2-2 オーサ先生の魔法授業
一日の授業を終えたあと。
ケープを織るのを休んで魔法の自習をしようと決めたぼくは、しかしいつものように図書室に向かう。
ハーレイ先生に〈物体操作〉のコツを教えてもらおう……と思っていたのだけど、受付に先生の姿はない。
机を見ると、ぼく宛に書き置きがあった。
『しばらく所用で留守にするよ。なにかあったらパンジィに言いなさい』
とのこと。
「普段はヒマそうにしてるのに珍しいなあ」
「おいクラウン、そもそもオーサに頼めばいいではにゃいか?」
「あ、そっか。君だってすごい魔法が使えるもんね」
なにせ周囲の空間を歪められるくらいだから。
でもオーサって教えるのが下手そう。
「……んん? なんだその顔は」
「いーえ。お願いします。オーサ先生」
表面上はそう返しておく。
ちなみにオーサは頭の中に語りかける魔法こそ使えるものの、ぼくの心を読むことはできないらしい。そういう意味ではハーレイ先生よりいくらかマシである。
ぼくはパンジィを見つけて掃除用の水瓶を借りると、さっそく〈物体操作〉の自習をはじめる。
とりあえず水の玉を作ってから、オーサに感想を求めてみた。
「やはり地味だの。精密に作ってあるとはいえ、評価を得たいならもうちょい工夫したほうがいいのではにゃいかあ?」
「君も先生と同じ意見なんだね……。まあ参考にするにはちょうどいいか」
となれば目標はやはり、ガードナーのドラゴンだ。
それから一時間ほど。
水を操って似たような立体物を作ろうとしてみるものの、
「ダメだ……。うまく作れない……っ!」
魔法で浮いていたドラゴンが、形状を維持できず勢いよく瓶に落ちていく。
横にいたオーサは水しぶきを浴びてぷるぷると身体を震わせつつ、
「お前はアレだにゃあ。生まれつき魔力の器が小さいのか」
「う……そうだよ。だから一度に大量の水を操ろうとするとうまくいかないのさ」
「難儀なことよのう。自らの内で魔力を作れぬばかりか、維持すらままにゃらぬとは」
「君たちといっしょにしないでほしいなあ」
草蔓人や岩蟹人などの辺境に住まう亜人族を含めた人間種と、オーサのような(神とはいえ)魔物に属する種族との大きな差異は、体内で魔力を精製できるか否かにある。
人間種は大気中に存在する自然由来の魔力しか使えないのだけど、オーサのようなものたちは体内でも生成することができる。
ゆえに『魔物』と呼ばれるわけだ。
当然ごとく精製器官を持つ魔物のほうが強大な魔法を使うことができ、逆に人間種はどれだけ『自然由来の魔力を蓄えられるか』で使える魔法の規模が変わる。
その個人差こそ魔力の器であり、生まれつき容量の少ないぼくは――。
「落ちこぼれなんだよ……」
「あ、やる気なくなっとるにゃ、お前」
早くも自暴自棄になったぼくを見て、オーサは呆れたように眼を細める。
「修練次第で器を大きくできるとはいえ、明日の補習には間に合わぬであろ。にゃらば目的に対して、努力の方向を修正すべきではないか」
「へえ、君って計画的に考えることもできるんだ」
「んん? どういう意味だそれ」
オーサがイラッとしている。
呪いの沼にぶちこまれるとやばいし、軽口は叩かないほうがよさそうだ。
「そもそも課題は精密に作ることにゃ。水の玉はクソつまらんから却下ではあるが、だからといってドラゴンを作るのが、唯一の打開策というわけではあるまいに」
「……どういうこと?」
「自分なりに工夫せよと言うておる。今一度、考えてみるとよい。お前が魔法使いとして目指すものはなんぞや」
すぐに答えは出てこなかった。
だけどオーサはなにも言わず、辛抱強く待ってくれた。
「ぼくとガードナーを救ってくれた――あの人のようになりたい」
「そいつはどんなやつだったにゃ?」
ぼくは恩人ともいうべき魔法使いに思いをはせる。
そしてオーサに知ってもらおうと、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。
「ハクラム師と呼ばれていて、とんでもなく偉大な人。王に仕える七席の〈宮廷術師〉の一人で……君にわかるように説明すると、魔法使いの中で一位か二位の実力者」
「ほう、手ごわそうだの。オーサに負ける要素はないが」
「わかんないよ。今となっては確かめようもないけど」
言外の意味に気づいたのだろう。
オーサは「ふむ」と控えめに相づちを打った。
「誰からも敬愛されていて、それが当然と思えるほど気高い人だった。ご高齢なのに、いつも新しいことに挑戦して周囲を驚かせていたから、面白い人でもあったかな」
半年前、その命が尽きる瞬間まで――ハクラム師は魔法の研究に打ちこんでいた。
スラムから救いだしてもらっていなくとも、ぼくはあの人に憧れたことだろう。
「しかし猿まねばかりしていて、そいつのようになれると思うか?」
「う……」
「憧れを持つのはよい。しかしそれだけでは前に進めぬ。ガードナーのことにしてもそうにゃ。このまま修練を続ければ、お前はいずれ水のドラゴンを作ることができるようになるやもしれぬ。しかしあやつがお前と同等に、あるいはそれ以上に努力しているとしたら、お前が今のガードナーと同じことができるようになったとき、あやつはさらに先に進んでおる。となればいつになっても追いつくことはできぬし、追い抜くこともできぬ」
ぼくはオーサの言葉にじっと耳を傾ける。
いつも無邪気で、おまけに小さくて可愛いから、ただの喋る猫みたいな感じで接しているけど――こうやって諭されていると、やっぱり神サマなんだなと思う。
「他人を見て指をくわえておらぬで、自分の中にあるものを育ててみよ。何度も言っておるが単に工夫が足りぬというだけで、精密にというならとことん精密に、それがわかりやすく伝わるものを目指せばよいにゃ」
なるほど。
ぼくもまた、見かけの派手さにとらわれていたのかもしれない。
「かつて〈芸術と盃の神〉マレクが描いた鳥は精緻を究め、絵画から抜け出して羽ばたいていくほどであった。あえて目指すにゃら、そちらのほうがお前向きであろう」
「いきなり神の水準を目指すのって……志が高すぎない?」
「そうだのう。地味でパッとしないのがお前の性分のようだからにゃあ」
オーサはさらっとひどいことを言ったあと、ゴロゴロと喉を鳴らす。
我ながら反論できないのが痛いところ。
だけどここまで言われてしまったら、ぼくだって引き下がることはできない。
「わかったよ。一芸を究めてみるのも面白そうだし、そっちの方向でがんばってみる。……ありがとね。オーサ」
「お前の物分かりが悪すぎて、くたびれてしまったにゃ。あとは自分でなんとかせよ」
「ああ、うん。ありがとね」
「すびー……すびー……」
だから早いってば。
オーサはいつもこんな調子で、突拍子もなく居眠りするから困る。
「とはいえまあ、なんとかなりそうな気がしてきたよ」
ぼくはそう呟いてから、芸術の神ナントカを目指して修練に励むことにした。