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ぼくの猫は破壊神 〜魔法学園の落ちこぼれ、最強の使い魔を復活させて成り上がる〜  作者: 芹沢政信
一章 ぼくがうっかり破壊神を目覚めさせてしまう話
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1-1 できるだけ、精密に

「これはどういうつもりかね? クラウンくん」


 キデック先生はそう言って、ふよふよと浮いている水の玉を指す。

 どうやら彼は、ぼくの作品がお気に召さなかったらしい。

 

「見てのとおり、完璧な球体です」

「なるほど。では確認しよう。君が今、なにをすべきかについて」

「初歩魔法における〈物体操作〉の実技テストです。瓶に汲んだ水をうまく操って――つまり粘土みたくコネコネして、立体物を作れという」

「しかし課題を出したとき、私はこうも言ったはずだ。できるだけ精密に、と」

「はい。覚えています」

「だったら周りをよく見たまえ」


 先生にそう言われたので、他の生徒の作品に目を向ける。

 すると水の玉を浮かせているのは、ぼくだけだった。


「……わあ、どれも面白いですね。ハニービーはドレス姿の自分をうまく似せているし、カイトが作ったのはクレバース。ロングレッド家の宝剣だ。みんなよく出来ているけど、一等賞を選ぶならガードナーのドラゴンかな。ぼくの作った玉の十倍くらい大きくて、今にも襲いかかってきそうですよ」

「課題の趣旨を理解しているのなら、少しくらい努力してみせろ! なんだこのふざけた水の玉は! 創意工夫の欠片もないではないかっ!」


 先生は枯れ枝のような身体を震わせて、ぼくを怒鳴りちらす。

 この人は尊敬すべき魔法使いではあるものの、教鞭を取るにはちょっとばかり気が短すぎるように思う。


「ぼくなりに考えたんですよ。単純に見えるけど実は、みたいな感じで」

「なにか仕掛けがあるとでも? 強い光を当てると模様が浮きでるとか」

「いえ。そのものずばり、水の玉」

「まったく……私としては不思議でならないよ。君のようなスラムの未熟児が、どうやってこの学園に入りこむことができたのか。ドブネズミのようにチョロチョロと、審査の隙間をすり抜けてきたわけでもあるまいに」


 先生は直接的な比喩で、ぼくの身体的特徴と出自を貶めてくれる。

 立場が弱い生徒はこういうときでも、愛想笑いを浮かべることしかできない。

 だけど、


「――キデック先生。今の言葉はどのような意図で述べられたのですか。場合によっては自らの名誉を守るために、決闘を申しこまなければなりません」


 灰色の髪を逆立てて、ガードナーが食ってかかる。

 槍のような彼の視線に貫かれて、さすがの先生も気圧されたのか、


「そういえば君もスラム出身だったな。……今の発言は不適切だったと謝罪しよう。ガードナーくんのように優秀なら、魔法学園の一員となる資格は十分だ」


 キデック先生はガードナーにそんな賛辞を送ったあと、ぼくを一瞥する。


「つまり君が未熟なのは、君の個人的な問題でしかないわけだ」


 先生は名簿を手に取ると、ぼくの欄に不合格の印を押した。



 ◇



「派手にやられたわね、クラウンくん。同情しちゃうわ」


 授業が終わったあとのお昼休み。

 金髪おさげを上機嫌に揺らしながら、ハニービーがぼくの席にやってくる。


「笑っている場合じゃないんだってば。来週にまた追試を受けて、そこで不合格の烙印を押されたら、ぼくは学園を去ることになるかも」

「あら、行くところがないならウチに来てね」

「だから嬉しそうな顔しないでよ。あとなんで不合格が前提……」


 肩まで伸ばしたぼくの巻き毛をいじくってくるのがうざったくて、ハニービーの手を必死にはらっていると、今度はカイトが近寄ってくる。


「彼女はクラウンが大好きだから、婿養子に迎えたいのさ」

「え、ほんと?」

「そのルートを狙うなら、パパが決めた許嫁を排除しないといけないわね」

「いっそ君の侍女にしたらどうだい。クラウンならエプロンドレスも似合うだろ」

「くそ、今に見てろよ……。決闘で打ち負かせて地べたに接吻させてやる……」

「水の玉なんて作ってるうちは無理でしょ」

「あれくらいの魔法なら、俺は二本の足で立つ前から使えたよ」


 二人はそう言って顔を見合わせて笑う。

 するとガードナーがやってきて、横から口を挟んでくる。


「お前らはキデックと同じくらい見る目がないな」

「ちょっとそれ、どういう意味」

「こいつが作ったのはただの水の玉じゃない。完璧な球体だ」


 ガードナーは乱暴に、ぼくのおでこを小突いてくる。

 あのさ、みんなして人の頭をなんだと思っているわけ?


「もっと、わかりやすく説明してくれないかな。君とちがってクラウンのことを昔から知っているわけじゃないんだから」

「そんなに難しい話じゃないさ。キデックのやつは言っていたじゃないか。魔力で水を操って、できるかぎり精密な立体物を作れ、とな。だからこいつはそのとおりにした――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことで」

「驚いたな。水の玉にそんな意図があったとは」


 カイトが感心したように手を叩く。

 あのとき考えていたことを言ってもらえたので、ぼくはなんとなくスッキリした。


「他人の作品までよく見てるなあ。やっぱり君は優秀だよ」

「……お前、俺をバカにしているのか」

「え? どうして怒るの」

「そりゃ、お前が作った水の玉のほうが優れていたからだ。形状が単純なだけに、俺が作ったドラゴンほどごまかしが効かない。キデックが見かけの優雅さに気を取られず、精密さという課題の本質を理解していれば評価は変わっていた」

「そうかなあ。考えすぎじゃないの」

「付け加えるなら、俺はあれほど完全な球体を作ることができない。腹立たしいことに」


 ガードナーは昔から、常に怒りをくすぶらせているようなところがある。プライドと向上心が山脈のごとくそびえたっていて、己の現実が理想とかけ離れていることが許せないのだ。


「そのうえなおさら腹立たしいのは、お前がキデックとやりあおうとしなかったことさ。……侮辱されたのに、なぜ戦おうとしない。魔法を使えるなんて知らなかった、ドブネズミだったころから変わらないつもりか」

「ねえ、せっかくのお昼休みなんだし楽しい話をしない?」


 ぼくはそうやって話を打ち切ると、ハニービーとカイトに笑みを向ける。

 気まずそうに見守っていた二人はホッとした顔をするものの、ガードナーはどこまでも頑固だった。


「ヘラヘラ笑いやがって。お前だって忘れたわけじゃないだろうに」

「安心してよ。三年前のことは今でもよく思い出すから」


 だから君はいつも怒っているし、ぼくもいつか戦わなくちゃいけないのだろう。

 可愛いメグ。

 あの子は薬を買えなかったばかりに、十歳の冬を越すことができなかった。


 ぼくの大好きだった。

 ガードナーにとって大切な妹だった。

 その命が銀貨一枚の価値すらないと告げられたあの日のことを。


 ぼくらは決して、忘れたりしない。

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