102 地下施設 re
地下施設に続く二重の隔壁が閉まると、警告表示灯以外の照明が消えてエレベーターが静かに動き出した。上方で音もなく閉じていく無数の隔壁を眺めているとカグヤの声が内耳に聞こえた。
『侵入者の素性も分かっていないのに、拠点敷地内に入れて良かったの?』
「あの襲撃で捕らえた唯一の捕虜だからな。もう話せることはすべて話したと言っていたけど、傭兵組合の思惑と依頼人について知りたい。まともに話ができるようになるまで、地上にいる〈ヤトの一族〉に監視してもらう」
『そのあとは?』
「わからない」と私は正直に言った。
『ヤトの戦士たちのことや、ハクのことを知られたかもしれない』
「外部の人間に知られたくないことばかりだな」
『処分しちゃう?』
カグヤがぽつりとそんなことを言う。
「それも含めて慎重に考えよう」
『わかった。……後頭部を強く打っていたみたいだけど、大丈夫かな』
「〈ハカセ〉が面倒を見てくれているから問題ないだろ」
『目が覚めたら〈人造人間〉と対面することになるから、また驚かせちゃうね』
「そうだな。大きな蜘蛛の次は人間が恐れる〈守護者〉と対面だからな、きっと驚く」
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〈ハカセ〉と呼ばれる〈人造人間〉は、廃墟の街で生きる人々に〈守護者〉の名で知られている特殊な種族だった。〈守護者〉は旧文明期から現在までこの世界に存在し続けているとされる謎の多い集団でもある。
彼らは人間と同様の骨格を持っているが、一部の例外を除いて装甲などで保護されず、骨格が剥き出しで皮膚を持たない。〈データベース〉の〈ライブラリー〉で見られる〈旧文明期以前〉のSF映画に登場しそうな、金属で造られた骸骨のような外見をしている。
しかしその身体は特殊な合金で構成されているため、身体能力が非常に高く、あらゆる点において人間よりも優れていた。
ちなみに〈ハカセ〉は廃墟の街を探索しているときに出会った〈守護者〉のひとりで、人間に興味がなく蜘蛛の観察を趣味にして生きていた。〈深淵の娘〉であるハクを巡る騒動以来、拠点で一緒に生活する仲間になっていた。
その〈ハカセ〉はハクの世話を焼く傍ら、保育園の敷地内にある畑の世話をしていた。そのうち新鮮な野菜を御馳走してもらえるのかもしれないと、我々は密かに楽しみにしていた。
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エレベーターの扉が静かに開くと細長い通路が見えた。天井には等間隔に照明が設置されていて、扉が開くのと同時に通路の先に向かって次々と点灯していった。私が歩き出すと、床近くに設置されていた間接照明が通路の奥に向かって流れるように明滅して誘導してくれる。そして人の動きが検知できなくなると音もなく消えていった。
通路の先は開けた空間になっていて、旧文明の鋼材で造られた頑丈な隔壁を警備するように、旧式の〈警備用ドロイド〉が配置されていた。天井には侵入者を攻撃するための〈セントリーガン〉が設置されていて、まるで挨拶するかのように銃身を左右に振ってみせた。
隔壁の左右に立っている二体の〈警備用ドロイド〉は、旧文明期初期の機械人形で、デザインは古臭いモノだった。鈍重そうな大きな胴体に、蛇腹形状のゴムチューブに保護された短い手足をしていた。
それでも日本の企業が開発した機体だけあって、内部を構成するパーツは高性能で、搭載している人工知能も優秀だった。装備は殺傷能力を持たない暴徒鎮圧用のテーザー銃だけだったが、〈データベース〉から入手した設計図を頼りに、ライフルの弾丸を撃ち出せるように改造していた。
閉鎖されていた区画に存在するという〈整備室〉が利用できるようになったら、機体を改良して性能を強化するつもりでいた。
『オカエリナサイ』と、その〈警備用ドロイド〉から機械的な合成音声が聞こえる。
「ただいま」
機械人形に返事をすると、部屋の奥にある大きな隔壁の前に立つ。
隔壁の上部に設置されていた装置が瞬きするように開くと、瞳にも似た赤いレンズが展開して、生体認証のためのレーザースキャンが行われる。施設の管理者としての権限を持っているので、設定を変更して人物確認をスキップすることもできたが、何となく設定は変更していなかった。
『おかえりなさい、レイラさま』と、施設の管理権限を持つ〈ウミ〉の声が聞こえる。
「ただいま。襲撃のさいに行われた砲撃で施設に被害は出ているか?」
『いえ、拠点敷地内に対する砲弾の直撃は確認されていません。しかし〈ウェンディゴ〉と〈ワヒーラ〉を使って、引き続き拠点周辺の調査を行います』
