ろしい変異体が、この工場には潜んでいるのかもしれない』
考え過ぎだと否定したい気持ちもあったが、カグヤの言うように、工場の持つ不気味さがいつになく増しているように感じられた。
「探索を素早く済ませたほうがいいな。ミスズとつないでくれるか」
『了解』
「ミスズ、遺体はそのままにして小隊と戻ってきてくれ」
『遺体は焼かなくても大丈夫なのですか?』
「そこになにが潜んでいるのか分からない以上、相手を刺激するようなことはしたくない。ミスズたちもすぐにその場を離れてくれ」
『わかりました。これからそちらに向かいます』
「ああ、気をつけてくれ」私はそう言うと、ミスズとの通信を切った。
「カグヤ、カラスも上空に飛ばそう。センサーに捉えられない生物でも、カラスの眼があれば見つけられるかもしれない」
『了解。ウェンディゴのコンテナ内で待機してるから、すぐに飛んでもらうよ』
カグヤの言葉のあと、コンテナの後部ハッチが静かに開いていった。すると日の光を一切反射することのない真っ黒なコンテナから、トントンと短く飛び跳ねながら黒いカラスが出てくるのが見えた。カラスは首をかしげて、翼の様子を確かめたあと、空に向かって舞い上がった。
通りに視線を向けると、工場に建ち並ぶ建物や障害物を透かして青色の輪郭線で縁取られた複数の人影が近づいてくるのが見えた。
「戻りました。レイラ」
ミスズの後方には、油断なく周囲の警戒を行うヤトの戦士が立っていた。〈アルファ小隊〉は、青年が三人とナミを含めた女性三人で編成された精鋭部隊だ。
「カグヤが偵察ドローンを使って取得した建物内の地図を各自に転送した」と、戦士たちを見ながら言う。「端末を介してフェイスシールドに表示される地図を確認しながら建物内の探索を行ってくれ。すでに人擬きは外に誘き出して、粗方処分できたと思うけど、工場内に潜んでいる人擬きがいるかもしれない。充分に注意しながら探索を進めてくれ」
戦士たちが理解したことを確認すると、ミスズとナミに言った。
「ミスズは〈遺物〉の確認と回収に専念してくれ、工具や貴重だと思うモノをミスズの感覚で回収してくれて構わない」
「はい。やってみます」
「ナミは戦士たちを上手くまとめて、ミスズの周囲を警護してくれ。たかが数十体の人擬きがナミたちの脅威にならないのは分かっているけど、それでも油断はしないでくれ」
「任せてくれ、レイラ殿。絶対に失望はさせない」
ナミはそう言うと、撫子色の瞳を私に向ける。
「なにがあっても失望なんてしないさ。だから無理だけはしないでくれよ」
「了解した」
「それから、これを」
私はそう言うと、黒革の鞘に納められた大ぶりの鉈をナミに手渡した。
「拠点で留守番をする予定だったナミに渡そうとしていたモノだ」
「これは……剣なのか?」と、彼女は鈍色の綺麗な髪を揺らした。
「レオウのナイフにも使われている〈高周波ブレード〉の技術を解析、応用して、ペパーミントが拠点で造ってくれた鉈だよ。〈高周波振動発生装置〉の使い方は知っているな?」
「もしものときに私があのナイフを使えるように、族長に装置を起動する方法は習っていたんだ」
「なら安心だな。それは鉈だけど、ナミは剣術の達人だ。なんとかなるだろ」
「ありがとう! レイラ殿」ナミは感極まったのか、私に抱き着いた。
「感謝は俺にじゃなくて、ペパーミントにしてくれ」
「分かってる!」と、ナミは手の中の刃物をまじまじと眺めた。
「ミスズ」と、戦士たちに指示を出していたミスズを呼んだ。
「もしかして、何か忘れてしまいました?」
彼女はそう言うと首を傾げた。そのさい、ガスマスクの頭頂部に生えていたウサギの耳が揺れる。
「いや、俺が忘れていたんだ」
