1-4 お前が望むというのなら
「オーサが強いのは本当だからにゃっ! 尋常にゃらざる力をもって数多の神を滅ぼしたのだ! たとえば〈世界樹の王〉グラウニルがこう、神槍バラダインで突き刺してくるだろ? そこでオーサはカウンターを狙って――シュッシュッ! シュバッ! はいっ! 死んだ! これでもうグラウニル死んだ! ……にゃ?」
「はいはい。君はすごいんだね」
「ようやく理解したか! これだから人間はっ!」
オーサは宙を浮きながらじたばたと暴れたあと、「うなーっ!」と興奮気味にうなる。
なんらかの事情で封印されたにせよ、見た感じ悪いやつじゃなさそうだ。
「ていうか君、どうやって封印を解いたのさ。千年前に石にされたっていう話も壮大すぎて、いまいち理解しきれないんだけど……」
「ふふふ。オーサが自由になれたのは、お前がくれたケープのおかげなのにゃ」
「え……どういうこと?」
ぼくの作った魔法のケープは相手をほっこりさせるものの、石化の封印を解く効果はないはずだ。
しかし疑問は脇に置かれ、オーサは封印されたときのことを語りはじめる。
「天上の神々と争っていたころ、やつらは純粋な力では敵わぬとわかっていたから、あの手この手で罠にハメようとしやがっての。とはいえオーサは賢いので、そのたびに裏をかいて逆に罠にハメてやったのにゃ」
うーん。あんまり想像できないな。
見た感じ、めちゃくちゃ豪快に落とし穴に突っこんでいきそうだけど。
「しかしある日のことにゃ。やつらはついに降参を訴え、おわびとして供えものを持ってきた。それは〈永劫の果実〉という名で、食したものを不滅の存在にするという触れこみだったにゃ」
「うわあ、いかにも怪しい……。もしかしてその果実に呪詛でもかけられていたの? 食べると石になっちゃう的な」
「しかり。オーサは食い意地がはっておるゆえ、まんまとハメられたにゃ。――なっはっは!」
「笑いごとかなあ。そのせいで封印されたのに」
「争いなのだから当然、してやられることだってある。それに千年もの間、自由を奪われたとはいえ――封印されていなくとも、オーサは奪い、壊すことしかできぬ。いずれにせよロクにゃものではあるまい」
そういうものだろうか。
ぼくにはオーサの気持ちがよくわからなかった。
「しかし石にされても意識はあったから、退屈すぎてしんどかったにゃ」
「あ、それはきつそうだね」
「実のところ、オーサも弱っていた。一切の身動きが取れず、ひたすら時の流れに置いていかれる。その間に気力は失われ、封印を解こうとする気持ちすら起こらん。だがそんにゃとき、お前がここにやってきた」
そういえば、ぼくのおかげで封印を解くことができたと言っていたのだ。
褒美をくれるつもりらしいし、どんな感謝の言葉が聞けるのか。
「意気地のなさそうなガキんちょが、へったくそなケープを織りながらのう。毎日毎日、しょうもない泣き言をグチグチグチとこぼすのにゃ」
「え、ちょ……」
「おまけにあろうことか、石にされてなにもできないオーサに向かってにゃ? やれ近寄ってこいだの、慰めてくれだの……ああ、思い出すだけで腹立たしい!」
待って。
なんか思っていたのと違うんだけど。
「そのうえ破壊の神への貢ぎものが、あまりものの毛糸で織ったケープとはにゃ。ここまでくると腹立たしさを通りこして、いっそ愉快にすら感じたぞ」
オーサはすっと目を細め、前足でケープをぐいと寄せる。
言葉のわりに――愛おしそうに。
「理由はどうであれ……千年の間に冷えきったオーサの心は、再び熱を得ることができたにゃ。ゆえに少しばかり、ちょっかいをかけてやりたくなったのかもしれぬ」
「だから封印を解いたわけ?」
「うむ。やってみると、わりと気合だけでイケた」
なんのこっちゃ。
結局のところ、ケープに封印を解く力があったわけじゃなくて。
オーサが自力でどうにかしただけでは……?
