4-9 クラウン・ロッド
建国祭から数日後。
ぼくとガードナーは王都議会から呼び出しを受けた。
そして今は王宮の謁見室で待っているところである。
「どう考えたってエーヴドゥルカの件だよね」
「ほかに心当たりがないからな。まあ、悪いことにはならねえだろ」
ガードナーは呑気にそう言うものの、ぼくのほうはけっこう肝を冷やしていた。
あのあと暁の魔女団がチラシをばらまいて犯行声明を出し、彼らの仕業というかたちで収束したとはいえ――実際は首魁アルーナが事件に便乗しただけで、そもそもエーヴドゥルカを校舎の地下から持ち出したのは、ぼくらとベル先輩だからだ。
もしバレていたら……なんて思うと、胃がキリキリと痛んでくる。
「待たせてすまなかったな。呼びだしたのはこちらのほうなのに」
「へ?」
気さくに笑いながら、寝間着姿の青年が謁見室に入ってくる。
あまりにも自然体、おまけに謁見室の豪華さと不釣り合いに素朴な佇まいのせいで、ぼくは戸惑って変な声を出してしまう。
しかし続けて入ってきた人物を見て、反射的に姿勢を正してしまう。
「だから早く寝なさいと、昨日の夜に申しあげたのです」
結いあげた白い髪に、胸元まで垂れそうな長い髭。
身を包む鎧は王都でもっとも武勇に優れる者に貸し与えられるという、筆頭騎士の金鎧。
現役最強にして王家の剣術指南役、ホワイト・スフレイド卿。
となると彼を従えている目の前の青年は――。
「堅苦しいのは嫌いだし、この姿も親しみがあってよいじゃないか。さて君たち、余が誰だかわかるか? ヒント、王さまの次に偉いひと」
「それは答えを言っているようなものではありませんか、殿下」
ぼくは慌てて跪き、頭を垂れる。
横を見ればガードナーも同じことをしていた。
この状況で平然としているのはオーサだけだ。
「本来であればこちらから名乗るわけにはいかないのだが、礼儀作法とか面倒なのでね。余は現国王レド三世から生えた芽の出来が悪いほう、ソラレソル第一王子である」
「こやつはクラウン、あっちのはガードナー。で、この可愛い猫ちゃんはオーサにゃ。お前わりと顔がよいゆえ、特別になでなでされてやるぞい?」
「ちょ……っ!」
あろうことか真っ黒な毛玉が、見目麗しい王子さまの胸元に飛びこんでいく。
一瞬だけ断頭台が頭によぎるけど、
「やっほう、どーぶつを触るのはひさしぶりだなあ! ホワイト卿もどうだ」
「私はけっこうです。それより殿下、時間があまりないので用件のほうを」
「そうだったそうだった。君たちは学園に通う魔法使いの見習いでありながら、憎きアルーナの謀略によって放たれた悪しき竜を討伐したと聞く。こたびの働き、余としても深く感銘を覚えたがゆえ、特別に褒章を与えたいと考えている」
猫を撫でながらではあったけど、スラスラと話す姿はいかにも王族という感じで、その佇まいからは隠しようもないほどの威厳が漂っている。
だというのに空気が読めないのはオーサだけでなく、ガードナーまで、
「もらえるものはもらっておくさ。できれば金貨のほうが嬉しいけどな」
「なあなあ、菓子じゃダメなのか? クラウンのぶんはクッキーで作るといいにゃ」
みんな自由すぎて、聞いているだけで頭が痛くなってくる。
ホワイト卿も呆れて天井を見あげているし。
「一応は金で作られているメダルなわけだし、それで我慢してくれないかな。で、竜の討伐を称えて褒状も贈るんだけど名前を記すときに問題があってね。ほら君たちって――」
「孤児だから、姓がないことについてですか?」
逆に空気を読んで態度を崩すことにしたぼくは、そこで第一王子に口を挟む。
彼がうなずいたのを見て、ちょっとややこしい事情を説明する。
「本来なら学園に入るタイミングで、ハクラム師と同じ姓を名乗ることを許されたはずなんですけど……師がお亡くなりになられたあとでご子息さまがゴネはじめまして、今のところぼくはただのクラウンだし、ガードナーも」
「俺は養子になったぞこの前」
「えっ!?」
「シュレーターを借りたときに。だから今の俺はガードナー・パラディオンだ」
親友は続けて「ショックを受けるだろうと思って黙っていた」と付け足す。
うん、今すごく落ちこんだところだよ。
こっちには連絡すらないし。
ぼくががっくりと肩を落としたのを見て、第一王子は同情したのか、
「じゃあ君には褒章のほかに姓も与えよう。さすがに養子というわけにはいかないが、それでも余から授かるのだから文句はあるまい」