私はそう言うと、くすんだカーキ色の〈ショルダーバッグ〉を取り出した。
少し大きめのショルダーバッグは、工場の探索に出かけるときにペパーミントから預かっていたモノだ。布地のシンプルなメッセンジャーバッグで、大きなポケットを備えていて物の出し入れが簡単にできるようになっていた。
「これは……?」と、彼女はマスクの形状を変化させて顔を出すと、ショルダーバッグをしげしげと眺めた。
「ウェンディゴのコンテナでも使用されている技術を応用して製作されたバッグだよ」
「それって重力場発生装置を利用した空間拡張技術が使われているってことですか!?」
ミスズは早口にそう言うと、ひどく驚いていてみせた。
彼女の様子に苦笑いしながらうなずく。
「そうだ。ペパーミントの私物で貴重な〈遺物〉だから大事に扱ってほしい」
「もちろんです」と、ミスズは何度もうなずく。
「なんでも、このバッグの中には五メートル四方の空間が広がっているらしい。ミスズは建物内で手に入れた〈遺物〉を、このバッグで回収していってくれ」
「五メートルですか?」
「そうだ。手を貸して」
私はそう言うと、ミスズのタクティカルグローブを外した。それから彼女の手を握りながら、もう片方の手でショルダーバッグを持った。すると接触接続による生体認証が行われて、ミスズの情報がバッグに登録される。
「生体認証で登録されたから、これでミスズもバッグの機能を自由に利用できるようになった。バッグの使い方は簡単だ。適当にモノを入れるだけでいい。ポケットの大きさには制限があるけど、大抵のモノを入れることが可能だ。
逆に取り出したいときには、バッグのシステムに接続された端末がミスズの思考電位を読み取って必要としているモノを的確に判断して選択してくれるから、あとは手を入れて取り出せばいいだけだ」
「生体認証って……あの、勝手に私の情報を登録してもよかったのでしょうか?」
「大丈夫だよ」と、ミスズの手にタクティカルグローブをつけながら言う。
「ペパーミントに許可はちゃんともらってある」
「そうですか」と、ミスズはホッと息をついた。
「もしかして、ミスズはペパーミントが苦手なのか?」
「苦手ではないですけど……ペパーミントさんは少し怖いです」
「ペパーミントは不愛想だからな」
「不愛想というか、綺麗すぎて近寄りがたいというか……」
「でも根はいい子だよ」
「そうですね。それは知っています」と、彼女は微笑む。
「ミスズ、工場内では気をつけてくれよ。俺も同じ建物を探索するから、マズいと思ったら躊躇わずに俺を呼んでくれ」
「了解です」
ミスズたちが工場の外壁に開いた大きな横穴から建物内に侵入するのを見届けると、私も自分自身の装備の確認を行う。
『レイラさま、ワヒーラを使った支援の準備ができました』と、戦闘用機械人形に意識を転送したウミが言う。
彼女の言葉にうなずいたあと、ウミの機体の装備確認を自分の手で行う。彼女が装備していたレーザーライフルは、ヤトの一族にも持たせているモノだった。ライフルは角張った形状をしていて、銃器と言うよりは洗練された近未来的な工具にも見える。
そのライフルは灰色を基調とした塗装がされていて、ストック部分は黒色のエンボス加工された特殊な合皮で覆われていた。ライフル同様の角張った消音器と、光学照準器が標準装備されているのも特徴だった。
ウミが使用する戦闘用機械人形は、墨色のフレームに老竹色の装甲が各部に装着されていて、腕と脚の装甲に各種収納用のポケットとユーティリティポーチが取り付けられていた。それらの収納にレーザーライフルの弾薬として使用される〈超小型核融合電池〉の予備が収納されているのかも手早く確認していく。
それから〈環境追従型迷彩〉の機能を備えた外套が動きの邪魔にならないか確認する。