「前置きが長くにゃったが、封印を解くきっかけを作ったお前に褒美をやろう。世界を滅ぼしたいのなら、存分に暴れてやる。自らの手でことを成し遂げたいなら、力の一端を貸し与えてやろう。さあ選ぶといいにゃ」
「いや、急に言われても」
「なにを迷う。自分でそう願ったくせに」
オーサの言うとおり。
ぼくは力が欲しかった。
偉大な魔法使いになれやしないと知っているから。
世界を変えることなんてできやしないと、気づいているから。
派手で。
わかりやすくて。
揺るぎなくて。
ガードナーが持っているような――いいや、それ以上の。
どこまでも強大な力が欲しかった。
でも。
それでも、ぼくは。
「やっぱり、君の力はいらない」
「にゃんだと?」
オーサがヒゲをぴくぴくと震わせる。本物の破壊神かどうかはさておき、強大な魔物ではあるはずだから、ぼくに力をくれるのは確かだろう。
だけど、迷いはなかった。
「スラムにいたころからの友だちの、ガードナーってやつがさ。学園の外で働いてるんだ。あいつは優秀だけど、魔法のケープを売ることはできないから、ぼくよりもずっと学費を稼ぐのは大変だと思う」
「はあ? その話が褒美を断るのと、どう関係するにゃ」
「ガードナーが弱音を吐くところを見たことがないんだ。ぼくより時間が取れないのに、ぼくよりずっと努力していて――あいつはきっと世界を変える力が欲しくて、だから必死に強くなろうとしている」
なのにぼくが。
図書室の隅で泣きながら、彫像に愚痴を吐くだけで。
戦おうとすらしていなかったぼくが。
インチキするみたいに、力を手に入れてしまっていいのだろうか?
「君から力を得てしまったら、ぼくはあいつに顔向けできなくなる。友だちだから、憧れてるから……それだけはできない」
オーサはぼくの話を、最後まで聞いてくれた。
しばしの沈黙があって、小さな猫は口を開く。
今までの無邪気な雰囲気とは違う、やけに張りつめた声だった。
「なるほど。お前がどういうつもりか理解した」
「うん、だから……」
ごめんね。
そう言うつもりだった。
でもその前に、ふよふよと浮いていたオーサの輪郭が――ぐにゃりと歪む。
「え……」
なにが起こったのかわからなくて、ぼくは後ずさる。
足がどぷんと沈んで、余計にわけがわからなくなった。
図書室にいたはずなのに。
床はどこかに消えていて。
暗がりを絞りとって泥にしたみたいな、真っ黒な沼地が広がっている。
『――驚くでない。単に空間を歪めただけのこと』
頭の中に直接、しゃがれた声が響いてくる。
まるで地獄の底から――悪魔が囁きかけてきたように。
だけどハーレイ先生じゃない。
『オーサは褒美を与えると言った。その言葉を曲げることはできぬ。お前にあれほど話してやったというのに……本当に……本当に……人間というやつは……』
可愛らしい猫は影もかたちもなく、代わりに暗がりの先で巨大な瞳が二つ、爛々と輝いている。目の前の生き物が今どんな姿をしているのかわからなくて、それがなおさら恐ろしかった。
『オーサはただ奪い、壊すために生まれた。力がいらぬのなら、くれてやるものは一つしかない。赤子のように泣きわめき、生贄のごとく歓喜の声を叫べ。そしてありがたく受け取るがよい』
オーサがなにを言いたいのか、まともに考えることすらできない。
だけどなんとなく、理解できたことがある。
目の前にいるのは本物の破壊神で。
ぼくはたぶん、決定的な間違いをおかしてしまったのだ。
『オーサは与える。お前が望む――滅びを』




