4-5 竜巻クラウン
『なにやら最後尾で異常事態発生!! 飛び入りで参加した女の子がぐいぐいと順位を上げていく! この勢いなら入賞圏内、はたまた首位争いも夢じゃない!? 見たところ彼女も学園の生徒のようですね、キデックさん』
『あれほどの速度が出せる生徒は、ベルクレア嬢のほかに覚えがないのだが。しかしキラキラと輝く巻き毛をなびかせて飛ぶ可憐な姿、どこぞの名門貴族のご令嬢という線もありえ……巻き毛だと??』
『ああああーーっと!! 喋っている間に謎の女子生徒、前のほうで団子になっていた上位集団をまとめてぶっちぎったあああっ!! その姿はまるで竜巻だ!! 速い速い速すぎる、いったいどこまで加速する、雲を散り散りにしながらどんどん勢いをつけていくぞ!? これはレースの展開が読めなくなってきましたねえ!』
顔をあげるとベル先輩とガードナーが実況席のある運営本部のほぼ真上――中継地点を横切って、王宮がそびえ立つ市街区の北側に向かって飛んでいくところだった。
箒を握る手は痺れて今にも振り落とされそうだし、オーサも前足だけでぼくの肩にしがみついているような有様だ。
それでもふたりに追いつこうと、限界ギリギリまで加速していく。
『現在の順位はーーーっ! 一位ベルクレア! 二位ガードナー! そして三位はーーー謎の竜巻少女だああああ! この調子でいけばふたりに追いつくか!? 参加者のほとんどを追い抜いた謎の女子生徒、しかし一度も振り返らずに今ちょうど、私たちの頭のうえを横切っていきます!!』
『あれはまさか……いや、そんなはずはっ!?』
「キデック先生!! 念のため観客を避難させてくださいっ!!」
実況席に向かって大声で叫ぶけど、箒の風切り音でかき消されてしまう。
ぼくがそのままの勢いで実況席の真上をばびゅんと駆け抜けると、ぽかんと口を開けたままの先生の姿はまたたく間に背後へ流れていく。
『今、雄叫びをあげましたね。女の子とは思えないほどの勇ましさでした』
『当たり前だ、クラウンくんは男子生徒だからな。しかしなぜ、ろくに飛べなかったはずの彼がレースに出場しているのか。認めない、私は認めないぞ。あんな短期間で……上位争いを繰り広げるほどの腕に成長したなどということはっ!!』
『よくわかりませんが優秀な生徒さんのようですね。そうこう言っているうちに竜巻少女あらためクラウンくん、トップのふたりに追いつきそうです』
最前列をようやく視界に捉えると、ベル先輩がガードナーを大きく引き離していた。
エーヴドゥルカが飛んだあとには燃えあがるような光が残像を描いていて、まるで竜の尻尾みたいに見える。
あの様子だと、時間の猶予はあまりない。
ぼくが焦りをにじませながら彼女のもとへ急ぐと、同じく追従していたガードナーがすれ違いざまにニヤリと笑う。
「実況席が騒がしかったからな、お前が来るのを待っていた。さあ今から俺と」
「ごめんっ!! 君の相手をしているヒマないから!!」
「なんだと!?」
負けん気の強い親友の怒号は無視。肩にしがみつくオーサの「やっぱり煽るのうまいにゃ」という声も無視して、ぼくはぐんぐんと加速していく。
そして開幕からトップを飛び続ける、ベル先輩の背中に追いついた。
「ぼくの話を聞いてよ、先輩!!」
「ええ、あたしも聞きたいことがあるわ」
彼女はチラリと振り返って、ガードナーと同じように笑みを見せる。
そして背後から近づいてきたぼくに、こう言った。
「やっぱり飛べるじゃない。なのにどうして、黙っていたの?」
困ったことに、彼女の瞳に映っているのはぼくじゃなくて。
間近に迫ってきた競争相手――自らの玉座を脅かす、敵の姿だった。
「違うよ、ぼくは黙っていたわけじゃなくて……」
「怒っているわけじゃないから、誤解しないで。実力を隠しているのはなにか事情があるんでしょうし、それに貴方のことだから、へろへろの腕前から一気にコツをつかんだって不思議じゃないもの」
ベル先輩はさらに加速して、追従するぼくを引き離そうとする。
そのうえガードナーまで背後から距離を詰めてきて、
「ただのレース用箒で優勝を狙いに来るとはたいした自信だな! しかし俺は手を抜いたりしないぞ、クラウン!!!」
「ああ、もう……っ! だから君の相手をしている場合じゃないんだってば!」
ぼくらのやりとりを聞いて、ベル先輩がいきなり笑いだす。
彼女の声は底抜けに明るくて、
「本当はね、お礼を言いたかったの! 貴方があのとき助けてくれたから、あたしのためにがんばってくれたから、すごく勇気をもらえたの!! あとねあとね……タイムを伸ばせなかった理由も、今ようやくわかったから!!」
てっきり川辺で話したときみたいに、負けたくなくて、チャンピオンの座を譲りたくなくて――だからガードナーみたいに闘志を燃やして、レースに出ているのだとばかりに思っていた。
でも、そうじゃない。
最速の女王は自由だった。
空を飛ぶことを純粋に楽しんでいた。
たぶん探していた答えを見つけて、弱い自分を乗り越えたから。
「道具のせいじゃなかった! ライバルが、貴方たちがいなかったから! 競争相手がいなくちゃ盛りあがらないのに、バカだからあたし、負けることだけを恐れていた! でも気づいたの……絶対に勝ちたいっていうその気持ちが、あたしをもっと速くしてくれるんだって!!」
「待ってよ先輩!! お願いだからっ!!」
だめだ、追いつけない。
叫んでいるのに、声が届かない。
今の彼女は呆れるほど早くて、その背中は流星みたいにキラキラと輝いていて。
なのに――。
「え?」
空中でばくんと呑みこまれた。
ベル先輩の、小さな身体が。
深紅の箒から弾けたように炎が噴きあがり、ぼくらの前を飛んでいたはずの少女は、巨大な骨の塊に変わってしまう。
ガードナーがその異様な光景を見て、唖然としたように息を呑む。
「なんだ、あれは……?」
巨木を火にくべたような朽竜の姿、エーヴドゥルカを見つめたまま。
ぼくはハーレイ先生から聞いた言葉を思いだし、そして理解する。
――純粋な心を持つものほど、闇に染まりやすい。
ただまっすぐに、速く飛びたいという願い。
それが眠れる竜の魂を、目覚めさせてしまったのだと。