「ウミ、関節部の動きに違和感はないか? ペパーミントに外套の調整をしてもらっていたけど、問題があったら教えてくれ」
機械人形の関節部分は特殊な合皮で保護されていて、肩には周囲の状況を瞬時に判断して射撃の制度を高めるためのレーザー探知装置が取り付けられていた。外套はその装置の障害にならないようにも調整されていた。
『問題ありません、レイラさま』
ウミはそう言うと、フルフェイスヘルメットにも似た頭部装甲を私に向けた。その際、カメラアイは確認できなかったが、フェイスプレートの奥に紺碧色の複眼にも似た装置があることは知っていた。
「問題ないみたいだな」
私はそう言うと、ウミのとなりに来ていたワヒーラを確認する。
ワヒーラは小型のヴィードルにも見える〈車両型偵察ドローン〉の名称で、脚が四本あり機体の中心には円盤型の回転式レーダー装置が取り付けられている。装甲は媚茶色の迷彩柄で、大型のバイクよりも一回り小さかった。レーダーの周囲には、小型の発煙弾発射機が設置されていて、専用のスモークグレネードやチャフグレネードが装填されていた。
「ワヒーラも大丈夫だな」と、機体の各部を触りながら言う。
「ウミ、ワヒーラの〈環境追従型迷彩〉のテストはしたか?」
『すでに確認は済んでいます』
ウミの言葉のあと、〈ワヒーラ〉の装甲が周囲の景色に溶け込むようにして朧気になる。機体が動かなければ、そこにワヒーラがいることが分からないほどの精度で周囲の色相を再現していた。
「完璧だな」と私は満足する。
ワヒーラには〈環境追従型迷彩〉の機能は備わっていなかったが、拠点地下にあり整備所で点検整備を行うときに、四機ある〈ワヒーラ〉の内の一機をペパーミントに改良してもらっていた。必要な資源を調達できれば、残りの機体にも同様の改造を施す予定だった。
『装甲の表面に特殊な処理を施すことでカモフラージュ効果を得ていますが、フレームやケーブルを完全に隠すことはできていません。ですが安心してください。私が〈ワヒーラ〉を警護しますので、レイラさまは安心して探索を行ってください』
「ありがとう、ウミ」
それからウェンディゴが〈環境追従型迷彩〉を起動して、周囲の風景に徐々に姿を溶け込ませていく様子を眺めた。
「ウェンディゴも問題なさそうだな。カグヤは……」
『ここだよ』と、偵察ドローンを操作していたカグヤの声が聞こえた。すると〈熱光学迷彩〉で完全に姿を消していた小さなドローンが姿を見せる。
「建物内で何か見つけられたか?」
『気になったモノには〈タグ〉を貼り付けておいたから、有用そうな〈遺物〉ならミスズが回収してくれると思う』
「それなら準備もできたし、俺たちも行くか」
『建物の地下に、工場で製造される製品の試験所……みたいな場所があったから、まずはそこを探索しようよ』
機体の周囲に重力場を発生させて浮遊していたドローンを見ながら、カグヤに訊ねた。
「試験所か、そこに何か目ぼしいモノはあったのか?」
『端末と装置が沢山あったよ。それと試験用に使用されたと思われるヴィードルもあるみたい』
「それなりの成果が期待できそうだな」
『そうだね。早く行こうよ』
カグヤのドローンは建物の外壁に開いた亀裂から建物内に侵入していった。
私は建物に侵入する前に、上空を旋回しているカラスから受信していた映像を注意深く確認する。
「ウミ、行ってくるよ。この場にウミが残ってくれるから大丈夫だとは思うけど、何かあったらすぐに連絡してくれ。すぐに駆けつける」
『承知しました。ウェンディゴの警備はウミに任せてください』
「頼んだよ、ウミ」
工場の母屋が並ぶ道路の先を一瞥したあと、建物内に侵入していった。







