3-1 迫りくる影
キデック先生との決闘を終えてから、一週間後。
ぼくは薄暗い廊下で魔物の影に追われていた。
「困ったなあ。さっそく追い詰められちゃったじゃないか……」
なんてひとりごとを呟きつつ、燭台の間にできた暗がりに身を潜める。
今はオーサがそばにいないので、自力で追手に対処しなくてはならない。
「――ッ!」
獲物を見失った魔物が、遠くで奇妙な鳴き声をあげている。
主の命令を受けてぼくを追う小さな黒い影は、ひたひたと不気味な足音を立てながら周囲をさまよったのち、やがて一切の物音を立てなくなった。
ぼくはハーレイ先生から貰った杖を握りしめる。
これは封珠の杖という魔法道具で、事前に充填しておけば一定量の魔力を蓄えておくことができる。使いきったら再充填に時間がかかるとはいえ、生まれつき魔力の器が小さいぼくの欠点を補ってくれる優れものだ。
さて、追手はどう動くだろう。
動向をうかがおうと身を乗りだした次の瞬間。
数歩先の床からニュルッと、黒い触手のようなものが生えてくる。
「げっ! ……しまった」
床から伸びた物体は『狩人の黒枝』という索敵用の魔法で、生物の呼気に混じったわずかな魔力を感知する。数秒の間だけ息を止めていればやりすごせるものの、ぼくはうかつにも声をあげてしまった。
役割を終えた黒枝が霧散すると同時に、ひたひたと足音が迫ってくる。
こうなったらやるしかない!
「我が身に満ちる創世の力、世界を変える波紋となりて万物を貫く……」
術の精度を高めるべく詠唱し、ぼくは意を決して暗がりから飛びだした。いまだ石ころを飛ばす魔法しか使えないものの、杖の補助があるぶん威力は増しているはずだ。
「唸れ! ――飛石弾!」
詠唱を終える直前、ぼくは懐から石ころを取り出して放り投げる。
魔力を帯びて加速した投石が、追手の身体に勢いよく炸裂する。
「――ッッ!」
「やった! 決闘のときよりもうまくいったぞ!」
攻撃を成功させた喜びに酔いしれつつ、床に突っ伏した魔物に近づいていく。
ところがいきなりその身体から魔法の鎖が飛びだして――後悔する間もなく、ぼくはがんじがらめに拘束されてしまった。
「そんな、やられたフリをしていたなんて……」
不気味な足音がひたひたと、身動きの取れないぼくに近づいてくる。
勝利を確信したのか、魔物は再び奇妙な鳴き声をあげた。
「ズモーッ!」
実のところ、ぼくを追っていたのは使い魔のパンジィで。
今はハーレイ先生に頼んで、実戦形式の訓練をしてもらっていたところ。
◇
「だいぶマシになったとは思うけど、最強の魔法使いにはほど遠いねえ」
「うう、ぼくとしても悔いが残る結果です……」
久々に顔を見せたハーレイ先生は、困ったような笑みを浮かべている。
どんな用事で学園を離れていたのか知らないものの、まだ忙しいらしいのにぼくの訓練につきあってくれたのだから、面倒見のいい先生である。
「索敵魔法に引っかかったのはまあ目を瞑るとして、追手を倒したと油断して近づいていったのは減点かな。せめてもう一発当てて様子を見るくらいはしようよ」
まったくもって正論だった。
決闘のときも持ち前の魔法だけではキデック先生に歯が立たなかったし、今後なにかあったらオーサに頼るほかない。だからせめて、
「自分の身くらい、守れるようになれたらなあと思うんだけどなあ」
「いずれにせよ訓練は失敗しちゃったわけだし、罰ゲームを受けてもらうよ」
ハーレイ先生はそう言ったあと、パンジィを呼び寄せる。
どういうわけか小さな使い魔は、学園の制服を抱えていた。
白のブラウスに赤のリボン。黒のスカート。
て、女子のやつじゃんそれ。
「まさか……それに着替えろと?」
「わざわざ合間を縫って君につきあったのだから、これぐらいの楽しみはね」
抵抗したところでパンジィに無理やり服を脱がされるのがオチだから、仕方なく言われたとおりにする。
ハーレイ先生はぼくのことを、愉快な道化だと思っているのかもしれない。