「ええええ!?」
「お待ちください、殿下!! さすがにそれは……!?」
思いもよらない提案に、ぼくだけでなくホワイト卿まで血相を変える。
だけど第一王子はそれを手で制して、
「余が玉の座を受け継いだとき、その傍らに立ち、ときには助言し、ときには手足となって尽くす、冠と錫杖のような魔法使いになるであろう君は」
彼は王族らしく、有無を言わせぬ声音でこう告げる。
「今日からこう名乗るといい。――クラウン・ロッドと」
◇
それからというもの、学園での待遇は以前とは比べようもないほどによくなった。
廊下を歩けば名も知らぬ教師から、
「やあクラウンくん、最近は成績も上がってきているらしいね。この調子でいけば来年度から選抜特待生にも選ばれるはずだ。君が王都の郊外に出て、ほかの上級生にまじって魔物退治をする日を楽しみにしているよ」
「はあ……。みんなの足を引っぱらないよう頑張ります……」
なんて返しておくと「謙遜はよしたまえ!」と言われて背中をバンバン叩かれるし、ほかにも一度も会話をしたことのなかった女子生徒から、
「クラウンくん、これあげる! 猫ちゃんといっしょに食べてね!」
「え!? ありがとう??」
手作りのお菓子を渡されて戸惑っていると、当人はバタバタと走り去ってしまう。
頭のうえに乗ったオーサが呆れたように、
「どいつもこいつも発情期にゃ」
「それはたぶん違うと思うよ……」
というようなことが、ほぼ毎日のように起こるのだ。
学園でこの有様なら、王都の市街区あたりに行ったらどうなるのか考えるだけで怖い。
カイトやハニービーの話によると、在学中に竜の討伐を成し遂げたぼくとガードドナーは、ハクラ厶師が亡くなったことで枠が空いている宮廷術士の最有力候補であり――ぼくのほうはソラレソル第一王子から姓を授かったことが決め手となってか、彼の推薦を得るだろうことはほぼ確実とされているらしいのだ。
「でもそれって派閥闘争にも巻き込まれかねないってことだよね……。六人の王子たちが継承権をめぐって、今じゃ荒れに荒れているらしいし」
「ふふふ、名を上げてしまったからにもめ事と無関係ではいられぬというわけだにゃ。この調子でどんどん出世して、マカロンを山ほど貢ぐがよい。じゅるり」
「……げ、頭のうえでよだれを垂らさないでよ。ぼくとしちゃ気が重いってのに」
「図書室の隅っこでぴーぴー泣いておったくせに、認められたら認められたでウダウダ愚痴るつもりかお前は。どんだけ面倒くさいやつなのにゃ」
「でもぼく自身はなにも変わっていないからさ。君がいなかったら落ちこぼれのままだし、自分の力でなにかを成し遂げたわけじゃないし、やっぱり不安といえば不安だよ」
「たわけ、なにも成していないというのは見当違いも甚だしいぞ。ベルとかいう娘を助けたのはほかでもない、お前であろうに」
オーサはそう言って、尻尾でぼくの顔面をぺしりと叩いてくる。
そして今度は猫サマのほうがため息を吐いて、
「お前が助けに行かねば、あの娘は校舎地下で死んでおった。エーヴドゥルカを持ちだした責任の一端こそあれど、それでもお前が退治せねば、やはりあの娘は竜に食われておった。そもそもなぜ強くなりたいと、そう願った?」
「それは……」
「自分が助けてもらったときのように、誰かに手を差し伸べることができる。そんな魔法使いになりたいと、お前はそう言っておったはずにゃ。神の力があったとしても命を救い、守るというのは難しい。だというのに二度もそれを成したのだ。すくなくともオーサは、そんなお前のことを誇りに思っておるぞ」
「えっ!? 今なんて!?」
「もう言わぬ」
驚いて聞き返すと照れ隠しなのか、オーサはふんと鼻を鳴らして黙りこんでしまう。
いまだに実感がないし、がむしゃらにやっただけだけど、それでもベル先輩を助けることができてよかったという気持ちは、ぼくの中にもある。
またいっしょに箒で空を飛べたら――そう思ったあとで、胸の奥に痛みが走った。
そうだ、すべてが元通りってわけじゃない。
だからぼくの心は今も、不安でいっぱいなのかもしれない。
「そういえば今日の放課後は、ベル先輩と会う約束をしていたっけ」
「ふむ。であればオーサはまた散歩にいくとするか」
猫サマは気を利かせたのか、ぽつりと呟く。
ぼくとしてもふたりきりで話をしたかったから、心の中で感謝する。
だって今日は彼女と、お別れをしなくちゃいけないのだから。