「了解」
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〈ウミ〉は拠点近くの海岸を探索中に偶然見つけた特殊な人工知能のコアに宿る生命体で、旧文明期に活躍した兵器だとも言われている。南極海の底から回収された〈ショゴス〉と呼ばれる種族でもあるが、詳細については分かっていない。
彼女のコアは軍用大型車両の〈ウェンディゴ〉に接続されていたが、その他にも〈家政婦ドロイド〉と〈戦闘用機械人形〉を所有していて、自由に意識を転送して操ることができた。
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回転灯が明滅して警告音が鳴ると、隔壁がゆっくりと開いていく。その先には鋼材を格子状に組んだ溝のある蓋が床に敷き詰められた無機質な部屋が見えた。部屋に入ると背後で隔壁が閉まった。
そのまま部屋の中央に立つと、瞼を閉じて待機した。すると左右の壁から突風が吹いて、眩しい光を連続で浴びせられる。簡易的な除染作業が終わると隔壁が開く。その先は毛足の長い絨毯が敷かれた廊下につながっていて、なだらかな勾配を下り進んでいくと白い扉の前にたどり着く。
〈家政婦ドロイド〉に意識を転送している〈ウミ〉が出迎えてくれた。小型の機械人形の四角い胴体は鉛色の装甲で覆われていて、長い腕と短い足は蛇腹形状のゴムチューブで保護されている。頭部に備わる四角いディスプレイには、アニメ調にデフォルメされた女性の顔が表示されていた。
ウミの機嫌がいいからなのか、ディスプレイに映る女性は満面の笑みを浮かべていた。そのずんぐりむっくりとした機械人形のとなりには〈ジュリ〉が立っていた。
「おかえり、レイ」と彼女は笑みを浮かべながら言う。
「襲撃があったって聞いたけど、怪我しなかったか?」
「大丈夫だよ。ミスズもヤトの戦士たちも無事だ」
私はそう言うと、ジュリの短い茶色い髪を撫でた。彼女はホッとしたのか、小さく息を吐いた。
「そうか……なら良かった」
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ジュリは〈ジャンクタウン〉と呼ばれる〈鳥籠〉で孤児として育ち、自分自身の力だけで過酷な世界で生きていた。けれどひょんなことでチンピラに因縁をつけられて襲われているところを助けて以来、拠点で保護して今では大切な仲間になっていた。
彼女は商人としての経験を生かして、我々が探索で得た物資や〈遺物〉を取り引きする手助けをしてくれていた。
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武器庫として利用していた倉庫に向かうと、ウミとジュリも一緒についてきた。廃墟の街に向かう予定はなかったので、倉庫に入ると装備を外して身軽になる。作業台にのせていった装備品はウミとジュリが所定の位置にしっかりと並べて片付けてくれた。
太腿のホルスターとハンドガンだけはそのままにしておいた。それからやたらと世話をしたがるウミに手を引かれながら、シャワールームに連れていかれた。先の襲撃で受けた砲撃で埃や泥に汚れていたので素直にシャワーを浴びることにした。
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リビングルームのソファーに座ると、襲撃者の唯一の生き残りだった青年が持っていた栄養剤の瓶を手に取り、ぼうっと眺めたあとテーブルにのせた。すると天井に設置された装置からレーザーが照射されて、瓶がスキャンされていくのが見えた。
どれほど腕に自信があろうとも、手掛かりがなければ答えを得ることは不可能だった。我々に対する襲撃依頼を受けたのがどこの〈鳥籠〉の傭兵組合だったのか、そして組合に依頼を出したのは何者だったのか。
その背景に隠されている敵の狙いがまったく分からない。であるにも拘わらず、我々が握っている情報は、開封済みの栄養剤の瓶と、重要な情報を持たない、組合にすら所属していない青年だった。
『やっぱり襲撃は〈オートドクター〉絡みなのかな?』
カグヤの声が室内のスピーカーから聞こえると、私は肩をすくめる。
「そうなのかもしれないな」
〈オートドクター〉は旧文明の医療器具で、〈マリー〉という女性からの依頼で〈七区の鳥籠〉で手に入れたモノだった。ちなみに〈オートドクター〉は注射器で、その中身は医療用の高度なナノマシンと栄養剤だった。
依頼を達成して報酬を受け取るさいに、〈マリー〉から警告を受けていた。〈七区の鳥籠〉に行って無事に帰ってこられる人間がいるということは、特定の組織にとって脅威になることは理解できる。だからその警告が意味することも何となく分かる。
彼女が所属する組織や鳥籠の詳細は分からないが、その組織が我々に対する襲撃に絡んでいる。あるいは襲撃に関して何かしらの情報を持っていることは明白だった。
「カグヤ、マリーとは連絡が取れないのか?」
『うん、ダメみたいだね。彼女が所持している端末からの信号も完全に消失してる』
「そうか……」
知恵の足りない人間は、こんなときには意固地にならないで他人に知恵を借りればいいのだ。ちょうどいいタイミングで部屋にミスズとナミがやって来る。
「レイラ殿」
ナミは胸の前で両拳を合わせると、私に向かって挨拶をした。
私も見様見真似で挨拶をする。
「ミスズとナミだけか?」
「はい」と、ミスズが言う。「ヌゥモさんは地上で族長の護衛を続けていて、戦士たちはハクと協力して巣の強化をしています」
「巣の強化?」
「〈ヤトの一族〉のために施設をつくったときに余った建材を使って、ハクの縄張り内にある廃墟を監視所として改修してます」
「ミスズが指示を?」
「はい、私とハカセの提案です」
ミスズはそう言うと、琥珀色の瞳を不安そうに揺らした。
「マズかったでしょうか?」
「いや、いい判断だよ。監視所をつくるって発想がなかったから、助かるよ」
『レイはずっと単独で行動していたからね』と、カグヤがつぶやく。
『他人と協力して何かをするって発想が浮かばないんだよ』
「あの……レイラ」とミスズが言う。「ジャンクタウンにいる〈クレア〉に連絡を取ってみたのですが、〈スカベンジャー組合〉と、それから当然ですけど、〈医療組合〉には、レイラの調査や襲撃に関する依頼はなかったみたいです」
「傭兵組合と商人組合の情報は手に入らなかったのか?」
「はい。折り合いが悪いみたいで、情報は得られませんでした」
「そうか……」
ウミがやってくると、私とミスズの前に紙コップに入ったコーヒーを出してくれた。
「ありがとう」
私の言葉にウミは短いビープ音で答えてくれた。
「ナミはコーヒー飲まないのか?」
「いや、私はコーヒーが苦手だ」と、ナミは顔をしかめる。
「炭酸飲料は飲めるんだろ?」
「あの黒くて甘い水は好きだ」
ナミはそう言うと、ウミの手伝いをするためキッチンに向かった。
ミスズはテーブルにのっている瓶を見ながら言う。
「その栄養剤は、やっぱり毒殺するために渡されたモノなのでしょうか?」
『そうだと思う』と、カグヤが答える。『彼らが受けた事前調査の依頼は嘘で、レイを誘き寄せるための囮に使われたんだと思う」
「あの砲撃や戦闘を生き延びた人間も殺せるように……ですか?」
『うん。レイに捕まって尋問されることを恐れたのかも』
「そうですか……」
私は栄養剤が入っていた小さな瓶を見つめる。瓶のラベルには白地に赤い文字で、国民を鼓舞するスローガンが書かれていた。製造会社を確認すると〈国民栄養食〉と同じ企業の商品だった。どんな味がするのだろうか。
『ねぇ、ミスズ』と、カグヤが言う。
「はい」
『あの青年はどうして栄養剤を飲まなかったの?』
「一緒に依頼を受けた仲間に取られて、勝手に飲まれたみたいです」
『それでひとりだけ助かったのか』
「はい。とても運がいいです」
めずらしく皮肉を言うミスズに同意して、それから私は言った。
「とりあえず、青年にはあとで話を聞きに行くことにするよ」
「わかりました。レイラはこれから何を?」
「警備室に行って、閉鎖されていた隔壁が開くか試してくるよ」
「ずっと気になっていた区画ですね」
「ああ、ミスズも一緒に来るか?」
「俺も行くぞ」と、いつの間にかリビングに来ていたジュリが言う。
「ナミはどうする?」
「もちろん私も行くぞ」
警備室に続く通路を歩きながら自律型掃除ロボットを眺めていると、ナミが思い出したように言った。
「レイラ殿、〈ジャンクタウン〉って場所にはいつ行くんだ?」
「そうだな……今回の襲撃について知り合いに話を聞きに行きたいから、明日明後日には行くかもしれない」
「そのときは私も連れて行ってくれないか?」
「いいけど、レオウに許可は取るのを忘れないでくれ」
「大丈夫だ。ちゃんと族長には話をする」とナミは笑顔を見せた。
『ヤトの戦士たちにもIDカードを作ったほうがいいかもしれないね』
カグヤの言葉にミスズはうなずく。
「たしかに、カードがあったほうが便利だと思います」
情報が書き込まれていないIDカードは余るほど持っていたので問題ないだろう。
『でも〈ジャンクタウン〉に連れていくなら、まずは人間との関わり方を教えたほうがいいと思う』







